名前で呼んでほしいから   作:468(ヨルハ)

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第三話です!

そしてお気に入り100件突破ありがとうございます!
跳ね飛びながら喜びました。




それではどうぞ。


百鬼あやめとお昼寝

 

 

 

 

 

「…んー、どうしたもんか…。」

 

 時は平日の昼下がり。スタッフやアイドル限らず全員の共有スペースとなっている事務所の屋上、コンクリートの床と鉄の手すりのみで構成されたそこに備え付けられた大きなベンチに座りながら独り言つ。

 

 見上げれば未だ天に高くその存在を知らしめる太陽。差し込む陽の光は暖かく、時折吹く風がその陽気を運んでささやかな眠気を誘ってくる。

 ここだけを見れば実に穏やかな日常風景に見えるのだろうが、お生憎様現状の僕の心境はとても穏やかとは言えなかった。一言で言えば困惑しているといったところ。

 

 背もたれに身を委ね、押し出すように一つ小さく息を吐くと視線を下へ。

 視たのは自分の膝元、そこで静かに眠る一人の少女。

 

 真っ先に目に映ったのは白の長髪。まさに絹のように美しいそれは吹く風によってサラサラと靡き、光を反射して僅かに輝いて見える。

 その隙間からのぞくあどけなさが残る顔はとても幸せそうで、聞こえてくる寝息が彼女の熟睡度合いを示している。

 現世に合わせるように普段の和服とは違う、それでも彼女の和服のイメージカラーと言える紅と黒で彩られたオフショルダーのガーリーな衣装が彼女の呼吸とともに小さく揺れる。

 そしてなにより、彼女が彼女たる象徴ともいえる額から伸びた二つの鬼の角が陽の光に照らされてその存在感を如実に感じさせる。

 

 僕は彼女───ホロライブ二期生百鬼(なきり)あやめの無防備な横顔を軽く盗み見ると、再び視線を上げ、悩みを根こそぎ吹き飛ばしてしまいそうなほどの中天を見上げる。

 だが残念ながら、こんな気持ちのいい青空でも悩みを取り払うには少々足りなかったようで無意識に言の葉を紡ぐ。

 

 

 

「ほんと、どうしたもんかなぁ…。」

 

 誰に訴えるわけでもないその言葉は、静かに中天の彼方へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然と言えば当然だが、多忙を極める僕やえーちゃんたちにもちゃんとした休憩時間というのは存在する。

 

 休憩をとらない長時間労働はコンディションが下がって集中だって続かない。そうなれば必然的にミスは増えるし方々に迷惑がかかる一方で非効率極まりない。

 まあ普段手を千手観音並に増殖させエナジードリンクをキメながら仕事に忙殺されている我らが頼れるえーちゃんを見て信じろとはとても言えないのはご愛嬌だろうか。

 

 

 

 そしてその休憩時間の過ごし方は人それぞれ。

 

 例えば先程のえーちゃんであればエネルギー補給という名目で本日何本目かのエナジードリンクを喉奥へかきこみ、春先さんは持ち込んだカエルグッズで気分転換したりなど。

 そして僕はというと、昼食後にお気に入りの屋上のスペースで仮眠をとることが多い。

 

 まあ正直に言うとネット情報の受け売りなのだが、日中の十分の仮眠は夜の一時間分の睡眠効果があると言われていたりする。個人的にもこれを始めてから午後の仕事の効率が上がった気がしてるのでここ最近ではルーティーンとなっているほど。

 

 よって今日も今日とてえーちゃんと春先さんに一言伝えていつもの屋上のベンチに腰掛けてコーヒー片手に来ていた。ちなみに仮眠前のコーヒーは非常に効果的で、コーヒーなどに含まれるカフェインの覚醒効果は摂取して大体三十分後に作用する。つまりはコーヒーを飲んでから仮眠すればちょうどいい時間に起きれるというわけだ。

 

 

 

 そしていつも通りにベンチの背もたれに体を預けながら意識を微睡に落とし、きっかり十五分後に目を覚ましたらふと膝元に違和感。わずかに残っていた眠気を払いながら視線を下げてみれば。

 

 

 

「……すー………。」

「…ぅえっ。」

 

