俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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なぜ彼女は立ち上がってしまったのか ①

「あ゛ーもう! あんのゴリラ中々手ごわかったですわね……!」

 

「よくやったお姉、褒めて遣わす」

 

「お前はっ倒しますよお前マジで!」

 

愛用の棍棒(シャフト)を深々と額に刺されたゴリラが大気に溶け、魔石を残して消失する。

距離を取りながら魔力の籠った石を剛腕で投げつける手強い相手だった、この強敵との戦いを書き記すのであればきっと500字詰め原稿用紙が分厚く積み重なること間違いない。

投石によって打撲を負った四肢を擦り、魔石を回収する。 苦戦した割にはやや小ぶりに思える、ちょっと損した気分だ。

 

「そんなことよりお姉、周辺の走査が終わった。 多分この先が目的地」

 

「いい知らせですわ。 さっさとこんな湿っぽい場所は抜けて、帰って紅茶でもシバきましょう」

 

「……クールビューティはお茶をシバくなんて言わないと思う」

 

ちょっとした失言だ、重箱の隅をド突き回す妹を無視して歩を進める。

目的地が近づいて気は焦るが慎重にだ、あくまで何かあればすぐに妹のカバーに入れる距離を保ちながら。

闇に慣れた目を凝らし、歩きにくいデコボコした道を進む。

 

「お姉、そろそろ見えるはず。 この先が一番魔力が濃い地点」

 

「その割には何も見えませんが……」

 

暗いといっても辺りは空虚なくらいにだだっ広い、遠くこそ闇に隠れて見えないが、建物の1つでもあればすぐに気付けるはずだ。

だというのに何も見当たらない、妹も平静を装ってはいるが声からは隠しきれていない焦りが聞こえてくる。

 

「…………嘘」

 

「どうしましたの、園。 報告はまず結果を」

 

「……ない、ここが一番。 私たちが今立っている場所が最も魔力が濃い点、なのに何もない、ありえない」

 

「ふむ、なるほど?」

 

周囲を軽く見渡しても、園が言うような濃い魔力を持っていそうなものは何もない。

ならば彼女の見当違いか、いやそれはない。 園の走査が間違っているとは考えにくい。

 

「どうしよう、間違えた。 どうしよう、お姉」

 

「お待ちなさい、あとは私の出番でしてよ」

 

ふとその場に膝をつき、地面を撫でる。 足元には冷たく湿気った土が広がっているだけだ。

……コンクリなどで碌に舗装もされていない土だけの平坦な地面、それはおかしい。

なぜ何もないこの場所がそこまで均されているのか、魔物が通った跡ならここまでの道のりのようにデコボコした歩きにくいものになっているはずだ。

手持ちの棍棒を突っついた地面は何かで押し固めたかのように堅い、もしやこれは……

 

「お姉?」

 

「…………なるほど、魔法か」

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

どれ程歩いただろう、5分か、10分か、あるいはそれ以上か。

どこまでも黒く塗りつぶされた世界は時感覚を狂わせる、頼りになるのは私の手を引くオーキスの存在だけだ。

もし彼女が手を離したら私はきっとこの黒の世界を永遠に彷徨い続けるのだろう、そんな妄想が脳裏をよぎって思わず握る手の力が籠ってしまう。

 

「ふ、ふふ。 心配しなくていいよぉ。離さないから」

 

「そ、そんな心配はしておらぬぞ! 我はなぁ、お主が怖くないかとなぁ!」

 

「はいはい……ほら、ここだよ。 入った入った」

 

「へ……? あれ?」

 

いつの間にか、目の前には巨大な門扉が現れていた。

本当に唐突だ、先ほどまでこんなものはどこを見渡しても無かった。 一体いつの間にここまで近く……

 

「ほら、中に入りなよぉ。 で、でも面倒だから気絶はしないでねぇ」

 

「……? それはどういう―――――ひっ!?」

 

門扉を開き、ひしゃげたシャッターを潜った彼女の後に続いて研究所へ足を踏み入れ、そしてすぐに後悔した。

室内へ踏み込むとカビとサビが入り混じった様な臭いが鼻を刺し、広がる視界には目一杯の赤黒いシミが飛び込んでくる。

元は清潔感があっただろうタイル敷きの床、割れた照明がぶら下がる天井、幾何学的な模様がどこまでも刻まれた壁、室内には360度至る所に乾き切った血液が(おびただ)しく張り付いている。

