流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
「…そんな気はしてたけど、リナーリア、君の助っ人って…」
「はい!エスメラルド殿下とその従者スピネルをお呼びしました!」
「そっかあ…そうだよね…」
堂々と紹介した私に、ミニウムはちょっぴり笑顔を引きつらせた。
「大丈夫です、二人共こう見えて気さくな方ですから。どーんと胸を借りて下さい!」
「ほ、ほんとに…?」
「こう見えてって何だよ。俺はお前みたいに一睨みでクラスメイトをビビらせたりしてないぞ」
「私だって別にビビらせてません!!結構気にしてるのでやめてもらえます!?」
「気にしてんじゃねえか…」
哀れんでくるスピネルに思わず殺意を覚える。こいつ今すぐ燃やしてやろうか。
と、そこに殿下が片手を差し出した。
「俺もまだまだ修業中の身だ、練習相手は多ければ多い方がいい。遠慮せずによろしく頼む」
「は、はい、よろしくお願いします。王子殿下、スピネル殿」
「スピネルでいい、学年はあんたの方が先輩だしな。まあ、気楽にやろうぜ」
「わかった、よろしく、スピネル君」
握手を交わす3人に、私は殺意を引っ込めてにっこりとした。
殿下もスピネルも快く助っ人を引き受けてくれて良かった。
いつも二人で修業しているので、他の者を相手にするのは良い気分転換になるんだそうだ。
問題はミニウムがとても弱いらしい事だが、この二人なら真面目にやっている人間をバカにしたりはしない。
口が悪いスピネルも、言う相手はちゃんと選ぶしな。…私を「言ってもいい相手」に認定している事は大変遺憾だが、今は置いておく。
二人の練習相手としては物足りないだろうが、そこは指導するつもりでやって欲しいと頼んである。人にものを教えるのは、教える側にとっても良い勉強になるはずだ。
それに私は、ミニウムを殿下に紹介したかったのだ。
実は私が見たところ、今世の殿下は前世より友人が多い。多分スピネルの影響だ。
学院に入って初めて知ったのだが、どうやらスピネルは自分自身が従者というより友人に近い振る舞いをするだけではなく、殿下にちゃんと他の友人ができるように立ち回っているようなのだ。
よく別行動を取っているのは、自分がいない所でも交友関係を広げるべきだと考えての事なんだと思う。
そんなスピネルを見て、前世ではその辺り全く貢献できていなかった私は大きく反省した。私ももっと、殿下に友人を作って差し上げるべきだった。
そもそも自分の友人の作り方も分からなかったんだが…今もあんまり分かっていない。カルネリア様に助けられている部分が大きいと思う。彼女には本当にお世話になっている。
まあそれはともかく、今世ではちゃんと殿下のお役に立ちたい。
殿下は未来の王たるにふさわしい威厳をお持ちだが、臣下から親しみを持ってもらうのだって大切なのだ。
友人を増やしておけば、いざという時にきっと頼りになる。味方は多いに越した事はない。
そしてミニウムはこれでも伯爵家の跡取りだし、私の目から見ても善良で心優しい、信用できる人物だと思う。
少々頼りないが、その分他人に警戒を抱かせにくい柔らかい雰囲気を持っている。殿下ともきっと仲良くなれるはずだ。
ミニウムだって王子と親しくなっておいて損はないし、彼の目標が達成されれば私も助かるし…つまり、良い事ずくめなのである。
「んじゃまず、小手調べだな。俺が相手になるから軽い気持ちでかかってこい。別に本気でも良いけどな」
「わ、わかったよ」
ぎこちなく構えを取るミニウムに対し、スピネルは余裕ありげに木剣を構えた。
私の隣に立った殿下が片手を上げる。
「…始め!」
しかし、試合開始の声がかかってもミニウムは動かない。相手の出方を窺っている…と言うより、まごついている。
スピネルは片眉を上げると、一歩前へと踏み出した。
「…なら、こっちから行くぞ!」
かん、かん、と軽く打ち付け合う音。
ミニウムの動きは見るからに固い。どうも緊張しやすいタイプっぽいな。
スピネルもそれは分かっているのだろう、相当手加減して本来の彼からは程遠いスピードでゆったりと剣を振っている。
「…や、やっ!」
やがて、打ち合う音が変化して来た。
「なんだ、結構やれるじゃねえか!」
「う、うん…!」
いつの間にか、ミニウムの構えが変わっている。
フラフラとしていた腰が低く落とされた。動きが滑らかになり、剣先のぶれが小さくなっている。
スピネルもミニウムの緊張がほぐれて来たと見て、少しずつ剣速を上げて行っているようだ。
打ち合うリズムが早くなっている。
「…丁寧な剣だ」
「ええ。日頃から真面目に鍛錬しているのだと分かります」
殿下の呟きに、私は同意した。
こうしてちゃんと動けるようになってみれば、ミニウムの剣捌きはとても丁寧で基本に忠実だ。
地道に基礎練習を重ねてきているのが窺える、綺麗な型。だが…。
「どうした!もっと強く打ち込んで来い!」
そう、力強さが足りない。腕力が弱いとかではなく、本気で攻めていない。
スピネルはさっきから声をかけたりわざと隙を見せて挑発しているが、なかなか乗って来ないのだ。
「……」
スピネルの眉が少し険しくなる。それと同時に、動きも変化した。
一方的に攻めかかり始めたのだ。
「くっ…!?」
ミニウムが苦しげな表情になり、守勢に回る。
当然だろう、スピネルの剣はとにかく速く鋭い。慣れていなければ受け切るのはとても無理だ…と、そう思ったのだが。
「…あ、あれ?」
なぜだか、ちっとも崩れない。ミニウムは表情こそ必死でまるで余裕がないが、全てきっちりと受けるか避けている。
スピネルは半分くらい本気を出しているように見えるのに、それについて行けてる…?
