俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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再現される達人芸 ⑨

「ガッ゛……!?」

 

冷たいアスファルトの上に鮮血が飛び散る。

それが自分の血だと理解したのは、自分の腹に開けられた風穴に気付いてからだった。

 

《マスター!?》

 

「なに、が……!?」

 

言葉もままならないまま、背中に強い衝撃を受け、アスファルトの上を転がる。

蹴られたのか、誰に? いや、心当たりは一つある。

 

「クソ、やっぱり……間に合わなかったか……!」

 

俺の背後に立っていたのは、「蛾」だった。

だらりと下げた前腕は鋭利な刃のように変質し、残る4本の脚は人間のように器用な指先が揃っていた。

その腕にこびりついているのは俺の血だろう、櫛歯状の触角を揺らしながら、細長い口吻を伸ばして丁寧に舐めとっている。

 

『――――、―――――――』

 

「なん、て言ってん……のか……聞こえねえよ……」

 

地面に伏せたまま動けない俺を、どす黒い複眼と背中に生えた目玉模様の羽が見下ろす。

「蛾の怪人」としか言いようのない異形の風貌とは裏腹に、その声はまるで鈴の音のような透き通った高音だ。

ただ、これから行われるのはそんな綺麗なものじゃない。 一方的な殺戮だ。

 

《マスター、逃げて! もう魔力も無いです、羽箒でも黒衣でも何でもいいから早く……》

 

「……駄目だ、ハク。 身体が動かない」

 

腹を貫かれたと言うこともあるだろう、しかしそれを差し引いても指先一つ動かすことができない。

蛾の魔人が持つ魔法のせいか。 怪しいのは大きく広げられた目玉模様の羽、あの模様に見つめられていると身体が動かせない。

 

『――――――――』

 

傷口から零れる血が止まらない、アスファルトの上に血だまりが広がっていく。

魔石はない、黒衣も残りの魔力を考えれば秒でガス欠だ。 

だが魔人は死に体の俺を無視し、ストローのような口吻を伸ばして地面の血だまりを吸い上げている。

 

『――――――? ―――――……』

 

みるみると吸い上げられた血だまりはすぐに供給よりも消費が先に立つ。

俺の傷口からこぼれ落ちる量では全然足りないようだ、魔人は不満げに口吻を戻し、その標的を変える。

次のその切っ先が突き刺したのは、倒れ伏した血袋(おれ)の背中だ。

 

「っ――が、ィ――――ッ……!!」

 

深く突き刺さった口吻の切っ先が肉をかき回し、内側から血を啜られる不快感に声が漏れる。

急激に体から熱が失われ、思考が霞みがかって行く。 頭に回るだけの血液が足りない。

このままでは失血多量で死だ。 どうする……どうすればいい?

 

「ク、ソ……ハ ク……」

 

絞り出した呼びかけに答える声はない、すでにハクも魔力残量が限界なんだ。

抵抗しようにも身動きが取れない、拘束を振り解くだけの力もない。 今まで何度か感じた「死」の足音が近づいて来る。

……駄目だ、まだ死ねない。 無駄死にだけはごめんだ、せめて相打ちでもしなきゃ死に切れない。

 

「っ……ぁ……」

 

しかし幾ら気力だけを振り絞っても状況は決して覆らない。

やがて致死量を超えた血液を失った俺は、途切れるように意識を失ってしまった。

 

 

 

≪……緊急(アラート)、寄生主の生命停止を確認≫

 

≪防衛システム再起動……不可、動力不足により一時機能停止≫

 

≪演算、現危機状況への脱出をシミュレート……不可・不可・不可……≫

 

≪ワイズマンへの申請……………………承諾≫

 

 

≪――――防衛システムの機能不全により、これより“ワイズマン”を起動します≫

 

 

――――――――…………

――――……

――…

 

 

「う……わ、我は……?」

 

「あ、起きた! こちら救護班、魔法少女シルヴァの覚醒を確認!」

 

「ふぇあっ!? な、何事!?」

 

目を覚ましたとき、そこは大型車の中に設置されたベッドの上だった。

 

私の目覚めに合わせて、車両内のスタッフが慌てて動き出す、確か魔法局が魔物災害の際に出動させる緊急車両だったはずだ。

思い出せない、なぜ自分がこんな所で寝ていたのだろう。

 

「す、済まぬ……我は蛹を発見して、それから……」

 

「はい、蛹型の魔物はこちらで確認しております。 しかし現場に駆け付けると、気絶したシルヴァさんを変な折り鶴たちが運んできて……」

 

「蛹……戦闘……め、盟友!!」

 

寝ぼけていた記憶がようやく覚醒する。 そうだ、私は「灼火体」を使うために盟友に力を託したのだ。

強力な力の代償とし、灼火体への“相乗”を行った魔法少女は一時的に意識を失う。 私の気絶もそのせいだ。

目を覚ましたという事は既に戦闘は終わったのだろうか? いや、だがこの気配は……

 

「どういうことだ……? なんだ、この悍ましい魔力……!?」

 

「あっ、待ってくださいシルヴァさん! まだ安静にしていないと!」

 

「仔細ない、苦労を掛けた! 我は見ての通り健康である!」

 

蛹が倒されているのならおかしい、肌で感じる魔力の圧は気絶する前よりも増している。

いや、蛹から感じたものとは全くの別物と言っていい。 盟友は無事なのか?

枕許に安置されていた杖をひったくり、車両を飛び出した―――その途端、肌が凍り付きそうな冷気に息を呑む。

 

「何だこの寒さは……皆のもの、出来るだけ現場から離れてくれ! この魔力濃度は毒だ!」

 

「さ、寒っ! わわわわ分かりました! おい、撤退だ!」

 

私とは真逆の方向へ駆け出した車体を背に、魔力の発信源へ向かい走り出す。

吐き出す息は白く染まり、視界の後方へ流れていく。 まるで唐突に冬がやってきたようだ。

 

「我が気を失っている間に何があった……!? 盟友、無事でいてくれ……!」

 

幸いにも現場は近い、魔法少女の脚ならすぐに辿り着く。 

不安と恐怖で止まりそうになる足を叱咤し、辿り着いた私が見たものは――――「白」だった。

 

「………………えっ?」

 

雪が、降っている。 積もる雪に埋もれ、キャンパスのように白く染まった世界の中で2人が戦っていた。

雪に解けるほど全身を白で固めた衣装を着こんだ魔法少女と、蛾を模した人型の怪物。

戦っている……いや、それは戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的すぎた。

 

『△●✕―――z___‘「@◆□)’&%$――――!!!』

 

「………………」

 

傷や土汚れ一つない魔法少女に比べ、手も触れていないのに体の所々が発火し、もだえ苦しむ魔人。

既に翅は片方が焼け落ち、魔人の状態は見るからに満身創痍だった。

 

「盟、友……なのか?」

 

「………………」

 

そして、魔人を一方的に追い詰めていた魔法少女の正体は――――生気を失った顔をした、ブルームスターだった。

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