俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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名もなき私とニワトリと ①

「――――魔法少女には大きく分けて2つあります」

 

背中に刀を突きつけながら少女が言う。

 

「1つ、政府に存在を容認された公式魔法少女。 そして2つ、あなたのように政府に魔法少女として登録されていない野良の魔法少女」

 

頬に冷たい汗が流れる、確かに聞いたことがある話だ。

魔法少女は多くの個人情報が政府によって掌握されている、と。

 

「貴女も身をもって分かったでしょうが魔法少女の力は強大です。 野放しのままでは民間人、ひいては貴女自身の身のためにもなりません。 どうか分かってはくれないでしょうか」

 

アスファルトを容易に砕く膂力、一飛びで数mは軽く飛び越える脚力、そしてクモを焼き尽くしたような「魔法」。

魔力という本質が変わらない以上、力の振るい方一つ間違えば魔物と同じく歩く災害になりかねない。

だからこそ正しく管理されなければならない。 理屈は分かる、分かるけども……!

 

 今ここで俺の正体がバレるのは非常にまずい……!!

 

「背中に刃物当てて脅しながら言う事ですかねそれは……」

 

「出来れば私も武力の行使は好みません、謝罪は後でします」

 

あくまで背中に突きつけた刀を降ろしてくれる気はなさそうだ、実に真面目で隙が無い。

 

しかしこの状況は不味い、今の見た目こそ立派な魔法少女だが一皮むければ中身はただの成人男性。

変身を解けば最悪社会的な死が待ち受けている、それにハクの存在が明るみになれば?

 

「ここまでで、何か質問はありますか?」

 

まずハクは間違いなく身柄を拘束される、下手をすれば魔人をかくまった俺にまで責が及ぶだろう。

ハクの末路は夢見の良いものじゃないだろうし……変身できるのがこいつの力なら、今失う訳には行かない。

 

「えーと……こういう場合は両手を上げた方が良いのかな?」

 

「お好きにどうぞ」

 

「――――なら遠慮なく」

 

俺は頭の高さまで両手を上げ、小石を挟みこんだ指先をそっと開いた。

 

「っ!? 何を――――あっ!」

 

落下しながら箒へと姿を変えた小石は刀を持った手を強かに叩きつけ、一瞬の隙を作る。

背中に押し付けられた鋭い感触がなくなった瞬間、俺は全力で跳んだ。

羽のように軽い体はそれだけで空に舞い、そびえ立つビル群の壁を蹴りながら脱兎のごとく距離を離す。

 

「こら、待ちなさい! この……覚えてろよ黒の魔法少女ぉー!!」

 

ほぼガス欠に近い彼女はこの速度についてこれない、こうして俺たちは本日最大の危機を乗り越えたのだった。

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

「ハク、戻して! 見つかる前に早く戻して! というか戻るの俺の身体!?」

 

《はいはいはい、戻りますよ。 今度はこっちのアプリを押してください》

 

入り組んだ建物の隙間にできた路地裏、そこで虚空から現れたスマホを掴み取る。

ハクが抱えているのは180度方向転換した矢印が描かれたアプリ、見るからに「戻る」という感じのアイコンだ。

そのアプリに触れると俺の身体は一瞬だけ黒炎に包まれ、瞬きの間に元の身体に戻っていた。

 

「おおお! 良かったぁ戻っ……全身の痛みッ!?」

 

《あったりまえですよー、元の身体が受けたダメージはしっかり残ってます。 ちなみに変身中に受けた傷もフィードバックされるのでご注意ください》

 

安堵感と共に戻ってくる痛みに悶える。

瓦礫に挟まれた脚は擦過傷まみれ、指の爪は剥がれ打撲流血他多数、大怪我と言っても過言ではない有り様だ。

 

《はぁーあ、魔石さえ回収できればもう少しマシだったんですけどねー。 けどあの状況じゃ仕方ないか》

 

「ま、魔石ってこの赤い石か……? ちゃんと持ってきたぞ……」

 

