流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
「…つまりさっきの強盗は、僕を本気にさせる為の狂言だったんだね?」
ミニウムに尋ねられ、私と殿下は揃ってうなずいた。
「はい。私が殿下とスピネルに協力を頼みました。すみません」
「騙してしまってすまない」
…そう、今回の事件は私が発案し仕組んだものだ。
ミニウムを連れてわざと裏路地を通り、変装して待ち構えていた殿下達に強盗のふりをして襲ってもらった。
青い帽子の男が殿下、背の高い男の方がスピネルだ。今は二人共、帽子と覆面を取り服も着替えている。
「幸い、作戦は上手く行った。ミニウムの戦いぶりは別人のようだったし、特に最後、俺の剣を折った一撃は見事なものだった」
「あれは、本当に夢中で…。リナーリアの悲鳴が聞こえて、咄嗟に」
「うむ。あの瞬間の覚悟を忘れずに剣を振るえば、試合でも戦えるようになるのではないか?」
「はい。そうかも知れません」
やはりミニウムは殿下に勝利していたらしい。あの金属音は、殿下の剣を叩き折った音だったのだそうだ。もちろん普段腰に帯びている業物ではなく、変装のために用意した安物の剣だが、それでも凄い。
殿下は彼よりも一つ年下だが、その実力は折り紙付き。勝利はきっと大きな自信になったはずだ。
彼自身何か手応えがあったのだろう、どこかすっきりしたような、晴れやかな顔をしている。
「王子殿下、ありがとうございます。リナーリア、スピネル君も、ありがとう。おかげで、何か掴めた気がするよ」
「いいえ。少々乱暴な作戦ではありましたが、お役に立てたなら何よりです」
多少のトラブルはあったが、結果的に上手く行って良かった。
にっこり笑う私にミニウムも笑い返し、だがすぐに申し訳無さそうな顔になる。
「…でも、あの、ごめんね、僕のために…その…」
その視線の先、私の背後には、物凄く居心地悪そうに肩を落としたスピネルが立っている。
何故かさっきから立ちっぱなしでちっとも座ろうとしないのだが、私は席を勧める気など一切ない。
どこかヨレヨレに見えるのは、多分私が魔術で吹っ飛ばしてしまったからだろう。
怪我はかすり傷程度だったものの完全に気絶していたので、殿下とミニウムの二人でデクロワゾー邸まで運んでもらった。
「…ミニウム様は何も気になさらなくて大丈夫ですよ。私は別に怪我一つしてませんし、特に何も無かったので。ええ」
私はそう答えたのだが、そこで「いいえ、何も無いとは参りません」とずいっと身を乗り出してきた者がいる。コーネルだ。
普段から私の供をしている彼女にも、当然協力を頼んでいたのだが…。
「お嬢様。今回ばかりは、一言申し上げさせていただきます」
うっ…や、やばい。
いつも落ち着いていて控えめな態度を崩さないコーネルだが、今回はどう見ても物凄く怒っている。
絶対一言では済まないやつだ。
「わたくしは、お嬢様に危険はないと言うから協力を了承したのです。…なのに、何ですか、あれは!!お嬢様が自ら剣を受けるなど!!」
「す、すみませ…」
「謝れば良いというものではありません!!お嬢様はいつも『魔術師とは騎士の背後から援護をするものなんです』と仰っていたではありませんか!!なのにわざわざスピネル様を近付け、正面から戦って…。あの言葉は嘘だったんですか!?」
「いえ、でも今回はですね、私のピンチを演出しなければミニウム様が本気にならないかと…」
「言い訳はおやめ下さい、わたくしはちゃんと見ておりました。お嬢様は、スピネル様が本気を出すようわざと煽っていましたね?」
「うぐっ…」
痛い所を突かれ、私は呻いた。
スピネルがあまりに手加減をしてくるものだから、つい…。
そのうちに気分が乗って来てしまって、つい…。
「…は、迫真の演技を…しようと思…」
「お嬢様!!!!」
