俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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なぜ彼女は一人泣いていたのか ②

「――――と、言う訳なんです」

 

「……なるほど」

 

祭り会場での出来事を話し終えると、お兄さんは何も言わずにしゃべり尽くした私の前にウーロン茶を注いだコップを置いた。

氷が浮いたコップを手に取り、そこでようやく私は自分の喉の渇きに気付かされた。

ウーロン茶を半分ほど飲み干し、ほっと一息つく。 調理場の方ではいくつかの鍋がくつくつと心地の良い音と匂いを立てている。

 

「頬を張られた痕と一人で泣いていた、ね。 難しいな、叱られたら子供は泣くもんだ」

 

「お兄さんもそうだったんですか?」

 

「そりゃもう、うちの母さんは怒ると特に怖かったな。 2人揃ってビービー泣いていたよ」

 

「……想像できません」

 

お兄さんがビービー泣く姿にも興味があるがいけないいけない話がそれてしまいそうだ。

よだれが零れかけた口元を拭い、気を取り直す。 本題は輝鏡さんの件だ。

 

「つっても、俺は親の気持ちってのは分からないんだよな……」

 

「――――ぁ」

 

火傷が広がる頬を掻き、お兄さんが気まずそうに笑う。

しまった、私は大馬鹿か。 この手の話題はお兄さんにとって禁句もいい所ではないか。

 

「す、すみません……自刃してお詫びいたします……っ!」

 

「いやいやいやいや! 刀しまえ刀、んな気にすんなって!」

 

「で、ですが……!」

 

「まあ、俺にとっては分からない話だけど詳しい事情も知らずに横やり入れるのもな。 局長さんに任せるしかないんじゃないか?」

 

後ろめたい気持ちから具現化させた杖を鞘から引き抜く手を、お兄さんに取り押さえられる。

その優しさも今は辛い、今ばかりは時を巻き戻すような魔法があればいいのにと切に願う。

 

「正直煮え湯引っ掛けられた俺にとっては感覚が分からないなー、なんつってあはは……」

 

「ぐふぅ」

 

「あ、アオー!?」

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「私は駄目な魔法少女です……」

 

《あーらら、振出しに戻っちゃいましたね。 百点満点中0点のフォローでしたよマスター》

 

「お、俺に掛ける言葉が見つからなかったんだ……」

 

先ほどと同じように、アオはテーブルに顔をつっぷした状態に逆戻りだ。

軽い気持ちで相談を受けたがまずかった、あれは俺にとっては天敵の様な難問だ。

 

「……親の気持ちか、俺にはとんと分からないな」

 

「女心だけじゃなく親心も分からないのね」

 

危うく掌からすっぽ抜けた食器を叩き割る所だった。

裏口の方へ振り返ると、電子タバコをふかした優子さんが呆れ顔で俺を睨んでいた。

 

「や、優子さん! いつからそこに……」

 

「どこで吸おうと私の勝手でしょう、話なら大体聞いていたわ」

 

裏口をしっかり施錠し、優子さんは手に持ったタバコをケースにしまう。

 

「あの子はまた他人の事で悩んでいるのね、私に似て優しい子だから」

 

「いや、父親似じゃないすかね……いた、いたい! 蹴り、執拗なローへの蹴り止めて!」

 

「私 に 似 て 優しい子よね」

 

「さいですね!!」

 

的確にローを狙う蹴りを放つ人間の性根が心優しいはさておきだ、さて置かないと先に俺の脚が潰れる。

落ち込んだアオをどう励ましたらいいものか、こればっかりはいい案が浮かばない。

 

「優子さん、話は全部聞いていたんですよね。 どう思います?」

 

「右の頬を打たれたなら両の頬を殴り返すべきよ」

 

「流石心優しい人はいう事が痛い痛い痛い、アームロックの移行に迷いがないッ!!」

 

ひとしきり関節技を決め、満足した優子さんは俺を開放して調理場の仕切りを抜けてアオと同じテーブルに付いた。

対面する椅子に腰かけ、自分の娘を見下ろすその姿は何を考えているのだろうか。

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「……何の用ですか」

 

「一応ここは客席よ、いつまでも居座られると困るの」

 

「どうせ客なんて誰も来ないじゃないですかぁ……あうあうあうっ」

 

屁理屈に屁理屈で返すと、お母さんの手がわしゃわしゃ私の髪を掻き撫でる。

せっかく整えた髪型がみっともなく崩れるが、今は直す気力も湧かない。

 

「愛しの王子様が見てるわよ」

 

「…………」

 

やっぱり整える。 埋めたテーブルから顔を上げ、対面の母親を睨みながら。

 

「聞いてたわよ、さっきの話。 本当不器用ねあんた、父親似よ」

 

「どちらかというと母親似じゃないですか……ってアイター!?」

 

皮肉に皮肉で応えると、今度は鋭いデコピンが私の額を打ち抜いた。

心地のいい音さえ立てたそれはお兄さんもしっかり見ていたようで、調理場の方からは押し殺した笑い声が聞こえてきた。

 

「なぁーにするんですか!?」

 

「生意気な口を叩いたから教育よ、これも体罰かしら?」

 

「それは……」

 

否、理由こそ理不尽だがそこまで大層なものじゃない。

……理由こそ理不尽なものだが。

 

「そうね。 違うと言えば違う、けどこれを傍から見れば体罰という奴だっているわ」

 

「……私も、その第三者たちと同じだと?」

 

「巫女の子から見たらあなたはそうね、ただその子は周りより耐えてしまうだけの話」

 

「……では、私のお節介なのでしょうか」

 

テーブルから引き揚げた頭が自然と項垂れてしまう、そんな私の頭に電子タバコの煙が吹きかけられた。

……レモンのフレーバーが香る、私が生まれてから母は紙タバコを辞めたらしい。

 

「……葵、親だって人間よ。 “怒る”と“叱る”を間違える時はあるわ」

 

「何が違うんですか、それ」

 

「自分のためか、相手を思ってかの違いよ。 子供を叱るって難しい事だから、ずるずると間違って戻れなくなる親だっているわ」

 

「…………」

 

「怒られている子供は余計に分からないわ、だからそういう時は誰かが教えて親を叱ってやらないと駄目ね」

 

「怒るか叱るか、見極めろと……わぷっ!」

 

よくできました、と言わんばかりに伸びた腕が乱暴に私の頭を掻き撫でた。

折角セットした髪が台無しになるが、先ほどと違い不思議と不快感はない。

 

「葵、部外者が口を出すなんておこがましいなんて周りは言うかもしれないわ、けどそれでもあんたが信じた道を行きなさい。 子供のうちから妥協なんて覚えるもんじゃないわよ」

 

「……ええ、分かりました。 ありがとうございます、お母さん。 ……ちなみに、さっきのデコピンは」

 

「生意気な口を叩かれて怒ったからよ」

 

「………………」

 

母は強し、確かにその言葉で私は力を貰った。

だがもしかしたら他人の家の事情に口を挟むよりも、先に片付ける問題は目の前にいるのかもしれない。

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