私の学生時代は、悪い意味で名状しがたいものだった。
特筆すべきものは何一つとしてなく、学問も運動も恋愛も、どれをとっても凹凸のない平坦な物だった。
小学校は持ち前の楽観主義でへらへらと乗り切り、中学校は部活動に打ち込んだ。
受験では家から近かったからという理由で工業高校へ進学し、部活には入らずにそれなりに遊んで暮らした。
転機になったのは、大学に入学したあの時だろう。
それまでと同じように、夢も目標もないまま、なあなあで大学まで進学した。本当は、高校から就職しても良かったのだが、父親に「大学は出ておけ」と念を押されたから仕方なくだ。
でも、今思えばそれが良くなかったのだろう。
行きたい大学もやりたい仕事も、自分の思い描く将来像という物が私にはなかった。もしあったなら、それこそそれなりの生活ができたのだろうけど。そんなもの持ち合わせていなかった私は、大学で勉強する意味も、毎日を過ごす意義も見失ってしまった。
友達はいた。たかが数人の話だが、いないよりはましだと思っていた。
でも、いつだか気付いたのだ。友達という物は消去法的に作っていくものではないと。
中学の同級生で、大して仲良くなかったけど、その高校には知り合いと呼べる人がお互いしかいなかった。だからつるんでいた。本当にそれだけの薄っぺらい関係。それ故に、高校を卒業してしまえば親友と呼べる存在のいるその知り合いとは疎遠になる。
簡単な話だった。
それに、友達の作り方なんて今更人に聞けるものではない。
元々の関係値が1でもあったのなら、顔見知り特典で会話くらいはできる。でも、大学にはそんな存在一人もいなかった。
やる気もないのに進学のためだけに上京してしまった。生活は徐々に引きこもりがちになっていって、気づけば何回も留年していた。
結局、私がその大学を卒業したのは、入学してから7年が経った頃だった。
そんな落第生に対して、社会の風当たりはひどい。
何回も失敗して、その度にしばらく引き籠って。パソコンの薄明かりと上階の部屋から聞こえてくる夫婦喧嘩の声を聞きながら惰性でネトゲをするだけの生活が続いた。
そんな中、諦めかけていたところをやっとこさ拾ってもらった会社は、近年まれにみるブラック企業。仕送りのみで一切収入のなかったころに比べれば金はあったが、その金は全て酒とギャンブルに溶けた。
不労所得に憧れたこともあった。投資とか、小説とか漫画とか音楽とか。
だけど、どれもそんな生半可な気持ちでやるものではないし、やったところで何もできずに、「自分には才能がないから」と苦笑いした。
我ながらクソみたいな生活だ。
結局、自分にとって唯一娯楽と成り得たのは酒とギャンブルだけだった。
たまに休みになる日曜日に競馬中継を見るのが好きだった。朝から酒を飲みながら、ネトゲに明け暮れるのが好きだった。
それが、今じゃなんだ。
よくわからない世界でよくわからない怪物と戦って、何人もの仲間が目の前で死んで、何人もの人が目の前で食われた。
なんで私は、魔法少女になんてなってしまったのだ。
いや、その話はもう何年も前に終わらせたろう。
生きて、いつか酒を飲むためだ。
でももしかしたら、この世界ならば酒以外の娯楽だってできるかもしれない。
あの日々の後悔をなかったことにするための生活を続ければ、魔法少女になんかならずとも、望んだ生活ができたかもしれない。
いつかに憧れた友達との楽しい日々だって、もしかしたら存在するのかもしれない。
でも、そんな日々から突然何もかもが失われることを、私は絶対に許容できない。もう手遅れなのだ。
一人で飲む酒は寂しかった。
中学の昼休みに学校を抜け出して自販機でジュースを買い飲みした日々に比べれば、大人というのはこんなものなのかと失望すらするくらいだった。
もし友達がいれば。もし仲間がいたのなら。
ああ、一度だって自分はかつての友達に自分から連絡したのか?
