流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第29話 カルネリアのお茶会※

「…カルネリア様、お久しぶりです。本日はお招きいただき有難うございます」

「お久しぶり、リナーリア様!今日はぜひ、楽しんでいってね!」

 

 明るい赤毛を大きなリボンでポニーテールに結い上げ、にっこりと笑うカルネリア様。今日も元気いっぱいだ。

 本日参加するお茶会は、彼女が主催するものなのだ。

 

 スピネルの妹君であるカルネリア様とは、数年前から親しくさせてもらっている。

 明るく誰にでも分け隔てない、さっぱりと竹を割ったような性格で、とても好感の持てる方だ。

 それに彼女は他の令嬢と違い、殿下やスピネルについて色々聞き出そうとしたりもしない。むしろ私と同じく周りからあれこれ尋ねられてうんざりしている立場だ。

 自然と意気投合したのである。

 

「今日は何だか、いつもより人数が多いようですね」

「ええ、そうなの。きっとリナーリア様は初めての方もいらっしゃるから、紹介するわね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 私が社交が苦手だという話をスピネルから聞いているのだろう、カルネリア様が招待してくれるお茶会は少人数のアットホームなものが多かったのだが、今日は既に10人以上来ているようだ。

 私も彼女も今年の秋には学院に入学するからな。今のうちに面識を広げておいた方がいい。

 これは気合を入れなければ…と、そう思っていたのだが。

 

 

 しずしずと進み出てきた一人のご令嬢に、驚愕して目を見開く。

 

 波打ち輝く蜂蜜色の髪。星を浮かべたような紫色の瞳。

 赤い唇は流麗な弧を描き、見る者を魅了する。

 

「…こちら、モリブデン侯爵家のフロライア様よ。お名前はご存知よね?」

「お初にお目にかかります。フロライアと申します。以後お見知りおきを」

「は、はい、どうぞよろしくお願いします。リナーリア・デクロワゾーです」

 

 優雅な挨拶をする彼女に、慌てて挨拶を返した。

 心臓がどくどくと激しく脈打つのを必死で落ち着けようとする。

 …バカか、私は。どもるな。動揺するな。自然に笑え。

 

 そもそも、今までこの女に会う機会がなかった方が不思議なのだ。

 彼女の家は騎士系貴族でも特に古く歴史のある派閥、新参の魔術師系貴族の私と接点などないのは当たり前だが、それにしても何故かどこに行っても同席する事がなかった。

 ここで会えた事は幸運と考えるべきだ。探りを入れるチャンスではないか。

 

「あ、あの、よろしくお願いいたします」

「リナーリア様、それさっきも言ったわ」

 

 カルネリア様が吹き出し、思わず赤面する。

 フロライアにまでくすくすと笑われてしまった。

 あの夜の虚ろに笑った彼女が頭に浮かびかけ、無理矢理振り払う。

 

「フロライア様、リナーリア様はちょっと人見知りなの。緊張してるみたい」

「そうなんですのね。ふふ、よろしくお願いいたします」

「はい…」

 

 くそ。最悪だ。

 

 

 

 

 お茶会での話題もやっぱり、入学祝いパーティーについてが大半だった。

 

「…ではカルネリア様は、レグランド様と踊られるのですか?」

「そうよ、だってスピネルお兄様のお相手はもうごめんですもの。レグランドお兄様に優しくエスコートしていただくわ」

 

 その遠慮のない言い草に思わず苦笑してしまう。

 レグランドというのも彼女の兄で、ブーランジェ家の次男だ。王宮で近衛騎士をやっている。

 

「カルネリア様は、スピネル様の舞踏会デビューの時にファーストダンスを踊られたんですよね」

 

 横から発言したのはペタラ様。

 私と同い年の、薄茶色の髪をしたご令嬢だ。読書好きで、少々地味だがおとなしく心優しい。

 彼女とも良好な付き合いをさせてもらっている。…と、友達と言ってもいいはずだ。多分。

 カルネリア様のご友人はこのような温和な性格の方が主で、私でも話しやすいのでとても有難い。

 

 そのカルネリア様は、スピネルとの舞踏会の話を出されて不満そうに唇を尖らせた。

 

「スピネルお兄様は普段はちっとも会ってくれないくせに、都合のいい時だけ私を引っ張り出すのよ。デビューの時だって、好きな女性を誘ったらどうなのって言ったのに『そんなのいないし面倒だからお前でいい』って」

