流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
王妃様の園遊会から5日後。
スピネルは約束通り、デクロワゾー邸へと挨拶に来てくれていた。
応接室のソファの上、隣に座るスピネルを見上げる。
「わざわざ来て下さって有難うございます」
「気にするな。おかげで休みが取れたしな」
従者のスケジュールは王子に合わせて決めるものなので、いつでも好きなように休みが取れる訳では無い。
基本的に忙しいし、場合によっては何週間もろくに休みが取れなかったりする。
だが今回は流石にすぐ申請が通ったらしい。舞踏会デビューとは、貴族にとってそれだけ大事なものという扱いなのだ。
「私はブーランジェ家にご挨拶に行かなくて良いんですか?」
「ああ。俺は別にデビューって訳じゃないしな。親父…父上と母上もカルネリアの付き添いでパーティーに出るし、挨拶はその時すりゃいい」
「分かりました!」
ブーランジェ公爵は騎士の鑑と言うべき大変立派な武人だ。ご挨拶できるのはちょっと楽しみだったりする。
ちなみに、スピネルとはちっとも似ていない。
そうこう言っていると、お父様とお母様がやって来た。
「こんにちは、デクロワゾー侯爵。それに侯爵夫人」
「やあ、スピネル殿、お待たせして申し訳ない」
「よくいらっしゃいました」
お互いに挨拶を交わし、執事長のスミソニアンが淹れてくれたお茶を飲みながら、早速本題に入る。
「既にリナーリア嬢から聞いているかと思いますが、入学祝いパーティーのダンスで、俺が彼女のパートナーを努めさせていただく事になりました」
「ええ、聞いております。スピネル殿に娘をエスコートしていただけるとは、大変光栄です」
「リナーリアの事、どうぞよろしくお願いいたしますね」
両親はニコニコと上機嫌の様子だ。第一王子の従者がファーストダンスの相手って、貴族的にはなかなかの自慢だしなあ。
それに、年頃の私がダンスパートナーをまるで探そうとしない事を、両親も密かに心配していたのかも知れない。ちょっと反省する。
「最初に聞いた時は驚いたんですがね。何しろこの子はいつも、エスメラルド殿下の話ばかりしていたものですから…」
「あらぁ、あなたったら。時々ですけど、スピネル様の事だって褒めていたじゃありませんか」
「俺をですか?」
少し意外そうにするスピネル。
「ええ。スピネル様はご令嬢方にはいつも愛想が良いだとか、口がとても上手いとか、剣の腕が殿下よりもほんの少しだけ上だとか…。どうしていつも仏頂面で話すのかしらと思っていたんですけど…」
「お、お母様!」
「それは褒めていないのでは…?」
横目で睨まれ、私はちょっぴり冷や汗をかいた。
お母様、あんまり余計な事は言わないで欲しい。
「うふふ、きっとこの子なりの照れ隠しだったんですよ。だってあのシェルターに閉じ込められた事件の時、真面目な顔で言っていたんです。『スピネル様は殿下に仕えるにふさわしい、本当に素晴らしい従者です』と」
「…ほう」
スピネルはもう一度改めて私を見た。
そして、鋼色の瞳を細めて微笑む。
「光栄ですね。…それはきっと、リナーリア嬢にとっては一番の褒め言葉だ」
「……!」
…そ、その通りなんだけど。
本人にそれを言われるのは物凄く恥ずかしい。
いたたまれなくなり、私は目を逸らして小さく身じろぎをした。
その後は「若いお二人だけでごゆっくり~!」だとかお見合いみたいな事を言われ、テラスの方へ送り出されてしまった。
二人だけと言っても、すぐ後ろではスミソニアンがお茶を淹れてくれているんだが。
「なんかお前の両親、すっかり誤解してないか?」
「すみません…スピネルはパートナーがいない私に同情してくれただけだと、ちゃんと説明しておいたんですが…」
「まあ、良いけどな。オットレがどうとか、わざわざ言って心配かける必要もないだろうし」
どうやら、気を遣ってあの場では何も言わずにいてくれたらしい。
罰ゲームとは言え申し訳ないなあ。
「…それはともかく…」
スピネルは紅茶を飲みながら、少し声を潜めて言った。
「この屋敷に来てからずっと、後ろからすげぇ視線を感じるんだが…あの執事、何でずっと俺を睨んでるんだ?」
「え?」
思わず後ろを振り返る。
そこにいるのは、いつも通りの真面目な顔で静かに控えているスミソニアンだ。