遠のきそうな意識を離さなかったのは、これまでの冒険で鍛えられた嬉しくない耐性のお蔭か。

 

「堪えたかぁ、偉い偉い……これね、全部ここで働いてた人のものだよ。 魔力に侵されて身体が風船みたいに膨らんでいくの、どんどん大きくなって最期は……」

 

「も、もう良い! そそそそれでもこびり付いたままにしておくのはどうかと思うのだが!?」

 

「ごめんねぇ、落ちないんだこれ。 破裂しそうな人は皆ロビーに集めてたからここが一番酷いけど、こんなシミはまだまだあるよ?」

 

「う、うぅうぅ……皆、死んでしまったのか?」

 

「ふふ、そうだよ。 研究員のおじさんも、掃除のおばちゃんも、モルモットの動物たちも、警備員のお兄さんも……私たちの、お母さんも」

 

「母、が……」

 

「うん、そうだよ。 私達が殺した、殺してくれって頼まれたから殺した。 人間として大事なものがどんどん歪んでいくのが、辛くて……間違ってたかな、私たち、だって、だって……」

 

震える彼女の言葉に、私は「はい」とも「いいえ」とも答えられない。

ここまでの道のりで魔力に歪んだ人間の末路を私は知っている、実の親が段々とそんな姿へ変わって行くのをただ見ているだけなんてとてもできない。

彼女達の苦悩を、葛藤を私は知らない。 だからこそ答えることはできない。

 

「……ごめん、変な話した。 進もう、ここは比較的マシだからあんまり警戒しなくていいよぉ」

 

「災厄の日の中心だというのにか、正直ここが一番悍ましい事になっていると思ったぞ」

 

「あはは、皆魔力に触れてるうちに半端な耐性があったせいかな。 だからこそ一番苦しんだと思うよ」

 

その話を聞いてから改めて壁や床を見ると、ここで息絶えた誰かが遺した多くのひっかき傷が目に入る。

床に散らばっているプラスチック片の様なものはまさか人の爪だろうか、あまり見ないようにしてオーキスの後を歩く。

 

「私達の足じゃこの先の廊下は結構長いや、その間お話でもしようよ。 シルヴァちゃんは朱音ちゃんの事をどう思ってるの?」

 

「どう、とは?」

 

「お友達になってくれるかな、って」

 

「……友達」

 

胸の中でその言葉を反芻する、もしも出会いが違うものであればそんな未来もあったのかもしれない。

もしも東京がこんな形でなければ、彼女達と笑い合うような未来が。

 

「私はね、朱音ちゃんが無茶してるのは知ってるんだ。 死なせたくない、だからあなたの優しさに付け込んでこんな事を言う悪いお姉ちゃんなんだ」

 

「悪い人はそんな事言わないと思うぞ」

 

「ふふっ、かもねぇ……いざという時は私が頑張るからさ、朱音ちゃんの事はお願いしていいかな」

 

「駄目だぞ、みんな一緒だ。 姉が居なければ妹は笑えないんだぞ」

 

「私もそれが一番いいんだけどね、そうはいっていられない事情があるんだ……ほら、見えて来た」

 

所々に赤黒いシミがこびり付いた通路の突き当りに、一際頑丈に閉ざされた扉が見えた。

扉の脇には粉々に破壊されたモニターのようなものもある、本来はあそこにカードキーをかざして開くのだろう。

 

「ごめんね、自動ドアは壊しちゃったから物理で開けて。 そこに私達の大事なものがあるから」

 

「大事な物か、それはなんだ?」

 

「開けてみてからのお楽しみ……1つ言うとしたらお父さんたちの大切な研究成果だよ」

 

ここまで来て隠す意味があるのだろうか、不満の言葉は噤んでひしゃげた扉に手を掛ける。

重いが特に魔力的特性も無い鉄の塊、ゆっくりとではあるが魔法少女の膂力なら問題なく開けられる。

金属がこすれる嫌な音を響かせ、子供一人分くらいの隙間を作った私は中を覗き込んだ。

 

「……なんだ、これは?」

 

魔力を紐解く最先端の研究所、ならばきっと天文学的な値が付く機械が所狭しと並び、床には太い導線が絡み合って四方八方へ伸びている―――様なものだと勝手に思っていた。

 

だが違う、むしろ逆だ。 殺風景な部屋の中央にあるのはただ1つだけ。

ここに至るまで嫌なほど見て来たシミと同じ色で描かれた、1つの巨大な魔法陣だけだった。

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