流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第31話 園遊会(後)

「せ、先約?」

 

 皆が驚いて私達を見る。

 ぎょっとして固まっているスピネルの腕を強く引き、コソッと囁いた。

 

「…罰ゲーム!」

「!」

 

 …頼む、これで分かってくれ。

 そんな意志を込めて縋るように見上げると、スピネルは一瞬だけ目を閉じた。

 そしてすぐに目を開き、落ち着き払った態度でオットレに話しかける。

 

「すみませんオットレ殿、そういう訳なんです。リナーリア嬢は俺と踊る約束をしていまして…。ここはどうか、引いてはもらえませんか?」

 

 良かった、ちゃんと今ので察してくれたらしい。

 オットレが狼狽しながら言い返す。

 

「相手は兄貴だって、さっき言ってただろう!」

「俺達はつい先日約束をしたばかりで、まだデクロワゾー侯爵にご挨拶をしていないんです。律儀なリナーリア嬢は、ご両親の許可を得るまでは人に言いたくなかったのでしょう」

「は、はい、そうなんです。申し訳ありません」

 

 上手い言い訳だ。

 舞踏会デビューとなる入学祝いパーティーにはもちろん両親も一緒に来る。ダンスを踊っている所だって、当然見られる事になる。

 だから誰かとファーストダンスの約束をした場合は、事前に相手の親にも挨拶をしておくのが貴族間のマナーなのだ。

 

「お、お前とこいつが…?本当に…?」

 

 オットレはすぐに信じられないらしく、呆然とした顔で私とスピネルを交互に見ていて、背中にちょっぴり冷や汗をかく。

 やっぱり私とスピネルが踊るなんて不自然だったか…?しかし一度言い出した以上、もうこれで押し切るしかない。

 

 

「…なるほどね。近頃君とスピネル殿は親しい様子だと思っていたけど、そういう理由だったんだね」

 

 助け舟を出してくれたのはアーゲンだった。

 にこやかに笑いながら、私達の後頭部を指差す。

 

「ほら、二人のリボンはお揃いだ。仲睦まじいね」

 

 あれっと思いながら見上げると、確かにスピネルの真紅の髪には青銀のリボンが結ばれている。

 

「そう、そうよ!それ、お互いの髪の色よね!すっごく仲良しだわ!」

「ああ…、本当だ。二人共、俺にくらい言ってくれれば良いものを。水臭いな」

 

 カルネリア様がパッと顔を輝かせ、殿下までそれに乗った。

 皆で話を合わせてくれるつもりらしい。これならもう一押しだ。

 私は申し訳なさそうな顔を作ると、上目遣いにオットレを見上げた。

 

「本当にすみません、オットレ様。私のような田舎者に優しいお声をかけて下さり、感謝いたします。そのお気持ちだけ有り難く受け取っておきます」

「……」

 

 オットレはしばしショックを受けた顔をしていたが、そのうちハッと我に返った。

 

「…そ、そういう事なら良いんだ。僕は別に、お前に相手がいなかったら可哀想だから、声をかけてやっただけなんだからな!…じゃ、じゃあな…」

 

 人目があるせいだろうか、オットレは思ったより素直に諦めてくれた。

 その後ろ姿を見送り、ホッと胸を撫で下ろす。随分と肩を落としていたのがちょっと気になるが…。

 前にも同じ展開があった気がするな、これ。

 

 

 まあ、何にせよ助かった。

 周りの貴族達に聞かれないよう、小声で皆に「有難うございます」とお礼を言うと、アーゲンはにっこりと笑った。

 

「いや、構わないよ。なかなか面白かったし、君に一つ貸しを作れたしね」

 

 …しっかり恩を着せてきた。

 こいつ、一見爽やか系だけど結構食えない奴なんだよなあ…。

 

「しかしこれでスピネル殿は、リナーリアのダンスパートナーに決まった訳だ。役得で羨ましいよ」

「よく言う…。…おい、いつまでくっついてる気だよ」

「あ、す、すみません!」

 

 スピネルに言われ、慌ててぱっと身体を離す。腕にしがみついたままだったのをすっかり忘れてた。

 ちょっと恥ずかしいので、誤魔化すように話を逸らす。

 

「でも、スピネルがたまたま私の髪色そっくりなリボンをしていたお陰で助かりました。説得力が出ましたし…」

「たまたま?…だが、さっき」

 

 殿下が首を傾げ、スピネルが呆れを含んだ視線でカルネリア様を見る。

 

「お前の仕業だな?勝手に俺のリボンを取り替えただろ」

「あら、良いじゃない、ファインプレーだったでしょ?」

「え、これってカルネリア様の悪戯だったんですか?」

 

 そうか、スピネルの髪を結び直してた時か。私が知らないうちに青銀のリボンをこっそり用意してたんだろう。

 あれ、じゃあ私のリボンの色が朱色ではなく真紅だったのって、実はスピネルとお揃いっていう悪戯をするため…?