これは下手どころではない。むしろかなりの上級者の動きだ。
「さっきまでとはまるで違います。殿下、これは…」
「うむ…これが本来の彼の技量なのだろうな」
殿下はあまり驚いていない。薄々感付いていたようだ。
「どういう事なんでしょう。受けるのは上手いけれど、攻めるのは下手…?」
「いや、違う。これだけ動けて型もしっかり身につけているのに、攻めるのだけが下手というのは有り得ない。考えられるとすれば…」
そこで言葉を切り、二人の様子を見守る。
いい加減に痺れを切らしたのだろう、スピネルが大きく剣を振りかぶった。
「…一本!」
ミニウムの手から弾き飛ばされた木剣が、床の上でカラカラと音を立てる。
スピネルは大きくため息をつくと、苛立ちを隠そうともせずにミニウムを見下ろした。
「おい、一体どういうつもりだ。何でちゃんと攻めてこない」
「それは…」
「わざと手を抜いてんのか?」
「ち、違うよ!…僕は、その」
彼は酷く情けなさそうな顔でうつむいた。
「人に攻撃するのが、苦手なんだ…」
「…つまり、人に向かって剣を振る事にどうしても抵抗がある。そのせいで上手く戦えない…と、そういう訳ですね?」
確認すると、ミニウムは「うん」と小さくうなずいた。
腰に手を当てたスピネルがムスッと唇を曲げる。
「これが真剣だってんなら分かるが、木剣だぞ?そりゃまあ当たりどころが悪けりゃ怪我もするが、そんなの剣をやってれば当たり前の事だろ」
「うん」
「それにな、あえて言うが、わざわざ手加減なんかされなくても
「うん…」
ミニウムは小さくなっている。何だかちょっと気の毒だ。
「昔からずっとこうなんですか?」
「うん…子供の頃から、ずっと。剣術の先生もこの癖を直そうと色々頑張ってくれたんだけど、効果がなくて」
「誰が相手でも?例えば、魔獣相手ならどうなんだ?」
「魔獣には攻撃できる。魔獣の討伐訓練ではちゃんと皆と一緒に戦えてるんだ。…でも、人との試合になると…」
なるほどな。誰かが「あいつは技だけ上手い」と言っていた意味がよく分かった。
彼は多分、まともに戦う事ができれば相当の腕前だ。
私の見立てによれば、スピネルは学院内で一二を争うくらいに強い。それを相手にあれだけ戦えて弱いはずがない。
…にもかかわらず、試合になると本気で攻撃できないためにまるで勝てない。
そりゃあ彼の友人達も練習相手を嫌がるはずだ。常に手加減されているようなものだからだ。
ミニウムに悪気はなく、わざとではないのだと分かっていても、良い気分ではないだろう。
そして学院の剣術の試験は、1対1の試合形式が主だ。
訓練でどれだけ良い動きをしていたとしても、試験での試合内容があまりに悪ければ、どうしても成績は悪くなる。
スピネルは理解できないらしく不満げな顔だが、殿下は顎に手を当てて考えるように言った。
「…何となくだが、分かる気がする。例えば誰だって、小さな子供相手に攻撃しろと言われたら、それが練習だと分かっていても躊躇うだろう。ミニウムの場合、その相手が子供に限らないのではないか」
「自分より強い奴でもって事か?何でだよ」
「理屈ではなく心の問題だろう。スピネル、お前だってリナーリアには攻撃できなかったじゃないか」
「えっ、そうなんだ?」
「ぐっ…」
スピネルは思いきり言葉を詰まらせた。
「…あれはできなかったんじゃなくて、しなかったんだよ!」
「まあ、そういう事にしておいてやるが」
「そういう事ってなんだよ!!」
騒ぐスピネルは無視し、私も考え込む。
ミニウムはきっと、優しすぎるのだ。人を傷付けたくないと思っている。
その心根は尊ぶべきものだが、しかし騎士としては甘すぎる。
人間の敵は魔獣だけではない。盗賊だとか暴漢に襲われる事だって有り得るし、時には思いもかけない災厄が降りかかる事だってある。
…あの日、あの夜の殿下のように。
大切なものを守りたければ、人間相手に刃を向ける覚悟だって必要なのだ。
しかし心の問題となると、ただ練習しているだけでは解決はしないだろうな。
何か吹っ切れるきっかけを作らないと…。