俺が魔法少女になるんだよ!   作:赤しゃり

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昏い夜明け ①

「そう、だ……忘れてました、私はあの時に、あなたの名前を聞いていたはずなのに……」

 

「……そっか、お兄ちゃんは私の事を話していたんだ」

 

私の話を黙って聞いていたスノーフレイクが柔らかく笑う。

いつの間にか周囲の気温も戻り、まだ肌寒いものの命の危機を感じない程度に収まっていた。

戦闘の意思はなくなった、と考えていいのだろうか。

 

「なんか、戦う気もなくなっちゃった。 お兄ちゃんはずっと私の事を覚えていてくれたんだね」

 

「ええ、おそらくあなたが死んだ日から片時も忘れていないはずです」

 

「なら、いっか。 お兄ちゃんならきっと……最後まで私を連れて行ってくれるって、安心できた」

 

操り糸が途切れたかのように、スノーフレイクの身体が弛緩する。

慌てて支えた彼女の身体は、雪のように軽かった。

 

「あは、は……死にかけなのに張り切り過ぎたからなぁ、ごめんね面倒くさい妹で」

 

「いえ、あなたの気持ちも分かります。 私も同じ立場なら何をしていたか分かりません」

 

「私が言うのもなんだけどお兄ちゃんって女難の相があるのかな……」

 

すでに一人で立つのも困難なほどに衰弱している彼女を担ぐ。

幸いなことに軽すぎるスノーフレイクの体重はまるで私の負荷にならない、これなら歩む速度も落とさずに済みそうだ。

 

「置いて行っていいよ、邪魔でしょ?」

 

「お兄さんが好きな人に悪い人はいません。 それに残りの時間が少ないなら、なおさら顔を合わせたほうがいい」

 

担いでいる間にも、彼女の体からはパキパキと何かがひび割れていく音がかすかに聞こえる。

 

「……私にはお兄ちゃんしかないんだ。 それ以外、何も残ってない」

 

「お兄さんも同じ事を言っていましたね、何も残っていないからと自分を投げ捨て……誰かを助けようとする」

 

人は自暴自棄になった時、誰かを慮ることができるだろうか。

私が憧れたあの人の行いは、手放しに褒められるものではない。 

それでも、家族を失った失意の中でそれでもなお赤の他人のために命を懸けたあの人の行いを、私は尊ぶ。

 

不器用で美しい人だから、私はお兄さんの事が好きなのだ。

 

「……うん、お兄ちゃんはいつまでたっても変わらないなぁ。 だから“私”も、怖くたって魔法少女を頑張ろうって……」

 

「……スノーフレイク? 大丈夫ですか?」

 

「ごめん……ちょっと、眠るね……」

 

意識を保つのも困難なのか、スノーフレイクの反応は絶え絶えとしたものだった。

重たげな瞼を閉じてしまえば、二度と目覚めることがないと思えるほどに。

 

「大丈夫、だよ……お兄ちゃんと会えば、必ず目覚めるから……」

 

「分かりました。 安心してください、瀕死だろうが叩き起こして見せます」

 

「ふふ、怖いなぁ……ねえ、一ついい?」

 

「遺言を頼むというのなら断りますからね」

 

「違うよ。 できればね、私の事を覚えていてほしいんだ……」

 

彼女の望みに「はい」と返事を返すことは出来なかった。

彼女を忘却しないという自信がない、今の今までお兄さんから妹さんの話を聞いていたことさえ忘れていたのだ。

 

「嘘でもいいから、“分かった”って言ってほしい。 もし私の事を覚えてくれるだれかが増えたら、もう我が儘なんて言わないから……」

 

「…………ええ、ええ。 忘れる訳、ありませんよ」

 

「うん……ありがとう、そして、ごめんね」

 

安堵しきった彼女の声は、それきり聞こえなくなる。

ああ、私はきっと――――地獄に落ちるのだろうな。

 

――――――――…………

――――……

――…

 

やがて辿り着いたのは、今にも崩れてしまいそうなほどに風化した一軒の民家だった。

ローレル戦の余波を奇跡的に免れていたのか、周りの建物はあらかた崩壊し、ほとんど更地と化している。

東京の濃い魔力の中でもわかる、ひときわ強い魔力の波長が……店の中に、()()

 

「……失礼します」

 

相手も気付いているだろうが、一応一声かけてから扉に手をかける。

しかしすでに大分ガタが来ていたのか、少し力を加えただけで扉は音を立てて崩れてしまった。

 

「…………騒がしいな、もっと静かに入って来いよ」

 

「建付けが悪いんですよ、客を出迎えるなら相応の準備をしておいてください」

 

足音の響く廊下を渡り、一番奥の部屋の戸を開ける。

待っていたのは見飽きたはずの白い髪。 そして私に背を向けた彼女の正面には、抜け殻のような毛布だけが取り残されていた。

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