 

 

「…そ、そうだったんですね…。そうとは気付かずに、私ったら勘違いを…」

 

 てっきりカルネリア様とお揃いだとばかり思って、友達っぽいなあとか浮かれてしまった。そうか、悪戯だったのかぁ…。

 恥ずかしくて赤面しながら小さくなる私に、カルネリア様が慌てる。

 

「あっ、ち、違うの!ちょっとした出来心で…別に騙すとか、そんなつもりなかったのよ!?」

「お前な、こいつは単純なんだから、変な悪戯すんじゃねえ!」

 

 スピネルがぽこっと軽く拳骨を落とし、カルネリア様は「うう、ごめんなさい~!」と情けない声を上げた。

 

「同じ赤色だし、私のリボンとは柄がお揃いだから良いかと思って…。でも、リナーリア様の気持ちを考えてなかったわ。ごめんなさい」

 

 カルネリア様は済まなそうに私に頭を下げてきて、急いで首を振る。

 

「いえ、おかげで助かりましたし…」

「でも、悪い事をしてしまったわ。…リナーリア様さえ良ければだけど、また二人でリボンを買いに行かない?今度はちゃんと朱色のリボンをプレゼントしたいの。だって、リナーリア様は本当に、大切なお友達なんだもの」

「……!はい、喜んで…!」

 

 笑顔で答えると、カルネリア様もホッとしたような笑顔になった。

 特に悪気はなかったらしく、私は彼女からちゃんと友達に認定されていたらしい。

 良かった…これが勘違いというのはさすがにダメージが大きかった。しばらく立ち直れなくなる所だった。

 

 

 

「それじゃリナーリア様、また後で」

「僕も失礼するよ」

「はい。また後で」

 

 立ち去るカルネリア様とアーゲンに軽く手を振っていると、殿下が私を見て言った。

 

「良かったな、リナーリア」

「はい」

 

 少し照れながら笑う私に、殿下は優しく微笑む。

 

「カルネリアの事だけじゃない、ダンスパートナーの事もだ。…君は俺の相手ばかり気にして、自分の相手には無頓着なようだったから、少し心配していた」

「あっ…」

 

 しまった、殿下がそんな風に思っていたなんて全く気付かなかった。

 友人なら心配をするのは当たり前だと、あのシェルターの時にも言われていたのに。

 

「でも、スピネルなら安心だな。…パーティー、楽しむと良い。スピネル、俺は先に行くから、お前はもう少しパートナーの傍にいろ」

「分かった」

「殿下、有難うございます」

 

 

 …後に残ったのは、やれやれという顔をしたスピネルと私だ。

 

「あの、パートナーを引き受けて下さって有難うございます」

「罰ゲームだからな。しょうがねえ、付き合ってやるよ」

 

 この間の、殿下とスピネルで問題を出し、全問正解だったら私の勝ちという勝負。負けた方が何でも言う事を聞くという約束だった。

 どんな罰ゲームをするかその場では思いつかなかったので、そのまま有耶無耶になっていたのだ。

 

 お陰で私は助かったが、スピネルとしてはいい迷惑だろうなあ…。私との仲を誤解されてしまいそうだし。

 ちょっと申し訳ない気持ちで見上げると、スピネルはニヤリと笑って私を見下ろした。

 

「お前が本当にダンスが上手くなったのか、楽しみにしとく」

「…め、目にもの見せて差し上げますよ!」

 

 そうだった、スピネルと踊るとなると間違いなくパーティーで注目される。

 と言うか既に注目されている。物凄い顔で私を見ているご令嬢が幾人かいる。こ、怖い…。

 しかし、今はこうするしかない。そのうちほとぼりが冷めたら誤解を解くしかないだろう。

 

 私にできる事はただ一つ。スピネルのパートナーとして恥ずかしくない振る舞いをする事だ。

 これはますます気が抜けない。頑張らなければ…!

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