流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第42話 リナーリア、筋肉を語る(後)

「…シルヴィン様は誤解していらっしゃるようですが、本当にスピネルとは何でもないんですよ。先程、ダンスパートナーを引き受けてくれたのは私に同情したからと言いましたけど、実はもう一つ理由があるんです」

「えっ?」

「私は本当は、憧れの殿方がいるんです。でも私はその方とはとても踊ることができないので、スピネルが代わりに踊ってくださったんですよ」

 

 そう言った途端、ガタガタっ!という音が響いた。誰かが椅子を蹴って立ち上がりかけたような音だ。しかも複数。

 思わず辺りを見回すが、皆素知らぬ顔をしている。

 …これ絶対、皆聞き耳を立てているな…。

 

 話を聞かれている事に少し恥ずかしくなるが、この際だから都合がいいと考えるべきだろう。

 この件について私の印象を変えるチャンスだ。

 

「あの、リナーリア様…スピネルお兄様以外にそんなお相手がいるの?本当に?」

 

 困惑した様子でカルネリア様が尋ねてくる。

 私は恥ずかしそうな顔を作ると、少しうつむいた。

 

「はい。…実はその方は、ブーランジェの…」

 

 ガタっ!とまた椅子の音が聞こえる。おい誰だよ。

 

「えっ、他のお兄様!?レグランドお兄様かしら、それともバナジンお兄様?やだ、言ってくれたらいつでも紹介したのに!」

 

 カルネリア様が目を輝かせるが、私はきっぱりと首を振る。

 

「いえ、ブーランジェ公爵様です」

 

 

「……。お父様?」

「はい!剛刃将軍と謳われたアルマディン・ブーランジェ閣下です!」

 

 両手を合わせにっこりと笑った私に、カルネリア様とシルヴィン様が揃ってぽかーんとした。

 

「その生き様はまさに質実剛健、厳しくもお優しい騎士の鑑とも言うべき立派なお方。お目にかかったことはほんの数度しかありませんが、武勇伝はいくつも聞き及んでおります。とても憧れています」

 

 私はできる限り熱意を込めて言う。

 相手は公爵、しかも既婚者かつ友人の父親だ。殿下やスピネルとは違い、どう間違っても私と関係など生まれようがないと誰でも一目で分かる。

 誤解を受ける心配がない憧れの相手として、まさに完璧なチョイスだ。

 父親に代わって息子に踊ってもらったというのも、いかにもそれっぽくロマンチックに聞こえるだろう。多分。スピネルと公爵は全く似てないんだが。

 

 それに、私が公爵に憧れているというのは事実だ。もちろん恋愛感情的な意味ではないが。

 ブーランジェ公爵は謹厳実直を絵に描いたような人で、一人の騎士として、公爵として、とても尊敬できる人物なのだ。騎士でありながら、魔術師に対してきちんと敬意を払ってくれる所も素晴らしい。

 

「あの逞しい体躯も素敵です。特にあの、服の上からでも分かる上腕二頭筋…数十頭の魔獣の群れに襲われた際、なんと素手で魔獣の頭を引き千切って倒されたとか!素晴らしい膂力(りょりょく)です」

「そ、そうね…?」

 

 カルネリア様がこくこくとうなずく。

 

「それに、僧帽筋もたいそう立派でいらっしゃいます。狼型の中型魔獣と戦った際、頭部に一撃を食らいながらもその筋肉で耐え切り、一刀をもって魔獣を両断したと聞いております。普通の騎士にはとてもできることではありません」

「え、ええ」

「あ、もちろん、上半身だけではなく体幹を支える下半身の筋肉もとても優れていらっしゃいます!特に腓腹(ひふく)筋が素晴らしいですね。かの剛力は、鍛え上げられた足腰から生まれるものなのでしょう!」

 

「…ええと、筋肉…お詳しいのね…?」

「はい」

 

 カルネリア様に問われ私はうなずいた。

 人体の構造、特に筋肉についてはしっかり勉強している。身体強化の魔術を使う際、その知識があった方がより高い効果を出しやすいからだ。

 

 女性は何だかんだと男性の外見を気にするものなので、内面だけではなく外見も褒めた方が信憑性が高まると思ったのだが…おかしい、どうも微妙な反応をされているような気がする。

 何か間違っただろうか…?

 

「そうだったのね…リナーリア様はブーランジェ公爵を…」

 

 シルヴィン様は呆然と呟いている。良かった、ちゃんと信じてくれたらしい。

 

「ごめんなさい、知らずにおかしな事ばかり訊いてしまって…」

「いえ。分かっていただけて嬉しいです」

 

 しかもちゃんと謝ってくれた。

 やっぱりこのご令嬢、根は素直な人なのだ。作戦が上手く行った事に安心する。

 戸惑い顔で様子を見守っていたカルネリア様や他のご令嬢達も、シルヴィン様が矛を収めたことにとりあえずほっとしているようだ。

 

 

 そこで、予鈴の音が聞こえてきた。話し込んでいるうちに時間が経ってしまったようだ。

 周囲の生徒たちが次々に席を立ち食堂から出ていく。私たちも午後の授業が始まる前に戻らなければ。

 歩いていくシルヴィン様を見送りながら、私はこっそりとカルネリア様に耳打ちする。

 

「カルネリア様、私気付いてしまいました。シルヴィン様、きっとスピネルの事が好きなんですよ」

 

 それを聞いたカルネリア様は私の顔を凝視する。

 

「…まさか、今まで気付いてなかったの…?」

 

 …その顔、呆れた時のスピネルにそっくりですね。

 

 ちなみにスピネルにもこれらの話は聞こえていたらしく、後で「人目のある場所でああいう話をするのはやめろ…二度とやるな…」と、人参を口に突っ込んだ時のような表情で釘を差された。

 私だって好きであんな話をした訳ではないし、スピネルだっていつまでも誤解されたままだと困るだろうと思うのだが、反論するととんでもなく長い説教を食らいそうな気がしたので、おとなしく謝っておいた。

 私のせいじゃないのに…。

 

 

 

 そして後日、カルネリア様達との勉強会は無事に開催された。

 参加者にはちゃんとシルヴィン様もいて、どうやら彼女は今までの私に対する態度をずいぶん反省したらしい。

 チラチラとこちらを見つつ申し訳なさそうにしているので、彼女が苦手だという政治経済学について丁寧に教えたところ非常に感激された。

 

 こういう素直な人物が私は好きなのだ。できれば仲良くしていきたい。

 カルネリア様もどこか安心した様子だった。以前からきっと、私達に仲良くなって欲しいと思っていたのだろう。

 

 そこまでは良かったのだが、生徒の間で私は筋肉好きだという噂が流れているとカルネリア様から聞いた。…何故?

 さらに、男子生徒の間では筋力トレーニングが流行り出しているらしい。

 私の話を聞いて筋肉はモテると思ったのだろうか。

 それで女性受けするかどうかの責任は私には持てないが、鍛えるのは良い事なので頑張ってほしい。

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