「はい!!すみません!!反省しています!!」
完全に白旗を上げた私に、コーネルは大きくため息をついた。
それから私の背後を睨む。
「…スピネル様、貴方様もです。勿論、煽ったお嬢様が悪いのですが、それに乗る方もどうなのですか?それが騎士のやる事ですか?」
「…すまない…申し訳ない…つい調子に乗っちまった…」
スピネルは立ったまま小さくなって肩を落としている。
当然だろう、コーネルの目はもはや絶対零度の冷ややかさである。ヒィ…。
更にスピネルは、私の方に向き直った。
「……。すまん…本当に悪かった…」
そう言って、深々と頭を下げてくる。
私はできる限りの笑顔を作ろうとし、盛大に失敗したので、ぷいっと横を向いた。
「…いえ。コーネルの言う通り、私がそもそもの原因ですので。こちらこそ申し訳ありませんでした、別に貴方が気にする必要はありません。…私も、何も気にしておりませんし!」
「いや、めちゃくちゃ怒ってるだろその顔…」
「怒ってなどおりません!!!」
「やっぱ怒ってるじゃねえか!!」
怒っていない。つい大声を出してしまったが、私は怒ってなどいない。ただ腹が立っているだけである。
スピネルにではなく、この状況、今の自分にだ。
何しろ私は途轍もない醜態を晒してしまった。
多分あれは、小枝か何かを踏んだせいで足が滑ったのだ。おかげで水球を操りそこね、スピネルの剣を受けられなかった。
スピネルは何とか寸前で剣の軌道を変えようとしたらしいのだが、スカートの裾に剣先が引っかかってしまった。
今はもう着替えたが、そのせいで制服のスカートは少し裂けてしまったし、何より…。
「本当悪かった、マジで悪かったって」
「だから怒ってないと言っているでしょう!!それ以上言ったら貴方の記憶を物理的に焼却しますよ!!!」
「安心しろ、見てない!!俺は何も見てないから!!」
「うるさい!!!!そこじゃない!!!!」
私が気にしているのはそこじゃない、その後だ。びっくりして思わず悲鳴が出てしまった事だ。
くそ、きゃあって何だよ、きゃあって。恥ずかしい。生娘じゃあるまいし…いや生娘だけどさぁ!コーネルやミニウムはともかく殿下にも聞かれた。恥ずかしすぎる。
別にこいつに下着を見られたからってどうと言う事もないのに、何故か咄嗟に悲鳴が出てしまった。本当に記憶ごと消し去ってやりたい。
大体、あんな盛大にめくっておいて見てないとか嘘だろ。いや気を使ってそう言ってくれてるんだろうが、何だか余計に腹が立つ。
別にこいつだって私の下着なんか見たくなかっただろうが、クソ、とにかく死ぬ程腹が立つ。
言っとくが下着はコーネルが用意したものを着ているだけなので、あのいっぱいフリルが付いた可愛いやつは、決して私の趣味とかではない。いや別に気にしていないが!!
「スピネル…」
殿下が同情に満ちた顔でスピネルを見つめ、「今はやめておけ」とばかりに首を横に振る。
殿下とミニウムは何が起きたのか多分見ていなかったと思うが、どうも私の態度から何か察したらしく、深くは訊いてこない。
二人には気を使わせてしまって申し訳ないが、どうしても膨れっ面になるのを止められない。くそう…。
「…と、とにかく!明日は午前に剣術の授業があるんだ。模擬試合をやる事になる。今日の経験を必ず活かしてみせるよ!」
場の空気を変えるように、ミニウムが明るく言った。
そうだ、大事なのはそれだ。
彼は今までも地道に努力して腕を磨いて来たようだし、今回だって私とコーネルを守ろうと奮闘してくれた。いや、私はあまりその奮闘ぶりを見てなかったんだが、殿下が褒めていたのだから間違いない。
ぜひとも結果に繋げ、その頑張りが報われて欲しいと思う。
「応援しています、ミニウム様」
「ああ。自信を持て、お前は強い」
「頑張れよ」
皆で口々に激励すると、ミニウムはほんの少し照れた後、力強くうなずいた。