俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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ある魔法少女について ③

――――軽く右手を握る、問題なく動く。

全身の筋肉をほぐすようにストレッチ、痛みやつっぱるような感覚もない。

コンディションは万全だ、少なくともあれだけの氷に覆われたというのに凍傷の予兆すらもない

 

「……調子がいいみたいね、ドクター?」

 

「嫌味を言うな、ローレル。 ボクだって今回の事件は色々想定外なんだよ」

 

自分の健康診断を後方からつまらなそうに眺めていた黒い影が皮肉を吐く。

文句の一つも言ってやりたいが、どうせあれも本体ではない。 言い返すだけ時間と労力が無駄になる。

 

「ローレル、あらためて聞きたい。 ブルームスターのあの変貌に心当たりはないか?」

 

「繰り返しになるけど心当たりなんてないわ、あなた達の負傷というのもあっという間に治ってしまったみたいだし」

 

「……ああ、その件についてはまったくもって遺憾だよ」

 

あの港での一戦後、ブルームスター()()()から与えられた凍結は1時間もかからずに自然と氷解した。

サンプルを取ろうにもすべてが消滅、ローレルに情報を共有しようにも何の手掛かりも残ってはいない。

強いて言えば、あの港に残された異常な低気温と濃厚な魔力ぐらいか。

 

「氷と炎、性質としては真逆に位置する属性だ。 それもボクの無敵すらも侵す冷気、あれはいったいどういう理屈なんだ……?」

 

「クーロンの様な多重人格なら心の切り替わりで魔法が切り替わる可能性があるわ、けどブルームスターにそんな兆候なんてなかった」

 

「多重人格……? まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……実物を見ていないから私は何とも言えないわ、それに監視カメラも丸ごと濃い魔力に当てられて駄目になっていたもの」

 

「ああ、実に残念だな。 結局あれを見たのはボクたちだけか……」

 

体に異常はない、結果的に見ればこちらが受けた被害はほぼ0だ。

だが、これを幸運とは思えない。 あのブルームスターモドキがもう少しでも本気を出していたのなら今ここに自分は立っていないだろう。

あれは“警告”だ。 次はないと自分たちに伝えていた、圧倒的な力で弄ぶことによって―――――

 

「……けど、今さら立ち止まれるものか。 そうだろう、ローレル?」

 

「ええ、止まってもらっては困るわね。 もっともあなたにその選択肢が取れるとは思えないけど」

 

「その通りだね。 ボクの命も他の魔女同様、君に握られているのだから」

 

白衣を着直し、無敵のカセットを取り出す。

……大丈夫、あの悪魔でもなければこのカセットは十二分に通用する。

もちろん攻略法がないゲームではないが、それでも今持てる最高の戦力だ。

 

「……ヴィーラたちの様子も見てくる、そろそろ普及率も十分だろう。 吉報を待っていろ」

 

「ええ、期待させてもらうわね。 共犯者さん」

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「おお、お帰り。 それで……大分お疲れのようだね?」

 

「ええ、お蔭さまで……」

 

「シャワーでも浴びて……泥のように眠りたいよ……」

 

「我もぉ……」

 

京都から帰還し、報告のために私達の街の魔法局に足を運ぶと、指令室で資料を抱えた局長が待っていた。

魔物を倒し、日帰り京都旅行はかなりハードなスケジュールだった。

おまけに帰りもドレッドハートの運転、それもとびっきりのクレイジードライブだ。 流石に疲労の色も隠せない。

 

「む、無理はせずともいいんじゃないかね? 報告ならまた明日にでも」

 

「いえ、途中で魔物との交戦もあったので早めの報告が必要かと。 それとブルームスターについてですが……」

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「へーっくしょい! あ゛ぁー……ラピリス達が俺の話してんのか?」

 

《まあ、してるでしょうね。 彼女達もお仕事ですから局長さん達に絶賛報告中でしょう》

 

「まあそうだよなー、あとで何か言われるのかな……」

 

《説教は散々喰らいましたけどね、この後どうする気ですか?》

 

「そうだなぁ……」

 

ドレッドハートからの手厚い送迎も何とか乗り越え、街に戻って来た俺たちはいったんラピリスと別れた。

一旦というかまあ……あのままだとゴルドロスに自宅まで拉致られそうだったので実質的な逃亡だ。

 

「屋根なし、金なし、戸籍無し、現代社会で生きるには大分つらい身分だよなぁ」

 

《ですねぇ、ここの川って魚とか居ます?》

 

俺たちが今いるのはゴルドロスとドンパチやったり、黒騎士と戦ったあの川のほとりだ。

その橋の下で段ボールを束ねて作った即席ハウスに立てこもっている。

 

「水が綺麗だった昔はそれなりに居たらしいけど、今はどうかな……」

 

《こんな状況でお腹でも壊したら最悪ですからね、やっぱり女の子のヒモになった方が良いのでは?》

 

「いや、流石にそれは……ん?」

 

ふと、段ボールの壁がゴソゴソとノックされる。

まさかもうラピリス達が嗅ぎつけて……いや、それはない。 流石に報告を終えて魔法局からここまでやって来るには早すぎる

 

「もっしー? 誰かいんの? ってか生きてる? ホームレスの方ですかー?」

 

《……ラピリスちゃん達の声じゃないですね、誰でしょうか?》

 

一度ハクとの通話を切り、そっと段ボールの屋根を外して顔を覗かせる。

まず見えたのは少女……と、その身の丈を超える巨大な鉄槌。

 

「……えっ?」

 

「あっ、出て来た……って、マ? おっさんかと思ったら女の子じゃん!」

 

そう、あまりのも特徴的なその杖と格好で間違えるはずもない……俺たちの前に現れたのは、ヴィーラその人だった。

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