震える腕でポケットをまさぐりクモの亡骸から回収した石を取り出す。

逃げる際、どさくさに紛れて拾って来たものだ。 我ながらよく拾ってこれたな。

 

《おおおお! 凄いですマスター、見直しました! ささ、それを私にください!》

 

「寄越せってどうやって……こうか?」

 

石をスマホの画面に押し付けると、それはまるで水面のようにとぷんと吸い込まれる。

一瞬だけ画面が赤く輝くと、ハクの手には吸い込まれた石が握られていた。

 

「んでもってそれをどうするんだ?」

 

《食べます》

 

言うや否やキャンディーでもつまむかのように口に放り込む。

幸せそうな顔でもごもごと何度か咀嚼したのち、クモの亡骸から生まれた石はハクの胃の中へと呑み込まれていった。

 

「ええぇ……腹壊すぞ?」

 

《壊しませんよ、「魔石」とは魔力が濃縮され結晶化したもの。 私のような魔人にとってはおやつの様なものですよ、これでマスターを修復するリソースが確保できました》

 

「えっ? ……おお、怪我が治ってる!」

 

完全に傷が消えたわけではないが、どれもこれも小さな擦り傷やアザ程度のものになり、身体の節々に奔る痛みも大分マシになった。

仕組みは分からないがハクが魔石を齧ったお蔭で傷も治ったようだ。 便利だな魔力、恐ろしいな魔力。

 

「なるほど、怪我の言い訳をどうしようかと思ったがその心配はなさそうだ。 サンキューハク」

 

《ははは、これくらいどうって事ありませんよ! 食事のついでですし》

 

「……で、さっきまでの姿についてだが」

 

《あっ、そこ蒸し返しちゃいます?》

 

当たり前だ、あの姿のせいで色々大変だったんだから。

 

「な・ん・で! あんな姿になったんだよ! せめて男のままなら逃げる必要も無かったのに!」

 

《そりゃ無理っすよマスタぁ、まず前提として一般人に魔力はありません》

 

それは分かる、だからこそ魔力を扱える魔法少女という存在が特別視されるんだ。

 

《なので、マスターの身体を魔力が入る器、つまり魔法少女の形に変えて私が持つ魔力を注いでいる訳です。 あの姿は外付けのバッテリーで動く人形の様とでも考え下さい》

 

「うー……じゃああれだ、その魔力が入る器って部分だけ作るとか」

 

《……マスター、その器がどこにあるか分かってますか?》

 

「いや、分からないけど……」

 

するとハクは突然黙り込んで画面から二歩下がり、冷ややかな視線を突き刺して臍の下あたりをなぞる。

 

「……あっ」

 

察した、そうか、なるほど、そりゃ男には無理だ。

2人の間に気まずい空気が流れる。

 

「……あー、そういえばあれ、姿が変わる前に言ってた「戻ってきてください」ってのは何だったんだ?」

 

《え? ああ、あれですか。 それはあれですよ、一回変身するとマスターがまともな性癖に戻ってこれないんじゃないかと心配d頭蓋骨が陥没すりゅぅ!!》

 

そういやこのスマホはもうちょっとやそっとじゃ壊れないんだっけ、良い事を聞いた。

こいつと一緒にいると握力が鍛えられそうだ。

 

「馬鹿言ってないで家に戻るぞ、そのためにここまで跳んで来たんだから」

 

《ふぁい……闇雲に逃げていたわけじゃなかったんですね、魔石といい抜け目がないというかなんというか》

 

路地裏を抜けるとそこは先ほどまでの修羅場から遠く離れた平和な日常そのものだ。

もはや時刻は夕方に近い、人々が過ぎ行く通りの先には夕日に照らされた喫茶店が1件建っていた。

 

喫茶店「アミーゴ」、古ぼけた佇まいはいつもと変わらず俺を迎え入れてくれた。

 

《ここがマスターの家ですか? はぇー、お店やってるんですねえ》

 

「正確には住み込みで働いてる店だけどな、店長に見つからない様にしろよお前」

 

