流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
「か、勝った…?」
闘技場の石舞台の上、ミニウムはちょっとぽかんとした顔で呟いた。
多分私も同じような表情をしているだろう。
…あのスピネルが、ミニウムに負けるなんて。
ミニウムは確かに優れた剣士だし、人を相手に戦えるようになった事で一つ殻を破った。わずか数日でかなり成長しただろう。
しかしそれでもまだ、スピネルとははっきりとした技量の差があるはずだ。ただの模擬試合とは言え、スピネルが勝つだろうと思っていた。
ミニウム自身もそう思っていたのだろう、喜びよりも戸惑いが大きい様子に見える。
「…やられたな。上手いこと隙を突かれた」
がりがりと頭をかくスピネルの表情は、こちらからは見えない。
審判役をしていた殿下は一瞬だけ目を伏せ、それからミニウムに向かって小さく笑った。
「スピネルには油断があったが、その隙を見逃さなかったのは紛れもなくお前の実力だ。胸を張って良い。俺だってスピネルからはめったに一本取れないんだ」
「…はい!ありがとうございます…!」
破顔したミニウムに私は小さく拍手を送ったが、こちらに背を向けたままのスピネルがやはり気になった。
…何だよ、今の集中を欠いた動き。あいつらしくもない。
その後はスピネルと審判役を入れ替わり、殿下とミニウムが試合をした。
守りの堅い殿下に対しミニウムはじっくりと攻めていて良い勝負だったが、結局は殿下が勝利した。まあ順当だろう。
「やはり、いい腕をしているな。とても楽しめた。今回は俺が勝ったが、次はどうかわからない」
「きょ、恐縮です!殿下こそお見事でした…!」
殿下に二度も褒められ、ミニウムは頬を上気させている。よっぽど嬉しいんだろうな。
気持ちは分かる。前世の私も、殿下からお褒めの言葉をいただいた時はあんな風に頬が緩んだものだ。
殿下は多弁ではないが、その分だけ言葉には誠実さが込められている。
「またやろうぜ。今回は不覚を取ったが、次は負けねえ」
「うん、もちろん!」
ミニウムの肩を叩いているスピネルはいつも通りの表情だ。
さっきの試合はたまたま調子が悪かっただけなんだろうか?
殿下も何も言わないしな…この場では言わず、後で言うつもりかも知れないが。今更遠慮するような間柄ではないし、指摘すべきだと思った事はちゃんと伝えるはずだ。
まあ、私は本来魔術師で剣術については門外漢なのだ。口を出さない方が良いだろう。
殿下に任せておけば間違いはない。…ちょっとモヤモヤするが…。
「…リナーリア!」
「あっ、はい!」
突然ミニウムに話しかけられ、私は思考を中断して顔を上げた。
「僕、明日スフェンと話をしてみるよ。それで、試合を申し込んでみるつもりだ」
「スフェン様に試合を?」
「うん。今の僕は以前とは違うって所を見せるには、それが一番だと思うから」
ふむ…確かに、それが一番手っ取り早いか。
スフェン様は2年の騎士課程女子の中でも、剣術でトップの成績を修めていたはず。
彼女に勝つ事ができれば、何よりもミニウムの成長の証明になるだろう。
「頑張ってくださいね!」
「うん!」
…だが、その翌日の放課後。
いつものように寮の自室で魔術のイメージトレーニングをしていた私の所に、突然ミニウムが訪ねてきた。
彼はコーネルが淹れたミルクティーを一気に半分ほど飲むと、ひどく落ち込んだ顔で言った。
「だめだった…」
「だめとは?一体何があったんですか?」
「スフェンは僕を、ダンス音楽舞台演劇部(仮)に入れる気はないって」
「え」
驚いて見つめると、ミニウムは下を向いたまま言葉を続けた。
「試合自体は喜んで受ける。けど、それと入部とは関係ないって。…考えてみれば、スフェンは僕に『学業と部活を両立できていないから入れられない』と言っただけで、『剣術の成績が上がれば入部させる』なんて一言も言ってなかったんだ…」
「…そ、それは…では、一体どうすれば入部できると言うんですか?」
「僕もそれを尋ねてみたんだ。そうしたら…」
ミニウムは椅子から立ち上がると、バッ!と見覚えのある片手を掲げたポーズを取った。
「それは自分で考えたまえ!!ハッハッッハ!!!」
「……。似てますね」
「モノマネは得意なんだ…」
しょんぼりと肩を落としながら座り直すミニウム。
喋り方といい声色といい本当にそっくりだった。どうでもいい事だが。
まあそれはともかく、自分で考えろというのはあまりに無茶だ。条件がわからないのでは改善のしようがない。
いや、はっきり言ってしまえば、これは要するに…。
「…スフェンは、どうしても僕を部に入れたくないんだね。薄々気付いてはいたけど…」
…正直、私もそんな気はしていた。
だって「学業と両立できていない」という曖昧な言い分も、ミニウムへのよそよそしい態度も、ちっとも彼女らしくない。
彼女とはまだ短い付き合いだが、いつも明朗で前向きだ。あんなに大勢に囲まれているのに驕り高ぶったりはせず、誰かの悪口を言っている所も聞いた事がない。
それに、一瞬ミニウムに向けていたあの優しい目。
あれはとても大切なものを見る目だった…と、思う。
スフェン様にとってミニウムは、きっと今も大切な幼馴染だ。そんな相手との約束を、学業がどうとかいう理由で破るだろうか。
ミニウムは「不甲斐ない僕に愛想を尽かしたんじゃないか」なんて言っていたけれど、彼女は何かもっと違う理由で、彼を遠ざけようとしているのではないか。
必ず理由があるはずだ。
ミニウムには直接言えないような、そんな何かが。
ミニウムはそのまましばらく沈黙していたが、やがて顔を上げると笑顔を浮かべてみせた。
「ごめんね。せっかく協力してくれたのに」
「いえ…」
「でも君達のおかげで、僕は強くなれた。その事にはいくら感謝しても足りないよ。本当にありがとう。…スフェンの言う通り、ここから先は自分で考えて努力するよ」
「ミニウム様…しかし」
「大丈夫!僕は結構諦めが悪いんだ。ああ、そうそう、試合は次の日曜日にやる予定なんだ。良かったら見に来てよ。入部のことは置いておいて、ちゃんと全力で戦うつもりだからさ」
そう言った彼の言葉に迷いはなかった。
落ち込みはしても、成長した今の自分をスフェン様に見せたいという気持ちに変わりはないのだろう。
「はい。必ず応援に行きます」
「ありがとう」
ミニウムはもう一度にこりと笑うと、私の部屋から去って行った。