 冒頭のシーンが完成というわけである。

 ちなみに残っていた眠気は一瞬で吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んー、たしか今日は『あやふぶみ』で午前中にダンスレッスンだったはず。疲れてるなら起こすのも忍びないし…。」

 

 こんな男の硬い太腿を枕にしている理由はさっぱり分からないが、未だ昼時で暖かいとはいえこれからどんどん冷え込んでいくということで百鬼さんを膝に乗せながら器用にスーツを脱ぐと百鬼さんに被せる。その流れでスマホを取り出しメッセージアプリを起動、エナドリをキメ終わったであろう同僚に現状の報告とともに「ヘルプ」と送って画面を落とした。

 

 起こさずに退く…は無理だろうな。

 手を使ってがっちりホールドされてるし、無理に動かそうとすると顔を顰めるもんだから良心の呵責が働いてしまう。とりあえずはえーちゃんがいい案を持ってきてくれることを信じて待つしかあるまい。

 

 そうやって待機すること数分、屋上へとつながる扉のドアノブが回ったかと思うとその奥から二人の人影が見えた。

 

 

 

「おぉーほんとにすごい状況だわこれは。」

「わー、あやめさん可愛いです…!」

「え、春先さんまで?」

 

 予想外の人の登場に素っ頓狂な声が出てしまう。

 両手に荷物を抱えて屋上に現れたえーちゃんと春先さんは僕と百鬼さんの姿を見ると好奇心ありありの顔で見つめてくる。

 

 

 

「いやーちょうどのどかさんに質問されてるときにメッセージ飛んできたもんだから。」

「えっと、ごめんなさい悠馬先輩。先輩がヘルプを出すって珍しいですから、つい…。」

「あ、いや、それは構わないけど…って、その荷物は?」

「ん?あぁそうそう。はいこれ。」

 

 ポンとえーちゃんからバッグを渡される。中身を確認してみればそこにあったのは社用のタブレット。基本的に仕事に必要なアプリが搭載されており、自宅などの社外で仕事をする際に使われることが多い代物だ。

 他にも僕の机に置きっぱなしになっていた書類などなどがクリアファイルに閉じられ混入している。

 

 

 

「…っえ?」

「あ、悠馬先輩。これも使ってください!」

 

 この時点で二人の案の大方の予想がついてしまったのだが、考える暇を与えないとでも言うように春先さんから渡されたのがブランケットと背中に敷く用のクッション。

 もうここまでくれば答えなど一つしかないだろうが、一縷の望みをかけて二人に質問を投げかける。

 

 

 

「えっと、二人とも?これは一体…?」

「え、見たらわかるでしょ?今日はここで仕事しな?」

 

 望みは儚く、そして容赦なく散った。

 アイドルに膝枕しながら仕事をしろというのか、新手の拷問か?

 世の男性が羨むシチュエーションだろうし嫌だというわけではないがどう考えたって集中できるわけがない。がしかし代案があるかと言われれば自分では思いつかないのも確か。

 

 そして見れば春先さんは純粋に善意でやってくれているのが分かるが、えーちゃんに関してはうまく隠してるつもりなのだろうが普段よりわずかに口角が上がっていて声もかすかに震えている。

 絶対に楽しんでる顔だ。

 

 

 

「………後でコーヒー持ってきて。」

「はいはい任せて。」

 

 諦めた。ここまで来たら悟りの境地である。無意識に高鳴っていた鼓動を深呼吸でどうにか落ち着ける。

 目を閉じて何度かそう繰り返していると、ふとパシャッと無機質なシャッター音が響いた。

 

 

 

「え、ちょ!」

「静かに。あやめさん起きちゃうでしょ。」

「ぐっ…。」

 

 見ればスマホをこちらに向けているえーちゃんの姿。

 返された返事はどうしようもない事実。しかし声を荒げそうになった元凶に言われるとなんとも納得がいかない。

 

 

 

「…せめて後で本人にはソレ(隠し撮り)謝りなよ。」

「分かってるって。それじゃ、私たちは戻るから。頑張れ悠馬。」

「頑張ってください悠馬先輩!」

 

