変わらず多くのお気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。
妄想垂れ流しではありますが楽しんでくれると幸いです。
それではどうぞ。
「ゆーくん大丈夫?」
日は落ち、星々とともに欠けのない満月が窓からのぞく。
差し込む月光を見ながらキーボードを絶え間なく叩く音が事務所内に響く中、いつの間にか隣にいたそらの心配そうな声が聞こえてきた。
手は止めずに顔だけそっちに向けてみれば眉をひそめて僕の背中に手を添えているそらの姿。心配しているような、不安になっているような、はたまた怒っているような、いろんな感情がないまぜになったような顔で僕を見ていた。
「…あーうん。だいじょぶだいじょぶ。」
「とてもそうは見えないんだけど?」
「あはは…。」
ややジト目になったそらの目線に乾いた笑いでお茶を濁す。
お茶を濁したのはさっきの「大丈夫」が言葉だけのものだと自分で分かっていたからであり、同時にそらの言うことを否定できなかったから。
着ているワイシャツは軽くよれておりテーブルには片づける暇もなく脇に寄せられたエナジードリンク。顔は鏡を確認していないので憶測にはなるが、それはもうひどい隈を作っていることだろう。
あまりにも分かりやすい寝不足と過労。こんな姿を見れば誰だってそらと同じ感想を抱く。
「トラブルか何か?」
「それだけじゃないけどね。いろいろ重なった結果だけど、まあ今日中には片が付くよ。」
「…えーちゃんたちは?」
「手伝うって言ってくれてたけどさっき帰したよ。昨日も遅くまで頑張ってくれてたし、残った作業は分担するようなものじゃなかったしね。」
「………そう。」
こういうところは変わらないなとそらは思う。
ゆーくんはある一定以上の関係の人にはとことん甘い。お願いは基本的に断れないし、その人たちが大変な思いをするくらいならと自分の身を遠慮なく痛めつける。
そして、基本的に流されやすいのにこういうときだけ意志が固い。
きっとえーちゃんやのどかちゃんだって食い下がったはず。あの二人だってゆーくんが苦労しているのを見過ごせるほど淡白な性格じゃない。それでも現状として事務所にゆーくん一人だけだったということは、まあそういうことなのだろう。
つまりは、自分が今更何を言っても変わらないということ。
そんな不器用な優しさは美点だが、同時に厄介な点でもあると一つ諦めたような顔で嘆息をつく。
「…じゃあ邪魔しちゃあれだし私は帰るね。」
「ん、そっちもお疲れ。そら。」
「無事に帰ったら連絡してね?してくれなきゃ不安で夜も眠れなくなっちゃうから。」
「…分かったよ。」
要はそらが寝る時間にはちゃんと帰るようにという言葉にしないお願い。ここで止めても無駄だと分かっているからこその妥協案。
悠馬は一瞬驚き、やがてそらと同じように諦めたような顔で言葉を返す。
そらもそらで一本芯が通った性格だ。
そらは本気で連絡がなかったら寝るつもりはないし、悠馬も本気でそらに嘘をつくことはできない。ついたとしてもすぐバレると過去の経験則が言っている。
お互いがお互いの性格をよく理解してるからこそ、このお願いは非常に強い効力を発揮する。
「それじゃあ、頑張れ!」
「…うん。ありがと。」
夜空の星に敗けない輝きを放つそらの笑顔を見て、悠馬も自然と笑顔を浮かべていた。
「ぬあぁ、終わった…!」
伸びをすると同時にゴキゴキと体中から快音が鳴る。
あまりにも凝り固まった自分の体に苦笑しながら帰路につく。
時刻は二十二時過ぎ。
外はすっかり暗くなり、喧騒もさすがにこの時間になれば穏やかなものだ。
そらと、あとはえーちゃんに春先さんにも一段落着いたと連絡を入れそれぞれの返事に対応していると、突如としてグウゥッと音が鳴る。
周りが静かなだけにその音はよく響き、その正体が即座に分かったからこそ周囲に人がいないのを確認して気恥ずかし気に息を吐く。
「まあ、朝から何も食べてなかったしなあ…。」
正体は空腹の音、腹の虫が鳴くというやつだ。
昨日から寝ずの作業、その間に取った食事と言えばコンビニで買った惣菜パンくらいなもの。今更考えれば当然の帰結であり、仕事に忙殺されてここまで空腹を感じる暇もなかったといったところか。
