流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第55話 見舞い

 喉の渇きで目を覚まし、ぼんやりと天井を眺めた。

 乳白色に緑で草模様が描かれた、見慣れた寮の部屋の天井だ。

 気だるい身体を起こして枕元の水差しに手を伸ばそうとし、ごほごほと咳き込む。

 

 咳が落ち着いてからようやく水を飲む事ができ、ほっと息をついた。

 …情けない。

 風邪を引いてしまうなんて、自己管理がなっていない証拠だ。

 

 寒空の下で試合観戦をしたからというのもあるが、やはり体力不足が一番の原因だと思う。

 授業以外でもちゃんと身体を鍛えなければと分かっていても、つい他の事に時間を取られてしまっていた。

 本や訓練に夢中になって夕食を取るのを忘れがちだったのもまずかった。栄養不足は病気の元だ。

 

 既に4日も授業を休んでいて、おかげで殿下が視察に出発するのを見送りに行けなかった。無念である。

 殿下とついでにスピネルは出発前にお見舞いに来てくれようとしたのだが、万が一風邪をうつしては大変なので丁重にお断りした。こんな格好悪いところを見られたくなかったというのもある。

 ただ殿下は学院在学中なので、視察の日程は例年より短めだ。あと10日もすれば帰ってくるだろう。

 それまでにはきっちりと治さなければ。

 

 

 そんな事をぼんやりと考えていると、コンコンと小さなノックが聞こえた。

 入ってきたのは手にお盆を持ったコーネルだ。

 

「お嬢様、お加減はいかがですか?」

「熱はもう下がったと思います」

 

 私の部屋は個室なので、自由に出入りできるのは私とコーネルの2人だけだ。

 学生寮には個室と2人部屋、4人部屋の3種類があり、人数が多いほど寮費が安いのだが、私はお父様に頼んで個室にしてもらった。

 他のご令嬢と同室になるのを避けたかったせいもあるが、勉強だとか訓練だとか、一人でやりたい事が多いからだ。

 

 特に魔術は、前世の知識を活かし学院のレベルを遥かに超えた勉強をしているので見られたくない。

 授業でもなるべく見せないようにしている。もうテストの時のような失敗はしない。

 

 コーネルはお盆を一旦テーブルに置くと、「失礼します」と言って私の額に手を当てた。

 

「…確かに熱は下がったようですね。でもまだ咳が出るようですし、身体も弱っているのでご無理はなさらないように」

「ええ」

「お食事をお持ちしました。しっかり治すためにも、ちゃんと()()食べて下さいね」

 

 念を押しながら、小さな土鍋が載ったお盆を渡してくる。

 私が「もう帰っても良いですよ」と言ってコーネルを屋敷に帰したあと、たびたび夕食を取り忘れていたのを知ったからだろう。

 苦笑しながら「ありがとう」とお盆を受け取る。

 

 土鍋の蓋を取ると軽く湯気が上がった。

 鶏の出汁を取ったスープで細かく刻んだ野菜と雑穀を柔らかく煮込み、卵を落とした粥のようだ。学院の食堂で作ってもらったのだろう。

 お腹も空いているし、これなら食べ切れそうだ。

 

 

 ゆっくりとスプーンを動かし食事をする私に、コーネルがサイドテーブルの上に載せられた2冊の本を指す。

 

「お嬢様が眠っている間に、またお見舞いが届きました。こちらの本はティロライト様とヴォルツ様からです。熱が下がってきたなら、きっと暇を持て余すだろうからと」

 

 ヴォルツは我がデクロワゾー侯爵家に仕える騎士の息子だ。

 私の2歳上で、ティロライトお兄様と同学年、つまり学院の3年生になる。無口だがとても勤勉で、剣も扱えるが槍術が得意だ。

 少々訳ありの家の出なのだが、将来有望な若者として我が家で学費を支援して学院に通わせている。そのためデクロワゾー家に対し忠誠心が強く、私にも良くしてくれているのだ。

 

 そんな彼が選んだ本は戦術論の本だった。実用的な所がヴォルツらしい。

 そして兄が選んでくれた本は最近流行りの恋愛小説のようだった。物語の本も嫌いではないので、暇つぶしには良いだろう。

 

 ちなみに、勉強机の上に大量に飾られている花も見舞いの品だ。

 色とりどりのダリアはスフェン様とミニウムから、そしてやたら数が多い見事な白薔薇はオットレからだそうである。

 ダリアは秋の花だから分かるが、大輪の白薔薇は今の季節は手に入れにくいと思うのだが。

 

 オットレからのメッセージカードには「お前に似合う花を選んだ」とか書いてあったが、何で私の見舞いにこんな無駄遣いを…。まあどうせ、いつもの見栄っ張りなんだろうけど。

 薔薇の花は殿下からもお見舞いにいただいたので、それをどこかで耳に挟んで対抗心を燃やしたんだろう。

 

 それと、カルネリア様からはクッキーをもらった。「食欲が出たら食べてね」だそうで、日持ちがするように焼き菓子を選んでくれたのだろう。

 クッキーが入った小さめの陶器の壺には、花柄の刺繍がされた可愛らしいリボンがかけられていた。カルネリア様らしい気遣いだ。

 

 

 それからコーネルは、本の横に置かれた大きな黄色い果実を指した。

 あまり見かけない果物。確か、ザンボアと呼ばれる柑橘類の一種だ。

 

「こちらの果物はフロライア・モリブデン様からです」

「…フロライア様から?」

 

 私はぴたりとスプーンを止めた。

 彼女はクラスメイトだが、特別親しくしている訳ではない。どうして私に見舞いの品を寄越すのか。

 

「朝方、寮の廊下ですれ違った時に声をかけられたんです。ご実家からたくさん送られてきたので、おすそ分けだそうで…。風邪にも良く効く果物だと仰っていました」

 

 明るい黄色をしたザンボアの実は、とても栄養豊富で万病の予防に良いと聞いた事がある。

 そう言えばモリブデン領は果樹園が多いのだったか。

 

「それ、取ってくれませんか」

 

 私は一旦スプーンを置いて手を伸ばした。

 コーネルが手渡してくれた果実は大きく、ずっしりと重い。ざらざらとした果皮からは爽やかな良い香りがした。

 じっとそれを見つめてから、試しに探知魔術をかけてみる。

 

 

「…ありがとう。今すぐは食べられそうにないので、後で皮をむいて下さい」

「分かりました」

 

 コーネルにザンボアの実を返し、私は再び粥を食べるためにスプーンを取った。

 

 …魔術には何も引っかからなかった。

 何らおかしい部分はない、ごく普通のただの果実だ。

 

 あのお茶会の時と同じだ。今の彼女が私に対し何かを仕掛ける理由などない。

 ザンボアの実は本当にたまたますれ違ったから、風邪で授業を休んでいるクラスメイトへの見舞いとして好意で分けてくれただけだ。

 だが私は、胸の中がざわめくのをどうしても抑えられなかった。

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