俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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回診のヴァイオハザード ①

「……へっきちん!!」

 

店内に響いたかわいらしいクシャミに周囲の客の視線がこちらに集まる。

そうか、そういえばもうそんな季節か。 鼻を赤くして涙ぐむコルトの姿は春にはつきものである「あれ」の到来を感じさせる。

 

「ほらティッシュ、大丈夫かコルト?」

 

「ううう゛ぅ゛……花゛粉なんて大゛っ嫌いだヨ!」

 

コルトのクシャミを皮切りに、店内のあちこちから鼻を啜る音が聞こえてくる。

そう、世の中は絶賛花粉ブームだ。

 

「大変だな花粉症、俺は平気だから気持ちは分からないけどさ」

 

「おにーさん、その身体幾らで売ってくれル……?」

 

いけない、目がマジだ。

金額を提示したら最後、実際に用意され怪しい病院に拉致されかねない。

 

「うぅ……変身(かわ)れば花粉も効かなくなるのカナ……」

 

「そんな下らない事に力使うなよお前……」

 

「ケチー……ってかサー、何で今日はキッチンに引っ込んでるのサ」

 

「引っ込むも何も、いつもの営業はこんな感じだぞ」

 

調理場とカウンターの間には料理を提供する隙間を開け、板で仕切られている。

カウンター席から見れば調理の手元は見えるが料理人の顔が見えないように作られている、この造りこそが俺の顔で客を逃さず店を経営できている秘訣だ。

 

「……おにーさんサー、そこまで卑屈にならなくていいと思うヨ?」

 

「お前みたいなのが珍しいんだよ、ビーフシチューお待ち」

 

実際当初の頃はこの顔のせいで逃がした客も多く、優子さんには迷惑をかけた。

それこそがこの方法が間違いじゃないという何よりの証拠だろう、顔を見せるのは常連相手だけだ。

 

ただ今日はやけに忙しい、優子さんは先程からホールスタッフとして動きっぱなしだ。

二人だけではなかなか厳しい、バイトでも良いから人手が欲しい。

 

「バイト、いないノ?」

 

「いたけど辞めた、優子さんの気まぐれで休みになるから稼げないってさ」

 

殆ど趣味で回っているこの店の営業時間は優子さんの気まぐれで決まる。

それどころか俺の顔を見て辞める人も多い、仕方ないがそれが妥当な反応だ。

 

「むー……おにーさんの顔も言うほど悪くないと思うけどナ、むしろ格好いいヨ?」

 

「男の趣味悪いな、将来苦労するぞ?」

 

「にひひっ、それじゃおにーさんが貰っテー」

 

「悪いな、年下は守備範囲外だよ」

 

互いに冗談を交わしているとふと、彼女のスマホが鳴動した。

画面を覗くコルト、そしてメールの文面を読んで行くうちに段々と眉間にしわが寄って行く。

 

「oh……本部からの呼び出しダぁ、ちょっと行ってくるネ」

 

「魔物か?」

 

「ううん、まだ分かんないヤ。 とにかく行ってくるからビーフシチュー残しててネ!」

 

食い意地が張っていらっしゃる、作った側としては嬉しいが。

そんなに焦らなくてもビーフシチューはまだまだ残っているんだ、帰ってからゆっくり食えばいい。

 

《いってらっしゃーい、コルトちゃん》

 

「ン! 行って来るヨ、ハク!」

 

「……お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 

《おや? 嫉妬しているんですかマスtあっ、ちょっと待って冗談ですってアイアンクローの構えをやめて落ち着いて話し合いをしましょう》

 

鍋にぶち込んでコトコト煮込んだろかこいつは。

まあいい、ビーフシチューの鍋を一部別の小鍋に移して冷蔵庫へと仕舞う。

夕食兼コルトの分だ、余るとは思うがそれでも一応品切れない様にこうして保管しておこう。

 

……ただ、その日コルトが戻ってくることは無かった。

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「……遅いな、コルト」

 

《葵ちゃんもですよね、今日は一日どこへ?》

 

「アオも朝から用事があるって言って出かけてたんだよなー……」

 

完全に客もはけた昼下がり、閑古鳥が帰って来た店内にいつもの金髪を揺らす少女の姿はない。

……やはり魔物絡みの呼び出しだったのだろうか、無理にでも情報を聞き出すべきだったかもしれない。

 

そこへ、店に置かれた黒電話がベルを鳴らす。

 

「はいもしもし、こちら喫茶……縁さん? どうしたんですか、ちょっと落ち着いて……えっ?」

 

《……? マスター、どうかs》

 

すぐさま受話器を戻して二階へと駆け上がる。

階段を上がった突き当りの部屋、その扉を開けると昼時の激務に疲れた優子さんがタバコを吹かしていた。

 

「――――優子さん!!」

 

「……なに、どうかしたの? せめてノック……」

 

「縁さんから今、アオが……倒れたって……!」

 

「――――――……」

 

優子さんの指から、紅い光の点ったタバコが落ちた。

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

駆け付けた病院では縁さんが待っていた。

いつもと変わりない白衣、ただ眼鏡の奥の瞳は泣きじゃくったかのように腫れている。

 