「…何でもいいから口に入れるか。」
さすがに今から家で自炊するには体力も気力もまったくもって足りてない。なんなら今横になったら電池が切れたように五秒で寝れる自信がある。
それほどまでの極度の疲労状態。頭の中は自動的に外食という思考で埋め尽くされ、そんなときに鼻を通ったどこか懐かしい匂いに惹かれてしまったのは、ある種仕方ないことだったかもしれない。
辿り着いた小さな木造建築。
「おにぎりや」という小さな看板と中から漏れる光を見てまだ営業中と判断して控えめに引き戸を動かす。カラカラと特有の音が鼓膜を叩き、それがなおさら昔を思い出すような懐かしさを感じさせた。
中に入ってみればそこには畳に
そしてその奥に一人の人影、その人影は僕に気付くと作業の手を止めてこちらを振り向く。
そうすることでようやく見れた顔にお互いが驚く。動き出しは、向こうの方が早かった。
「あれ?悠馬くんじゃん。いらっしゃーい!」
「へ…猫又、さん…?」
ホロライブゲーマーズ、猫の獣人の
「さっきまで仕事だったの?それはお疲れさまだ~。」
「あはは…ありがとうございます。」
引き返す暇もなく猫又さんに手首を掴まれて店の中へ。流れる動作で卓袱台に座らせられるといつの間に持ってきていたのかおしぼり片手に猫又さんが向かいに腰かける。
頬杖をつきながらこちらを見つめる彼女の表情は優しくて、そしてどこかいたずらめいたナニカを感じさせた。
「それにしてもウチだと気付かず入っちゃうなんて、相当疲れてたんだね~。なんだか意外。」
「そう…でしょうか?」
「うん。普段事務所じゃ全然隙を見せないって、弱みを握ろうとしてたシオンちゃんとかぺこらちゃんが嘆いてたよ?」
「………。」
聞かなかったことにするべきだろうか。
固まった僕を見て何かがおかしかったのか猫又さんはけらけらと笑い、思い出したかのように席を立つと店の奥へ。すぐに戻ってきたかと思うと今度は木の板に書かれたお品書きを持って座り込む。
「はい、お品書き。何か食べに来たんでしょ?」
「…あ、えっと……。」
「ん?どうかした?」
「その…なんで隣に座ってるんでしょうか…?」
口どもった理由は明白で、さっきは向かい側に座っていたはずの猫又さんが今現在は隣に座りこんでいるからである。
体は近いし顔も近い。少し体をずらせば触れ合いそうな距離。アイドルたる魅力と、それを実現させるための彼女の努力を知っている身としては否応なしに心臓が高鳴ってしまう。
あやめさんの時のように眠ってるわけではない。起きて、こちらの心情を分かった上でやっている。
「ダメだった?」
それ故に質が悪い。
体をさらに半歩寄せて、肩と肩が軽く触れあう。こちらが一歩後ずされば、彼女もまた一歩詰めてくる。
身長差の関係か下から覗きこむように、結果的に上目遣いでこちらを見つめてくる彼女はまさにイタズラ猫そのものだろう。
「ね、猫又さんのおすすめで!二つくらいお願いします!」
「っふふ、はーい。ちょっと待っててね。」
メニューというべきかは定かではないが猫又さんから顔を逸らしてどうにか注文を伝えると、猫又さんは思いの外あっさりと体を離して店の奥に引っ込んでいった。
失礼かもしれないがようやく訪れた平穏に一つ溜息に近い声を漏らす。
店の奥から聞こえるカチャカチャとした小さな環境音。
お皿を出しているところだろうか。姿が見えない分聞こえてくる音が想像を掻き立ててくる。
先程から一転。静かで、温かくて、そしてどこか懐かしい。
言うなれば祖母の家に帰郷したときのような、そんな安心感を思い出す。
ふと、極度の疲労で脳と体は休息を求め、その影響か徐々に瞼が鉛を背負ったかのように重く降りてくる。
(──いや、さすがに寝るのは…マズ……。)
どうにかして頭を振るなりおしぼりを目に当てるなり意識を繋ごうと努力するが、魔法にでもかけられたかのように意識は混迷していく。
元より体力の限界などとうに過ぎていたのか、奥からかすかに聞こえてきた猫又さんの声を最後に意識は途切れていった。
「悠馬くんおまたせーって、あれ?」
「……すぅ………。」
奥に引っ込んでから五分くらい、個人的にお気に入りのネギトロと塩のおにぎりを作って戻ると、待ってくれていた悠馬くんが卓袱台に突っ伏して眠っていた。
