流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
「…へくしゅっ!」
寮から出た途端に風が吹き付け、たまらずにくしゃみをした。寒い。
ここ数日は暖かい日が続いていたが、今日は随分冷えている。いよいよ冬が近い。
この後は気温が上がるだろうと踏んで薄手の上着で出て来てしまったが、失敗だったかな。
今日は日曜日、いつもなら図書館に行ったり王宮魔術師団のセナルモント先生の所を訪ねたり、あるいはどこかのお茶会に呼ばれたりしているのだが、私はこれから学院の闘技場に行く。
もちろん、ミニウムとスフェン様の試合を見届けるためだ。
ミニウムは自分の正直な気持ちをスフェン様に伝えると決めた。
心からの言葉ならスフェン様もきっと耳を貸すはずだと思うのだが、エレクトラム様の「覚悟と決意を伝えるためのアイディア」とは何なのだろう?
大きな代償が必要だとか言っていたので、焚き付けてしまった立場としてはちょっと心配だ。
貴族同士の家の問題も含むわけだし、八方丸くとは行かないまでも、ちゃんと納得できる結果になると良いんだが…。
寒風に身を縮めつつ闘技場の中へ入ると、中には思った以上にたくさんの生徒が来ていた。
ざっと40~50人くらいいそうだ。
ヘルビンやスフェン様のファンクラブの人たちが見に来るのは分かるが、特に関係なさそうな生徒も結構いるな。クリードとか。暇なのかコイツ。
休みの日にこうして個人の試合が行われる事はよくあるし、応援やら暇つぶしで見学に来る者も時々いるのだが、それにしても数が多い。
一体どうして?と内心で首を傾げていると、カルネリア様の姿を見つけた。ペタラ様もいる。
「こんにちは。お二人もスフェン様とミニウム様の試合を見に来たんですか?」
「あっ、リナーリア様、こんにちは」
「そうなの、リチア様に『凄い試合になるからぜひ見に来て』って言われて来たのよ」
「???」
何でリチア様が出て来るんだ?
そう言えば彼女もミニウムやエレクトラム様とクラスメイトだっけ。その辺の繋がりか?
あの人は腐っ…困った趣味の持ち主だが、他人の色恋沙汰を広めて回るような人ではないと思うのだが。凄い試合になるってなんだろ?
ううむ、何だか分からないが嫌な予感がしてきた。ミニウムは大丈夫だろうか?
キョロキョロと見回すが、彼の姿はまだ見えない。
スフェン様の方は既にやって来ていて、石舞台の横で準備運動をしているようだ。側にはシリンダ様が付き添っている。
「そろそろ時間ね!楽しみだわ!」
「そうですね…」
不安な気持ちで待っていると、選手入場口から人影が現れた。エレクトラム様とリチア様だ。
その後ろには、足元まであるローブを羽織りフードを目深に被った人物。顔がよく見えないが、剣を差しているようだしミニウムだろう。
3人を見てスフェン様がちょっと驚いた顔になる。
「おや、エレクトラム、君には審判を頼んでいたはずだけど…どうしてそちら側に?」
「身支度を少々手伝っていただけですわ。もちろん審判は公正に行わせていただきますので、ご安心を」
なるほど、エレクトラム様は審判をやるから、リチア様がミニウムの付き添い役なのか。
何故彼女に頼んだのかは謎だが。
生徒たちが見守る中、スフェン様とミニウム、そして審判役のエレクトラム様が石舞台の上に登る。
まずミニウムが、フードを被ったままで声をあげた。
「試合の前に、スフェンに話があるんだ」
「ふむ、何かな?」
