流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
本棚にずらりと並んだ参考書。その中の一冊に手を伸ばし、ぱらぱらとページを捲る。
1年生向けのかなり基礎的な内容のものだ。
うーん…これだとちょっと初歩すぎるだろうか?
スピネルと殿下ならもっと…いや、まずは今の学力レベルを知るためにも、この辺りから始めるのが丁度いいかもしれない。
閉じた参考書を小脇に抱え、同じような1年生向けの参考書を他にもいくつか見繕ってから、隅の方にある机に向かう。
しんとした室内に小さく響くのは、かりかりと鉛筆を走らせる音とページを捲る音。
そっと見回すと、幾人かの生徒たちが真面目な表情でノートを広げている。
ここは王立学院の図書室だ。
そこそこの広さがあるが本棚の数はそれほど多くない。内容も参考書だとか魔術書、歴史書など、学院の勉強に役立てるための本ばかりに偏っている。小説だとか娯楽系の本は少ない。
つまりここは読書をするためというより、自習をするための部屋なのだ。
学院の近くにはこの国でも一番の広さと蔵書数を誇る王立図書館があるので、本を借りたい者はそちらに行けという事だろう。
かく言う私も普段は王立図書館にばかり行っているのだが、今日はスピネルと殿下に勉強を教えるためここに来ている。
二人は生徒会の用事があるそうだが、それほど時間はかからないと言っていたので、間もなくやって来るだろう。
それまで軽く予習でもするかと参考書を開いた瞬間、いきなり大きな音を立てて図書室のドアが開いた。
「…いたいた、リナーリアちゃん!!」
「!?」
「ちょ、おま、声大きすぎ…!」
ドアの前で私の名を呼んだのは、クラスメイトのクリードだ。
その後ろで慌てている銀縁眼鏡の男子生徒は、同じくクラスメイトのスパー。彼はクリードの従兄弟で幼馴染だったはずで、普段から仲良く一緒に行動している事が多い。
「あの、図書室ではお静かに…」
「あっ、ごめん、気を付ける」
小声で注意すると、クリードは声をひそめつつ素直に謝った。
バカだけど悪い奴ではないんだよな。憎めないタイプというか。
「私に何かご用ですか?」
「うん、実は頼みがあってさ」
クリードは隣の席に腰を下ろすと、真剣な目で私を見つめて言った。
「俺に、セラミカちゃんを紹介して欲しいんだ」
「……。セラミカ?」
「ああ。どうしても彼女に会いたい」
「????」
頭の中に大量の疑問符が飛ぶ。
セラミカは「魔剣の黒き英雄」の登場人物だ。昔から人気が高い物語なので、彼女にあやかって同じ名前を付ける人間も時々いるようだが、あいにく私の知り合いにはいない。
一人思い浮かぶ人物はいたが、いや、まさかな。
横に座ったスパーが困った顔になり、クリードの肩に手をかける。
「なあ、やめとけって。あの人男だぞ、しかも先輩だし」
「ちげーよ、俺が会いたいのはセラミカちゃんなんだよ」
「だからそれミニウム先輩だろ?」
「違うってば!俺は男は別に好きじゃねーし!」
二人の会話を聞いて衝撃を受ける。まさかとは思ったけど、やっぱりミニウムの事なのか。
この前のスフェン様との試合で、ミニウムは少女騎士セラミカの扮装をしていたのだ。
そう言えばクリードも観戦に来ていて、やたら興奮していた気がするが…。
「いいか、セラミカちゃんはな、あの日闘技場に舞い降りた天使なんだよ!!」
「天使って」
「あの、勝った時のちょっと照れたほわほわっとした笑顔…試合中の凛々しさとのギャップが良いんだよなあ…」
うっとりと呟くクリードに、スパーが「だめだこりゃ…」と頭を抱える。
一方、私の頭の中には更に疑問符が飛び交っていた。
つまりどういうこと?
「ええと…。もしかしてクリード様、寝ぼけていらっしゃいます?」
「リナーリアちゃん辛辣ゥ!でもちょっと近い!」
「近い?」
思わず首を傾げた時、頭上にぬっと影がさした。
「…おい。お前ら、何してんだよ」
スピネルだった。
眉間に皺を寄せてクリードとスパーの二人を見下ろしている。
「あれ、何でスピネルがいるんだ?ここ図書室だけど?」
「お前には言われたくねえよ!勉強だよ、勉強!」
「ええー?お前がー?」
「そうだよ!悪いか!」
思い切り睨まれているが、クリードはあっけらかんとした様子だ。こいつこの前スピネルにボコられたんじゃなかったっけ…?
