「旧型機……!!」
「いいえ……いいえ! 私はハクですよ、ネロちゃん!」
憎々しい顔が私の目に前に立ちはだかる、私とそっくりの顔というのが余計に腹立たしい。
私はあいつの後から作られた存在だ、造形が似ているという事は、私がこのバカを模して造られたという事だ。
その事実が酷く腹立たしく、耐えられない。
「はっ、何よ……本当今日はついてないわね。 よりにもよって最後に出て来るのがどうしてあんたなのよ……」
「ネロちゃん、聞いてください。 私は―――」
「―――うるさい! あんたと話すことなんて何もないのよ、殺すつもりならさっさとかかってきなさい!」
「違います、私はあなたと話し合いたい!」
「……はっ?」
何を言っているんだ、こいつは。
昨日の戦いを覚えていないのか? 脳の容量がそこまで足りないのか?
お前の大事なご主人は、我々の創造主に殺されかけたじゃないか。
「あんた、バカでしょ……本当に心底バカでしょ? なんでそこまでお気楽な提案ができるのよ」
「だって……ネロちゃんは、あの時迷ったじゃないですか」
「はっ……なによ、それ」
東京で
“創造主の目的を果たすためにはこの世界に著しい損害を与える事になる、お前はそれを容認できるのか”と。
ああそうだ、迷った。 あの時私はお前の問いに正しい解を返すことができなかった。 しかしそれが何だというのだ。
「お気楽バカ、話し合いで解決できる段階はとうに過ぎてるでしょ。 そもそも私にどうしろって言うの」
「……ンロギへの協力をやめてください、あなたの力がなければ賢者の石を使って戦えます」
「それはつまり私に死ねと言うことと何が違うの?」
「えっ―――?」
「道具はね、使われてこそ価値があるのよ。 斬れない剣なんて捨てられるだけじゃない、あんたみたいにっ!!」
完璧であること、そして捨てられた旧型機が果たせなかった賢者の石を制御すること。
それこそが私の目的であり、それだけが私の存在意義なんだ。
結果を出せない道具など、ガラクタ以外の何だというのだ。
「私は完璧よ、何をどう感じようなんて関係ない! だから私の価値を奪わないでよ!! 私の世界には“これ”しかない!!」
「だったら作ればいいじゃないですか、この世界で!」
「っ……! なによそれ……!」
「私達は道具なんかじゃない、ネロちゃんにはネロちゃんの自由がある。 だいたいなんですかあなたの主は! とんだパワハラですよ、人権侵害です!!」
「人権、って……」
そんなものあるはずがない、私達は作られた存在だ。
ああそうか、このバカと私の間には認識の
「嫌なら嫌って言っていいんですよ、まずは私と一緒に美味しいご飯を食べましょう。 ねっ?」
こいつは――――自分達の事を、まるで「生きている」かのように考えているのだ。
――――――――…………
――――……
――…
指の根に結ばれた赤い縁はすでに消えている。
目標と出会った時点で効力を失ったのだろう、きっとここを逃せば次はない。
例えまた結び直してもらったとしても、ネロちゃんと話し合う機会はきっと今だけだ。
「どう感じようが関係ない、つまりそれは感情があるってことじゃないですか」
「うるさい……」
「心があるなら、痛みを感じるならあなたは人です、生きているんです。 黙ってあなたの運命を踏みにじられることなんてない」
「うるさい……うるさいうるさいうるさい!! 私には、これしかないんだ!!」
差し伸ばした手は酷く冷たい腕に弾かれる。
おそらくこの寒空の中でろくに暖も取れなかった、冷え切った腕。
「今さら失敗したあんたが否定するな!! 私の世界には創造主しかなかったんだ、あの人が全部なんだ!!」
「……でも、この世界に触れて迷いが生じた」
「っ……だからって、今さら止めたところで……過去の事実は変わらない……っ!」
瞳から涙を零し、震えた声でネロちゃんが崩れ落ちる。
完璧だという彼女の口癖は、自己肯定感の低さから現れる裏返しだ。
自分自身に言い聞かせる事で、懐いていたはずの違和感に目を瞑り続けていた。
「あんたのマスターを傷つけて……創造主をこの世界に呼んで……馬鹿みたいに高い壁を崩させた……」
「ネロちゃん……」
「同罪よ、許されるわけないじゃない……このイカれた戦いはあんたが死ぬか、私が死ぬかだけなのよ」
「許しますよ」
「…………はぁ?」
ネロちゃんが行ってきたことは、確かにこの世界を滅ぼしかねない悪行だ。
しかし元を辿れば、すべて生みの親であるンロギから指示されたこと。 脅迫や虐待に等しい境遇であった彼女自身には情状酌量の余地がある。 それに……
「同罪だというのなら私だって同じですよ、10年前の始まりは私だった誰かが引き起こしたものです。 ……人を殺した数なら私の方がずっと多い」
「…………あんた」
「過去は変わらない、けど今や未来は変えられる。 怖いなら私も道連れにしてください、一緒に償いましょう」
へたりこんだネロちゃんに向かい、弾かれた手を再び伸ばす。
今度は拒否される事はなかった、初めてエサを与えられた小鳥のようにきょとんとした顔をしている。
「ネロちゃんにとって、この世界は滅んでもいいものでしたか?」
「…………ずるい、でしょ……その聞き方」
ネロちゃんの震える腕がゆっくりと伸ばされる。
怯える様に、確かめるように、なんども躊躇いながらも……私と彼女の腕がしっかりと触れた――――
「――――えっ?」
握り返すはずだったネロちゃんの掌は、融解しながら崩れ落ちた。