「僕の望みは、君のダンス音楽舞台演劇部(仮)に入る事だ。この試合に僕が勝ったら、どうか入部させて欲しい」
きっぱりとしたその頼みに、スフェン様が小さく笑う。
「それについては前にも言った通りだよ、お断りだ。考えてもみたまえ、君の剣の腕がボクより上だったとして、それがボクの作る舞台と一体何の関係があるのかな?」
「あるよ。そもそも僕たちが舞台を…演劇を好きになったのは、子供の頃一緒に見たあの劇がきっかけだ。スフェンだって覚えているだろう?」
「…『魔剣の黒き英雄』…」
そのタイトルは、以前もミニウムが口にしていた。有名な冒険活劇。
「僕たちは二人とも、あの主人公ダマスカスに憧れた。強くて優しくて格好良い、皆を助ける英雄。黒き英雄ごっこをやる時、僕は『女の子のスフェンはセラミカ役をやればいい』って言ったけど、君は『自分だってダマスカスをやりたい』って言って譲らなくて、ケンカもしたね」
セラミカは『魔剣の黒き英雄』のヒロインで、癒やしの力を持ちながら剣の腕にも優れる美しい少女騎士だ。
黒き英雄の物語には竜退治や魔女殺し、妖精の試練など様々なエピソードがあるが、セラミカはそのほとんどに登場する。ダマスカスの相棒であり恋人でもある重要な人物だ。
「スフェンが今でも一番やりたいのは、『魔剣の黒き英雄』だろう?あれには
「…なるほどね。つまり君がダマスカス役に立候補するという訳かい?自分なら適任だって」
「いや、違うよ。僕は今もダマスカスに憧れているけど、それは彼みたいに誰かを助け希望を与える人間になりたいのであって、舞台の上でダマスカス役をやりたい訳じゃない」
「……?」
間髪入れずに否定したミニウムに、スフェン様が少し意外な顔をする。
「主役はスフェンにこそぴったりだと思う。君は人を惹き付ける才能があって、しかも努力家だから。僕なんかよりずっと魅力的で、格好良いダマスカスをやれるだろう。僕はそれを手伝いたいんだ。小さい頃の約束だっていうのもあるけど…」
ミニウムは一旦言葉を切り、そしてひときわ大きな声で堂々と叫ぶ。
「何より僕自身が、舞台の上で輝く君を見たいんだ!!誰より一番近くでそれを見たい。君を成功させたい。君を支え、共に立ちたい。…僕は一生、君の傍にいたい!!」
い、言った…!
観客に小さなどよめきが広がり、隣のカルネリア様が「一生って、これってつまりプロポーズよね!?ねっ!?」と興奮する。
更にミニウムは、目深に被ったローブの胸元をぐっと握りしめた。
「そのためなら僕は、どんな事もする覚悟だ。…それを今、ここで!!証明してみせる!!!!」
脱ぎ捨てられたローブが、バサッと宙に翻った。
…風にたなびく金のポニーテール。
ひらひらとした短めのマントに、肩飾りのついた赤い騎士服。膝丈のスカートに、白いタイツと編み上げブーツ。
誰もが目にした事があるだろうその姿は。
「…セラミカ…」
黒き英雄のヒロイン、セラミカだった。
どこからどう見ても、一分の隙もなく美少女騎士だった。
「えっ…ミニウム様!?あれミニウム様なの!?」
「可愛い!!」
「素敵…」
「マジで!?嘘だろ…!??」
その完成度の高すぎる美少女ぶりに、女子生徒はきゃあきゃあと歓声を上げ男子生徒は激しく動揺している。
いや、え、覚悟ってこれ!?スフェン様が主役を演じるなら、自分はヒロインやるってこと!?
えっ…えぇー!?
「うふふふふ…素晴らしいわ!!徹夜で衣装を作った甲斐がありましたわ…!!」
リチア様は頬を染めてうっとりしている。犯人はあんたか!!!
