流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第39話 入学式(後)

 その後各教室を回り、美術部や詩文部、チェス部などなど、それぞれの部室を軽く覗いた。

 殿下はどこに行っても大人気だ。王子を入部させたいとは誰もが思う所だろう。

 スピネルも、特に女子が多い部活で大歓迎を受けていた。いつもの爽やか笑顔で適当に受け流していたが。

 

「文化系だけでも、結構色々な部があるんだな」

「殿下は何か興味を引かれる部はありましたか?」

「うーむ…」

 

 殿下は考え込む顔になった。

 色々お忙しいから、仮に興味があっても部活動に通うのは大変だろうしなあ。

 

「そういうお前は?さっきの魔術研究部とか、気になってるんじゃないのか」

「興味はありますが、魔術の事ならセナルモント先生に相談しますし…」

「ああ、あの王宮魔術師の」

「ふうん…。まあ、学生の部活よりちゃんとした魔術師のとこ行った方が良いか」

「ええ」

 

 学生同士でワイワイ魔術研究をするのも楽しそうだったけど、殿下を守るためにはなるべく実践的な魔術を磨いておきたい。

 私の時間もまた、限られているのだ。

 

 

「…ん?ここは何の部室だ?」

 

 ふと殿下が一つのドアの前で足を止めた。

 中から女子の賑やかな声が聞こえてくるが、ドアには特に何も書かれてない。

 あれ、ここ何の部だったっけな?記憶にないぞ。

 

「ちょっと覗いてみましょうか。こんにちは〜…」

 

 コンコンとノックをしてからドアを開けると、聞き覚えのある声が響いた。

 

「おや!君はリナーリア君じゃないか!」

「スフェン様…!?」

 

 彼女に会うのは、あの舞踏会の時以来だ。

 身に着けているのはやはり男子用の制服。この人は学院内でも常に男装しているのだ。

 スフェン様は椅子から立ち上がり両手を広げると、満面の笑みを浮かべて言った。

 

「…ようこそ、ボクのダンス音楽舞台演劇部(仮)へ!!」

 

 

 殿下とスピネルは理解できないらしく、揃ってぽかんとした。

 

「ダンス音楽…、何だって?」

「(仮)?」

「うん、実は今年新しく作ったばかりの部でね、まだ正式名称を決めていないんだ!」

「ああ、それで扉に名前が書かれていなかったのか」

 

 そうだ、思い出した。ここは彼女が作ったオリジナル舞台芸術部の部室だ。

 名称がなかなか決まらなかった上、正式な部活として認められていなかったので、すっかり記憶から飛んでいた。私とは全く関わりがなかったし。

 確か部員の全員が女子、しかもスフェン様ファンクラブの会員で、そのためほとんどの生徒からは「スフェン部」とか呼ばれていたはずだ。

 

「こんにちは、王子殿下、スピネル様、リナーリア様」

「よくいらっしゃいました。歓迎いたしますわ」

 

 にっこりと挨拶をしてきたのは、2年のネクタイを着けた女生徒二人。

 ゴージャスな金の巻き毛をした、やや高飛車な方がエレクトラム。落ち着いた雰囲気の、緑灰色の髪をした方がシリンダという名前だったと思う。

 確かこの二人が、ファンクラブをまとめ上げるツートップだったはずだ。

 

 

「すまない、よく分からないんだが…ここは、何の部活なんだろうか?」

 

 そう尋ねた殿下に、スフェン様は「よくぞ訊いてくれました!」と目を輝かせた。

 

「王子殿下は、現在舞台の上で演じられている演劇や歌が、あまりに既成概念に囚われすぎている…そう感じた事はありませんか?」

「既成概念?」

「ええ。演劇と言えば古典文学、歌と言えば伝統音楽、ダンスと言えば社交ダンス…。それらの伝統は勿論素晴らしいものですが、いつも同じものばかりで少々退屈だ。…ボクはもっと大衆的で開放的な、新しい舞台芸術を作りたい!!」

 

 スフェン様は熱弁を振るいながら、黄緑色の髪をきらめかせてバッ!と大きくポーズを取った。

 