SNSに流れてくる幸せそうな投稿に怖気づいて、自分が入り込む好きなんてないと決めつけて。その生活たちの中に、もしかしたら自分がいたかもしれない。その知り合いたちだって、同じことを思っていたかもしれない。
だというのに自分は。
いや、今さら考えてもしょうがないことだ。
何故なら、私はもう死んだからだ。あの世界の私は、既に命を終えている。
彼らと会う事なんてできないし、自分が生きていた面影を感じることだってできない。
後悔しても遅い。もう、何もかもが遅かったのだ。
だが、なんの因果か、私はこうしてこの世界に生まれ変わることができた。最初は困惑したし、周りが次々と悪魔被害に遭って死んでいく毎日に、次は自分だと絶望したりもした。
それでも、前の私にはなかったものが今の私にはある。
かつての後悔を糧に、もう一度生きることができる。
自らの手で喪失へと歩んでしまった人生の後悔を、失ってしまった友達たちを、知り合いを、家族を。自分の手で守れるのなら、それでいい。
——だから、魔法少女になったのだ。そうだろう? ミイナ。
*
この学園都市エリア14には無数の学校が存在しているが、その中でもとりわけ有名な学校が四つある。
進学なんてしてるような状況でもないのだが、世間はそんなこと考えないものだ。
学校は通常通り運営されているし、受験勉強だって例年通り過酷を極める。戦争みたいなものなのは、この国がどんな状況になっていようとも変わらないようだった。
その有名な学校というのは、多くの有名人を輩出してきた名門、鳥纖大学と、そこへの進学実績が豊富な高校たちだ。
勿論例外もある。例えば制服がかわいいとかモデルが通ってるとかで悪目立ちしてる高校とか。
だが、学力的な面で言えば、この三校が有名なのは間違いないだろう。
部活動が盛んというわけでも地域密接の運動が盛んというわけでもなく、ただエリア14の中で有名というだけの話だが。
今日は、そんな超進学校のうちの一つ。桜坂高校へとやってきていた。昨日悪魔と交戦して、疲れ切っているというのに、朝の六時に起きて七時には家を出る生活をしなければならない。
重い足を引きずって、寝ぼけまなこをこすりながらバス停へと向かう
どんなことがあろうとも日常は日常で何も変わらないのだ。
だが、今日はそんな日常の中でもひときわ足が重い一日だった。
何故かって?
私が、桜坂生であり、その有名校の制服を着て先日オープンしたばかりの人だかりのできているであろうおしゃれな喫茶店に行かなければならないからである。
*
「先輩、遅かったですね!!」
待ち合わせ場所につくなり、フィール——もといヒナタが駆け寄ってきてそういった。魔法少女という物は、周りの人に姿をさらしてならないという暗黙の了解があるため、お互いを自分を表す本名とは別の名前で呼ばせるという習わしがある。
フィールというのは別名であり、本名はヒナタらしい。
らしいというのは、証明のしようがないからだ。
もちろん、魔法少女名をそのままプライベートでも呼ばせるタイプの人もいる。
配信者がプライベートでもお互いの事をハンドルネームで呼び合うような物だと思ってくれれば大丈夫だろう。
「いや、時間ぴったりだと思うけど……」
「え? 待ち合わせには10分前に到着してるのが普通ですよ? ね、みんな」
そうなのか。待ち合わせというのをしたのは人生で2回しかないからそんな常識があるなんて初めて知った。
ちなみに一回目は小学校の友達と駄菓子屋に行ったとき。二回目は中学校の友達と文化祭の出し物を周る約束をしたときだ。
その友達たちが今何をしているかなんて知らないから友達とすら呼べない関係なのかもしれない。
「じゃー改めて紹介しますね!! 右から順に、アスカ、ロゼ、ルナかっこ敬称略です!」
「わざわざ言わなくても私はそんなことでは怒らないよ、フィール」
答えたのはロゼだった。艶やかな青髪の細身の少女。身長は160センチくらいだろうか。女の子にしては少し高めな背をした綺麗なモデル体型だ。
だが妙だ。前見た時と何かが違うような。
「ああ、ロゼ、ちょっと身長伸びた?」
「あら。気づきましたの? 彼女、私たちより身長高いのに低い~とか言って厚底履いて誤魔化してますの」
「へ、へぇ」
アスカがそういうと、ロゼが餌の兎を見るかのような剣呑な形相でアスカを睨んだ。
「なんでいうの!? そういう事さ!! 嫌がらせじゃん!!」
「別に嫌がらせをしたつもりはないですのよ? ただ間違った認識をしていたのがかわいそうだと思っただけで」
「まあまあまあ二人とも落ちついてくださいって。せっかくこれから甘い物を」
いい争いを始めそうな二人にヒナタが慌てて割って入った。が、すぐに続いたロゼの声で全てがかき消された。
「ミイナと会うのは半年ぶりなんだよ!? 私の事覚えてないかもしれないのに変な印象着いちゃったらどうするのさ!!」
「変なも何もこれが正しい印象なのに、なんで自分を良く見せようとするんですの? 愚かしいとは思わないのかしら」
細めた目を向けるアスカの姿はまるで狩りをする獣の様だった。
