俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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零れた水は救えない ①

最悪だ。 いや、むしろ都合はいいのか。

だが、気分的には最悪だ。 この医者は今の精神状態で会いたい相手ではない。

 

「…………おい、立てないのか?」

 

「な……ば、馬鹿にするな! これぐらい何とも……あいたっ!」

 

立ち上がろうと力を込めた足首に熱い痛みが走る。

どうやらぶつかって転んだときに捻ったようだ、自分の体なのにままならない。

 

「…………捻挫か」

 

「こ、これぐらい何とも……あぁー!?」

 

口先ばかりの抵抗はむなしく無視され、私のチンケな体が大人の膂力で抱き抱えられる。

医者というと肉体は貧弱なイメージだが、私を抱きかかえる腕は細いながらもがっしりとした筋肉がついている。

そのため、多少抵抗したところでビクともしない。 屈辱的だ、この銀河の王に対して……

 

「……ふ、く、ううぅぅ……!」

 

「…………泣くな、痛むのか?」

 

(ちぎゃ)う! わた、私は……!」

 

情けない、変身できなければこんなものなのか。 もしこの医者が気紛れでも起こせば私はあっけなく死ぬ。

いくら威張り散らかそうとも、今の私はただの子供に過ぎない。 歯がゆい、悔しい、腹立たしい。

 

「チッ…………これだから子供は…………」

 

「子供扱いするな! 良いのか、我が変身すればお前など一ひねりで……!」

 

「…………それが出来ねえんだろ、無理な意地は張るな。 後々余計に辛くなるだけだ」

 

「張ってない!!」

 

「…………張ってんだろ」

 

「張・っ・て・な・い!!」

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「…………やはり軽い捻挫だな。 少し待て、保冷剤を持って来る」

 

処置室まで運ばれると、捻った脚は素早い手つきでぐるぐるにテーピングされる。

丁寧な処置だ、病院はボロっちいが腕は確からしい。

……でも、それならなんでこんな所で闇医者なんてやっているのだろうか。

 

(……って、違う違う。 そうじゃない!)

 

保冷剤を探して席を立った今がチャンスだ。

もしかしたらこの部屋に錠剤が隠されているかもしれない。

痛む脚に鞭打って立ち上がり、音を立てないように慎重に部屋を物色する。

片っ端からデスクに引き出しを開けてみるが、整頓された文房具や難しい言葉がびっしり詰まった書類ぐらいしかない。 卓上にあるのはモニター、卓上灯、写真立て、それに私とあのそばかす女のカルテだけだ。

 

「……ん?」

 

何気なくカルテを手に取ると、間に挟まれた紙が一枚床に落ちる。

拾い上げたそれは、真っ白なコピー用紙を使ったメモ紙のようだ。

 

「……なんだこれは」

 

紙面には神経質そうな字が綴られている。 

内容は2人分の治療方針、中々治癒しない傷口と電撃による手足の痺れというレアな症例に悪戦苦闘している様子が書かれていた。

だが、そのどれもこれもが失敗に終わっている。 しかしそれは当たり前のこと、魔法少女の力によってつけられた傷が闇医者1人に治せるはずもない。

 

「ふん、これも外れか……あっ!」

 

流し読みしたそのメモ書きをカルテに挟み、机の上に戻そうとした際、カルテで小突くようにして写真立てを落としてしまった。

パキンと響く嫌な音、慌てて拾い上げて卓上に立て直すがもう遅い、落下の衝撃で表面のガラスが砕けている。

 

「ど、どどどどうしよう……!」

 

全身が熱くなり、嫌な汗が吹き出す。 隠すか誤魔化さなければまずい。

落ち着け、入れ物が割れただけで中身の写真は無事だ。

ひび割れて見難くなったが、中に収められた写真ではあの医者と……家族だろうか、奥さんとその子供らしい人物がカメラに向かって笑っている。

 

「…………何やってやがる」

 

「ひょっふわああぁぁ!!?」

 

写真の気を取られていると、既に保冷剤を手に戻ってきた医者が眉間にシワを寄せ、私の後ろに立っていた。

 

「……な、何もしてない……です?」

 

「…………無理あるだろ、良いから寄越せ。 指切ってねえか」

 

「あぅ……」

 

見苦しい言い訳は秒で看破され、後ろ手に隠した写真立てを取り上げられる。

心なしか慈しむ様に写真を取り出すその表情から察するに、やはり大事なものだったらしい。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「…………何で謝る、中身は無事だ。 写真立てなら新しいものを買えばいい」

 

「で、でも……大事なものだった、のでは?」

 

「…………ああ、そうだな。 こいつは大事な写真だ」

 

取り出した写真を白衣のポケットにしまい、医者は笑う。

写真の中とは違い、眉毛をくしゃっと曲げて、まるで泣きそうな顔で笑っている。

 

「…………俺の娘だ、数年前に亡くなった。 魔法少女としての戦死だ」

 

「え――――?」

 

想像していなかった言葉に胸が詰まった。

写真の中の家族は仲睦まじそうな笑顔をカメラに向けていたのに、戦死? 

 

「…………俺はな、重傷だった娘の手術を無理矢理実行したんだ。 結果は術中死、そして俺は医師免許を剥奪。 それでこのざまだ」

 

「それ、は……」

 

「…………ガキに聞かせる話じゃなかったな。 良いから座れ、そんな足で立つなアホ。 テメェの入院期間が伸びたら誰が面倒みると思ってやがる」

 

「あ、あだだだ! わ、わか……分かった! 分かったから! 医者とは思えぬ握力!!」

 

鷲摑みにされた頭を万力の如き力で締め上げられ、無理矢理椅子へと座らせられる。

チクショウ、錠剤さえあればこんな奴……

 

「…………そうだな、治療には時間がある。 その間、お前にはいい薬になる話を聞かせてやる」

 

「……?」

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