「ふ……ううぅ、ぅ……!」
今さらすぎる後悔と激痛が走る、もっと効率的な勝ち方もあったかもしれないと。
結局勝利の代わりに得たものはなく、魔力を吐き散らかしただけだ。
それでもあのままダラダラ戦うよりはマシな汚染かもしれないが、相手の思惑通りになってしまった結果は否めない。
「お兄ちゃん、なら……もっとうまくやっていたかな……」
結局私は見切れない攻撃の謎も分からないまま、力づくで倒しただけだ。
お兄ちゃんならもっと消費の少ない手段で倒していただろうか、私より賢いやり方で。
「ああ、気になるなぁ……お兄ちゃんなら……っ」
頭に与えられた衝撃が今になって響いて来たのか、凍り付く痛みも合わさり脚が崩れてしまった。
いけない、まだ空間の過冷却は続いている。 このまま倒れるとその衝撃で私の体も凍ってしまう。
しかし凍てついた体で体勢を立て直すには、あまりにも猶予はなく―――――
「――――っと、大丈夫か!?」
「……えっ?」
ワイズマン特有の白い衣装と、たなびくマフラーが視界を過ぎる。
激痛と凍結を覚悟していた私の体を支えてくれたのは、今一番会いたかった人の腕だった。
「お兄……ちゃん?」
「悪い、遅くな……いででっ! なんだこれ?」
「ああ、ごめんお兄ちゃん。 巻き込んじゃった……」
私を支えた衝撃で双方の体が凍り始めるが、すぐにまき上がった炎が痛みを解かす。
暖かい炎の灯りは私を傷つける事なく、温もりだけがじんわりと染みわたって行くようだった。
ただ……すぐに解かしたにしてもお兄ちゃんの反応が
「……お兄ちゃん、もしかして」
「ああ、なるほど。 もう痛覚も薄れて来たのか」
「っ……」
骨を抉り神経を貫く霜の侵食ですら、もはやお兄ちゃんには“痛い”程度にしか感じる事が出来ていない。
味覚、色覚、そして痛覚。 慈悲も容赦もない早さで人間らしい感情が賢者の石へと呑まれていく。
駄目だ、いやだ。 例え行く先が変わりなくても、お兄ちゃんにはまだ人間らしい道を歩いて欲しいのに。
「まあ……気にするなよ。 それに痛みなんてないほうが良いんだ、むしろ便利なもんだろ」
「お兄ちゃん、でも…………いつもそう言う事言って他の子にも怒られてるでしょ」
「………………はい」
「心配する人の気持ちを尊重しないからだよ、にぶちん。 学習しないと
「はは、は……帰った時か」
お兄ちゃんが悲しそうな顔で笑う、もう二度と帰る事なんてないと知っているから。
それでも万が一の奇跡を信じ、“もしも”を考えてしまうのはお兄ちゃんを傷つけてしまうのだろうか。
「しっかり掴まってろよ、スノーフレイク。 ネロたちも心配だ、合流しよう」
「うん、分かった。 絶対に離さない」
ぶっきらぼうを装ったお兄ちゃんが私を担いで走り出す。
相変わらずお兄ちゃんは私を月夜とは呼んでくれない、けどそれでもいい。
「私」が認められないということは、過去の七篠月夜をそれだけ大事に思っているということなのだから。
「お兄ちゃん、場所は分かる? 地下から反応を感じるんだけど……」
「大丈夫だ、先に
「…………?」
――――――――…………
――――……
――…
「うーん……何よこれ?」
かび臭い埃臭い陰気臭い道のりを乗り越えて、ようやく私はその場所を見つけ出した。
それは研究所という風体の建物の中で一際何もない部屋だった。
床に巨大で複雑な魔法陣が描かれている以外小物1つ存在しない、不自然なほどに。
「何かしらこの陣、稚拙だけど物量でカバーしているような……でもその上から……」
床いっぱいに刻み込まれた陣の役割は、流石の私と言えど一目で読み解くことは出来ない。
恐らく何年も前に作られた術式だ、しかしその上からここ最近手を加えた形跡が存在する。
それもかなりの手練れだ、最低限の「書き込み」だけで問題点を修正し、革命的な改善を施している。
「……これ、何だか似てる」
思わず時間すら忘れ、芸術とも取れるほど美しい術式を読み解いていくとあることに気付いた。
この術列には覚えがあるのだ、私が初めてこちらの世界にわたって来たものと同じ――――
……って、こんなことしてる間にあのおっぺけぺが死んじゃうわ! これ回収すればいいのよね!?」
はっと我に返って懐から箱型の機械を取り出す。
たぶん床に押し付けてスイッチを押せば起動するはずだ。
しかし私がスイッチを押し込むより先に、研究所全体に深い振動が響き渡った。
「おっぎゃあ!? ななななに!? 地震!?」
身体が一瞬浮き上がるほどの衝撃にスイッチを押し損ねる。
何事かとあたりを見渡してみれば、その原因はすぐにわかった。
『――――キュロロロロロ……』
「…………へあ?」
研究所の天井を突き破り、細長い首を伸ばして私を見下していたのは“ミミズ”だ。
ただし頭部には鋭利な歯が鋸の如く整列し、全身からぬめり落ちる体液は酷く生臭い。
なにより、天井の穴から覗くだけでもミミズのサイズは私を飲み込むのに余りあるものだった。