「演劇や歌、ダンスと言った枠組みなど破壊し、新しい風を取り入れ、自由に舞台の上で輝きたい!!それがこの、ダンス音楽舞台演劇部(仮)なんです!!!」

「…な、なるほど…?」

「へえ…」

 

 殿下は完全に気圧されつつうなずいた。多分、分かっていない。スピネルに至っては理解するのを放棄した顔だ。

 私は少し考えつつ、スフェン様の発言をまとめる。

 

「…つまり、歌やダンスと演劇を組み合わせ、伝統に囚われない新しい形の舞台芸術を作る部…という事ですか?」

「そう、その通り!!素晴らしい理解力、さすがはリナーリア君!!」

 

 スフェン様は嬉しそうに笑うと、いきなり私の両手を握りしめた。

 

「やはり君はボクが見込んだ通りの人だ!!どうかぜひ、この部に入部してくれないだろうか!?」

「は!?」

「言ったろう、学院で会おうと。君の事は必ずスカウトしようと決めていたんだ!」

「な、なぜ私を」

「あの時のダンスだよ!君のダンスは、既成概念に囚われない新しい魅力に満ちていた!君のような人こそ、この部にふさわしい…いや、必要な人なんだ!!」

 

 あれで目を付けられてしまった…!?

 いや、待てよ。あの時あれを踊ったのは…。

 後ろを振り返り、スピネルの方を指差す。

 

「あのダンスは、最初にこの人と一緒に踊ったものですけど」

「おい!俺を巻き込むな!」

「あ、そう言えばそうだったね。…もしかして、スピネル君もうちの部に入りたいのかい?」

「いや全く、ちっとも、これっぽっちも入りたくはない遠慮しておく」

 

 スピネルは早口で言い切った。私だって別に入りたくないんですけど!

 さてはこいつ、スフェン様が苦手だな?…気持ちは分かるけど。

 しかし一体どうしようかと困惑していると、シリンダ様の方がおっとりと声をかけてくれた。

 

「スフェン様、あまり性急に話を進めてはいけませんわ。リナーリア様が困っていらっしゃいます」

「ああ、そうか、すまない。君達は新入生だものね、きっと校内を見学している所だったんだろう?」

「あ、はい、そうです」

「これから3年を過ごす学舎だ、早いうちに馴染んだ方がいい。ゆっくり見て回りたまえ。入部については、また後日話そう!」

「は、はい…」

 

 スフェン様は「またいつでもおいで!」と笑って送り出してくれた。

 …色々変わってるけど、悪い人じゃないんだよなあ。

 

 

 

 

 ダンス音楽舞台演劇部(仮)を出た後は、一通り校内を見て回ってから外に出た。

 外には運動場や闘技場、魔術用の訓練場などがある。

 運動場の方では剣術部が練習をしていた。結構な人数がいる。

 殿下とスピネルも興味を惹かれたようだが、今日は運動着を用意していないので軽く見学するだけで立ち去った。

 

「魔術訓練場は思ったより狭いんだな」

「かなり強力な防護結界が設置してありますからね。あまり広げると維持が大変になるみたいです」

 

 学院の教員や衛兵達も十分に優秀なのだが、さすがに王宮魔術師がたくさんいる城の練兵場のような広さの結界は無理だ。

 

「大規模な訓練の時は転移魔法陣で近郊の野原に行くそうです。1年生のうちはほとんどやりませんが」

「さすが、よく調べてるな」

「ええまあ…」

 

 実はここの卒業生だからなんですけどね。3年間過ごした場所なので、やはり懐かしい。

 

「えーと、あとは食堂と寮くらいですかね?」

「なら食堂に行くか。そろそろ良い時間だし、昼食にしよう」

「そうだな」

「はい」

 

 

 食堂は既に多くの生徒が集まっていて、少々混み合っていた。

 ここは基本的にビュッフェ形式だ。

 男子と女子、騎士課程と魔術師課程などで食べる量にかなりの違いがあるからで、貴族の子女が通う学校だけあって味はかなり良い。

 

 私はフラメンカエッグという卵料理がお気に入りなのだが、今日はないようなのでオムレツを取る。

 ちょうど焼きたてのパンが出てきたのは幸運だった。やはりパンは温かいうちに食べるのが一番美味しい。

 殿下とスピネルはビーフシチューを選んだようだ。

 

「なかなか美味いな」

「ええ、ビーフシチューはここの一番人気メニューらしいですよ。肉も野菜もゴロゴロと大きくて食べ応えも…って、あれ?」

 

 スピネルの皿、人参が入っていない。

 もしかして、わざわざ避けて盛り付けたのか?