「まあ…」

 

 スピネルは今17歳だが、殿下に合わせて今年学院へ入学する。従者への特別措置だ。

 しかし舞踏会デビューは15歳の時にすでに済ませており、その時はこのカルネリア様を相手にファーストダンスを踊ったらしい。

 

 意外なようでもあり、スピネルらしい気もする。一見女たらしっぽい雰囲気なのに、あいつ全然女の気配がないんだよな。この前も俺はいいとか何とか言ってたし。

 まあ従者って忙しいからなあ…。女の子と付き合う暇がないのかも知れない。

 

 

「ところで、リナーリア様はどなたと踊られる予定ですの?」

 

 そう尋ねて来たのはリチア様だ。

 こちらは知り合ってから顔を合わせたのはまだ2回目。私より1つ年上で、黒髪の美しいミステリアスなご令嬢である。

 

「ティロライトお兄様に頼む予定です」

「あら?王子殿下からはお誘いされてませんの?あとは、スピネル様とか…」

「まさか、恐れ多いです。殿下とは親しくさせていただいていますけど、誘われるような事はありませんよ。スピネル様もです」

 

 そう答えると、カーネリア様は腕を組んで「うーん。お兄様のバカ…」と頭を悩ませ始めた。どうしたんだろう。

 

 

「でしたら、殿下は誰をお誘いになるのかしら」

「そうですわねえ」

 

 その答えは殿下から聞いているが、まだ決まった訳ではないし、私の口からは言えない。

 

「…でも、リナーリア様は王子殿下とは一番親しくていらっしゃると、もっぱらの評判でしょう?もしかして、これから…」

 

 私の方を見て、穏やかに微笑みながら言ったのはフロライアだった。

 その探るような視線に内心でぎくりとする。

 …やはり彼女は、殿下について知りたがっている。一番親しいなどとおだてて、私から情報を聞き出すつもりか。

 

「残念ですが、私には分かりません。私は一番などではありませんし…」

「…えっ!??」

 

 一座のご令嬢方が顔色を変えた。

 

「そ、それってどういう事ですの!?」

「リナーリア様でないなら、殿下の一番って一体どなた!?」

「え?…それはもちろん、スピネル様ですが」

「スピネル様が!!??」

 

 きゃああぁっとご令嬢方が頬に手を当てて悲鳴を上げる。

 なんだ?従者が王子の一番の友人なのは当たり前だと思うんだが…。

 ひときわ鼻息荒く身を乗り出して来たのはリチア様だ。

 

 

「リナーリア様!!そこ詳しく教えて下さいます!?」

「詳しく…というと?」

「つまり…殿下とスピネル様、どちらが攻めで、どちらが受けなのかと言う事ですわ!!」

「り、リチア様、そんな大胆なお話を…!」

 

 ……?剣術の話かな。

 やけに慌てているご令嬢がいるのが気になるが、一応素直に答える。

 

「殿下はやはり、受ける方がお上手でいらっしゃいますね」

「まああああ!!」

「でもいざ攻めに回った時の迫力もまた、素晴らしいもので」

「まあ!!両方イケるという事ですの!!?」

 

 めちゃくちゃ興奮するリチア様。

 他のご令嬢も、頬を赤く染めてきゃあきゃあ言っている。何だか凄い盛り上がりだ。

 話を聞いていたカルネリア様が焦りながら割り込んでくる。

 

「ちょ、ちょっと待って!何か誤解が生まれてる気がするわ…!」

「誤解?」

「さっきからリチア様が言ってるのって、もしかして」

 

 リチア様が物凄く良い笑顔で答える。

 

「…ええ!!ベッドの上での話ですわ!!」

「剣術の話ですけど!???」

 

 私は思わず悲鳴を上げた。

 

 

 ご令嬢方が何に興奮していたのかようやく理解した。理解したくなかった…!

 いや、貴族にはそういう性癖の人間も時々いるけどさあ!

