流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
スカートの裾が乱れるのも構わず、大急ぎで城へと向かう。
息を切らしながら応接室のドアを開けると、見慣れた淡い金髪と赤毛が目に飛び込んできた。
「殿下!!スピネル!!」
「ああ、リナーリア。ただいま」
落ち着いた声と表情。顔色も良く、怪我をしている様子もない。
いつもと変わらない二人の姿に、どっと安心する。
…良かった。無事だった。
安堵のあまり膝から力が抜けそうになるが、何とか我慢する。
「君が随分心配をしていたとメイドから聞いた。それで到着の報せを送ったんだが…大丈夫か、リナーリア?風邪はもう良くなったのか?」
「は、はい、私は大丈夫です。もうすっかり治っていますし。…お帰りなさいませ、よくぞご無事で」
「走って来たのかよ。慌てすぎだろ」
「すみません…スピネルも、お帰りなさい。無事で本当に良かった…」
「お、おう。ただいま」
何とか笑いかけると、スピネルは戸惑った顔でうなずいた。
いつもなら腹を立てる所だが、今はそんな反応にすら安心する。
とりあえずソファに腰を落ち着け息を整えていると、メイドがティーセットを載せたワゴンを押してやって来た。
淹れたての紅茶を飲みながら、まず殿下が口を開く。
「実は、フィロフィル領で大雨にあってな」
「はい、私もそれは聞きました。大丈夫でしたか?」
「俺達が滞在している街の辺りは大した事はなかったんだ。でも、山の方に集中して一気に降ったらしくてな。川が増水してるって言うから念の為出発を1日先延ばしにしたら、その晩に山沿いの街道で土砂崩れが起きちまったんだよ」
「幸い死者は出なかったし、土砂崩れもごく狭い範囲で済んだらしい。おかげで、5日遅れ程度で帰ってこられた」
殿下とスピネルが交互に説明してくれる。
心配ないという先生の言葉はちゃんと正しかったのだ。
「もしかして、君の所には少し大袈裟に伝わっていたのか?」
「いえ、私が勝手に心配していただけで…。他には特に危険な事はなかったんですか?」
「ああ。帰り道で近くに魔獣が出た事はあったが、大した数ではなかったようだ。護衛がすぐに片付けたから、俺達は姿すら見ていない」
どうやら、天候以外は本当に平和な道中だったらしい。
「俺はむしろ外に出て戦いたかったくらいだけどな」と、スピネルが冗談めかして言う。
「ずっと馬車に揺られてたから、肩が凝って肩が凝って…」
「で、でもそんなの危険ですよ!」
「分かってるって、冗談だよ。戦力が足りないならともかく、そうじゃない時はわざわざ出たりしねえって。てかお前が言うなよ、真っ先に飛び出しそうなくせに」
「私は魔術師なので出たとしても後方支援です!…でも、貴方は、その…」
「……?どうしたんだお前、さっきから変だぞ。もしかしてまだ怒ってんのか?」
「違います。…あの、スピネル、先日の件は本当にすみませんでした。貴方は悪くないのに八つ当たりをしてしまって…」
「お、おい、何だよ急に?」
いきなり頭を下げた私に、スピネルは慌てた。
「こうしてお二人の顔を見るまで、気が気じゃなかったんです。道中何かあったらと心配で…スピネルとは喧嘩したままで、見送りにも行けませんでしたし…」
「そんなの、気にすんなよ。お前は寝込んでたんだからしょうがねえだろ」
「いえ、そもそももっと早く謝るべきでした。…本当にごめんなさい」
「だからいいって。マジでどうしたんだよ?お前らしくもない」
謝られるのは予想外だったらしく、スピネルはオロオロしていて、殿下は眉を寄せている。
しかしここはきっちり謝っておかないと、私の気が済まないのだ。
「帰りを待つ間、じっと考えて気付いたんです。…いえ、今までは分かっていたつもりで真に理解できてはいなかった…というのが正しいでしょうか」
「何がだよ?」
「貴方がどれだけ大切で、かけがえのない存在かという事がです。スピネル…」
顔を上げて両目をじっと見つめると、スピネルはぎしっと固まった。
横の殿下が驚いたように私を凝視しているが、構わずに続ける。
「スピネル、私は貴方を絶対に失いたくないんです」
「り、リナーリア」
「だって、貴方は…」
「殿下の、大事な従者なんですから…!!」
…その途端、スピネルの顔から表情が抜け落ちた。
たっぷり10秒ほど無言で私を見つめた後、いきなりドン!!と両拳を叩きつけてテーブルに突っ伏す。
「……あっっっっっぶねえ!!!!」
「は?危ない?」
「何でそう紛らわしい言い方すんだよ!!このバカ!!マジでたちが悪い!!」
「紛らわしいって何がですか」
「何でもねえよ!!!!!」
何故だかスピネルは突っ伏したままでめちゃくちゃ怒っている。
もしかして謝り方が悪かったんだろうか?と殿下の方を見ると、こちらは口元を抑えて必死で笑いをこらえていた。
…なんで?