 

「無駄に器用な事しますね…」

「それほどでもねえよ」

「褒めてませんよ!ほら、私の人参あげますので、食べて下さい」

「いらねえ!バカ、やめろ、皿に入れるな!」

「二人共、食堂で暴れるんじゃない」

 

 殿下は苦笑しつつ、もりもりと食べている。この調子だとおかわりもしそうだ。

 かなりの健啖家で見ていて気持ちが良い食べっぷりなので、殿下が食事をしている所を見るのは密かに好きだったりする。

 私は少食な質だったので、とてもこうは食べられなかった。今世では輪をかけて食べる量が減ってしまったし、女性の胃袋って本当に小さい。

 

「それよりお前、あの部に入るのか?あのダンス何とか部」

「いえ、無理です、絶対無理ですよ。よく分かりませんけど、舞台をやる部みたいですし。私そういう、人前に出るようなのは苦手なんです」

「そうなのか?」

「はい。私は小心者ですし、地味な人間なので」

「小心者…?」

「お前が地味?」

「何で二人共そんな顔するんですか!?」

 

 

 

 そうして昼食を食べお茶を飲んでいると、数人の生徒がこちらにやってきた。

 真ん中の男子生徒は緑色の髪を丁寧になでつけ、銀縁の眼鏡をかけている。

 この学院の生徒会長、3年生のジェイドだ。両脇にいるのも生徒会役員だろう。

 

「こんにちは、エスメラルド第一王子殿下。改めて、ご入学おめでとうございます」

「有難うございます」

 

 三人で立ち上がり、会長達に頭を下げる。殿下と言えども、学院の中では上級生に対しては敬語だ。

 

「既に聞いていると思いますが、殿下とスピネル君には生徒会に入っていただきたいと思っています」

「はい。光栄です」

「謹んでお受けいたします」

 

 このやり取りは形式上の、ただの挨拶のようなものだ。第一王子及び従者の生徒会入りは予め決められている。未来の国王としての教育の一環だ。

 だが、こうしてわざわざ向こうから挨拶にやって来るジェイド会長の几帳面さと真面目さを、私は高く評価している。実直で信頼できる、前世でもお世話になった人物だ。

 

「詳しくは明日話します。放課後、生徒会室にお立ち寄り下さい」

「わかりました」

「よろしくお願いします」

 

 

 会長達は折り目正しく一礼すると、食堂を出ていった。

 その姿が見えなくなってから、スピネルがため息をつく。

 

「はあ…生徒会かぁ。めんどくせえ…」

「何をやる前から嫌がっているんですか!殿下と一緒に生徒会に入れるなんてうらやま…、名誉なことですよ!」

「俺よりも、お前みたいにやる気がある奴を入れれば良いのになあ」

「リナーリアはこういう活動は向いていそうだしな」

「…でも、入ろうと思って入れるものではないので…」

 

 私は小さく苦笑した。

 殿下の言う通り、私は将来文官の道も考えているので書類仕事などが得意だ。しかも前世では役員だったので、生徒会活動にも慣れている。

 

 だが生徒会は、向いているからと言って入れるものではない。ほぼ親のコネで入るものなのだ。

 箔付けのため、勉強のため、人脈を広げるため…と、生徒会に入るメリットは大きい。

 枠が空いていれば生徒推薦で入る事もできるらしいが、特に今年は殿下がいるので、あちこちの貴族が息子や娘をねじ込もうと相当頑張ったはず。

 間違いなく枠はいっぱいだ。

 

「まあ、人手が足りない時はお呼び下さい!いつでもお手伝いいたしますので」

「そうする。ありがとう、リナーリア」

「じゃあ早速、明日俺の代わりに…」

「初日から活動をサボる人がいますか!!ちゃんと真面目にやって下さい!!」

 

 叱りつけると、スピネルはちょっと口を尖らせながら「分かってるよ」と答えた。こいつめ。

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