 えーちゃんはグッと親指を立てながら、春先さんは律義に頭を下げて屋上から去っていく。

 それを手を振りながら見送って視線を下げると、眼下の百鬼さんは先ほどまでの喧騒も気にならなかったのか変わらず幸せそうな顔で寝息を立てている。

 

 警戒心も何もない、こちらが何かするなんて微塵も疑っていないかのような無防備なその横顔に、一気に気が抜けたかのように一つ息を吐いた。

 

 

 

 ───過程はどうあれ、ここまでくればもうなるようになるしかないか。

 

 百鬼さんの顔にかかった髪をゆっくりと梳いてどかすと、彼女はふにゃっと顔をにやけさせる。

 それに一つこちらも笑みを浮かべると、ポンと軽く頭を一撫でしてから社用のタブレットを起動して仕事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………んぅ…。」

「お。」

 

 時は過ぎ夕方、白いほどに冴えわたっていた太陽が気付けば茜色に染まっている。

 タブレットでの作業も一段落し大分ぬるくなってしまったコーヒーを口につけていると、膝元からなんとも気の抜けるくぐもった声が聞こえてきた。

 

 見てみれば熟睡していたであろう百鬼さんが目を強く瞑りながらもぞもぞと身じろぎしている。

 予定では彼女は夜に配信を予定していたはず。さすがにそろそろ起こさねばとほんのわずかに申し訳なさともったいなさを感じながらコーヒーを脇に置くと軽く彼女を揺すって起こしにかかる。

 

 

 

「百鬼さん、起きてください。もう夕方ですよ。」

「…んぅ、あやめって…呼ばないと、起きないからぁ…。」

 

 まだ大分寝ぼけているようである。

 手を顎に当てて思考。今のが僕に向けて言ったものなのか、あるいは夢の中の誰かに言ったものなのかは判別はつかないが、どうやら彼女の要望は()()らしい。

 

 くすっと零れた笑みはどこか好きな子にイタズラをする子どものような感覚で。それを心の片隅で自覚しながらも無遠慮に寝た彼女へのちょっとした罰と、僅かに生じてしまった好奇心と、起こさねばならないという使命感がキレイに合致してしまった結果、僕は彼女の耳元まで顔を近づけるとこう囁いた。

 

 

 

「…起きてください、()()()()()。」

「…っ!!?」

 

 反応は早かった。

 ものの一瞬で顔を真っ赤にした百鬼さん…あやめさんは耳を抑えて飛び上がり、羞恥や歓喜などが入り混じった複雑な表情を浮かべてこちらを見る。

 「あえ…うぁ…!」など言葉にならない声を上げて口をパクパクと開き、よほどテンパっているのか視線が定まらずあっちこっちと忙しなく移ろうばかり。

 

 

 

「おはようございます、あやめさん。よく眠れましたか?」

「え、余…え!?」

 

 起き抜けの頭に入った情報量の多さに思考がこんがらがっているだろう、なんとか状況を整理しようと一つ一つ目に映る情報を取り入れていき、最終的にその視線が僕に固定された。

 

 

 

「えっと、悠馬…くん?名前…。」

「あーっと…ごめんなさい。寝ぼけてたんでしょうけど、名前で呼ばないと起きないって言ってたものですから…。嫌ならすぐに百鬼さんに…。」

「あ、いや、あやめでいい!余は全然、あやめがいい…んだけど…!」

 

 そこであやめさんは言葉を切ると、先ほどよりも顔を赤くしてプルプルと震えだす。

 

 

 

「ご、ごめんなさーい!!!」

「えぇ!ちょ、あやめさん!?」

 

 数えて約五秒ほど、いよいよ何かが限界突破したのか一つ謝罪の言葉だけ残すと脱兎の如く屋上から去っていった。ちなみに扉からではなく、それなりの高さがあるはずの屋上から飛び降りて、である。

 鬼の身体能力なら怪我とかはないだろうと心配はしていないが、問題はメンタル面。

 間違いなく取り乱していたし、原因は間違いなく僕なのだろう。

 

 

 

「…後日また直接謝りに行くか…。」

 