どうやらもうすっかり忘れたらしい。むしろ横のスパーの方が青くなっていて、少々不憫である。
するとクリードは私とスピネルの顔を交互に見て、「あ、そっか!」とぽんと手のひらを叩いた。
「仲直りしたんだ?良かったじゃん!」
「あのなあ…」
無邪気な笑顔を向けられ、スピネルがちょっと毒気を抜かれた顔になる。が、すぐにまた眉を吊り上げた。
「で、お前らはここで何やってんだよ。こいつに何の用だ」
「それは…」
すると、落ち着いた声がやんわりとそこに割り込んだ。
「スピネル、そう威嚇するな。スパーが困っているだろう」
「あっ、殿下!」
いつの間にか殿下もそこに立っていた。生徒会はもう終わったらしい。
殿下を立たせておく訳にはいかないと、まずは席を勧めようとした私は、ふと視線を感じて辺りを見回した。
…図書室中の生徒がこちらを見ている。どうやら先程からのやり取りで、すっかり注目を集めてしまったらしい。
ううむ、困ったな。勉強をする予定だったが、クリードはちゃんと話を聞くまでは帰りそうにない。
そしていくら声を抑えていても、この人数ではどうしてもうるさくなってしまうだろう。
「とりあえず、場所を移動しませんか?ここでは他の方の迷惑になります」
「賛成!」
手を上げて即答したクリードに、私はため息をつきつつ椅子から立ち上がった。
こういう時に行く場所といえば、当然学院の食堂だ。
放課後のこの時間は、お茶を飲みながら世間話に花を咲かせている生徒たちがそこそこいる。
「殿下、スピネル、すみません。勉強の予定だったのに」
「俺は別に構わん。だが、しかし…」
「お前、そっちの趣味だったのか」
話を聞いた殿下とスピネルが、クリードを何とも言えない視線で見る。
クリードは不満げに「だから違うって!」と口を尖らせた。
「ミニウム先輩には別に興味ねーし。まあ、いい人だとは思うけどさ、俺が会いたいのはあくまでセラミカちゃんなの!」
「じゃあ、セラミカの扮装をしたミニウム様に会いたいという事ですか?」
「んー、まあ、そうなるかな?」
「なぜ疑問形なんですか」
「うぅうん…なんて言うか…」
何やら難しい顔で首をひねっているクリード。どう説明すればいいか分からないというよりも、自分でもよく分かっていないように見える。
スピネルと殿下も不可解な顔だ。
「わっかんねえな、どんな格好したって中身はミニウムだろ。第一、会ってそれでどうする気なんだ?まさか付き合いたいとか?」
「それは無理でしょう。ミニウム様は普通に異性が好きな男性ですし」
「そうだな…恋愛は自由だと思うが、望みは薄いのではないか」
「薄いどころか無いと思いますよ。残念ですが、諦めた方が身のためかと」
「お前なぁ、少しはオブラートに包めよ」
ちょっと呆れた顔をされてしまったが、しかしミニウムはスフェン様が好きなのだ。
まあ仮にスフェン様と上手く行かなかったとしても、彼はシュンガ伯爵家の跡取りとしてちゃんとした女性を妻に迎えなければならない。
愛人を作りたがるタイプでもないだろうし、クリードが入り込む隙間など恐らくない。
「早めに現実を教えて差し上げた方が良くありませんか?」
「人の心とかないのか?いくらクリードが能天気で忘れっぽいって言っても、失恋はショックだろ。多分」
「スピネルもリナーリアも結構ひどい事を言っているぞ…」
むう…殿下にまで咎められてしまった。
確かに告白する前から失恋しているのは可哀想だ。もう少し優しい言葉をかけるべきだったか。
「クリード様、元気を出してください。頑張って長生きをすれば、いつかそのうちクリード様のご趣味を理解される男性が現れる可能性も…ええ、多分、あります。ゼロではないはずです」
「それ励ましてるつもりなのかなぁ!?」
クリードは悲鳴混じりの声で突っ込んだ。
ちゃんと優しく言ったのに…。