流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第36話 ファーストダンス※

 いよいよ舞踏会が始まる。

 私は落ち着いて椅子から立ち上がろうとし、

 

「ふぎゃっ!」

 

 …思い切りすっ転んだ。

 

 

「リナーリア!」

「大丈夫か!?」

 

 慌てて両親やスピネルが駆け寄ってくる。

 立つ時にドレスの裾を踏んづけてしまったのだ。スピネルの手を借りて何とか立ち上がる。

 

「怪我はしてないか?」

「は、はい、何ともありません」

 

 必死でうなずくが、両手と膝が痛い。それ以上に恥ずかしい。みっともない。

 ただでさえ注目されているというのに、よりによって今こんなタイミングですっ転ぶか、普通!

 

 スピネルに手を取られ、フロアの中央に向かって歩き出すが、クスクスと笑っている声があちこちから聞こえる。

 死ぬ程恥ずかしい。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 

「落ち着け、大丈夫だ。ダンスに集中しろ」

 

 小さく囁かれた時、前奏曲が終わった。

 静まり返る会場の中、手を伸ばしてホールドを組む。

 背中に刺さるたくさんの視線。

 

 

 

 ワルツが始まった。

 一拍遅れて慌てて動き出し、そのせいでスピネルの足を思い切り踏んでしまい更に焦る。

 

 落ち着け、さっきの事はもう忘れろ。

 皆自分のダンスに夢中のはずだし、壁際の大勢の貴族達だって自分の息子や娘を見守っているだけだ。別に私を見てる訳じゃない。

 頭ではそう分かっていても、背中や手のひらにおかしな汗が滲む。

 

 自分の動悸がうるさくて音楽がよく聞こえない。とてもリズムを取るどころではない。

 それでも何とか動いているのは、腰に回されたスピネルの腕がしっかりと私の身体を押してくれているからだ。

 

 ちゃんと自分でステップを踏まなければ。しかし、やけに足が重くて思い通りに動かない。

 つい足元ばかり見てしまう。どうせドレスの裾しか見えないのに。

 

 

「リナーリア」

「は、はい」

「顔を上げろ」

 

 言われて反射的に首を持ち上げる。

 間近にある二つの鋼色の瞳。

 

「落ち着いて踊れば大丈夫だ。…ほら、右、左、右」

 

 必死で言われた通りに足を動かす。

 

「足元は見るな。…前、左」

 

 …この動き、覚えている。

 何度も練習した、一番初級のステップ。

 

「後ろ、右」

 

 次の動きが頭に浮かんでくる。

 ここから前、左。

 

「そう、その調子だ」

 

 かすかに音楽が聴こえる。優雅なワルツ。舞踏会の最初の曲。

 重かった足が少しだけ動くようになる。

 スピネルの胸の青薔薇がちらりと視界をかすめた。

 しっかりしなければ。彼にまで恥をかかせる訳にはいかない。

 

 

 

 

「…お、終わった…」

 

 大きく息を吐き、一歩下がってお辞儀をする。

 スピネルに助けられて何とか一曲踊りきったが、我ながらボロボロのダンスだった。

 やっぱり足を踏んでしまったし、初級のステップをひたすら繰り返すだけで精一杯だった。

 

「有難うございました。ご迷惑、おかけしました…」

 

 あんなに練習したのに、その成果を半分も出せなかった。

 スピネルにも、レーリング先生にも悪い事をしてしまったな。

 酷く情けない気持ちになりながらも笑みを繕うと、スピネルはじっと私の顔を見つめた。

 

「…迷惑かけたと思うなら、もう少し俺に付き合え。もう一曲だ」

「え」

 

 耳を疑い、ぽかんと口を開ける。

 

「無理だって言うならやめてもいいが?」

「でっ…できます!」

 

 いつもの顔でニヤリと挑発され、つい反射的に答えてしまった。

 うう…、物凄く嫌だけどやるしかない。でも、何故?こんな下手くそとこれ以上踊っても、何も面白くないだろう。

 スピネルと踊りたがってるご令嬢なんて会場内にいくらでもいるのに、どうして私ともう一曲なんて。

 

 

 そうこう言っている間に、次の曲の前奏が始まった。明るい曲調のクーラント。

 手を差し伸べられ、もう一度ホールドを組む。

 

「さっきより少し大きめに動くぞ」

 