沸き立つ好奇心に身を任せて、持ってきたおにぎりのお皿を卓袱台に音を出さないように慎重に乗せると悠馬くんを覗き見る。
「こうして見ると、なんだか子どもみたい。」
それくらい、普段とは違う幼さを感じさせる顔つきだった。
いつもは冷静で、穏やかで、慌てることなくスタッフにもアイドルにも平等に接していて。いかにも大人って感じで、できる人って感じに思っていた。
といってもボクが思っていたのはそれくらい。
そらちゃんみたいに幼馴染でもなければあやめちゃんみたいに過去に助けられたわけでもない。まあ助けられてるって言ったらきっとみんなが助けられているんだろうけど、自分にとっての特別、というまでの感情は特段持ち合わせていなかった。
あんまりにも欲しいリアクションをしてくれるものだから途中で笑っちゃった。
要はいい意味でも悪い意味でもお堅くて優しくていい人、それがボクから見た彼の印象。
でも、今ボクの目の前で暢気に眠っている彼はとてもそんなふうには見えない。
余程深い眠りなのであろう彼はピクリとも動く様子はなく、卓袱台に突っ伏した状態から覗く寝顔はまるで桃源郷にいるかのように安心しきった安らかな表情。
どこか距離を感じた普段の顔とは似ても似つかない、自身を晒すような無防備な顔。
きっと今の顔こそが、彼本来の気質なのだろうなと思った。
穏やかで冷静、だけど子どもみたいに暢気に笑う。
子どものまま大人の精神を手に入れたかのような、そんな少しだけ歪な人。
「ねえ、知ってる?猫って気まぐれなんだよ。」
改めて畳に腰を下ろすと隣でぐっすり眠っている悠馬くんを支えながら起こさないように動かす。そのまま頭をゆっくりボクの膝元に乗せる。
要するに膝枕である。
太ももに感じる適度な重さに一つ笑みをこぼして彼の…悠馬くんの艶やかな黒髪を撫でる。
流した指に引っかかることなく通り抜けるサラサラの髪にややハネッ毛の質があるボクとしては嫉妬してしまうが、そんなものは内で暴れる感情の前には些事でしかなかった。
ギャップ萌え、ってやつかな?
悠馬くんのことを知りたい。触れてみたい。
それが今だけのものなのか、あるいは新しい感情の発露なのか、それは今のボクにはわからないけど。
でも、少なくとも今は、今だけは、こうしたいって思っているのは紛れもない事実だから。
頭を撫でていた手を止めて悠馬を見る。
変わらずその表情は穏やかで暢気で、自然とこちらの口角が上がってしまう。
今からやろうとしていることに僅かばかり恥ずかしさを感じるけれど、ここでしなかったらきっとこの想いはここで止まってしまうだろうから。
顔を落とす。いや、近づける。
ここまで来たら勢いだと己に言い聞かせるとそのまま悠馬の顔にボクの顔を近づけて。
そして、ほんの軽く、彼の頬にボクの唇を触れさせた。
「~~~~~!あー恥ずかしい!」
瞬間、顔が真っ赤になったのを自覚しつつ顔を即座に離す。
周りに誰もいないからこそ、当事者の悠馬すらも眠っているからこそできたこと。自分だけの絶対の秘密。
ホロメンにした時とは段違いの恥ずかしさ、感情の濁流、高鳴る心臓の鼓動。それによって熱くなった体を手で扇いで少しずつ冷ましていく。
徐々に冷静になっていく心。
大きく息を吐いて気持ちを落ち着けて、それでもなお今の行動に一切の後悔はなかった。
「…今は、頬だけだけど。今度は、
「………んん…。」
「あ、起きた?」
「……………え!?」
美味しそうな匂いにつられて目を覚ましたら、猫又さんが目の前にいた。
即座に飛び跳ねて周囲を見渡す。明らかに自分の家ではないし、昨日の記憶は鮮明。あの後に何をやったかなどあまりにも明白だった。
状況を理解した瞬間、顔が青くなる。
「も、申し訳ありません!」
「あはは、気にしなくていいよ~。ボクは気にしてないしおばあちゃんにも許可は取ったし。」
「いえ、ですけど…!」
僕が食い下がっていると猫又さんは「ん~。」と何やら思案顔。
数秒後、名案でも思い付いたかのようにポンッと手を叩いてしたり顔を浮かべる。
「じゃあこれからはボクのことは名前で呼んで?」
「え…?」
「そしたら許してあげるよ。」
猫又さんから出された交換条件。
もちろんそれだけで許されるのであれば願ったり叶ったりではあるのだが、個人的には条件が釣り合っていないように思えて思わず口ごもる。
