「答えろ、何故こんな先走った真似をした?」
「キヒッ! まあそう怒んなって、その物騒なもんを仕舞えってばぁ、
怒気混じりにこちらを睨みつける彼女を諭しながら、無意識に半歩下がってしまう。
今目の前の相手が握っている金色のゲームカセット、あれは駄目だ。
あのカセットを起動させた彼女には勝てない、どんな魔法少女だろうともだ。
私達はそのことを、初めて出会ったあの時に嫌というほど思い知らされた。
「その名で呼ぶな、ボクの魔法少女名はヴァイオレットだ。 愛称で呼ばれるほど君と仲良くなったつもりはない」
「あっそ、付き合い悪いなぁ……んで理由だっけ、寧ろこっちが聞きたいね。 準備は整っていたはずだ、何時までも『待て』が出来るほど利口じゃないよ」
「慎重に慎重を重ねて損はないよ、何せボクの正体がばれる訳にはいかない。 実際にこの前局長に感づかれかけたしね」
「あ゛ぁ……だからか、ペスマスに攫わせたのは」
いつぞやの下水道で出会った、恰幅の良いおっさんの事を思い出す。
急に仕事を1つ増やしてくれて何してくれるんだと悪態をついたがそういう事か、あのおっさんも気の毒なもんだ。
「ギヒッ、それで仕留めそこなっちゃ世話がないけどねぇ!」
「……その点は誤魔化しが効いたから問題はないよ、今の問題はこの状況についてだ。 どうするつもりだ、あの
「やっぱ強いのか、あのバケモノ。 一体何者?」
「京都本部局長代理、加えて10年前に誕生した始まりの魔法少女の生き残りだ。 内包する膨大な魔力のせいか当時から見た目が変わっていない」
「……とんだ若作りだねぇ、まあ最悪あんたが相手すれば楽勝だろ?」
「世の中確実なんて言葉はない。 ボクだって出来れば戦いたくないよ、それだけの相手だ」
あれだけの力がありながら慎重な事だ、いっそ病的なほどに。
確かにあれの力は見ただけで分かるほど強大だ、それでも目の前の彼女なら勝ち目のない戦だとは思えない。
「まあ過ぎた事は責めても仕方ない、それにこれはチャンスだと考えよう。
「……それってさぁ、シルヴァって奴も入ってるの?」
「もちろん、シルヴァとボクの命も含めての計算だ。 間違えるなよ」
「ああはいはい、あんたの時は間違いなく仕留めてあげるよ」
……あたりまえだ、初めからそういう約束だった、騙すつもりでシルヴァは生かしていたんだ。
今さら情でも移ったか? あんな短時間のやり取りで同情するほどいい子ちゃんではなかったつもりだが。
「―――――スピネ!!」
振り払った疑念を再燃させるかのように、頭の中で思い返していた声が鼓膜を震わせる。
振り返るとそこにはオーキスと黒騎士、そしてその肩に
「……シルヴァ、お前なんで……黒騎士ッ!!」
「ま、まま待って朱音ちゃん! 私が頼んだの、杖は返すから朱音ちゃんを探してって……!」
「何してんだよ馬鹿! ンな真似したらみすみす逃げてくれって言ってるもんだろ!!」
「だが我は今こうしてお前の目の前にいるぞ、スピネ!」
だから何だ、今この場にいる事がこの先の保証に繋がる訳じゃない。
ヴァイオレットなんかと絡んでる暇はなかった、何故私はこの馬鹿な姉とさっさと合流しなかった。
「……やあシルヴァ、縄の一つも掛けられていないとはずいぶんと大事にされているね。 どこから聞いていた?」
「……生憎と今来たばかりだ。 お前はラピリスやゴルドロスの同僚なのだろう、何故ここにいる?」
「それが分からないほど馬鹿な頭じゃないだろうに、しかしここでボクの顔を見られたのは厄介だな」
「ま、待て! こいつは大事な人質で起動要員だ、まだ殺すわけにはいかない!」
「人質の価値なら生きても死んでも一緒だよ。 ……まあいいか、今度はしっかり捕まえておけよ」
まるで興味がないかのごとく、私たちから視線を外した彼女は白衣を翻して踵を返す。
最後に一度、振り返った彼女の瞳は酷く冷たい光を宿していた。
「あ、朱音ちゃん? あのね、怒ってるのは分かるんだけど私……」