 そう言った途端に、スピネルが大きく一歩を踏み出した。

 引っ張られる形で私もまた大きく足を踏み出す。

 

「わ、わっ」

「ほら、キビキビ動け」

 

 足だけでなく、手の振りも大きい。さっきよりもテンポが速い曲なのもあって、かなり大胆な動きになっている。

 

「す、スピネル!」

「ちまちま動いたって、つまんないだろ!ほら、右、左、右…」

「う、わわっ」

「ここでターン!」

 

 必死で言われるがままにターンする。

 くるりと回って腕の中に収まった私に、スピネルがニヤリと笑った。

 

「できるんじゃねえか」

 

 そうだ、今のは中級の振り付けだ。レーリング先生とたくさん練習した。

 自信を持って踊れるように、繰り返し、何度も。

 そのまま中級のステップを続ける。今度はちゃんと足が動く。もう重くない。

 

『背筋を伸ばして。曲をよく聴いてリズムに合わせて動くのよ』

 

 先生の声が脳裏に蘇る。

 しっかりと姿勢を正すと、かすかにしか聴こえなかった音楽が聴こえるようになった。

 軽快なリズム、陽気なメロディ。

 小川のほとり、咲き乱れる草花の上、踊リ回る妖精たちをイメージして作られた曲だ。

 

 

 リズムに乗って踏み出せば、自然と身体が動いた。

 いつの間にか、腰を押されなくてもスピネルの動きに付いていけている。

 

「どうやら、本当に上達したらしいな」

「も、もちろんです!」

「んじゃ、もっと大胆に行くぞ」

「え…、ひゃああ!」

 

 身体がふわりと浮き、大きく振り回される。

 着地したら更に2歩進んで、逆方向にも2歩。くるりとターン。

 定石なんて完全無視のでたらめなステップだ。

 

 ぐるぐると目を回しながら、そのまま右、左。必死で手足を、身体を動かす。

 何かを考えている暇なんてない、というか考えるだけ無駄だ。こんな振り付けは知らない。習ってない。

 それでも不思議と合わせていられるのは、スピネルの動きがちゃんとリズムに乗っているからだ。

 

「ちょ、ちょっと、何ですかこれ」

「良いぞ、その調子だ!」

「もうっ…!」

 

 笑うスピネルを睨みつける。

 こうなったらヤケだ。このまま振り回されっぱなしでたまるものか。思い切って早く大きく身体を動かしていく。

 しかしわざと逆方向に動いてみても、ちゃんとこいつは合わせてくる。何だその反射神経の良さは。

 

「ほら、次はお前がこっちだ!」

「え、ええっ!?」

 

 しかも、私をターンさせた拍子にホールドの体勢を入れ替えた。これじゃ男女が逆だ。

 驚きながらも何とか合わせる私に、スピネルはおどけたようにステップを踏むと、くるりと私の腕の中でターンした。

 しなやかに背を反らした、完璧な女性のポーズ。様になっているのに呆れてしまう。

 

「あの時は、男のステップを覚えてた私に怒ったくせに…!」

「そうだったか?」

 

 ダンスを続けながら文句を言うと、スピネルはわざとらしくすっとぼけて見せた。

 

「忘れたと言うなら、思い出すまで足を踏んであげましょうか!?」

「痛って!!踏む前に言え!」

 

 大げさに顔をしかめるスピネルに、思わず吹き出してしまう。

 

 

 くるくると回るようにステップを踏みながら、時々ホールドを入れ替える。

 無我夢中で踊っていると、勝手に笑みがこぼれた。

 本当にめちゃくちゃなダンスだ。今日は大事なデビューの舞踏会だっていうのに。

 でも何だかもう、そんな事すっかりどうでも良くなってしまった。

 

 さっきまで見えなかったものが見える。

 踊るたくさんの令嬢、令息。

 見守る貴族達。私の両親。

 腕を振り上げる指揮者。真剣な顔で演奏する楽団。

 華やかに飾りつけられた大広間。輝くシャンデリア。降り注ぐ光。

 

 …そして、目の前にあるスピネルの顔。

 楽しそうに、笑顔を浮かべている。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あははっ…!」

「ははっ!」

 

 我慢できず、声を出して笑った。スピネルも笑っている。

 全部がおかしくて、キラキラと眩しくて、楽しかった。

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