「だ、だってスピネルは殿下の有能な従者で、信頼が置ける第一の友人ですよ?公私にわたり殿下を支える、かけがえのない人です」
「……」
「殿下のために、この国の未来のために、貴方は必要なんです。だから無事に帰ってきてくれて良かったと、私は本当にそう思っていて」
「……」
「あの、スピネル?聞いてます?」
「もういい!!!よーーーく分かった!!!!」
それから私は、今までの事をかいつまんで話した。
学院を休んでいたせいで、ミニウムとスフェン様の件の顛末について二人にきちんと報告できていなかったのだ。
「…なるほど。君はミニウムが剣を振れなくなった原因を聞いて、スピネルも同じ不調に陥ったのではないかと心配していた訳か」
「はい」
「俺は何ともねえよ!!あの時ミニウムに負けたのは、ちょっと調子が悪かっただけだっての!!」
「そうだな。少し調子が悪かっただけだな」
不機嫌そのもののスピネルとは反対に、殿下は妙に上機嫌だな。何か良い事でもあったんだろうか。
私の目を見つめ、励ますように言ってくれる。
「大丈夫だ、リナーリア。心配ない。そのためにも俺達は日々鍛えているんだ。どこに行こうと、必ず無事に帰って来ると約束しよう」
「殿下…!」
やはり殿下はお優しい。私の事を気遣ってくださっている。
そして、スピネルは…。
「…俺だって大丈夫だよ!試合ならともかく、実戦じゃ気を抜いたりしねえ!」
苦虫を噛み潰したような顔で言われた。
「ったく…図太いくせに変なとこで心配性なんだよ、お前は」
「すみません…」
「子供じゃあるまいし、そんなのいつまでも引きずったりしねえよ!少しは信用しろ!」
「し、信用してない訳じゃないです、ただ心配だっただけで」
「それがいらねえっつってんだよ!大体、そんな暇があったら自分の心配をしろ!結局5日も学校休んだって聞いたぞ!」
「うっ…どこでそれを」
「どこでだって良いだろうが。お前昔っから身体弱いんだから、もっとちゃんと飯を食え!運動もしろ!体力つけろ!そんなんだからいつまでたっても肉がつかないんだよ!!」
「に、肉がつかないは余計です!!」
さすがにそれは聞き捨てならない。気にしてるのに!!
「自覚あるならもうちょっと何とかしろ!前から気になってたが、毎回毎回卵と野菜ばっか食ってんじゃねえ!もっと肉を食え肉を!」
「は?卵の栄養価の高さをご存じないんですか?脳味噌まで筋肉が詰まってる方には栄養学は難しすぎました?」
つい売り言葉に買い言葉で言い返してしまう。人が散々心配してたっていうのにこいつ…!
「お前は筋肉好きなのか嫌いなのかどっちだよ!」
「頭が悪い筋肉は嫌いなんです!」
「筋肉に頭いいも悪いもあるか!!」
「ありますー!知性のない筋肉はただのゴリラです!!」
「じゃあお前は、そのゴリラがちゃんと戦えなくなったかもって心配してた訳か?ああん?」
「こっ…この前までは人間だと思ってたんですよ!でも今はゴリラに格下げです、ゴリラに失礼ですけどね!!」