俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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氷漬けのヒーロー ⑤

「ふぅ……被害はこんなものかね」

 

「せやなぁ、思ったよりは少ないんとちゃう?」

 

登る朝日が照らす作戦室、長広い机の上には今回の被害報告書が積み上がっていた。

祭り会場と港、2か所で同時に起きた魔女被害を分別し、精査するために結局徹夜での作業になってしまった。

私一人なら今日の夜までかかっていたであろう作業、手伝ってくれたロウゼキクンには感謝しかない。

 

「ん~……! ほな、うちはそろそろ帰らんとまたドヤされてしまうわ、()()()()はちゃぁんと届けたから」

 

「ああ、色々と助けてもらってばかりで申し訳ない。 …言えた義理はないけどね、そちらも気を付けてほしい」

 

「分かっとるよ。 ああせや、あと……っと」

 

大きく伸びをし、席から立ち上がったロウゼキクンの懐から着信音が鳴る。

これは魔法局の支部(本部)長用に設定された緊急時の着信音だ、彼女が不在の間に京都で何か起きてしまったのだろうか。

 

「……こ、これは私席を外した方が良いかね?」

 

「いや、そのままでええよ。 このダイヤルなら即時の用事ではなさそうや、もしもしぃ」

 

気にする事もなく、彼女が電話を取る。

電話向こうの主は少し慌てた調子で声を荒げているが、話の内容は私までは聞こえない。

 

「なんや、落ち着いて話してな。 えっ? 今は東北に……うん、うん、そんで……」

 

ロウゼキクンは流石に落ち着いている、流石歴戦の本部長となれば違う。

私なら向こうの空気が移ってテンパっていたことだろう。

 

「………………ゑ?」

 

……関心していた矢先、報告を淡々と聞いていた彼女の声がひっくり返った。

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「え゛っ、お兄さんが帰ってきていない?」

 

「ええ、家族と連絡が取れたみたいでね」

 

翌朝、家に帰るとそこにお兄さんの姿は無かった。

いつも以上に閑散とした店内では、一人調理場に立つ母が名状しがたきコーヒーのようなものを沸かしてカップへと注いでいる所だった。

母が調理場に立つ、お兄さんがいるなら到底看過されない異常事態だ。 居ないという話に嘘はないだろう。

 

「そうですか……なんだか一気に疲れが噴き出してきました……」

 

「あら、コーヒーでも飲む?」

 

「トドメ刺す気ですか?」

 

お兄さんがいないと分かったら昨日までの疲れがどっと降りかかって来た。

今日が休日で幸いだ、まずは部屋に戻って仮眠を取ろう。 大きなため息を零して「本日閉店」の札を棚から引っ張り出す。

 

「ちょっと、なんで店閉める気なのよ」

 

「営業停止処分喰らいたいんですか、お母さんに調理場は任せられないですよ全く……」

 

急遽この店唯一の料理人が居なくなったとはいえ、母に料理を任せるなんて自殺行為だ。

まあ、お兄さんも事情があるのだから仕方ないことではある。 その間はせめて私がこの店を守護らねば。

表に閉店の看板をかけるために扉を開く、すると丁度運悪くやってきたお客さんが立っていた。

 

「……やっているか?」

 

「えっ? あ……あの、ちょっと今は……」

 

太陽を背にしたその女性は実に威風堂々とした佇まいをしていた。

まるで世界は自分を中心に回っていると言うような自信に満ちた笑み、スラっと伸びたモデル顔負けのスタイル。 それと……何故か片手に持ったボウル。

 

「……あの、なぜボウルを?」

 

「ああ、これか。 ちょっとパリまで豆腐を買いにな」

 

「パリ……?」

 

なんだろう、聞き間違いだろうか。 パリまで豆腐を買いに行っていたとか聞こえた気がする。

そもそもなぜ買い物の帰りに喫茶店に……?

 

「それで、店は閉めるのか?」

 

「あっ、はい。 すみません、今日はシェフがお休みで……」

 

「コーヒーならすぐ出せるわよ」

 

「すみません店長のたわごとは聞き流してください」

 

ただ料理が出来ないならまだいい、母はその上で積極的に自分の料理を振る舞いたがるから性質が悪い。

しかし必死に止める私の横を抜けて、ボウルを持ったお客さんは手ごろな椅子に腰を掛けてしまった。

 

「いただこう、それと朝食のメニューを」

 

「はい、お先にコーヒーどうぞ」

 

「待って!! 待ちやがれください!!! なんで既にコーヒーがテーブルの上に置かれているんですか!?」

 

「ずっとウエイターやっていた母親のスキルをなめてもらっちゃ困るわね」

 

「お黙りやがれ!!」

 

必死のブロッキングもむなしく、お客さんは提供されたコーヒーを躊躇いなく口に運ぶ。

私はあれの味を知っている。 一口啜ればジャリジャリと砂糖の味、嚥下すれば何故か投入された顆粒だしの味、鼻に抜ける香りはカレー用のスパイス、その名状しがたき風味は正気度を根こそぎ持って行かれる。

耐性のある私達にはともかく、とてもじゃないがお客さんが飲めば溜まったものじゃない。

 

「……まずいな」

 

「あ、あれ……?」

 

しかし、私の懸念とは裏腹にお客さんは少し眉を顰めてコーヒーを口から離すだけだった。

バカな、歴戦の魔法少女やカフェイン慣れした縁さんすら意識を持って行った代物なのに。

 

「どうやら私の目が腐っていたか。 不味い飯屋と悪が栄えた試しはない」

 

「心外ね、その子が言ったように今日はシェフがいないから私が代理よ」

 

「……人手が足りないにもほどがあるな」

 

飲みかけのコーヒーをテーブルに置いたまま、お客さんが席を立つ。

そのまま店を出るのかと思えば、どこからか取り出したエプロンを取り出して調理場の方へと向かっていった。

 

「――――少し借りるぞ。 子供には美味いものを食わせるべきだ、私の祖母もそう言っていた」

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