流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第28話 不要なもの(後)

「…ところで、さっき勉強の時間を削ってるって言ってたが、勉強は大丈夫なのか?」

 

 話題を変えるようにスピネルが言った。

 

「はい。学院入学に必要な学力は十分に身に着けていますので」

「随分自信満々だな。本当に大丈夫なのか」

「なんで疑うんですか」

「お前が『基礎はできてます』って言ったダンス、とんでもなく悲惨だった事を覚えてるか?」

「ぐっ…!」

 

 痛いところを突かれて私は呻いた。

 

「本当に勉強は得意なんです!何ならテストしてみてもいいですよ」

 

 思わずむきになってそう言うと、スピネルが面白がるような表情になる。

 

「よーし、じゃあ俺と殿下で問題を出してやる。ちゃんと答えられなかったら罰ゲームだ。何でも言うことを聞いてもらうぞ」

「分かりました。では全問正解したらスピネルと殿下が罰ゲームでいいですね?」

「望むところだ」

「いいだろう」

 

 

 

 メイドのコーネルに私の部屋の参考書を持ってきてもらい、テストが始まった。

 参考書をめくりながら、殿下とスピネルが交互に問題を出していく。

 歴史、文学、数学など色々な科目から出題されているが、今の所全問正解だ。

 

「デンスの丘の戦い」

「329年の夏ですね。ケルスート将軍が200の兵を率いて戦い、3日かけて勝利しました」

 

「ペクロラス伯爵領の特産物は」

「主に小麦ですね。量よりも質を重視しているので収穫量は少なめですが、それなりの利益を得られているようです。また鉱山があり少量ですが良質の鉄が採れるので、そちらの収入もあり領の財政は安定しています」

 

「…詳しいな」

 

 殿下が嘆息した。

 

 

「そういやお前、カエルだの花だの色んな薀蓄がすらすら出てくるもんな…。古代文字まで読めてたし。覚えるのは得意なわけか」

「確かに記憶力には自信がありますけど、教科書の内容以外のことも色々知っていますよ。ペクロラス伯爵夫人は絵画に興味があって…あ、鑑賞ではなく自分で描く方ですが。その新しい顔料を作りたくて伯爵には内緒で鉱山に人を送っていることとか」

「俺も知らない情報なんだが」

 

 スピネルはびっくりしたようだ。

 王子の従者は貴族間の事情にも精通しておく必要がある。恐らく彼もかなりの事情通のはずなので、自分が知らない情報が出てきて驚いたのだろう。

 

「ふふふ、噂話は貴族の嗜みです。何なら伯爵が懇意にしている王都の娼館の名前も知ってますよ?」

 

 つい得意になってそう言うと、スピネルがぎょっとして「は!!?」と叫んだ。

 

「え、この手の話題は貴族間では鉄板ネタではないですか。あ、いや私は行きませんが」

「当たり前だバカ!!」

 

 ちなみにペクロラス伯爵と夫人の事情は、今から1年ほど後にこの件が理由で離婚するしないの騒動に発展し、貴族の間でかなりの噂になるのでよく覚えているのだったりする。

 

「そうじゃなくて、令嬢が娼館とか何とか口にすんな!慎みってもんがないのかお前は!見ろ、殿下がびっくりしてんだろ!」

 

 言われて殿下の方を見ると、目を丸くして絶句している。

 

「あ…す、すみません。うっかり…」

「うっかりじゃねえよ!!」

 

 何だか思った以上に怒られてしまった。スピネルはよくこういう話をしそうだと思ったのに…。

 

 

 実は私も前世ではその手の話題が大の苦手だったのだが、学院生活を送る上で必要と判断し克服したのだ。

 何しろ、年頃の男というのは寄ると触るとそういう話になる。そして更なる下ネタへと発展していく。特に騎士課程の奴らだ。

 

 あの脳筋共は魔術師課程の男を見るとすぐに青瓢箪だのヒョロガリだのと馬鹿にしてくるのだが、その上さらに堅物とからかわれるのは我慢ならなかった私は、下ネタを克服することを決意した。

