流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
護衛を連れた殿下とスピネルがデクロワゾー侯爵屋敷を訪れたのは、ダンスレッスンの翌日。私が王都に来て2週間ほど経ってからだった。
二人に会うのは半年ぶりで、今年初めてになる。
「ごきげんよう、エスメラルド殿下。お久しぶりです。壮健のご様子で、何よりでございます」
「久しぶりだな。君も元気そうで良かった」
「有難うございます」
殿下は少し眩しそうに目を細めて私を見た。
15歳となった殿下は大人びて一回りたくましくなったように思える。背が伸びただけでなく、肩幅も少し広くなった。
…ついでに、その隣にいるスピネルもさらに背が伸びたようだ。どんだけ伸びるんだよ。
向こうはもう成長期終わりかけだろうし少しは差が縮まったかと思ったのに…あ、頭一つ分違う…だと…!?
「おい、久しぶりだってのに何でいきなり睨んで来るんだよ」
「何でもありません。お久しぶりです、スピネル様。…さ、お二人共、どうぞ中へ」
今日はカエルの観察は後だ。テラスで紅茶を飲みながら、簡単に近況を交換し合う。
「入学祝いパーティーのための準備はもう始めているんだろう?」
「はい。新しいドレスはもう注文していて、一ヶ月前には届く予定です」
お母様や使用人たちが、仕立て屋を呼んで何やら熱心に選んでくれた。
私はドレスのことなどさっぱり分からないので全部お任せだ。
「ダンスはもう大丈夫なんだろうな?」
「ええ、実は昨日も半日ずっとレッスンで…。でも、おかげ様でだいぶ形になりました」
「それで疲れているのか」
「他にも魔術や護身術の訓練もありますしね。仕方ないので勉強の時間を削っていますが、ダンスが一番難しいです」
「どんくさいと大変だな」
「悪かったですね!」
スピネルも殿下もダンスは得意だし、私の苦労が二人には分からないのだ。
「…あの、それで、ダンスと言えばですね。殿下がファーストダンスを申し込まれる方は、もう決まっているのでしょうか」
「ああ、その件か…」
殿下はちょっと疲れた顔に、スピネルは憮然とした顔になった。
やっぱり相当にアプローチをかけられているらしい。
有力な貴族家のご令嬢達は、未来の王妃となるべく王子へとあの手この手で近付いてくる。外見、教養、家の権力、何でも使う。一番厄介なのは権力だったりするのだが。
学院入学を控えたこの時期ともなれば尚更。お茶会やら狩りやら晩餐会やら音楽会やらのお誘いは、それはもう引っ切り無しのはずだ。
私が王都に来たという報せは到着後すぐに殿下に送っていた。なのに今まで会えなかったのは、二人がその手のお誘いで忙しかったからだろう。
…その中には、あの女からのお誘いも含まれているはずなのだ。
二人共あまり話したくなさそうだが、パートナーを誰にするつもりなのか、確認だけはしておきたい。
「お茶会でも一番の話題は殿下のお相手のことですし、気になります。あ、もちろん言いふらしたりしませんので!」
入学祝いパーティーで最も注目されているのが誰かと言えば、当然今年舞踏会デビューになるエスメラルド王子だ。
王子のファーストダンスの相手は、そこらの貴族の子供とは比にならない重要度で周囲から見られる。
さらにパーティーで王妃殿下から声をかけられたりしたら、もう王家公認の婚約者候補として考えられてしまう。
王都に来てから既に何度かお茶会やパーティーに参加したが、本当に皆その話に興味津々なのだ。
私は殿下の友人だと皆知っているので、同席したご令嬢にあれこれ問い詰められたり睨まれたり、逆にすり寄られたりもする。
殿下に紹介してあげたいのは山々だが、スピネルには「そういうのは絶対にやめろ。どうしてもって言うなら先に俺に相談しろ」と釘を刺されてしまっている。
一応何人か良さげなご令嬢を紹介してはみたのだが、今の所上手くいっている様子はない。
「まだ決まっていないなら、カルネリア様はいかがです?スピネルの妹君ですし、親しくされてますよね?」
「それはないな」
横からスピネルが口を挟んだ。
彼女は可愛らしくて家柄も良いし、兄とは違い裏表のない闊達な性格だ。
高位貴族のご令嬢にしては珍しく女騎士を目指していると言うが、才能もあるらしい。真っ直ぐに夢を語る姿はとても眩しい。
殿下にとって悪くない相手だと思うのだが、スピネルはどうやら勧めたくないようだ。
兄妹揃って殿下に近いと、ブーランジェ公爵家がいらぬ敵を作ってしまいかねないからかな。
何よりカルネリア様当人に全然その気がなさそうだしなあ…。
「ではビスクビ家のトリフェル様は?あとはそうですね、年下ですがヴァレリー様なども適任かと…」
「いや…特に誘うつもりはないな。だから、叔母上に頼もうかと思っている」
叔母上と言うと、ブロシャン公爵夫人。国王陛下の妹に当たる方だ。前世でも殿下はこの方とファーストダンスを踊っていたし、無難な選択だが…。
あの女の名前が出なくて安心したが、未だに殿下にそれらしいお相手を探して差し上げられない自分が不甲斐ない。
「そう言うリナーリアはどうなんだ?」
「私ですか?」
「ああ。誰かに誘われていないのか?」
「まさか。私にはそこまで親しい殿方はいませんよ。兄に頼もうかと思っています」
「そうなのか」
殿下はちらりとスピネルの方を見た。
そうか、このままだとこの場にいる全員が親族と踊る事になるんだな。
私はともかく二人はモテるだろうに…。
「まあ、このように答えると『だったら僕と踊ってくれませんか』なんて仰る方もおりますけど。私はそんな社交辞令を真に受けるほど、田舎者ではありませんので!」
心配せずとも騙されたりはしないと胸を張って言うと、殿下は少し困った顔になり、スピネルは物凄い残念なものを見る目になった。
「何ですかその目は」
「何ってお前…」
だって前世の経験でもう分かっている。
前世の私に近寄ってくるご令嬢は殿下目当て、もしくは従者という肩書き目当ての者ばかりだった。
モテていたのは「従者の私」であって私ではない。私には殿下のような男らしい格好良さも、スピネルのような人を楽しませる話術もなかったので当たり前だが。
そして今世の私は、殿下のただの友人だ。
殿下も近頃は随分社交性が上がり、男同士なら割と気安く話しかけられるようになったので、ご令息なら私に頼むより直接近付いた方がずっと手っ取り早い。
じゃあ私本人が目当てかと言うと、やっぱりそんな訳がないし。
私は他のご令嬢のように可愛らしく愛想良くは振る舞えない。未だに話も下手で、昔スピネルに教わった通りに大人しく話を聞いては相槌を打ってばかりいる。
スピネルや殿下からはやめろと言われたけど、他にやりようがないし…。
そうしていると男共は妙に嬉しそうに長話をしてきて面倒なんだけど、あれって私に気を遣って楽しいフリしてくれてるだけなんだろうなあ。
善意で私の相手をしてくれているのに話を中断させるのも申し訳なく、ひたすら付き合う羽目になったりする。精神修行をしている気分だ。
「私のような地味でつまらない女を相手にする人なんて、いる訳ありませんよ」
「本当にバカだなお前…」
「だから何ですか!!その目は!!」