流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第45話 幼馴染

「やあリナーリア君、ご機嫌はいかがかな?今日は君をランチに誘いに来たよ!楽しく食事をしながら、演劇の未来についてボク達と語り合おう!」

「ええと…」

 

 教室に入るやいなや、くるりとターンして手を差し伸べたスフェン様に、私は困惑しつつやんわりと微笑んだ。

 こんな狭い場所でよく器用にターンできるものだ。ちょっとだけ感心してしまう。…現実逃避とも言う。

 

 入学以来、彼女は度々こうして私を誘いに来る。ランチだけではなく部活動の見学などもだ。

 断るのも失礼だし、特に用事がなければある程度付き合っているのだが、毎回必ず入部を薦められるので正直困っている。無理強いはしないが、諦めるつもりもないようなのだ。

 やっぱりこの前、彼女の演劇論に応じてしまったのが悪かったかなあ…。

 

 私は特別演劇が好きという訳ではないが、従者として殿下と共に劇場に招待される機会は多かったし、上級貴族には観劇を趣味としている者が結構いる。

 その中には「まだ若い君にはこの劇は少々難解だったかもしれないねぇフフフ」などと上から目線で語ってくる輩もいて、腹に据えかねて演劇論の本を読み込んで勉強した事があったのだ。

 

 お陰で私はますますスフェン様に気に入られてしまったようなのだが…本当にちょっと齧った程度で、そんなに詳しくは無いんだがなあ。

 

 

 しかも、教室のドアをくぐりもう一人私に近付いて来た人物がいる。

 オットレだ。

 

「リナーリア、今日は僕と一緒に昼食を取ろうじゃないか。使用人に命じてガムマイト領産の最高級牛肉を取り寄せたんだ、お前にも味わわせてやる」

 

 うーん、面倒くさい。というか学院の食堂で自分用の牛肉焼こうとするな、迷惑だろう。

 こいつは園遊会でダンスパートナーを断って以来、ぱったりと私の前に姿を見せなくなっていたのだが、どういう訳だか最近また寄って来るようになった。

 しかも話しながら腕を曲げてみたり胸を張ってみたり、やたらと謎のポーズを取っているのが非常に鬱陶しい。

 一体何をしてるんだろう。猿の物真似か…?

 

「おやおやオットレ君、割り込みは感心しないな。彼女はボクが先に誘っていたんだよ」

「ふん、知った事か。それより、馴れ馴れしく君付けで呼ぶのはやめろ。伯爵家ふぜいが」

「ボクらはクラスメイトだろう、親しく呼びかけたって良いじゃないか。ところで一つ忠告しよう、筋肉というのは短期間ではそうそう付くものじゃないし、いくらアピールしても服の上からでは分からないよ!」

「僕にここで服を脱げと言うのか!?この破廉恥女が!!」

「誰もそんな事言ってないけどね!?」

 

 

 スフェン様とオットレは何やら言い争いを始めてしまった。

 クラスメイト達が足を止め、面白がるようにこちらを見ている。うう、胃が痛い…。

 すると、少し心配げにしている殿下と目が合ったので、私は「大丈夫です」という意味を込めて笑ってみせた。

 やはり殿下はお優しい…絶対関わりたくないとばかりにそそくさと教室を出たスピネルとは大違いだ。

 

 まあそれは置いておいて、今はこの無駄な争いを止めなければ。

 胃痛をこらえつつ何とか愛想笑いを浮かべ、二人の間に割り込む。

 

「申し訳ありません、今日はお二人とはご一緒できないんです。先約がありまして…」

「何だと!そういう事は早く言え!」

「言いたかったんですが口を挟む隙がなくて…」

「そうだったのかい、それは残念だなあ。…仕方がない、じゃあまた別の機会に!」

「あ、はい。また今度」

 

 オットレはまだ何か言いたそうだったが、スフェン様があっさりと去って行ったので、自分も諦める事にしたらしい。

「またな!」と言って教室を出て行った。…これ絶対明日も来るやつだな…。

 小さくため息をつきつつ、私も教室を出る。早く食堂に行かなければ。

 

 

 

 

「…すみません、お待たせ致しました」

「大丈夫、そんなに待ってないよ」

 

