流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第35話 国王陛下

 カルネリア様達と別れた後も何組かの貴族達に挨拶をしていると、大広間にラッパの音が響いた。

 国王陛下と王妃様のお成りだ。

 後ろには幾人もの侍従を連れていて、エスメラルド殿下とスピネルもいる。

 

 陛下は今年で39歳。痩せ気味で穏和そうな印象の男性だが、不思議と人の目を惹き付ける雰囲気を持っている。

 少し癖のある髪は栗色、瞳の色はエスメラルド殿下と同じ翠色だ。

 殿下の容姿はどちらかと言うと王妃様似だが、穏やかな中に意思の強さが覗く翠の瞳は国王陛下によく似ていると思う。

 

 王妃様は確か陛下よりも一つ年上なので40歳のはずだが、とてもそう見えないほど若い。

 淡い色の金髪が殿下とよく似ている、美しい方だ。

 

 お二人は豪奢な椅子へと腰掛けると、広間の中を見渡した。陛下がゆっくりと口を開く。

 

「今宵は、この秋に魔術学院へと入学する子供たちへの祝いの席だ。学院は様々な学問、知識、教養、そして魔獣と戦うための力と技術を学ぶための場である。君たちは将来この国を背負って立つべき責務を持って生まれた者だ。よく学び、そうして得たことを、この国を守るために役立ててほしい」 

 

 そこで言葉を切り、横に控えている殿下へと視線を送る。

 

「また、学院は新たな知己を得て、絆を結びつける場でもある。お互いに尊重しあい、切磋琢磨していくように。…皆も知っていると思うが、余の息子エスメラルドも今年学院へと入学する。エスメラルドは学問も武術も努力を怠らない、自慢の息子だ。しかし未だ未熟な子供でもある。君たちと同じだ。どうか仲良くし、必要ならば遠慮なくぶつかっていって欲しい。それがこの国の未来に良い影響を与えると、余は信じている」 

 

 殿下を含め、会場中の者皆が陛下へと頭を下げ、拍手をした。

 さすが陛下、しっかり親馬鹿を入れてきたなあ。と言っても殿下が優秀なのは事実なのだが。

 

 

 陛下のお話の後は、今年入学する子供達がその親を連れて一組ずつ国王陛下夫妻へと挨拶をしていくのが毎年の流れだ。

 最初は王子殿下で、その後はおおむね爵位と家格の順になる。

 混乱が起きないようしっかり侍従が案内をしてくれるし、ここで長時間の挨拶をするのはマナー違反として白い目で見られるので、さくさくとスムーズに進んでいく。

 

 やがて私の番も回ってきた。

 陛下に拝謁するのは今世で初めてなので緊張する。 

 

「デクロワゾー侯爵家が長女、リナーリアでございます。学院には魔術師課程にて入学いたします。この国のお役に立てるよう、勉学に励み研鑽を積む所存でございます」

「リナーリア。…期待している。身体に気を付け、よく励むように」

「は、はい!」

 

 

 

「…陛下から期待してるって言われるなんて、すごいじゃないか、リナーリア!」

「そ、そうですね…ちょっとびっくりしました」

 

 御前から下がった後、お父様が少し興奮しながら言った。

 普通は「励むが良い」だけなので、陛下は私には一言多くお言葉をかけて下さったのだ。名前も呼んで下さったし。

 やっぱり殿下と友人だからかな?

 あのシェルターでの戦闘の話は、陛下や王宮の人達を驚かせたって殿下が言っていたしな。

 

 そのおかげで周りからも少々注目されている気がするし、何だかそわそわしてしまう。でも、陛下自ら期待していると言われるのは本当に光栄なことだ。

 私はあまり顔に出さないよう、内心でひっそりと喜びを噛み締めた。

 

 

 

 それからもしばらく、国王陛下への挨拶の行列が続いた。

 すでに陛下への挨拶を済ませた者達は、会場を回って他の貴族達への挨拶回りだ。ひたすらに挨拶、挨拶である。

 同級生になる子女やその家族とも良好な関係を築いておくに越した事はないからだが、精神的にも体力的にも物凄く疲れる…。

 

 それでも今日はお母様が一緒にいてくれるから多少は楽だ。

 実は、我が家で最も社交スキルが高いのはお母様なのである。結構天然なのだが、あのおっとりと柔らかな物腰のおかげか、どんな相手とでもたいてい上手くやっている。

 とても尊敬している部分だ。

 

 

「…もう大体は挨拶し終わっただろう。今のうちに少し休んでおこうか」

「はい」

 

 お父様の提案で、壁際で少し座って休むことにした。この後ダンスを踊るのだから、体力は温存しておいた方がいいだろう。

 前世の私は剣術も一応やっていたからもう少し体力があったが、今世では剣は全く振っていない。

 その代わりに刺繍やら音楽やらをやらされているが、これらはほとんど体力に結びつかない。もっと運動しなければだめだろうな…。

 

 テーブルには軽食なども用意されているが、コルセットがきついのもあってあまり食べる気にならない。

 飲み物だけ少しもらってぼんやり会場を眺めていると、ふと殿下の姿が目に入った。一人の令嬢と話し込んでいるようだ。

 

 輝く蜂蜜色の髪。ドレスに包まれた肢体は、まだ15歳とは思えない女性らしい豊かなラインを描いている。

 …フロライア。一部の隙もなく整った横顔には、楽しげな笑みが浮かべられている。

 

 頭から冷水をかけられたような気分になる。

 殿下と何を話しているんだろう…いや、ただの世間話に決まっている。

 スピネルだって傍にいるし、こんな人の多い場所でおかしな行動を取るほど彼女は愚かではない。

 

 

 その時、王宮楽団が会場内に静かな音楽を奏で始めた。

 どうやらいつの間にか陛下への挨拶行列が終わっていたらしい。

 この曲は、舞踏会の開始の合図だ。

 

 あちこちで人が動き始める。

 やや緊張した表情のご令息達が、お目当てのご令嬢の元に向かう。

 嬉しそうに、あるいは恥ずかしそうに頬を染めてその手を取るご令嬢達。

 

 

 私は胸に手を当て、一つ深呼吸をした。

 フロライアの姿を見て一瞬動揺してしまったが、大丈夫だ。落ち着いている。

 あの女も今はまだ何も仕掛けては来ないだろう。警戒するだけ無駄だ。もうあのお茶会の時のような失敗はしない。

 

 派手な真紅の髪を揺らし、スピネルがこちらに歩み寄ってくるのが見える。

 今はただ、目の前の舞踏会に集中するのだ。

 

「リナーリア、頑張ってね」

「はい」

 

 励ましてくれる両親にゆったりと微笑み返し、私は椅子から立ち上がった。

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