 追うことは当然できないし、リスク管理を考えると流石にタレントたちの自宅に一人で出向くわけにはいかない。

 ひとまず無事であることを祈って、僕は痺れた足をほぐすことから始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャバンッ!!!と壊れるのを心配してしまうくらいの音を立てて開けられた扉になど目もくれず自宅に帰宅した鬼の少女───百鬼あやめは全力ダッシュで自室に飛び込むとその勢いのまま椅子に飛び込んで傍にあった枕を掴んで顔にうずめる。

 バタバタと足が動き回り、ある程度それで溜まった羞恥心を発散すると、未だに赤い顔のまま絞り出すように独白する。

 

 

 

「なんで余あんなことしちゃったんだよぉ…!」

 

 

 

 今日やってしまった行動は全て無意識と言って差し支えなかったと思う。

 前日は遅くまでFPSのゲームの配信をしてて少し眠くて、そのまま午前中はフブキちゃんとミオちゃんと一緒にダンスレッスン。

 

 疲れが溜まっていたのは事実だけど、レッスン上がりに休憩がてら共有スペースである屋上に行ってみたら予想だにしない人が予想だにしないことをしていたのを見たところから冷静じゃなかった気がする。

 

 

 

「悠馬くんの寝顔、普段より幼くて可愛かったなぁ…。」

 

 初めて見たスタッフの悠馬くんの寝顔。

 

 いつも穏やかで気が利いて、距離は感じるけど優しくて。よほどひねくれ者じゃない限りあの人を嫌いな人はいないだろうと断言できる人。

 そして何より、鬼であっても最初から変わらず接してくれた心優しい人。

 

 

 

 鬼という種族は他の亜人種に比べて敬遠されやすい。

 他の追随を許さない圧倒的な身体能力に加えて、鬼はやや好戦的な人が多いのが主な原因で、それもあって余も現世に来た当初は少しだけ周りから距離をとられていた気がする。

 もちろん今はそんなことはない。だけど鬼故の弊害は初めからある程度覚悟していたとはいえ少し辛かったのも事実。

 

 そんな中気兼ねなく声をかけてくれたのが、あの人。

 鬼に対してどうしてと警鐘を鳴らす他のスタッフに向けて毅然として「彼女は鬼である前に仲間だ」と言い返しているのを偶然聞いて。

 

 

 

「余は、嬉しかったんだよ。」

 

 本人はきっと特別なことをしたつもりはないんだろうけど、その時の余は確かに救われた。

 それから、事務所で無意識に彼を探すようになってしまった。見かけたらつい目で追ってしまうようになってしまった。

 

 頑張って声をかけられるくらいにはなったけど、それでも彼との距離はなかなか縮まらなくて。

 そんなときに見かけた、彼…悠馬くんの無防備な姿。

 

 突如として降ってきた状況にぐるぐると思考が混濁し、本当に気づけば悠馬くんの隣に座っていて、無意識に頭を悠馬くんの太腿に乗せていて、感じる熱が高鳴る鼓動を落ち着かせてくれて。

 

 そして、まどろみの中で悠馬くんが余の名前を呼ぶ声に一気に意識が覚醒した。

 

 そこからはもう何も考えられなくて今に至るって感じだけど、今更ながら何やってるんだと思う。

 怖がられても仕方がない、今思えば本当にそうなんだけど、それでも悠馬くんは変わらず…いや、それ以上に優しく接してくれて。

 

 

 

 そして、名前で呼んでくれた。

 どうやら無意識に余が言っていたみたいで、ホントにナイス余。

 

 悠馬くんは普段みんなのことは名字で呼ぶ。

 普段まつりちゃんから迫られても頑なに苗字呼びだったからなにか心境の変化があったのか、あるいは…余が少しは悠馬くんの特別になれたのか。

 

 

 

「名前で呼んでくれたってことは、少しは余にもチャンスがあるってことだよね。」

 

 にやけてしまう顔が止められず、耳を手で押さえて残った熱と彼の言葉を思い出す。

 歓喜が、愉悦が、恍惚が。あらゆる喜の感情が頭を支配する。それを受け入れて、鬼の少女は彼に願う。

 

 

 

「また、名前で呼んでね。悠馬くん。」

 




ということでお嬢でした。

不定期と言いつつなんだかんだ待ってくれている人がいると思うと筆が乗って投稿が続けられました。
これからものんびり続けていきたいと思いますので気長にお待ちいただけると幸いです。
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