《住み込みですか、実家から離れて働いているんですねー》

 

「……いいから行くぞ」

 

店の裏手に回り、合鍵を使って裏口の扉を開ける。

薄暗い調理場、手探りで照明のスイッチを押し込むと辺りが照らしだされる。

 

年季がありながらも綺麗に整頓された調理場はいつも怖らず俺を迎え入れてくれる。

今日が休業日でよかった、でなければあのクモは今でも野放しだった事だろう。

靴をスリッパに履き替えると表のオープンスペースの方から話し声が聞こえてくる。

 

《マスター、この声は?》

 

「恐らく店長の声だな、電話か?」

 

テーブルが並んだオープンスペースの方に顔を出すと思った通り、店長の鳴神 優子(なるかみ やさこ)が受話器を片手に誰かと会話していた。

 

「分かったって、こっちに帰ってきたら……おっ、噂をすれば来たよ。 おかえりひー坊、葵が心配してたよ?」

 

「はいはい戻ってきましたよっと、アオには悪いことしたなー」

 

活発的な印象を与えるベリーショートの茶髪につり上がった強気な瞳は1児の母とは思えない若さを感じさせる。

片手に(くゆ)らせたタバコが実に似合う、ただしあれはフルーツフレーバーの電子タバコだが。

 

「もしもし? うん、今帰って来たところ。 あんたも早く戻っておいで、じゃね」

 

通話を切り上げ受話器を戻す。

こちらに向き直った優子さんの顔は怒ってるような困っているような顔だった。

 

「瓦礫の下敷きになったって割にはピンピンしてるじゃないか、あんまり葵たちに迷惑かけないでちょうだいよ」

 

「いやー上手いこと瓦礫の隙間に潜り込んでたみたいで、特に怪我も酷くないんで隙見て逃げ出して来ました」

 

「逃げ遅れた奴ら放っておいて逃げるってタマかいあんた?」

 

鋭い、投げかけられる疑いの視線は愛想笑いで誤魔化せるだろうか。

 

「……ま、いいよ。 全く怪我もしてないってわけじゃなさそうだ、救急箱持ってくるからそこに座って」

 

待っていろ、と言う前に表の方からズドンと地響きが鳴り渡る。

ガラス戸の震えが収まると、優子さんは大きなため息を漏らした。

 

「あんのバカ娘……」

 

「―――お兄さん、無事ですか!?」

 

ドアベルを乱暴に鳴らして扉を開けた少女の姿に、胸ポケットにしまっていたスマホが一瞬震える。

そういえばハクには言ってなかったか、なら動揺するのは無理もない。

 

何せ扉をくぐって来たのは先ほどまで争っていた魔法少女そのものなのだから。

 

(……言い忘れてたけど魔法少女ラピリス、もとい本名鳴神 葵は店長の娘さんだ)

 

《そう言うことは早めに言って欲しかったです……!》

 

勘付かれないようにボソボソとやりとりをする。

まあ状況が状況だったので話す隙がなかったんだ、許せ。

 

「怪我は……してる! すごいたくさん! お母さん、救急車を早く!!」

 

「落ち着きな、大した怪我じゃないよ。 それよりあんたまーた魔法少女の力で飛んで来ただろ、誰かに見られたらどうするつもりだい」

 

「大丈夫です、人通りが無い頃合いを見計らって降りて来ました」

 

魔法少女の正体は秘匿されている。

彼女たちが持つ力はあまりにも大きい、いらぬ火の粉から守るための当然の処置だ。

それが本人によってこうも台無しにされると裏方の人達も苦労が偲ばれるというものだ。

頭を抱える優子さんの気持ちなんて語るまでもない。

 

「アオ、心配してくれたのはありがたいけど周りの苦労も考えてくれ。 お前は独りだけの魔法少女じゃないんだから」

 

「はい……ごめんなさい。 けどあの、お兄さんも本当に大丈夫ですか? 瓦礫に埋もれていた時はもっと酷い怪我だったような」

 