「五月蠅い、ちょっと黙ってて……黒騎士」
『御意』
何も言わずに理解を示した騎士は、肩に乗せたシルヴァを摘まみ上げて地面に降ろす。
イラ立ちを隠しきれず、足音荒く歩み寄った私はそのまま彼女の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
「なんで来たお前……死にたくなかったらあそこで待ってろって言っただろ!!」
「わ、我はただお主を死なせたく……」
「お前に心配される筋合いは無いんだよ、この馬鹿!!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とはぁー!?」
傍から見ればあるいは仲睦まじく見えてしまうやり取りかもしれない。
現に姉の方を見ると、黒騎士の足に隠れて肩を震わせながら笑いをこらえている。
「オホンッ……じ、じゃあお姉ちゃんはこの子連れて行くから~」
「任せた、今度は脱走しないように縛っといて」
「な、何をするー!?」
咳払いで込み上げる笑いを誤魔化した姉が、シルヴァの肩をひっ掴んで私から引き剥がす。
大分無駄な時間を喰った、こんな事をしている暇はどこにもないというのに。
「……それと、そっちも大分ボコられたでしょ。 監視ついでに休んでなよお姉ちゃん」
「うん、ありがと。 すぐに戻るから」
まるでキャッチボールになってない返答を舌打ちのバットでかっ飛ばす。
私がヴァイオレットに足止めを喰らっている間、ロウゼキという魔法少女から受けたダメージは深刻なはずだ。
強めに釘を刺そうと振り返った先には、地面を大きく切り裂いたカミソリの痕が残っているだけだった。
「……“あっち”に閉じ込めておく気かぁ、とうとう切羽詰ってきてんねアタシらも」
ここは東京、地の利は万全。 なのにまるで優位に立てている気がしない。
一体どこで間違えたのだろうか、やはりヴァイオレットの言う通りにしておけば……
「……いや、どの道アタシたちに道はないんだ」
残った黒騎士と共に、崩壊した街並みを歩んでいく。
東京中に配置されたネズミたちの情報網は快調だ、そこかしこにくまなく敷かれた視界――――その一部との繋がりが酷い衝撃と共に強制的に断たれた。
「…………はっ?」
――――――――…………
――――……
――…
……ここはどこだろうか、酷く暗くて息苦しい。
灯した魔術の火すらも無限の闇に呑まれ、明かりとしては心もとない。
直前に肩を掴んだオーキスがカミソリを振るったことは覚えている、ならここは地面の下だろうか。
「違うよぉ、こっちは私の“裏”世界。 な、なぁんにも無いからはぐれると大変だよ?」
「うひっ!?」
ぼうっと暗闇から現れたオーキスの姿につい変な声が出てしまった。
見れば彼女の周りだけ薄っすらと明るい、とはいっても周囲はどこまでも続く黒で満たされているのは変わりないが。
「おおお脅かすでない! ちょっとビックリしちゃったではないか!」
「お、脅かしちゃったねぇ、ごめんねぇ……けど時間がないんだ、さっさと行こぉ」
憤る私の腕を容易く捕まえた彼女に引かれ、私は同行を余儀なくされる。
行くといってもどこへだろうか、この闇の中で彼女は何を目指して歩いている?
「……ね、ねえ。 君さ、本当に朱音ちゃんが心配で抜け出してきちゃったの?」
「無論だ、あやつは何というか……危うい、雰囲気があった」
何故かその時、脳裏には白いマフラーをたなびかせる憧れの魔法少女が過った。
思えば何というか、あの2人の儚さはどこか似ているものがあるかもしれない。
「ふーん……そっか、そうなんだぁ」
「それよりどこに向かっている、さっきから進んでいるのかもわからぬのだが……」
「大丈夫だよ、すぐ見える。 シルヴァちゃんにはねぇ、そこでお願いしたいことがあるの」
「お願い……?」
「うん、私達のためにお願い。 まあ続きは……私たちが生まれた、あの研究所で教えてあげるね」