我が家に代々仕えてくれている執事の家系で、まだ40そこそこくらいの若さだが、とても有能な執事長である。
そのスミソニアンが、客を睨むなんて無礼はしないと思うのだが…。
「別に睨んでませんよ?」
「あいつ…」
スピネルはちょっと頬を引きつらせると、ごほんと咳払いをして再びティーカップを手に取った。
「…それにしても、ここで出される紅茶はいつも美味いな。王妃様付きのメイドと比べても遜色ない」
「本当ですか?有難うございます」
スピネルって実はかなりの紅茶好きなんだよな。
茶葉の種類とか産地にはやたら詳しいし、城で殿下と一緒にお茶をする時など、メイドに細かく銘柄を注文したりしている。
私も貴族の嗜みとしてある程度の知識はあるが、味の違いは正直何となくしか分からない。
「スミソニアン、王妃様付きのメイドが淹れるお茶は、この王都で一番だとの評判なんですよ。つまり、貴方の腕は本当に素晴らしいと言ってくれてるんです」
「…光栄の至りでございます」
スピネルに向かって丁寧に頭を下げるスミソニアン。
昔ちらりと言っていたが、スミソニアンは若い頃、紅茶修業にひたすら打ち込んでいた時期があったんだそうだ。
その努力の甲斐あってか、他の貴族達が我が家を訪問した際には、紅茶の味を褒められる事が多い。
スミソニアンもその事を誇りに思っているようだが、今日は何だかあまり嬉しそうに見えないな。どうしたんだろう。
「この茶葉はキンバレー領産のファーストフラッシュだな。今年収穫されたばかりのものだ」
「さすがスピネル、よく分かりますね」
「ちなみに、最初に飲んだのはブルーク領のセカンドフラッシュ。多分、シーズ農園のものだな」
「そこまで分かるんですか?」
「王国内でも最高級品とされる茶葉の一つだからな。ブルーク領じゃ農園ごとに管理してグレードをつけてるんだ。今じゃ他にもいくつかの領が真似をしてるが」
その話は私も知っているが、同じ領内で作られたなら土壌も品種も近いので味も似てくるはず。飲んだだけで農園まで分かるものなんだろうか。
半信半疑でスミソニアンの方を見ると、目を丸くしている。どうやら正解らしい。
「凄いですね!」
「まあな」
素直に感心すると、スピネルはちょっと得意げな顔になった。
「そう言えば、スピネルって紅茶にあまり砂糖を入れませんよね」
「ミルクティーの時は少し入れるけどな。俺はそのままの味の方が好きなんだよ」
「へえ」
雑談をしながらふと、こうしてスピネルと二人だけで向かい合ってお茶をするなんて、初めてだなあと気付く。いつもは殿下が一緒だからな。
何だか不思議な感じだ…と思っていると、スミソニアンがスピネルの方を見ながらテーブルの上に新しいカップを置いた。
「どうぞ、召し上がってみてください」
「ふうん?」
スピネルは少し面白がる顔になり、カップを手に取った。目を閉じて香りを嗅ぐと、少しだけ口に含む。
私も同じようにカップに口を付けた。少し渋みがあって、香りが強い。
「グロッシュラー領産のセカンドフラッシュだな?」
「っ…!」
即座に言ったスピネルに、スミソニアンが驚愕した顔になる。
そして、新たなポットを取り出し次のお茶を淹れ始めた。まだ全然飲み終わってないんだが…。
懐中時計できっちり時間を測ると、やや濃いめの色をした紅茶を別のカップに注いでいく。
「…スペサルティン領産の、レルムス…いや、アニア農園のオータムナルだな。香りと甘味を存分に引き立てる、完璧なタイミングで淹れてある」
すると、スミソニアンは突然、がくりとその場に膝をついた。
「
「え?勝負だったんですかこれ?」
「そうらしいな」
肩をすくめるスピネルに、スミソニアンが悔しげにハンカチを噛みしめる。
「分かりました…貴方様はお嬢様をお預けするに
「は?いつの間にそんな話に?」
「知らん。俺はただ茶葉を当てただけだぞ」
「ただあくまで
「マジで何の話だよ!?」
スピネルが叫んだ時、後ろから「スミソニアン様」と静かな声がかけられた。
追加のお茶菓子をトレイに載せたコーネルだ。
膝をついたスミソニアンを見下ろすその目は、凍てつかんばかりに冷え冷えとしている。
「スミソニアン様、旦那様方がお呼びです。こちらは私にお任せ下さい」
「くっ…分かりました。それではお嬢様、スピネル様、失礼致します」
スミソニアンは一礼すると、屋敷の方へと去って行った。