それを見て不服だと思われたのか、猫又さんはいかにもな不満顔で続ける。
「言ってくれないならみんなに『悠馬くんに無理矢理(寝泊り)されたー。』って言いふらしちゃおっかな~。」
なんという脅しだろうか。
そんなことされたら死ねる自信がある。肉体的にも社会的にも。
一瞬の葛藤。答えなど最初から決まってはいるが、寝起きで心の準備というのが整っていない。
気持ちを落ち着けるように一つ深呼吸。
ゆっくり目を開いて彼女のアメジストの瞳をまっすぐ見据える。
「…えっと。おかゆ…さん。」
「っ…おお~、うん、悪くないね~。」
おかゆさんがわずかに恥ずかしそうに頬をかく。
ひとまず不快感はないようで一安心したが、ふと視界に映ったものに自然と声が出た。
「おかゆさん、このおにぎりは…?」
「あー、結局悠馬くん昨日は食べそこなっちゃったでしょ?おにぎりは出来立てが一番美味しいからね。よかったら食べてよ!」
ズズイっと笑顔で差し出され、その勢いに押されておにぎりが乗ったお皿を受け取る。
映ったのは二つのおにぎり。
どちらも綺麗な形の三角形で海苔が巻かれており、その仕事ぶりがよく分かる。
本当に出来立てなのか僅かに湯気も出ていて昨日から何も食べてない身としては否応なしに食欲がそそられる。
「そ、それじゃあ、いただきます。」
「はーい、めしあがれ~。」
見た目では具の違いは分からなかったので適当に右手側のおにぎりを持つと思い切ってかぶりついた。
「どう?美味しい?」
「…はい。とっても。」
その言葉に偽りはなかった。
取ったのは塩のおにぎりだったようで、口に含んだ瞬間に塩のしょっぱさと米を噛んだ時の甘さが絶妙にマッチしている掛け値なしの美味しさ。
米の炊き具合から塩の量、そしてむすび方までこだわってるんだよ~とおかゆさんが弁舌を振るっている間にも一個目を食べ終え、気付けば二個目を手に取っていた。
口に含んでみれば中身はネギトロ。こちらも今更言葉を尽くす必要はないだろう。
ドンドンと食べ進めていき、二つ合わせてものの五分ほどで皿の上のおにぎりを食べ終わっていた。
「ごちそうさま、でした。」
「はい、お粗末さま~。」
おかゆさんを見れば満面の笑み。
さっきの発言からこれはおかゆさんが作ってくれたものなのだろう。改めての感謝を込めて大きく頭を下げる。
「おかゆさん、色々とありがとうございました。」
「…うん、どういたしまして。まあボクも個人的に楽しかったし気にしないでよ。」
おかゆさんからして楽しかったことなどあっただろうかと若干の疑問はあるが、そういったものの受け取り方は十人十色、その人次第だ。であればそれに対してこちらが何か言うことでもないだろうと自分を納得させていると、おかゆさんが目の前まで近づいてきていた。
「…?あの……。」
「んー、ちょっと屈んでくれる?」
何の気なしに目の前に立つおかゆさんがそう懇願する。彼女のおねだりに特に疑問を抱くことなくとりあえず彼女の言うとおりにする。
顔が近づき端正な顔立ちがよく映る。
相変わらず綺麗な瞳だなーなんて暢気に考えているとふとおでこにコツンと何かが当たる感覚。
「……っへ!?」
「…うん、よし。」
気づけばおかゆさんの顔がドアップで映し出されていた。おでこに当たったのは彼女のおでこなのだろう、二人の間で漆黒と紫の髪がサラサラと絡まり合う。
当の本人は僕の頭を掴みながら目を閉じて不動。やがて満足したかのように顔を離すとかすかに赤くなった顔でペロッと舌を見せる。
妖しくも美しい、見るものを魅了するかのような、そんな表情。
「じゃあボクはもう事務所に行くよ。悠馬くんもちゃんと家で準備してから来なよ〜。」
「へ!?あの…!」
僕が何かを言う前におかゆさんは引き戸を開け放ってスキップをしながら駆けだす。
突然の状況に動けなかった僕はそのまま彼女を見送り、そして一人になったおにぎり屋で小さく呟く。
「何だったんだ。今の…。」
そんな声は誰にも届くことはなく、茫然としたまま彼女の去った方向を見ることしかできなかった。
三期生だと思った?ゲーマーズでしたー。
ちなみに頬にキスとおでこを合わせるのはどちらも「親愛」を意味する行いだそうです。
それを踏まえて見ると「あーね」って部分があったりなかったり…。