流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第53話 後悔のない道

「……」

 

 ミニウムは呆然としながら私の顔を見つめた。

 長い長い沈黙。

 多くの逡巡と迷いの末、やっと口を開く。

 

「…リナーリアの言う通りだ。このままじゃ僕はいつか後悔する。彼女のためだとか言って本心から目を逸らして、それじゃ逃げてるだけだ。傷ついたり傷つけたりする事を怖がって、楽な道を選んでるだけなんだ。本当に叶えたい夢があるなら、恐れずに前に進まなきゃ…!」

 

 そしてミニウムは、決然と顔を上げて堂々と言った。

 

「僕は皆に夢を与えられる人間になりたい。子供の頃に憧れた、物語の英雄みたいに。大切な人たちを守り、挫けずに戦い、皆を笑顔にする…そんな人間になりたい。そのためには、ここで諦める訳にはいかない。スフェンも、スフェンの夢も」

「…!それじゃあ…」

 

 思わず嬉しくなる私に向かい、ミニウムは力強くうなずく。

 

「僕、やってみるよ。想いを伝えてみる。スフェンの夢は必ず多くの人を笑顔にする、それを一緒に叶えるのが僕の夢でもあるんだって。…そして、できれば一生側で支えて行きたい。どんな困難な道でも、必ず一緒に歩いてみせるって」

 

 その宣言を聞き、ヘルビンもまたニッと笑った。

 

「そうか、分かった。俺も応援するよ。でも知ってるだろうけど、姉さんはかなり頑固だぞ」

「それは…何とか頑張るしか…」

 

 

「…そういう事でしたら!!わたくしに良いアイディアがございますわ!!」

 

「!?」

 

 突然響いた甲高い声に、私達はびっくりして振り返った。

 そこに仁王立ちしていたのは、ゴージャスな金の巻き毛をした女生徒。エレクトラム様だ。

 彼女はスフェン部の部員で、ファンクラブを統率するトップメンバーでもある。部室を訪ねた時やら昼食の席やらで私も面識があるが…どうしてここに?

 肩にかかった巻き毛を払いつつ、エレクトラム様は何一つ悪びれる様子もなく言う。

 

「話は聞かせていただきましたわ。お茶を飲んでいたらスフェン様のお名前が聞こえたもので、つい忍び寄って耳を澄ませてしまいましたの」

 

 あの、それって要するに盗み聞きだと思うんですが…。

 

「ミニウム様。スフェン様に不埒で(よこしま)な想いを抱くなど本来ならば決して許さないのですけれど、『後悔のない道を』というリナーリアさんの言葉と、『スフェン様の夢を叶えたい』という貴方の思いには共感しました。その気持ちが真摯なものである事は、わたくしにも分かりましたわ」

「…そ、そう。ありがとう」

「それに、スフェン様が貴方を密かに気にかけていらっしゃるのには、わたくしも以前から気付いておりました。お父君のゲータイト伯爵から連絡があるたびに困っていらっしゃる事も…。この機会に決着を着けるべきだと、わたくしも思います」

 

 彼女は長い睫毛を一瞬だけ伏せ、それからミニウムを睨みつけた。

 

「先に言っておきますけれど、わたくしは別に貴方の恋路を助けるつもりはありません。ただ、それが結果的にスフェン様のためにもなると思ったからお手伝いをするというだけです。せいぜい玉砕すればよろしいのですわ。正式にお断りしたとなれば、伯爵も貴方との縁談など諦めるでしょうし」

「う、うん…」

 

 そのあんまりな口上にミニウムは目を白黒させ、ヘルビンがボソッと「振られる前提で手伝うのかよ…」と呟く。

 スフェン様が大事なのは分かるが、何と言うか複雑な人だなあ。応援してるんだかしてないんだか…。

 いや、そう言えば、ミニウムとエレクトラム様は同じクラスだった気がする。彼の努力や苦労を密かに見ていたのかもしれない。

 

 エレクトラム様は、挑むような瞳で言葉を続けた。

 

「わたくしには、貴方が覚悟と決意のほどを見せるためのアイディアがあります。これにはスフェン様も必ず心を動かすはず。…ですがその方法を実行すれば、貴方は大きな代償を支払う事になるでしょう。今まで築き上げたたくさんのものを失い、(いばら)の道を歩く事になります。その覚悟はおありかしら?」

「ある!!!」

 

 ミニウムは力強く即答した。その目にもはや迷いはない。

 