 私の向かいでにっこりと人懐っこい笑みを浮かべたのは、ミニウム・シュンガ。

 童顔なのでともすれば年下にも見えるが、一つ上の2年生。シュンガ伯爵家の嫡男だ。

 実はこの人の姉サーフェナは我が家の長兄ラズライトの婚約者で、来年挙式を予定している。つまり彼と私は、もうじき親戚になる間柄という訳だ。

 

「この前はごめんね、晩餐会に行けなくて」

「いいえ。何か用事でもあったのですか?」

「うん、まあ。ちょっとね」

 

 ミニウムは少し気まずそうに言葉を濁し、皿の上のマッシュポテトをつついた。

 いつも明るく朗らかな彼にしては歯切れが悪い。それに何だか、疲れている様子にも見える。

 

「…もしかして、今日僕の事を誘ったのは、姉さんに何か言われたから?」

 

 うっ、鋭い。実はその通りである。

 先日我が家ではシュンガ家を招いての晩餐会を行い、私もそれに同席したのだが、ミニウムは欠席していた。

 まあ学生の身だし他に用事でもあるのだろうと思ったのだが、帰り際にサーフェナ様にこっそり頼まれてしまったのだ。

「あの子、最近ちっとも屋敷に帰ってこないの。こんな事珍しくて…。少し様子を見てきてくれないかしら」と。

 

「サーフェナ様はミニウム様を心配なさっているようでした。もうすぐ冬ですし、一度屋敷に顔を出されてはいかがですか?」

「そうだね…」

 

 冬の間、貴族達は自分の領地に帰る。秋も終わりが近付いた今、早い者は既に王都を発っていたりする。

 シュンガ伯爵も来週には出発予定だと言っていたし、その前に顔くらい見せておいた方がいい。

 ミニウムもそれは分かっているのだろう、うなずいてみせたが、やはり何だか元気がない。

 

 

「何か悩み事でも?私で良ければ、話くらい聞きますよ」

「……」

 

 ミニウムは少しの間迷っていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

 

「実は、君に尋ねたい事があるんだけど」

「何でしょうか」

「君、ダンス音楽舞台演劇部(仮)に誘われているだろう?それはどうしてなのかな?」

「えっ?えーっと…」

 

 予想外の質問に面食らってしまう。

 だが別に隠すような話ではないので、私はデビューの舞踏会での出来事をかいつまんで話した。

 ミニウムはやけに真剣な表情で聞いている。

 

「…という訳なんですが…スフェン様があのダンスで、何故そこまで私を気に入ったのかはよく分かりません」

 

 元々あの変なダンスを始めたのはスピネルの方なのに、あいつには大して興味なさそうだしな。

 別に女子しか入れない部って訳でもないみたいなのに。

 

「…スフェンはきっと、君の中に新しい可能性を見たんじゃないかな。新しい感性というか…」

「私にですか?」

 

 残念ながら、私には芸術的な感性なんてものはないぞ。むしろ苦手な部類の人間だ。

 

「君はどこか、不思議な所がある人だから。…スフェンにちょっと似てると思う」

「ええぇ…?」

 

 あんな派手で色々と個性的な人と似てる?私が?

 一体どこが…と悩みかけ、本題はそれではないと思い出す。…ミニウムは何故、こんな事を尋ねてくるのか。

 私の疑問を読み取ったらしく、ミニウムが小さく頭をかく。

 

「ごめん、急にこんな事言っても訳が分からないよね。…実は僕、スフェンとは幼馴染なんだ」

「ああ、そう言えばシュンガ領とゲータイト領は近いのでしたね」

「うん。昔から家同士が親しいし、同い年でもあるから、小さい頃から仲良くしてた。それにスフェンはあの通り、演劇や歌なんかが好きだろう。僕も昔からそういうのが好きで、彼女とは気が合ったんだ。二人でよく、魔剣の黒き英雄ごっことかやったなぁ」

 

 魔剣の黒き英雄は、演劇作品としても非常に人気が高い有名な冒険譚だ。私も何度か観た事がある。

 

「部に勧誘されているなら聞いていると思うけど、彼女の夢は新しい舞台芸術を作る事だ」

「はい。全く新しくて、老若男女問わず…貴族でも平民でも誰もが楽しめるような、そんな舞台を作りたいと言っていました」

「僕もその夢を手助けする。それが、子供の頃からの約束なんだ。だから学院に入学してから二人で演劇部に入ったんだけどね、スフェンは部長と意見が合わなくて…。演劇部は辞めて、自分で新しい部を作るって言い出した」

