流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第37話 一番格好いい所

「はぁ、はぁ…。有難う、ございました…」

 

 曲が終わり、息を弾ませながらお辞儀をすると、近くからいきなり「ブラボー!!」という声が上がった。

 

「おお…ブラボー!!素晴らしい!!とっても斬新なダンスだったよ!!」

 

 見ると、臙脂色のタキシードの人が満面の笑顔でこちらに拍手を送っている。私達のすぐ隣で踊っていたペアの片方だ。

 その声につられるように、壁際の貴族達からもワアッと歓声と拍手が上がった。

 

「ブラボー!!」

 

 え、受けてる…?今のめちゃくちゃなダンスが?

 慌ててスピネルと二人で周囲にお辞儀をすると、一際大きな拍手が沸いた。ひえっ…。

 踊ってる時は夢中で気付かなかったが、目立ってるなんてもんじゃない。

 

 

 しかも、臙脂色のタキシードの人はつかつかと私に歩み寄ると、芝居がかった大仰な動作でバッ!と手を差し伸べてきた。

 

「ボクはスフェン、スフェン・ゲータイトだ!!君、良かったら次はボクと踊ってくれないかい!?」

「スフェン様…!?」

 

 この人、知っている。一学年上の先輩で、学院の女子達から絶大な人気がある有名人。

 肩口で切り揃えられた、所々に赤が混じる黄緑色の髪。凛とした顔立ちに、すらりとした身体。

 容姿や服装だけでなく、立ち居振る舞いの全てが派手で人目を引く。

 

 …だがこの人、タキシードを着ているけれど、れっきとした()()()()なのだ。

 

「え、えぇっと…」

 

 思わず助けを求めるようにスピネルを見上げると、スピネルはにっこりと笑った。

 

「遠慮することはない、リナーリア。俺はあっちで見てるから、好きなだけ踊って来るといい」

 

 こいつ逃げやがった!

 笑顔で私を送り出している風を装っているが、その顔には「関わりたくない」とはっきり書いてある。

 いや、スピネルは私のパートナーとして出席してるだけだから、もう役目を終えたと言えばそうなんだけど…。

 私は今日がデビューだし、申し込まれたダンスはなるべく受けなければならない。

 

「で、では、よろしくお願いします、スフェン様。リナーリア・デクロワゾーです」

「よろしく、リナーリア君!」

 

 …えっと、私が女役の方で良いんだよな?

 

 

 彼女の手を取った所で、ちょうど3曲目の前奏が始まる。

 さっきの拍手や歓声のせいもあって、スピネルと踊った時よりも更に視線を集めているようだ。

 うっとりと頬を染めて羨ましそうに私を見ているご令嬢もいる。代われるものなら代わってあげたい。

 スフェン様もきっとどこかのご令嬢にパートナーを頼まれてこの舞踏会に来たんだろうけど、何で私と…?

 

 いや、とりあえずはダンスに集中だ。

 ゆったりとした優雅なメヌエット。スフェン様はリズムに合わせ、丁寧にステップを踏んでいる。

 良かった、ちゃんと普通のダンスだ…とちょっと安心していると、彼女は軽く微笑んだ。

 

「なるほどね。普段の君は、とても生真面目なダンスを踊るようだ。基本に忠実だけど、少々堅苦しいね」

「!」

 

 それはレーリング先生にもよく言われた事だ。ズバッと言い当てられてしまった。

 

「…君の魅力を引き出すには、やはりこれが良いようだ!」

「えっ、えっ…」

 

 突然動きが変わる。スフェン様がダンスにアレンジを入れ始めたのだ。

 またかよ!私は普通に踊りたいのにー!

 だが、正反対に彼女は上機嫌の様子だ。

 

「うん、いいね!君の動き、男女両方の基礎をきっちりやっている。ボク以外にそんな事をしている子がいると思わなかったよ。面白い!」

「あ、あはは」

 

 好きで覚えた訳じゃないんだが…。

 でも彼女のダンスはスピネルほどめちゃくちゃな動きではないし、動作が大きいのでリードが読みやすい。

 ダンスのアレンジにも意外とついていけている。

 

 それにもしかして私、思っていたよりもダンスが上手くなっていたのかな?

 基礎ができていなければ応用はできないとよく言うが、だとしたら地道にレッスンを重ねたおかげだろう。

 心の中で、レーリング先生に感謝をした。

 

 

 

 

 曲が終わるとスフェン様は「学院で会おう!」と何やら格好いいポーズを取って去って行き、その後はアーゲンだとか幾人かのご令息達にも誘われ、それぞれ一曲ずつ踊った。

 アーゲンに「普通のダンスで申し訳ないね」などと言われたのには苦笑いするしかなかった。それで良いんだよ!