いつも呼んでるあだ名で呼びかけ注意するとすんなりと反省してくれる、良い子だ。

そして最近の子は記憶力が良いな、悪い子だ。

 

「この通りピンピンしてるよ、それとも怪我してた方が良かったかい?」

 

「いいえそんな! 本当に、無事でよかったです……」

 

怪我を誤魔化す為、頭をポンポン叩いて茶化すと顔を真っ赤にして俯いてしまう。

ぷりぷり怒って何も言えなくなるとは愛いやつめ。

 

《いや、この赤い顔はなんか違う気が……》

 

ハクが小声で何かを言いかけた時、ドアベルを鳴らして誰かが店に入ってきた。

 

「おばんです~……あの、こっちに葵ちゃんが……あっ、いたぁ!」

 

「おや、(ゆかり)さん。 もしかしてアオを追いかけてきたんですか?」

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

《マスター、あの年齢は犯罪ですよ》

 

「お前は何を言ってんだ」

 

調理場で茶を沸かしているとハクが話しかけてきた。

アオを追って現れた白衣を纏ったメガネの女性、縁さんはアオと2人で何か話し込んでいる。

優子さんは俺に接客を任せ二階に上がり、今はハクと2人だけだ。 話しかけても不審に思う人はいない。

 

《……ま、私も頭蓋骨グリグリはゴメンですから深くは言いませんよ。 あっちの美人さんは誰なんですか?》

 

「縁さんか、あの人は魔法少女たちのメンタルセラピストだよ。 ついでに言えば第二魔力学のトップで魔法少女に関するそれなりに権限も持っている」

 

《はぇー、めっちゃすごい人じゃないですか。 でも第二って何です?》

 

「厄災の日以前に研究されていたものが第一魔力学、その後改めて白紙化された研究を集め直して再構成されたものが第二魔力学と呼ばれている」

 

説明の片手間にポッドに注いだお湯にティーパックを泳がせて紅茶に仕立てる。

優子さんが気に入って買って来た品物だ、前に飲んだことがあるが味は悪くない。

 

《それって一々分ける必要あるんですか?》

 

「第一はもう殆どが失われた研究だ。 なんせ厄災の日に研究者がみんな死んでいるからな。 戒めも込めていちいち分けて呼んでいる」

 

ポッドと二人分のカップ、角砂糖の入った容器をトレイに乗せてテーブルへと運ぶ。

テーブルの方では縁さんがアオと向かい合い、何かをメモしながら話し込んでいた。

 

「なるほど~……では次に、黒い魔法少女の交戦記録についてですが」

 

危うくトレイをひっくり返すところだった。

 

「あっ、お兄さん。 お茶くらい私が……」

 

「良いって良いって、縁さんは砂糖入れます?」

 

「わひゅあ!? ご、ごめんなさいお砂糖はいらないですはい!!」

 

ああしまった、至近距離で俺の顔はビックリするな。

慌ててトレイで火傷痕を隠すが時すでに遅しだ。

 

ボサボサに伸ばしきった茶髪にズレたメガネ、しわくちゃの白衣の下に芋ったいジャージを着こんだこの女性が魔力学切っての才女とは、毎度のことながら到底思えない。

 

「失礼ですよ縁さん、もう6回目ですよ? お兄さんの顔がそんなに怖いとでも……」

 

「良いってアオ、今のは俺が悪かった。 アオは砂糖使うか?」

 

「要りません、私もう四年生ですから。 大人なんですっ」

 

あと10年は早い台詞を吐いて紅茶に口をつける。

笑いをこらえて砂糖の容器を置くと、アオは渋い顔をしながら容器を手に取った。

 

「悪いね縁さん、すぐ下がるからさ。 聞いちゃ悪い話だろ?」

 

「い、いえそんな……こともぉ、あるかもしれませんけど……」

 

さっきの今で面と向かって下がって欲しいと言いにくいのか口ごもる。

気になる話ではあるが堂々と立ち聞きするわけにもいかない、空のトレイを抱えて手早く調理場へ引っ込んだ。

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