 

 私もその辺りの事情は、前世の生徒会で耳に挟んだ。

 スフェン様は演劇部の女子数名を連れて退部、更に新しい部を作る為に人を集め始めた。

 すると彼女のカリスマによって予想以上に人数が増え、「部活動には参加できないが、応援はしたい」という生徒も現れ出して、それがスフェンファンクラブの元になったはずだ。

 今は正式な部活として認められるため、実績作りをしている所らしい。

 

「僕も一緒に演劇部を辞めた。でもスフェンは、その頃から僕の事を避けるようになって…。新しい部にも、僕は入れられないって」

「どうしてですか?」

「部活動は学業と両立しなければいけない。でも、僕はそれができていないから駄目だって、そう言われた」

「え?でも…」

 

 ミニウムはかなり成績が良かったはずだ。サーフェナ様が嬉しそうに自慢していたし、実際定期テストではいつも上位に入っていたはず。

 疑問を浮かべる私に、彼は困ったように苦笑した。

 

「…僕は剣術が…剣術の試験が、どうしても苦手で。これだけはいっつも成績が悪いんだ」

「あ…」

 

 そうだ。前世でも、「あいつは技だけ上手くて、てんで弱い」と他の生徒から陰口を言われているのを聞いた事がある。

 彼は伯爵家の跡取り。上に立つ者であれば良いのだから、剣術の腕など必要ないと言えばそうなのだが、あまりに弱いと他の貴族や家臣達から侮られてしまう。いかにも人の良さそうな彼ならば尚更だろう。

 騎士家の貴族にとって、剣の腕は威厳を保つために重要なものなのだ。

 

 

「…スフェンは、不甲斐ない僕に愛想を尽かしたのかもしれない。でも僕は、約束をちゃんと守りたいんだ。また前みたいに、スフェンと楽しく演劇の話をしたい。それに、僕は僕自身のためにも強くなりたい。あの物語に出てくるみたいな、勇気溢れる強い騎士になるのが僕の夢だから…」

 

 ミニウムの表情は真剣だ。

 様々な理由から、彼は本気で強くなりたいと思っているらしい。

 

「では、近頃シュンガの屋敷に戻られていなかったのは…」

「剣の練習で忙しくて。姉さんには心配かけたくないから避けてたっていうのもあるんだけど…逆に心配かけちゃったなあ…」

「……」

 

 なるほどな。彼が疲れている様子なのは、無理をして鍛錬をしていたからか。私の目から見ても分かるのだ、家族ならばすぐに察してしまうだろう。

 そういう事情なら私としても応援したいが、あまり周囲に心配をかけるのは良くない。

 

「ちなみに、練習の成果はどれほど?」

「……」

 

 尋ねると、ミニウムは目に見えて落ち込んだ顔になった。

 え、さっぱり成果が出てないって事?なんで?

 

「本当は誰かに練習相手になってもらうべきなんだけど、皆僕とやるのは嫌がるから。…僕が悪いんだけど…」

「そうなんですか?」

 

 彼は友人が多い方だったと思うが…もしかして、弱すぎて相手にならないからか?

 何しろ騎士課程の脳筋共は弱い人間、弱そうに見える人間への態度が悪い。友人だから余計に容赦がなくなる事もあるかもしれない。

 童顔で体格も小柄なミニウムは、青瓢箪だのヒョロガリだの言われていた前世の私と少し似ているようで、何だか共感してしまう。

 彼もきっと苦労してるんだろうな。

 

 

「…分かりました!でしたら、私が協力しましょう!」

「えっ?君が?」

「はい!」

 

 驚いて目を丸くするミニウムに、私は力強くうなずいた。

 ただ応援したいだけではない、これは私にとってもメリットがある話だ。

 なぜなら彼はスフェン様の幼馴染なのだ。今は少々疎遠なようだが、上手く仲直りさせ彼をスフェン部に入部させれば、私への勧誘をやめるよう説得してもらう事だってできるはず。

 

「もちろん私は練習のお相手などできません。でも、友人に助っ人を頼んでみます。きっと引き受けてくれるはず」

「友人?でも、君の友人って…」

「大丈夫です!!私にお任せ下さい!!」

 

 自信満々で胸を叩く私に、ミニウムは呆気にとられた顔をした。

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