流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第5話 城と薔薇園(後)

 城の東側にある薔薇園は、スピネルの言葉通り遅咲きの薔薇が見頃だった。

 よく手入れのされた薔薇たちが、色とりどりに美しく咲き誇っている。

 

 ひどく懐かしくなり、私は庭を見回した。

 植物が好きな私はここがお気に入りで、休憩の時などにたびたび足を運んでいたのだ。

 感激して薔薇を見つめる私に、殿下がわずかに目を細める。

 あれは微笑ましく思ってる時の顔だ…。ちょっと恥ずかしい。

 

 お母様も元気を取り戻した私に安心したらしい。

「わたくしはあちらを回っていますね」と言って、私達とは違うコースを歩いていった。

 気を利かせて子供だけにしてくれたのだろう。

 

 

 それから、殿下とスピネルと3人で薔薇を見て回った。

 

「こちらの黄色い薔薇は、ゴールデンシャインと言って…」

「あ、違いますね。よく似ていますが、ハニーシャインです」

「おや、失礼。リナーリア嬢は薔薇に詳しいんだな」

「ええ、まあ」

 

 ちょっと目を丸くするスピネルに、内心でドヤ顔をする。

 ふふん、私はこの薔薇園には15年も通ったのだ、たかだか5〜6年しかここに住んでいない少年よりもよく知っている。

 

 しかしここでも問題が持ち上がった。殿下がほとんど話に参加しないのである。

 もちろん相槌は打ってくれるのだが、それだけだ。そう言えば前世でも、それほど薔薇の話で盛り上がった記憶はない。

 

 やがて薔薇園の終わりが見えてきて、私は焦った。

 ここを出たら今度こそ帰ることになるだろう。まずい。

 先程よりは打ち解けていると思うが、収穫らしい収穫は何も得ていない。

 そう考えている間にも、出口はどんどん近付いてくる。

 

 …だめだ。あまりにも貴族令嬢らしくない話題なので避けていたが、やはりあの手で行くしかない…!

 

 

「あ…あのっ!ミナミアカシアガエルの卵…!」

 

 前を歩いていた殿下の足がぴたりと止まった。

 びっくりした顔でこちらを振り返る。私は勢いのまま言葉を続けた。

 

「ミナミアカシアガエルの卵、ご覧になりませんでしたか。屋敷の庭で」

「…君も見たのか?」

 

 ああ、やっぱり。殿下なら、あの卵を絶対に見つけていると思ったのだ。

 

「はい。池の南側の草の葉の陰にありましたよね」

「ああ、あった」

 

 殿下が大きくうなずく。明らかに、今日イチ食いついている。

 

「どうなった?」

「殿下が訪問されてから2日後に孵化いたしました」

「オタマジャクシを背負っているのは見たか?」

「はい。とても可愛かったです」

「くっ…!」

 

 殿下は口惜しそうに呻いた。よほど見たかったのだろう。

 

 

「あの葉っぱについていた卵?カエルが、オタマジャクシを背負ったりするのか?」

 

 スピネルが不思議そうに尋ねる。そう言えば彼は従者なので、あの訪問の時も殿下について来ていたのだろう。私は全く覚えていないが…。

 殿下はその問いに「そうなんだ」とだけ簡潔に答えたので、私は少し補足を加える。

 

「ミナミアカシアガエルはデクロワゾー領の固有種で、生まれた子供を背負い、樹上に作った巣へ運ぶという大変珍しい生態を持っているんです」

「へえ…。巣を作るなんて、まるで鳥みたいなことをするんだな。変わってる」

「そうだ。しかも、餌になるのは親の生んだ卵だ」

 

 常になく興奮した様子(顔自体はいつもの無表情とあまり変わらないのだが)で言う殿下。

 

「卵?共食いするのか!?」

 

 ドン引きしたスピネルに、殿下は首を横に振る。

 

「違う。無精卵だから共食いじゃない」

「エッグフィーダーと言うんです。樹上へ餌を運ぶのは大変なので、子に栄養を与えるために親が産むものなのですが、無精卵なので仮に食べなかったとしてもそこからオタマジャクシが生まれてくる事はありません」

 

 再び補足する私。

 そうそう、とうなずいた殿下は、感心した様子で私を見た。

 

「君はカエルにも詳しいんだな」

「えっと、生き物には興味がありまして…。我が領は固有種が多いので、その生き物には特に」

 

 笑って誤魔化す。本当は前世で殿下から聞いた話や、図鑑の説明の受け売りなのだが。

 私の返答に、殿下はちょっぴり嬉しそうな顔をした。おそらく同好の士を見つけたと思っているのだろう。

 

 前世でも殿下のカエル趣味はあまり理解されず、せいぜい私くらいしか話し相手はいなかった。

 私は元々特にカエル好きだった訳ではないが、殿下に付き合ううちに愛着が湧いたりもしたので、カエルの知識は豊富に持っている。

 

 

「…良かったら、またあの庭を見に行ってもいいだろうか?」

 

 巣の中のオタマジャクシを見てみたいのだろう。そう尋ねてきた殿下に私は「はい、もちろん!」と笑顔で答えた。

 横で聞いていたスピネルがうなずく。

 

「じゃあ、近いうちにまたデクロワゾー邸を訪問できるように調整しよう」

「はい、よろしくお願いします、スピネル殿!…あっ、じゃなくて、スピネルさん…さ、様!」

 

 テンションが上がったせいか、私は思い切り敬称を間違えてしまった。

 貴族令嬢なら貴族相手には「様」を付けて呼ぶように教育されるものだ。

 スピネルは公爵家子息で殿下の従者、しかも多分私より年上なのだから尚更だ。

 …なんだけど、こいつ今一瞬、凄いバカにした顔しなかったか?

 さっきまでの愛想の良さはどうした。私が悪いのは分かっているが腹立つ…!!

 

 

 

 帰りの馬車の中では、話が盛り上がっているのを離れたところから見ていたらしいお母様に、会話の内容について根掘り葉掘り訊かれた。

 殿下はカエル好きを隠したがっているはずだが、お母様に嘘をつくのも申し訳ないので「領の生き物の話です」と遠回しな言い方で答える。

 

「殿下は本当に生き物好きでいらっしゃるのねえ…」

 

 お母様はそう言ってうんうんうなずいた。まあ、このくらいなら問題はないだろう。

 私は馬車の窓から外を眺め、また殿下にお会いするのが楽しみだ、と思った。

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