ナニカのスイッチが入ったかのようにロゼを煽り散らかす様子はとてもじゃないが見てられない。
というか、私自身ロゼが何をしていようとほとんどなんとも思わない。
自分のことくらい好きにさせてあげればいいのにと思うくらいで。
半年ぶりに二人を見た感想は、なんというか、何も変わらないなという物だった。
そんな短期間では人が成長できないのは知っているが、ここまで普遍的なのも珍しかろう。
「……いいから早く入ろうよ、混むから。マジで」
私がそういうと、二人は渋々納得したように言い合いをやめた。前見た時もこんな感じにじゃれ合っていたし、本当に仲がいいんだろう。うらやましい限りだ。
徐々に人が増えつつある店内を見やって、待ち合わせ場所だった鳥の銅像の下の石ベンチから離れた。
学園都市にあるからだろうか、三時から開店するカフェというのも珍しい。少なくとも私は初めてみた。
こういうとき、一番悩むのは席順だ。遠足のバスの座席みたいな感じで、「私この人の隣じゃないと嫌!」「この人の隣は嫌!」みたいなのが心の中にあるかもしれないと思うと自分がどこに座るかについてすごく悩む。
が、すぐにヒナタが「私たちはルナさんを真ん中にして座りましょ!」といってくれたので、杞憂に終わった。
「っていうか、ルナ先輩のその制服って、桜坂のですか?」
席に座るなり、ヒナタがそんなことを言いだした。
「んー? そうだよ」
「え、ですよね! すごい、めっちゃ頭いいじゃないですか!!」
爛々と輝かせた目は純朴そうで綺麗だ。なんの下心もない質問。かわいがられる後輩というのはみんなこうなのだろうか。
「頭いいのは学校だけだよー。私Eクラスだし」
「Eクラス?」
「そう。五段階くらいあって成績順で上から割り振られるんだけど、私はその一番下」
「ああー……」
両手を机の上にだらんと置き、ヒナタは言葉を失ったようだった。まあ、桜坂なんて入れるだけですごいのだからクラスがどこであろうと大した差はないのだが。
私が言う事でもないか。
他の二人はスマホに夢中だ。魔法少女としても学生としても優秀な人間というのは友達もたくさんいるみたいで。
特にロゼなんかはしきりに指を動かしているから、多分友達と会話してるのだろう。
アスカはしきりに指を上下にスワイプさせている。こっちは多分SNSを鑑賞中だ。
一応、なにを頼むかだけ聞いてみるか。スマホに夢中で何も決めていないとかだと致命的だし。
「二人ってなに頼むか決まってるの?」
すると、一拍遅れてロゼが顔を上げた。
「――ああ私か? 私はここに来たらパンケーキを頼むって決めてるから他が決まるのを待ってるよ」
「私もここのマスカットパフェが美味しかったからそれを頼もうかと。確かにパンケーキもおいしいですわね」
「え、わかるの? だよねだよねこの前来たときに——」
決まっているようだし、すぐに二人で話し始めてしまった。
なんというか、ヒナタたちも二人で話しているし、気にしてはいないがカヤの外な気がしなくもない。当然といえば当然なのだが。
「――ちなみにそこにいるミイナちゃんも私と同じ学校だよ」
「へ?」
急に会話の矛先が自分に向いた。
「え、先輩って桜坂だったんですか!?」
「あ、え、そうだけど」
「……ほんとだその制服桜坂の」
「あとあの胸の辺りについてる紋章いりのバッチなんだけど、ミイナちゃんのあれはAクラスの証。取り外し可能でね、ミイナちゃんはしてないと思うけどみんなスカートに付けたりして遊んでるんだー」
言い終わるより前にルナがおもむろに私の胸のバッチへと手を伸ばした。
制服のかしゃかしゃの素材ががしゃがしゃと音を立てた。力加減ができないのだろうか。痛いというよりくすぐったい。
「へへ、これで私もAクラス……」
やっと取れたバッチを恍惚とした表情で眺め始めた。
言ってくれればいつでも取ったのに。
ルナって自分がEクラスなことに劣等感でも持ってるのだろうか。
……あるわけないか。
「え、待って。まだEクラスだったの?」
「そうだけど。なんか文句ある?」
「いや文句はないけど、ほら。この前来年からは同じクラスがどうのこうのって」
きょとんとするルナに、ヒナタが横の方からにやにやと笑みをこぼす。
当のルナは何のことかわからないのか、しばらく頬杖をついて考え込んでいた。
「……ミイナちゃん。あれは嘘だ」
「そっか……」
出した結論に、ヒナタが盛大に吹きだした。
「……ま、まあルナはほら、勉強できなくても強いし大丈夫だって」
「勉強も出来て強い人に言われるのってすごく嬉しいなー」
慌ててフォローしたら、皮肉たっぷりに褒められてしまった。
*
「こちら、雪餅パンケーキとマスカットパフェの大、銀狼シェイクが二つとキャラメルオレになります」
しばらくすると、各々が頼んだスイーツが卓上に並んだ。
女の子同士の絡みを書いている瞬間が一番生を実感できる
……という事で長くなってしまいました。
具体的には本来一話だったはずの物が二話分になってしまいました。
次はちゃんと話が進みます。進ませるので許してください。
クソ作者・アイサカ 2002~