「――――縁さん! アオは、アオは大丈夫なんですか!?」

 

「ひ、陽彩君! 待ってください、今はまだ会わせる訳には……」

 

「御託は良いわ、うちの娘はどこにいるの」

 

言葉こそ穏やかなものだが詰め寄る優子さんの迫力は鬼気迫るものがある。

母は強し、あまりの気迫に縁さんも何も言えず首を振る事しかできない。

 

「縁さん、会わせる訳に行かないってどういうことですか?」

 

「だ、駄目なんです……葵ちゃんたちは、未知の毒物を浴びた可能性が高いので……!」

 

「……魔物の毒、ですか?」

 

すると今度は壊れた人形のように縁さんが首を縦に振る。

「葵ちゃん“たち”」……つまり毒に侵されたのは複数人という事だ。

初めに思い出すのはコルトが最後に受け取ったメッセージ、次に思いつくのは2人が魔物に負けたという最悪のシナリオだ。

 

「こ、ここでは話せない事も多いです……場所を、変えましょう……!」

 

「ええそうね、そうしましょう。 話を、じっくり、聞きたいわ」

 

《ひぃっ……》

 

優子さんの体から溢れるオーラにポケットの中のハクが震える、周囲の病人たちも遠巻きだ。

至近距離で浴びる縁さんには気の毒だが同情する余裕はない、俺だってアオたちの容体は気になっているのだから。

 

「病院にいるって事は少なくとも命は無事なのよね、そうでしょう?」

 

「は、ははははいぃ!! 直接は会えませんが……特別病棟まで案内しますので、殺さないでぇ……!」

 

そのまま涙目の縁さんに案内され、院内の奥に設置されたエレベーターに乗り込み地下へと降りる。

セキュリティカードを装置にかざして彼女が押下したのは地下10Fのボタン。

 

「……今から向かうのは魔力に関わる傷病を負った際に運ばれる指定病棟です、葵ちゃん達もそこにいます」

 

「魔物の毒に侵されたから、ですね」

 

「はい、今のところ解毒の試みは成功していません。 それどころか空気感染の可能性もあるので彼女達を隔離中で……」

 

「ろくな治療も出来てないわけ?」

 

「げげげ現在専門家がつきっきりで治療に臨んでおります! ただ魔力が元となったものなので、我々の療法では限界が……」

 

聞けば聞くほど状況は悪く思える、地下へと潜るエレベーターがやけに遅い。

俺があの時、コルトについて行けば……

 

《違いますよマスター、その場合待ち受けていたのは全滅の危険性です。 ここは落ち着いて行動を》

 

「……分かっている、分かっているさ」

 

それでも逸る動悸は抑えられない、最悪の結末が頭から剥がれてくれない。

知らず二の腕を握る指に力がこもる、優子さんも黙ってはいるが心中穏やかではないだろう。

そして目的地へ到着したエレベーターはようやくその扉を開けた。

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

頑丈なガラスに隔たれた向こうに見えたのは、いくつもの管を取り付けられた2人の姿だった。

その顔からは血の気が見受けられず、水色の病衣から飛び出た手足はところどころ苔生したような緑色に変色している。

周囲には防護服に身を包んだ職員たちが、機械に映された数値を何度も手元のカルテに書き込み、その奥に見える心電図は弱弱しい心音を刻んでいた。

 

俺と、優子さんはそのあまりにも惨いその現実に絶句する。

紛れもなく、このガラスの向こうにいる2人は死へと近づいているのだ。

 

「……担当医の話では、もってあと1日とのことです。 当然我々も最善を尽くしますが……」

 

「何で、聞きたくないような事しか話せないのあんたは……!」

 

力なく膝から崩れ落ちた優子さんの口から洩れたのは行き場のない憤り。

縁さんは悪くない、魔法少女が戦うかどうかはあくまで自由意志なのだから。

アオ達は自分で魔物と戦う事を選び、敗れた結果がこの姿だ。

 

俺も、優子さんも、アオの決断を止める事が出来なかった。

だから縁さんを一方的に責めるような真似は出来ない、だけど、それでもどうしたって怒りの矛先を収める事は難しい。

 

 ――――どうして、あんたの方が……!――――

 

思い出すのは、いつか母に叩きつけられた言葉。

 

「……縁さん、何か方法はないんですか? 何か、アオ達を治す方法は……」

 

()るよ、ここに」

 

俺の問いかけに応えて気だるげな声が上がる、それは縁さんのものではない。

後ろにはいつの間にか一人の少女が立っていた、片手に(ふる)いゲーム機を持った……

 

「さ、サキちゃん! 良かった、来てくれたんですね!」

 

「人死にを前に引きこもるほど薄情な人間じゃないさ、患者が魔法少女となればなおさらね。 さて……」

 

何故こんな所に? いや、こんな所だからこそただの少女が立ち入るはずはない。

だとすれば彼女は……

 

≪ゲーマチェンジャー・Xッ!!≫

 

「――――()()

 

魔法少女、なのだろう。

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