赤く脈動する魔物の核に、不自然なものが見えた。
絡み合う木々の隙間から覗く猫に人の手足が生えたような、私はあれを知っている。
迷子の少女が探していた、マスコットキャラクターの人形だ。
なぜあの人形が魔物の核に取り込まれているのか?
彼女の両親が落とした人形を先に見つけ、回収していたとしたら?
「っ―――――!!」
木々の隙間からはみ出した人形のさらに奥には、辛うじて女性の手らしきものが見えた。
「駄目だ、突っ込むな魔法少女! 中の人ごと斬るつもりか……!?」
「ですが、どうしろと!?」
このまま指を咥えて手をこまねいていればそれこそ手遅れだ。
既に状況は最悪に近い、すぐにでも行動に移さなければ女性の命が尽きる。
大丈夫だ、正確に核だけを斬り裂けばいい。 私ならできる。
「バカ、そんな震えた手で斬れる訳ないだろ……!」
「いや、私……私、は……やらなければいけない、いけないんです……」
刀の切っ先が定まらない、心臓の音が耳の奥から木霊する。
瞼の奥に張り付いた記憶が拭えない、自らの父親を斬ってしまった記憶が。
もしもう一度同じ過ちを犯してしまえば、私はもう魔法少女ではいられない。
「う、あ……ああああああああ!!!」
悪夢を我武者羅に振り払い、無理矢理振りかぶった刀は――――七篠さんに鷲掴みにされて止められる。
「なっ……は、離してください! 頭おかしいんですか、掌が切れるだけじゃ済みませんよ!」
「駄目だ、離さない。 一回落ち着け、今仕掛けたら取り返しのつかない事になる」
「じゃあどうしろと!」
「だから俺が代わりになるよ」
「…………は?」
その言葉の意味を飲み込むよりも先に、負傷を思わせぬ足取りで七篠さんが走り出す。
近づくものを迎撃しようとする枝葉の刺突を皮一枚で避けながら、肉薄した彼は迷わず魔物の核へ手を突っ込んだ。
当然ながら魔力のない七篠さんに魔物を傷つける事は出来ない、だが伸ばした腕は正確に―――埋もれていた女性の手を掴んでいた。
「あなた、なにをしているんですか!?」
「引っ張り出す、無理だったら迷わず核を斬れ。 中の人は俺が肉壁になる」
まだ行動の意図を理解できない私に向けて、彼は確かにそう言ったのだ。
はったりでも虚勢でもなく、自分の命をただの駒としてしか扱っていない。
この男は一体、自分の命を何だと思っているのか。
「うん、やっぱ駄目か。 もう力も入らないな……くそ、血ぃ流し過ぎた……」
「っ……戻りなさい、戻って!!」
七篠さんは木々に埋もれる女性を引きずり出そうとするが、ビクともしない。
それどころか彼の身体の方が引っ張られている、あのままじゃ木々に取り込まれるのも時間の問題だ。
助けようにも、魔法少女である私を急所に近づけるのは嫌うのか、四方八方から伸びる木々が私の脚を止める。
「手を離してこちらに戻ってください! 死にたいんですか!?」
「さっきも言ったろ、何もしなければこの人が死ぬ。 だから
「……意味が、分からない」
問答を繰り返している間にも彼の身体はどんどん飲み込まれていく。
なのに体がうまく動かない、この程度の妨害など一瞬で切り払うぐらい簡単な事なのに。
出来る、出来るはずなのに。 いったい私はいつまで怯えている。
「この人にはたぶん子供も旦那もいる、死んだら悲しむ人がたくさんいるんだ」
「何ですか、その言い方。 まるであなたは……」
「ないよ、何も無い。 全部捨てて来たんだ、俺には何もないんだよ」
彼は火傷でつっぱる皮を不器用に歪めて嗤う。
私のはその顔が、泣きだした子供の顔のようにしか見えなかった。
「だからまあ、気にするなって。 犠牲になるのは俺の方がマシなんだ」
その言葉を最期に、彼の身体は完全に木々へ飲み込まれた。
女性の腕を掴んだまま飲み込まれたなら、2人の位置関係は非常に近い。
斬撃の入射角さえ間違えなければ、先に述べていたように七篠さんの身体が女性の盾となるはずだ。
「……そんなはずが、ない」
用意されたのは甘美な逃げ道。 たとえ私が核を斬り損じても、犠牲者は七篠さん一人で済むと。
彼は魔力も何もない一般人のはずなのに、どうしてここまで自分を犠牲にできるのか。
それはきっと正義感ではなく、非情な現実に打ちのめされた“諦観”でしかない。
「そんなはずがないッ!!」
ならば、彼を見捨てるのは魔法少女のやるべきことではない。
この世界は幸せだと私は信じたい、辛く絶望しかないまま死んでほしくはない。
いつの間にか切っ先の震えは消えていた、刀を振るう腕に一寸の乱れも無い。
目の前に待つのは過去の悪夢と似た状況。 いや、お父さんの時よりも一人分悪化している。
「頼むから……生きてください、七篠さん!」
あの時の私を救うために、私にあなたを救わせてくれ。
願いと祈りを込めて魔物を断つため、私は刀を鞘へと納めた。