「舐められたくないので猥談について勉強しようと思います」と宣言した時の殿下の生暖かい目は、今でも忘れられない。

 

 だが従者として様々な貴族の相手をするためにはその手の話は絶対に避けて通れないし、後々になって役立ったりもした。弱味を握ったりだとか色々。

 勉強は無駄にはならないのだ。

 

 

 …しかし、貴族令嬢の出す話題としては確かに不適切だったな。素直に謝る事にする。

 

「確かにスピネルの言う通り、若い令嬢の話す事ではありませんでしたね。すみません。次からは気を付けます」

「そのうち殿下に愛想尽かされても知らねーからな」

「殿下は娼館の話をしたくらいで愛想尽かしたりしません!!」

「その殿下への謎の信頼やめろ。殴るぞ」

「スピネル、暴力はいけない」

 

「殿下…あんまりこいつに甘い顔するのはやめろ。もうすぐデビューだってのに、自覚がないにも程があるだろ。このままじゃマジで嫁に行き遅れるぞ」

「私は結婚なんてする気はありませんし。言ったでしょう、国のために働きたいと」

「そんなの別に、結婚したってできるだろ。女魔術師とか女騎士とか結婚後も働いてる女はたくさんいるし、貴族の妻として領を統治するのだって、国のための立派な仕事だ」

 

 スピネルはちょっと真面目な顔になる。

 

「お前はバカだし女らしくないしバカだが、一応教養はあるし魔力も高い。家は侯爵で、バカだが見た目も悪くない」

「今バカって3回言いましたね」

「4回目が欲しければ言ってやるぞバカ。…自分じゃモテないと思ってるみたいだが、お前がその気になりゃ、結婚相手くらいいくらでも探せる。それで何で結婚したくないんだ?」

「…私は…」

 

 

 そりゃ、そうかもしれないけど。

 したくないものはしたくないのだ。

 

 前世の私には一応婚約者がいた。

 気難しくて、意地っ張りな婚約者。殿下が式を挙げた後で、私も結婚するつもりだった。

 

 彼女を女性として愛していたかというと自信がない。むしろ妹のように思っていた気がする。

 けれど彼女を大切にしたいとは思っていたし、彼女と家庭を築き子供を持つ、そんな未来をぼんやりと想像もしていた。

 でも、そうはならなかったのだ。

 

 彼女は私の死を聞いて、どう思っただろう。

 分からない。そもそも私が死んだ後、あの世界はどうなったのか。考えると頭がおかしくなりそうで…いや、単に想像したくなかったのかもしれない。

 

 嘆き悲しむ彼女を。

 大切な人を喪った多くの人々を。

 嗤うあの女を。

 

 スピネルは私に約束させた。殿下の次に自分を守れと言った。

 もちろんその約束は精一杯守るつもりだ。私だって死にたくはない、やりたい事がたくさんある。

 …でも、万が一の時の事を考えたら。

 

 

 それに、前世の私は本当に愚かだった。

 私は恋愛感情で目を曇らせ、フロライアを殿下に近付けてしまった。あの女の願いを叶えたかったからだ。

 フロライアは美しく、優しく、完璧で、きっと殿下に相応しい女性だと思った。そう信じた。

 その結果、私は殿下を失ってしまった。

 

 どんな奇跡か、こうして人生をやり直せているのだ。

 もう二度とあんな間違いを犯す訳にはいかない。

 恋愛も、結婚も、私には必要ない。

 

 

 

「…だ、だったら、スピネルはどうなんですか!?人にどうこう言う前に、自分だって恋人くらい作ったらどうです!!」

 

 そう言い返すと、殿下もそれにうなずいた。

 

「それは俺も前から思っていた」

「お、俺は別に良いんだよ!」

「はっ…さては特定の恋人を作ると色んな女性と付き合えなくなるからですね!?この女の敵!!」

「勝手な憶測で人を貶めるんじゃねえ!!」

「女性には誠実であるべきだぞ、スピネル」

「殿下まで!!」

 

 …全く、自分の事を棚に上げて、大きなお世話なのだ。

 今は無事にダンスパーティーを乗り越え、学院に入学できればそれでいい。

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