「前からミニウム様には素質を感じておりましたの!!まさか実現できるなんて…最高に気合を込めて着付けと化粧をさせていただきましたわ!!どうかしら、完璧でしょう!!?」
「ええ、そうね。完璧ですわ」
その興奮した早口に微笑んでうなずいたのはエレクトラム様だ。
「リチア様が『ミニウム様は絶対に女装が似合うはず』とおっしゃっているのを、わたくしはたびたび耳に挟んでおりまして。それで、ミニウム様のお話を聞いた時にハッと閃いたのです。この方法ならきっとスフェン様も心を動かすに違いないと…」
「そりゃこれなら動くというか動揺するでしょうけど!!でもめちゃくちゃ色んなものを犠牲にしてますよ!??」
思わず叫んだ私を、ミニウムが振り返る。
「大丈夫だよ、リナーリア。僕はもう決めたんだ。観客を集めてもらったのだってその為だ。男装も女装も恥じる事なんかない、僕はありのままのスフェンを受け入れる。共に歩んでみせる。…『ダマスカスと共に戦うのはこのわたし、セラミカよ』!!」
可憐にポーズを付けながらセラミカの台詞を言うミニウム。
元々小柄で童顔なために女装が似合うというのはもちろん、声音や口調、仕草までもが完璧に女の子だ。私よりよほど女らしくないか。
物真似という彼の特技が存分に活かされ…ほんとに素質あるよこれ…。
「…さあ、行くわよ!わたしの力、見せてあげるわ!!」
ミニウムがマントを大きく翻し、腰の剣を抜き放つ。
ひたすらポカンとしていたスフェン様は、ハッと我に返ると一つ頭を振ってから髪をかき上げ、剣を抜き放った。
「ハハッ、面白い!!…良いだろう、望む所だとも!!」
二人の横に立ったエレクトラム様がきりっと眉を吊り上げ、片手を挙げる。
「…試合、始め!!」
わっと上がる歓声。
観客たちはそれぞれ思い思いに声援を送り、私も半ばヤケクソで「ミニウム様!頑張ってください!」と叫ぶ。
「うおお!!セラミカちゃんがんばれー!!」とかいう叫びは多分クリードだ。
なんかもう色々取り返しがつかない事になってる気がしたが、考えないでおこうと思った。
…試合は白熱して大いに盛り上がり、最後はミニウムが勝利した。
観客からの拍手が巻き起こる中、スフェン様は気持ち良さそうに笑い声を上げ、「ボクの負けだよ!!ミニウム、君は最高のセラミカだ!!」とがっちり握手をして…そして、ミニウムの入部を認めると宣言した。
後から聞いた所によると、エレクトラム様を始めとする他の部員やファンクラブの人たちも、皆入部を歓迎したという。
ミニウムの勇姿…勇姿だよな?は、彼女たちの心にも大きく感銘を与えたらしい。
なお、スフェン部に男子が入部したと聞いて他にも何人かの男子生徒が入部を希望してきたそうだが、やはり下心丸出しだったのでほとんど門前払いされたらしい。
ただし一人だけ「自分も女の子の役をやってみたい」と言ってきた男子がいたそうで、彼だけは入部を認められたそうである。
ミニウムの勇気は、どうやら今後も様々な人々に影響を与えていきそうだ。
私はミニウムから深く感謝をされ、後日お礼の品としてフルーツの砂糖漬けの瓶をいくつももらった。これを水で割った果実水は私の好物なのである。
ミニウムにそれを教えた事はなかったが、私が時々飲んでいたのを彼は覚えていたのだ。こういう細やかさが女子力というやつなのかも知れない。
ゲータイト伯爵及びシュンガ伯爵は、ミニウムの行動についてそれぞれ絶句したり呆然としているようで、縁談は一旦棚上げになっているようだ。
まあ、シュンガ伯爵の方は元々息子の好きにさせるつもりだったようだが…この展開はさすがに予想してなかっただろうなあ…。
ミニウムとスフェン様の仲がこれからどうなるかは、私には分からない。スフェン様もその点については触れなかった。
だが少なくとも、幼馴染同士の約束は守られる事になりそうだ。
スフェン様は「老若男女も身分も問わず楽しめる新しい舞台芸術」という夢に向かって進み、ミニウムはそれを支えていく。
私が知っている限りでは、前世の二人はそれぞれ異なる道を歩んでいたのだが…きっと大きく違う未来が待っている。
二人ならいつか夢を叶えられるだろうと、私は思った。