「申し訳ありません、お兄さんたちを巻き込むつもりはなかったのですが……」
「気にすんなって、そっちも仕事なんだろ?」
厨房にやってきたアオが、出会い一番に頭を下げる。
昨日の事故からろくに休んでいないのか、その顔には疲労の色が濃く見える。
それと募る心労も大きいのだろう、あのご老人は見るからに神経を使いそうな相手だ。
「えっとですね、あの人は……」
「ジョージ・ハルバートン、だな。 スマホで調べたらすぐに出て来たよ」
しどろもどろといった様子のアオに、「ジョージ・ハルバートン来日」の記事が載ったスマホの画面を見せる。
調べてくれたのは絶賛洗い物を片付け中のハクだ。 流石スマホの住人、ネットニュースを漁ると秒で引っ張り出してくれた。
「ま、マスコミには漏れぬよう細心の注意を払ったはずですが……!?」
「人の口には戸は立てられないってな、アレだけデカい事故に有名人が乗っていたとなるとバレるのは時間の問題だろ」
「マスター、そのジョージさんって何した人なんですか?」
水滴のついたボウルをタオルで拭いながら、ハクが会話に混ざって来きた。
ただでさえ国外の著名人、魔人のハクには疎い存在だ。 しかし俺も“不穏な噂”を聞いた事があるぐらいでしかない。
「確か……彼の演奏は魔物を呼び込む、だったか?」
「……はい」
神妙な面持ちでアオが肯定する。
魔を呼ぶ旋律、それがジョージ・ハルバートンに名付けられた不名誉な称号だ。
指揮者である彼がタクトを振るうことで魔物を呼ぶ、そのためジョージ・ハルバートンが指揮棒を握ることは
「彼はある目的で来日しました。 目的を果たしてアメリカに戻るまで、彼の警護は我々の仕事です」
「うーん? けど話を聞く感じでは演奏しない限り魔物は呼ばないんでしょう?」
「…………」
「演奏する予定がある、のか?」
俯いたアオの沈黙は肯定だ。 なるほど、それなら屈強なSPに囲まれただけでは心もとないだろう。
魔物を倒せるのは魔法少女だけ、わざわざ魔物を呼ぶ予定があるのなら人手を借りない理由もない。
「まあ、話せないなら詳しくは聞かないさ。 優子さんをあまり心配させるなよ」
「も、もちろんです! 睡眠も食事もしっかりとっていますよ!」
「お、じゃあアオの分の飯はいらないかー。 折角用意したんだけどな」
「……!」
「ちょっとマスター、アオちゃん虐めないでくださいよ。 世界の終わりみたいな顔しちゃってますよ」
少しの間アオをからかっていると、テーブルスペースから軽い鈴の音が聞こえてくる。
各テーブルに備え付けられた呼び出しベルの音だ、どうやら注文が決まったらしい。
「っと、そろそろアオも戻った方がいいじゃないか?」
「そうですね……すみません、食事が済めばすぐに店を出るので」
「どうせほかに客も来ないよ、優子さんにも俺から伝えとく。 しばらく貸し切りにしとくさ」
――――――――…………
――――……
――…
「めっっっっっちゃくちゃ疲れたな……」
《注文が細かいお客さんでしたねー……》
ブルームスターに変身し、街並みを見下ろす昼下がり。 まだ魔物と出会ってすらいないがすでに疲労困憊だ。
あの老人にアオたちが辟易するわけだ。 皿の模様が目に鬱陶しい、ラジオの微かなノイズがうるさい、椅子の材質が気に食わない。
料理についての指摘ならいくらでも改善の努力はできるが、ああも細かい指摘が続くと嫌でも疲れがたまってしまう。
《クレーマーですよクレーマー、マスターも素直に付き合う必要なんてなかったですよあんなの》
「まあそういうなよ、それに味についての文句は一切なかっただろう?」
《そりゃあまあそうですが……マスターの料理もしっかり完食してましたし》
「ほら、そんなことよりしっかり頼むぞ。 魔力の気配が分かるのはお前だけなんだからな」
《はいはーい、魔人使いが荒いですねー》
ブルームスターに変身した俺たちは、羽箒に乗って地上を見渡している。
正確にはアオたちの気配を中心とした広い範囲の索敵だ、今のところは平和そのものだが……
《うーむ、魔物を呼び寄せる音楽ですか……にわかには信じられないですね》
「それでも完全なガセって訳じゃないだろ、あの小鬼たちが無関係ってのは考えにくい」
空や海で魔物に出くわす事故は全くないわけではない、それでも昨日のような大事故につながるのは相当稀だ。
大抵は船や飛行機の速力で振り切るか、護衛の魔法少女が対処して終わる。
魔物が取り付き、あそこまで機体を破壊してあわや大惨事……となるにはなにか“きっかけ”があったのではなかろうか。
《けど、機内で演奏なんてしますかね?》
「可能性は低い、だが偶然ではない……なら、原因は
《……と、言いますと?》
「具体的な事を確かめるために今必死こいて尾行してんだよ、頼むぞハク」
《ひーん、結局私任せじゃないですかぁ!》
アオたちは今、魔法局が用意した車に乗り込んで車道を走っている最中だ。
開けた窓からこっちに向けて振られた腕はコルトのものだろうか? 流石の嗅覚だ、既にこっちの存在には気づいているらしい。
……コルトが付いているなら索敵に心配はないと思う、それでも万が一というのはあり得る。
このまま何事もなく終わってくれれば一番だが、さて―――