 

 歴代の王子の中には従者に手を出した者も時折いたらしいし、私も万が一に備えて教育係からそういう時のための知識を教えられたりもした。だが殿下にはそのような趣味など一切なかったので、それが役立つ事はもちろん一度もなかった。

 せいぜい、今世ではスピネルがあの授業を受けたんだろうなあ…と思うくらいだ。どんな顔して聞いていたのか想像すると死ぬほど笑える。

 

 …なんてのんきに考えていたが、ご令嬢方の口からその手の話が出てくると凄まじい衝撃だった。

 だがそう言えば前世でも、私が殿下と一緒にいる時、女子が頬を染めてこんな感じにきゃあきゃあ騒いでいた。主に私達の距離が近かった時だったような気がする。

 

「リナライト様は殿下の事を愛していらっしゃるのね」とかうっとりした表情で言われた事もあった。

 私は胸を張って「はい、もちろんです」と答えた。当然、敬愛しているという意味でだ。

 答えた途端にご令嬢は黄色い悲鳴を上げていたが…ま、まさかあれは、誤解をされていた…?

 

「何と…何と言う事だ…!!!」

 

 思わず呻きながらテーブルの上に突っ伏す。

 

「り、リナーリア様、大丈夫ですか?」

「大丈夫ではありません!!…いえ、大丈夫です…!!」

「どっち!?」

「あらぁ、リナーリア様には刺激が強すぎたかしら…」

 

 強すぎて危うく意識が空に飛ぶ所だったよ!!

 殿下と私は断じてそのような仲ではないと、前世のあのご令嬢に今からでも主張したい。あんまり過ぎる。

 

 

「ほら、お茶でもお飲みになって」

「あ、有難うございま…ゲホッ!!」

 

 差し出されたお茶を一口飲み、盛大にむせ返る。

 ティーカップを手渡してくれたのはフロライアだったからだ。

 

「リナーリア様、本当に落ち着いて!」

「ごめんなさいね、今の話はただの趣味…いえ、冗談ですのよ?」

「す、すみま…し、失礼しま…ゲホ、ゴホッ」

 

 フロライアやリチア様に背を撫でられ、まだ少しむせながらも何とか気を静めようとする。

 我ながら動揺しすぎだ。落ち着け、皆に不審がられてしまう。

 今飲んだのはただのお茶だ。フロライアがこんな所で私に何かする理由などない。

 

 と、そこに、可愛らしい刺繍のされたハンカチが差し出された。

 

「良かったら、これお使いになって」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 …既視感。

 白い手。柔らかで上品な声。

 長い睫毛に彩られた紫の瞳が細められる。

 

『リナライト様。どうぞ、これを』

 

「…有り難うございます、フロライア様」

 

 小さく微笑み返して受け取る。

 今はそんな事、思い出してる場合じゃない。

 

 

 

 その瞬間、背筋に物凄い悪寒が走った。

 

「…お嬢さん方、さっきから一体何の話をしているのかな?」

「…す、スピネル様…」

 

 慌てて振り向くと、私の背後には額に青筋を立てたスピネルの姿があった。

 

「リナーリア嬢、あまりおかしな話をするのはやめてくれないか」

「ちちち違いますよ!!私ではないです!!誤解です!!」

「ほほう。…言い訳は後でゆっくり聞かせてもらうとしよう」

「ひぇっ…」

「ま、まあお兄様、とりあえずお座りになって」

 

 真っ青になった私の横の席を勧めながら、カルネリア様が愛想笑いをする。

 スピネルは咳払いをしつつ、とりあえずそこに座った。

 こいつ、普段はカルネリア様のお茶会には絶対顔を出さないのに、なんで今日に限って来てるんだよ!

 

「…言っておくが、殿下はちゃんと女性をダンスに誘われる予定だ。相手はまだ決めていないが」

「あらぁ…そうなんですの…スピネル様と踊られればよろしいのに…」

 

 リチア様は心底残念そうに言い、幾人かのご令嬢方も残念そうな顔になった。いや、冗談なんじゃなかったのかよ…。

 スピネルもちょっぴり顔を引きつらせる。に、睨まれても私のせいじゃないぞ。

 

 

 

 その後は一応、ごく普通に和やかにお茶会をした。

 皆、私の様子がおかしかったのは、予想外の話題に動揺しただけだと思ってくれたようだ。

 それには安心したが、結局私は普段通り振る舞うので精一杯で、ちっともフロライアから情報を引き出せなかった。

 

 まあ、場の中心はスピネルだったし仕方ない。

 相変わらずご令嬢方には愛想が良く、皆が大はしゃぎだった。やっぱモテるんだなこいつ…。

 どうして皆こいつの外面に騙されるんだろう?と思っていると、何故かまた睨まれた。

 鋭すぎないか?

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