流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
思わず睨み合っていると、殿下が「やれやれ」と苦笑した。
「…まあ、リナーリアの心配も全くの的外れという訳じゃない。何しろ今回の視察中、スピネルは時々上の空になっていたからな」
「えっ!?」
「殿下!!」
スピネルが抗議の声を上げたが、殿下はしれっとした顔で紅茶のカップを傾けている。
「上の空だったって、どういう事ですか?」
「それは…」
「スピネル。意地を張らずにさっさと
「……!」
スピネルはしばらくむっつりとしたまま視線を彷徨わせていたが、やがてガシガシと頭をかくと、「わかったよ!」と言ってソファから立ち上がった。
そのまま奥の部屋に行ったかと思うと、手に何かを持って戻って来る。
そして、それを私に向かってずいっと差し出した。
「…これ、やるよ。土産だ」
「えっ?」
手渡されたのは、ひと目で上等なものだと分かる小ぶりなダガーだった。
しっかりした作りの割に軽い。恐らく女性が護身用に持ち歩くために作られたものだろう。
赤く染めた革で作られた鞘には、炎を思わせる美しい文様が細かく彫り込まれている。
…確か前世の視察の時、これと似た雰囲気の革細工をブーランジェ領で見た記憶がある。
上質な馬革に独特の文様を彫り込み、ベルトやポーチなど様々なものを作る革細工は、あの周辺の地域に古くから伝わる伝統工芸だったはずだ。
今回の視察でもブーランジェ領には立ち寄っただろうし、きっとそこで買ったのだと思うが…。
不貞腐れたようにそっぽを向いているスピネルの顔をまじまじと見返す。
こいつとの付き合いはかれこれ5年にもなるが、個人的に土産を貰った事なんて今まで一度もないのだ。
「リナーリア。スピネルは君にあの件の事を許してもらいたくて、その方法をずっと探していたんだ。出発前から、ずっとな」
「…殿下の言う通りだよ。これはその、詫びの品だ。何が良いか色々考えたが、やっぱお前は実用的な物の方が喜ぶかと思って…」
「詫びって。だって悪いのは私の方で」
「あの件は俺にだって落ち度があった。だから気にせずに受け取ってくれ」
鞘に美しい炎の文様が描かれたダガー。
この文様には様々な種類があり、それぞれ意味が込められているのだとブーランジェ公爵は言っていた。詳しくは知らないが、炎はさしずめ守護だとか魔除けあたりの意味だろうか。
…じゃあこいつは、私への土産を何にするか悩んで上の空だったのか?
ミニウムとの試合の時も、もしかしたら…。
「……ば、バカじゃないですか!?視察は見識を広げ、人脈を作るための大切な機会なんです!!やるべき事も見るべき物もいくらでもあるのに、私の事なんか気にしてる場合じゃないでしょう!!」
「なっ…バカとは何だバカとは!!視察も社交もちゃんとやってたっつーの!!上の空って言っても、たまにちょっと馬車の中で考え事してたくらいだよ!!」
「そうか?居眠りもしていただろう」
「殿下!!余計な事言うな!!」
い、居眠り!?大事な視察の最中に?
…こいつ、ダメだ。たるんでる。私の事で悩んでいたと言うが、それだけが原因なら居眠りなどするまい。
学院に入って環境が変わったからか?同世代の人間にばかり囲まれ、毎日女子に騒がれたりしているせいか?とにかく、たるみまくっている。
「…よっっく分かりました!!貴方には従者としての自覚が足りないようです!!」
私はビシっとスピネルの顔に指を突きつけた。
「貴方には殿下の従者にふさわしい気概と才腕を身に着けるため、修業し直していただきます!!この私が性根を叩き直して差し上げますので、覚悟してください。勉強も、魔術も、剣術もです!!」
「はぁ!?お前が!?」
「そうです!!」
素っ頓狂な声を出すスピネルを思い切り睨みつける。
今回はたまたま何もなかったから良かったものの、いつ何が起こるか分からないのだ。こいつには気を引き締め直してもらう必要がある。
「大体さっき貴方、『実戦では気を抜かない』とか言ってましたけど、試合でだって気を抜いてはダメでしょう!相手に失礼じゃないですか!」
「そ、それは…」
「剣術の指導はペントランド様にお任せするしかありませんが、手を抜かないよう時々様子を見に行きますのでそのつもりで!」
「待て、本気か!?」
「良いだろう、俺が許可する。その方が俺もスピネルも身が入る」
「殿下、ありがとうございます!…ああ、座学や魔術に関しては、私が自ら厳しく指導していきます。そうですね、放課後や昼休みにでも時間を作って勉強しましょうか。覚悟して下さいね!!」
「うげぇ…マジかよ…」
スピネルは何やら青くなっているが、殿下の許可もいただいたので何の問題もない。
ビシバシやってやると腰に手を当てて宣言すると、横で聞いていた殿下が真面目な顔でうなずいた。
「俺もなるべく一緒に受ける事にしよう。勉強は大事だからな」
「…!はい、もちろんです!お任せください!」
おお、これは思いがけず、殿下のお役に立つチャンスだ。
実は、殿下の成績が前世よりちょっぴり低い事は前から気になっていたのである。
この機にぜひ、成績を上げていただこう。
鼻息荒く意気込む私に、殿下は「よろしく頼む」と少しだけ笑った。
それから、胸ポケットに手を伸ばして何かを取り出す。
「…リナーリア。これは俺からの土産だ」
「えっ?殿下まで、私にお土産を?」
「ああ。視察先で君に似合いそうな物を見つけてな」
手のひらに乗せて差し出されたのは、銀色に輝くブローチだった。
精巧な銀細工で作られたモンステラの葉の上に、豆粒ほどに小さな翡翠のカエルが乗っている。繊細だが愛嬌のあるデザインだ。
「とても可愛らしい…素敵なブローチです。こんな素晴らしい物をいただいてもよろしいのですか?」
「ああ。君はいつも土産などいらないと言うが、たまには良いだろう。遠慮せず貰ってくれ」
「殿下…ありがとうございます!大切にします…!!」
「喜んでもらえて嬉しい」
ブローチを手にニコニコする私と、微笑む殿下。横でスピネルが憤慨する。
「ちょっと待て、俺の時と対応に差がありすぎねえか!?」
「それは貴方が大事な役目を
念を押すと、スピネルはがっくりと肩を落としてため息をついた。
「はぁ…何でこうなるんだよ。しかも勉強って…面倒くせえー!」
その肩を殿下がぽんと叩く。
「まあ、これでやっとリナーリアと仲直りができたんだ。良かったじゃないか」
「……」
スピネルは私の顔を見ると、もう一度大きくため息をついた。
…その週末。
私は早速二人の剣術の鍛錬を見学に行くため、身支度を整えていた。
「お嬢様、とても良くお似合いですよ。可愛らしいです」
「ありがとう、コーネル」
私が羽織ったポンチョの胸元には、銀色のモンステラの葉のブローチが光っている。
普段は装飾品に興味がない私だが、殿下からいただいたものとなれば別だ。小さなカエルがついている所がまた、殿下らしくてとても良い。
大事にしまっておこうかとも思ったが、こうしてちゃんと使っている方が殿下は喜んでくださるだろう。
「あっ、そうだ。それから…」
「それもお持ちになるんですか?」
「はい。今度から護身用にはこれを持ち歩きます」
机の引き出しから取り出したのは、赤い革の鞘がついたダガーだ。
それを大切に懐にしまい込み、コーネルの方を振り返る。
「では、行きましょうか!」
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