 

 更に、ご令息達からのお誘いが一段落した所で殿下とも踊った。

 わざわざ私にダンスを申し込みに来て下さったのだ。

 

「本当はもう少し早く、君と踊りたかったんだが…」

「殿下は大人気ですから、仕方ありません」

 

 私もちらちらと殿下の様子を見ていたが、高位貴族のご令嬢中心にずっと踊りっぱなしだった。ファーストダンスでなくとも、デビューの舞踏会で王子と踊れるのは名誉な事だから当然だろう。

 …フロライアとも、当然踊っていた。

 

「君だってずいぶん人気だったろう。たくさん申し込まれていた」

「それはスピネルのせいですよ。あれですっかり目立ってしまいましたし…」

「でも、楽しかったんだろう?あいつとのダンスは」

「そ、それは…まあ…」

 

 しぶしぶ肯定した私に、殿下が笑う。

 

「少しばかり、妬けてしまうな」

「え…」

 

 思わず目を丸くした時、丁度曲が終わった。

 一歩下がり、お互いにお辞儀をする。

 

「殿下、有り難うございました…!」

 

 私自身はダンスそのものに思い入れなどない。舞踏会デビューだって、大人になるためのただの通過儀礼だと思っている。

 でも、記念すべきこの日に殿下と踊れたのはやっぱり光栄だし、嬉しかった。

 

「こちらこそ有難う、リナーリア。とても楽しかった」

 

 にっこり笑った私に殿下もまた微笑むと、後ろを振り返った。その視線の先には、トレイに3つグラスを載せたスピネルがいる。

 殿下はスピネルに近付くと、1つだけグラスを受け取ってから何か言葉を交わして軽く首を振り、どこかへ歩いていった。

 その後ろ姿を見送ってから、スピネルが私に歩み寄ってくる。

 

「大分疲れただろ。外で休もうぜ」

 

 

 

 月明かりに照らされたテラスは夜風がそよいでいて、ダンスで疲れた身体に気持ちが良かった。

 スピネルから渡されたグラスを持ち上げ、喉を潤す。

 

「…今日は、本当に有難うございました」

「別にいいさ。罰ゲームだしな」

「罰ゲーム以外の事もですよ」

 

 私だってもう気付いている。

 スピネルがわざわざもう一曲と誘ってあんなおかしなダンスを踊ったのは、私のためだったのだ。

 最初の一曲だけだったならきっと、私のファーストダンスは…いや、このデビューの舞踏会の記憶は、ただ恥ずかしいばかりで終わってしまっていただろう。

 

「色々と大変でしたけど…貴方のおかげで、とても楽しかったです」

「そうか。そりゃ良かった」

 

 月光を浴びたスピネルの顔に浮かんでいるのは、いつものあの片頬を持ち上げた笑みではない。ご令嬢方に向ける、胡散臭いほどに爽やかな笑顔とも違う。

 ただ優しい笑顔だ。

 

「…スピネルは、楽しかったですか?」

「ああ」

「パートナーが女らしくなくても?」

「何だよ、根に持ってんのか?」

「当たり前です」

 

 ちょっと口を尖らせると、スピネルは少し苦笑した。

 

「しょうがねえだろ。お前が、あんな風に下向いてるから…だから、しょうがねえ」

 

 繰り返し言われて思わず見上げると、優しい鋼色の瞳が私を見下ろしている。

 

「女らしくなくても。バカでも、鈍くても。お前らしく顔上げて笑ってる方がずっと良いって、よく分かった」

 

 

「…何だか色々余計な言葉が混じってますね」

「本当の事だろうが」

「まあ、今日だけは見逃してあげますけど」

 

 こいつはいつも口うるさくて、文句ばかり言ってきて、すぐ人に向かってバカだの何だの言うけれど。

 …でも、いつも必ず私を助けてくれる。

 初めて会った時から、ずっと。

 

「今日のパートナーが、貴方で良かったです」

「そりゃ、引き受けた甲斐があったな」

「はい。本当は最初、気が重かったんですけど…。貴方凄く目立ちますし、ご令嬢方から絶対睨ま…注目されますし」

「目立ったのは俺だけのせいじゃないと思うけどな…」

「いえ、貴方のせいです」

 

 もう一度、改めてスピネルの姿を見る。

 真紅の髪、すらりと伸びた長身、彫りの深い顔立ち。

 男の外見になど興味ないし、私にとってそれらは全部どうでもいいものなのだが、ご令嬢方からすればきっと凄く魅力的で、格好良く見えるんだろう。

 …でも。

 

 左耳の上にそっと触れる。真紅の薔薇の髪飾り。

 最初は気障なプレゼントだと思ったが、今は素直に嬉しいと思える。

 

「私もよく分かりました。…貴方の一番格好いい所は、見た目などではないんですね」

 

 

「……」

 

 スピネルは無言でぱちぱちと瞬きをし、私を見つめた。

 かと思うと、くるりと後ろを向いた。暗くて分かりにくいが耳がちょっと赤くて、つい小さく吹き出してしまう。

 これももう分かっている。

 こいつ、あんなに格好つけてるくせに、変な所で照れ屋なのだ。

 

「…どうやら、今日も私の勝ちみたいですね!」

 

 そう言って笑うと、スピネルは小声で「うっせえ!」と答えた。

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