流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第56話 待つ者の不安

「…様、リナーリア様」

「はい!?」

 

 名前を呼ばれ、私はビクッとして顔を上げた。

 カルネリア様や周りのご令嬢方が、皆私を見ている。

 

「ぼんやりしてどうなさったの?お食事が冷めちゃうわ」

「す、すみません。何でもありません」

 

 昼食の最中にも関わらず、手を止めてぼーっとしていたらしい。

 慌ててフォークを動かし食べかけのオムレツを口に運ぶ私に、ペタラ様が少し心配気な顔をする。

 

「リナーリア様はここ2~3日、ずっとぼんやりなさってますよね。今日も授業で当てられた時、ちっとも答えられませんでしたし」

「まあ…もしかして体調でも悪いのかしら?風邪がぶり返したとか?」

「いえ、何ともないです、健康です」

「じゃあ、お兄様と王子殿下が帰って来ないから寂しいとか?」

「ちが、違いますよ。そんな事はありません。どうせ、もうすぐ帰ってきますし」

 

 カルネリア様にいたずらっぽく言われ、慌てて首を振る。

 …しかし正直なところ、半分くらいは当たっているのだ。

 

 

 

 殿下が視察に出発してから、今日で16日目になる。

 予定では11日間で、つまり5日前には王都に戻っているはずだったのだが、未だに帰って来られていないのだ。

 日程が多少ずれるのはよくある事だが、5日というのはさすがに遅れすぎではないだろうか。

 

 前世ではどうだったかと言うと、ごく普通に概ね日程通りに帰ってきていた。

 というのも行き先が違うのである。前世では東部方面だったが、今世の殿下は今年南部方面に行くと言っていた。

 今世では2年前、殿下のたっての願いでデクロワゾー領を視察コースに入れた。どうもあれ以来、私の記憶とは行き先が変わってしまっているらしい。

 

 心配になった私は王宮魔術師団を訪ね、殿下御一行がどうなっているのかセナルモント先生に訊いてみたのだが、どうやら季節外れの嵐が原因で予想外の足止めを食っているのだと言う。

 

「大雨からの土砂崩れで道が塞がったらしいねえ。でも数日で復旧するだろうって話だし、大丈夫だよ。そんなに心配しなくてもすぐに戻って来るよ」

 

 先生はいつも通りのんびりした口調で言い、その態度におかしな所はない。

 他の魔術師も同様で、いつもと特に変わりなく職務をこなしている。もし殿下に危機があれば王宮魔術師団はすぐに動いているはずだが、そんな気配は感じられない。

 

 しかし、こんな晩秋に嵐や大雨などめったにない。それがよりによって殿下が視察に行った時、行った場所で起こるなんて、少々出来すぎではないだろうか?

 大規模な天候操作などどんな優れた魔術師でも不可能だが、予め準備しておけばちょっとした土砂崩れを起こすくらいはできる。

 視察の護衛は精鋭揃いだが、数はそう多くはない。王都との連絡さえ絶ってしまえば、後はどうにでもできるだろう。

 

 何故か私にお見舞いをくれたフロライア。食べてもやっぱり何ともなくて、ただの果実だったのだが…。

 前世よりも5年も早く動く可能性は低いと思っていたが、そもそも動機がわからない以上、絶対とは言い切れない。

 どうしようもなく不安が募る。だって前世の殿下が殺されたのも、視察の時だったのだ。

 

 

 …きっと杞憂だ。考えすぎだ。

 今回の視察は南方面、まあ南と言っても広いのだが、ブーランジェ公爵領がある方向だ。

 スピネルの実家でもあるブーランジェ公爵家は、この国の中でも特に武門に秀でた家だ。王家ではなく王国の剣である事を自負していて、特定の派閥には属さない方針を代々貫いている。

 

 その代わり政治には少々疎く、人望はあっても権力はあまり強くなかったりするのだが、王が平穏に国を治めている限りブーランジェ家が王家の敵に回る可能性はほとんどないと言っていいだろう。

 今代のブーランジェ公爵も人格者だし、息子のスピネルを王子の従者にもしているのだから尚更だ。

 

 敵が誰であるにせよ、ブーランジェ家が睨みを利かせている地方では事を起こしたがらないはず。

 殿下達は本当にただ運悪く足止めされているだけで、もうすぐちゃんと帰って来るのだろう。

 

 

 でも、そう頭では分かっていても不安が拭えない。

 護衛には歴戦の騎士も、魔術師もいる。スピネルだって側に付いているのに…と言いたい所だが、そのスピネルの事だって気がかりなのだ。

 

 殿下達は私が風邪で寝込んでいる間に出発してしまったから、見送る事ができなかった。

 スピネルとは未だに仲直りできていないままなのだ。

 

 あいつはミニウムとの再戦で、らしくもない散漫な動きをして負けていた。あれはもしかして、あの路地裏で私を斬りそうになった事が原因じゃないのか。

 ミニウムが人に向かって剣を振れなくなったのは、子供の頃にスフェン様に怪我をさせたトラウマのせいだった。もしそれと似たような状態になっていたら?

 まあ、剣術の授業ではクリードをボコボコにしていたらしいが、でも万が一という事もある。

 

 あいつは確かに有能だし、私や殿下に対しては何かと年上ぶって来る事が多いが、でもたった17歳の若造なのだ。

 時には間違えたり、後悔したり、あるいは迷ったり弱ったりもするだろう。

 

 今がまさにその迷ったり弱ったりしてる時なんじゃないのか。

 …私のせいで。

 いざという時に全力で戦う事ができなくて、それで二人に何かあったら。

 

 

 

「……」

 

 校舎を出て、とぼとぼと寮に向かって歩く。

 結局午後の授業もちっとも身が入らなかった。日頃真面目に勉強しているおかげで教師からは叱られずに済んだが。

 

 殿下にもスピネルにも、無事で帰ってきて欲しい。そのためにも私は、二人を万全な状態で送り出さなければいけなかったのに。

 下らない事で怒って、つまらない意地を張って、そのままで行かせてしまった。

 もっと早くちゃんと謝れば良かった。別にあいつは悪くなかったのに。

 

 …部屋に鞄を置いたら、すぐに城のセナルモント先生の所に行こう。

 こう毎日訪ねて来られてはきっと迷惑だろうが、黙って部屋にいるなんてとてもできそうにない。

 着替えるのは面倒だから制服のままで良いかなどと考えながら、部屋のドアを開ける。

 その途端。

 

「…お嬢様!お城から急ぎの報せが…!」

「!?」

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