「知っているよ、君がスフェンの片腕として部員たちを取りまとめる…つまり副部長のような役割をしているって。僕がスフェン部に入るためには、君たちからも認められる必要がある。だからこれは願ってもない提案だ。どんな方法だろうと僕は必ずそれをやり遂げ、スフェンだけじゃなく君の心も動かしてみせる」

「…良い覚悟ですこと」

 

 エレクトラム様は口角を吊り上げると、優雅にスカートの裾を翻して背を向けた。

 

「では、付いていらっしゃい。早速準備を始めますわ」

 

 

 

 

 二人は慌ただしく食堂から去っていった。

 後に残ったのは私とヘルビンだ。週末だからか周囲に他の生徒の姿はほとんどなく、辺りは急に静まり返っている。

 

「……」

 

 …しまった。さっき一緒にさりげなく席を立つべきだった…!

 私は彼とはクラスも違うし、せいぜい顔見知り程度なのである。二人だけで残されても困る。気まずい。

 しかもこのタイミングで給仕がお茶のおかわりを持ってきてしまった。これを飲むまでは帰りにくい…!

 

「…何ていうか、ありがとう」

「へっ?」

 

 突然ぼそりとヘルビンに言われ、私は思わずキョトンとした。

 

「最初は正直、何であんたみたいな人が姉さんとミニウムの問題に首を突っ込んでんだろって思ったけどさ。…ちゃんと心配してくれてたんだな。ありがとう」

「…どういたしまして」

 

 つい憮然としながら返事をする。お礼を言ってるのは分かるが、部分的に引っかかるぞ。

 

「ミニウム様の姉君は、私の義姉になる人ですし。スフェン様だって、知らない仲ではありませんし。だから、良い未来に進んで欲しいと思うのは当然です」

「ふーん…。やっぱ、思ってたイメージと全然違うのな、あんた」

「さっきから微妙に引っかかる言い方しますね貴方!私の事を何だと思ってたんですか!」

「いや、ごめん、悪気はないんだ」

 

 ヘルビンはちょっと慌てた様子で首を振った。

 

「そう言えば最初声をかけた時、私を見て嫌そうな顔をしてましたよね?何故ですか?私、貴方に何かしました?」

 

 この際だからと、単刀直入に尋ねる。

 割と傷つくのでああいうのはやめて欲しいのだ。

 もしも私に落ち度があるなら改善したいし…きっと何もないと思うけど。絶対私は悪くないと思うけど。

 

「だってさ、触らぬ神に祟りなしっていうか…あんたに近付くと、王子殿下やあの従者さんが怒るって噂が」

「はぁ!?殿下がそんな狭量な方な訳がないでしょう!!燃やされたいんですか!?」

「いや、噂、噂!俺が言ったんじゃないから!俺も半信半疑だったから!」

 

 怒る私にヘルビンは必死で言い訳をする。

 …だめだ、ムカつくが頭を冷やせ。

 何でそんな噂が立ったのかは分からないが、誤解されているなら解けばいいだけの話だ。ここで怒ったりしては逆効果である。

 

「ごほん!…あのですね、そんな噂は事実無根です。殿下は大変お心の広いお方ですから、滅多な事では怒りません。…スピネルは…スピネルだって、私の事で怒るとか、そんなはずがありません」

「いやいやいや。あんた聞いてないの?今日の剣術の授業での話」

「?知りませんが」

 

 今日は隣のクラスとの合同授業があり、騎士課程と魔術師課程とに分かれて授業を受けていた。

 剣術の授業を受けたのは騎士課程だけなので、私はそちらを見ていない。

 

「あんたのクラスの、クリードいるだろ。あいつ今日スピネルさんに『なー、リナーリアちゃんと喧嘩でもした?何やったんだよー』ってしつこく絡んでてさ。スピネルさんは『別に』とか一見普通に答えてたけど、その直後の試合でめちゃくちゃ容赦なくボッコボコにしてた」

「……」

 

 額に青痣を作っていたクリードを思い出し、私は思わず真顔になった。

 あいつが私を見て怯えていたのはそういう事だったのか…。自業自得というか…。

 

「…えー、それはたまたまスピネルの虫の居所が悪かっただけでしょう。私は関係ありません」

「…本当に?」

「関係ないと言ったら関係ないんです!」

 

 ヘルビンは物凄く疑わしげな目をしたが、じろりと睨み付けるとすぐに目を逸らした。

 関係などない。あったとしても、私は知らない。

 頬をふくらませる私に、ヘルビンは少しだけ吹き出した。

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