流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
翌々日の放課後。
私はミニウム、そして使用人のコーネルと共に、学院の外に出ていた。
行き先はデクロワゾー侯爵邸だ。今日はミニウムに、我が家の騎士を相手に試合をしてもらう予定なのである。
「徒歩ですみません。我が家の馬車は使用中のようでして…」
「大丈夫、別に歩くのは嫌いじゃないよ。今日はずいぶん暖かいしね」
貴族のタウンハウスが建ち並ぶ道を三人で歩いてゆく。
貴族は基本的に馬車で移動したがるので、他に歩いているのは使用人らしき人間が多い。
「その相手の騎士ってどんな人?君が薦めるくらいだから、きっと手練なんだろうけど」
「実は槍使いなのです。普通の剣術の試合ではミニウム様の癖を改善するのは難しいようなので、目先を変えてみてはどうかと思いまして」
「なるほど…確かに、槍使いと試合をした事はないや。剣と槍だと、剣士側が不利だと聞くけれど」
「ええ、リーチが違いますからね。戦うには工夫が必要になるかと…あ、こちらを通っていきましょう。近道です」
角を曲がり、
塀と塀に挟まれているので少し薄暗く、ミニウムはキョロキョロとしている。
「変わった道を知ってるんだね」
「ええ。以前馬車の事故で道が混んでいた時、こうして裏を回った事が…」
そう言いかけた時、路地の奥に突然、行く手を遮る人影が現れた。
ありふれた使用人風の服装。青いつば付きの帽子を目深に被り、覆面をした男。
…その手には、抜き身の剣が握られている。
「リナーリア…!」
ミニウムが私の手を引き、背後に庇った。しかし、後ろを見たコーネルが声を上げる。
「こちらからも来ています!」
慌てて振り向くと、同じく帽子を被り覆面をした背の高い男が、こちらに走り寄って来るのが見えた。やはり剣を持っている。
挟み撃ちだ。逃げ場はない。
「金を出せ…!」
覆面越しのくぐもった低い声。金目当ての強盗だ。
咄嗟にコーネルを見ると、慌てたように首を横に振った。持っていないらしい。
「僕達は学生だ、金なんて持ち歩いていない!!」
「だったら、何でもいい!金目のものを寄越せ!」
「!!」
青い帽子の男が、剣を振りかざしてこちらに向かってくる。
ミニウムは腰に下げた護身用の剣を抜き放つと、それを迎え討った。
金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
「ミニウム様!」
「二人共下がって…!」
だが、後ろからは背の高い男が迫って来ている。
…私の相手はこっちか。魔力を集中させ、水球を呼び出す。
「背後の守りはお任せ下さい!コーネル、私から離れないように!」
「はい、お嬢様…!」
「はっ!」
男が斬り付けてくるのを水球を飛ばして防ぐ。
まあまあ速いが、軽い。こちらの様子を窺っている感じだ。
「お嬢様!」
「大丈夫です、コーネル!」
水球を操りながら、ちらりとミニウムの方へ視線を走らせる。焦った表情で青い帽子の男と戦っているようだ。
あちらはかなり手強そうに見える。
「ふっ…!」
背の高い男はやや剣速を上げ、私に向かって連続で剣を繰り出してきた。しかし、これも軽い。
やはりこいつ、私を女と思って侮っているな。少しばかり腹が立つ。
「この程度では、私にかすり傷一つ付けられませんよ…!」
そう言いながら水球の一つを男の顔面に向かって飛ばすと、鋭い斬撃によって叩き斬られた。
…今の一撃はちょっと重かった。込める魔力を増やし、水球の強度を上げる。
剣を振りながら、背の高い男が私に叫んだ。
「大人しく、金目のものを出せ!」
「だから、持っていないと言っているでしょう!」
「嘘をつけ!身ぐるみ剥いで確かめてやる!」
「い、嫌です…!」
「リナーリア!!」
ミニウムがこちらを振り向こうとするが、青い帽子の男の剣がそれを遮った。
「余所見をしている場合か!」
「くっ…!!」
剣戟の音だけで分かる。ミニウムはこの前よりもずっと動きが良い。私達を守ろうと必死なのだ。
これは試合ではなく実戦、しかも私は支援系の魔術師で、コーネルは戦闘力などない。
ただ一人剣を持ち、日頃から騎士としての修業もしているミニウムが敵を倒さなければ、この場は切り抜けられない。
「…僕が、しっかりしないと…!二人共、もう少し頑張って!必ず助ける!!」
「はい、ミニウム様!」
…もう一押しか。
私は背の高い男を強く睨みながら、水球を右手の周りに集めた。
それを見て、男が剣を握る手に力を込める。
「お、お嬢様…!」
男の連続攻撃に、コーネルが悲鳴のような声を上げる。
今の球数でこの速さを凌ぎ切るのはさすがに少々苦しいか。片手だけで水球を操りながら、もう片方の手で追加の召喚をする。
『水よ、我が声に応え球を成せ!』
「!!」
突如増えた水球に、男が鋼色の目を見開く。
わざとニヤッと笑ってみせると、男もまた覆面の下で笑った気配がした。
更に激しくなる攻撃。
重い。なのに、速い。…ようやく本気を出して来たな。
だがこの程度で、防御に集中した私を突破できるとは思わないで欲しい。
ほとんど反射だけで水球を操り、全ての斬撃を受け切る。
「…やるな」
男は一旦下がって距離を取ると、低く剣を構え直した。
…来る。
「はぁっ…!!」
いいだろう、勝負だ。
今まではあえて水球だけを使っていたが、この場所、この状況でも使える魔術など他にいくらでもある。
私は男を迎え撃つため、腰を低く落とそうと右足を動かし…そこで突然、ズルリと滑った。
「!?」
バランスが崩れ、一瞬集中が乱れる。
そこにちょうど、低い位置からすくい上げるように振るわれた剣が迫るのが見えた。
「しまっ…!」
「!!やべっ…」
焦ったような声と共に何かが目の前にバサッと翻り、視界を塞ぐ。
…布?
一瞬の空白の後に理解する。
視界に広がるこれは、私の制服の裾だ。
つまり…男の剣先が私のスカートに引っかかり、思い切りめくり上げたのだ。
「……、きゃああっ!!」
咄嗟に手のひらを前に突き出し、魔力を爆発させた。
「…リナーリア!!」
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
コーネルが地面にへたり込んだ私を支え、そこにミニウムが駆け寄って来る。
…という事は、ミニウムは無事に帽子の男を倒せたのか。
そう言えば、爆発の向こうで大きな金属音が聞こえた気がする。あれは敵の剣を弾き飛ばした音か。
「リナーリア、怪我はないか!?」
更に二人の後ろからは殿下が駆け寄って来ていて、振り返ったミニウムが驚愕の顔になる。
「えっ…、王子殿下!?どうして!?」
「後で説明する、それよりもリナーリアだ。立てるか?」
「お嬢様、どこかお怪我は…!!」
三人とも酷く心配そうだ。
私はそんな三人を見上げると、スカートの裾を抑えながらちょっぴり引きつった笑みを浮かべた。
「えっと、私は大丈夫なんですけど…」
ちらりと路地の奥を睨む。
そこには私の魔術で吹き飛ばされた男が伸びていて、衝撃で外れた帽子からは派手な赤毛が零れ出ている。
「…あっちが無事かどうかは、知りません」