アラサーおっさんが剣と魔法の異世界を精神コマンドで攻略する(お試し短編版) 作:サクラ井ムツキ
「おはようございます、お水とタオルをお持ちしましたので朝食まで身支度をどうぞ」
ステータスウインドウからセットしたアラームが流れ出し、外からは6の鐘が6回鳴って目が覚めたらメイドさんが客室に入ってきてテーブルに桶とタオルに剃刀を置いてバケツに入っていた水を桶に入れて立ち去っ
ていく。俺は顔を洗うと一度タオルで拭いてからアイテムボックスからシェービングジェルとT字型の剃刀を出してヒゲを剃る。メイドが用意した床屋が使うようなナイフ型の剃刀は上手く使える気がしないので生前
の俺の部屋にあった髭剃り道具一式を出したが鏡がなかった。
「そういえばステータスウインドウに鏡面モードがあったな」
アパートの玄関口や洗面所に備え付けの鏡はあったがスマホのカメラで代用したりもしていたので生前の資産に鏡はなかった。ステータスウインドウで新規タブを造って二つに分割し、新規ウインドウの歯車型アイコ
ンをタップしてウインドウの透過率や色の設定項目で"鏡面モード(前面)のチェックボックスにチェックを入れると新規ウインドウが鏡になった。ちなみに裏側を見ると半透明のままでマジックミラーみたいだ。ウ
インドウごとに設定は個別に保存出来るみたいなので新規タブは鏡という名前で保存して俺はウインドウを鏡代わりにして髭を剃って食堂に向かった。
「おはようございますバンタ様、朝食はもうすぐですのでお茶でもどうぞ」
食堂に行くと既にブライアン一家が席について紅茶を飲んでいたのでリーザに勧められて夕食と同じようにリーザの横に座る。メイドさんがワゴンの上で紅茶を入れてくれるが惜しげもなくドバドバと蜂蜜を入れて
くれる、この世界に砂糖はないのだろうか?
「今日は冒険者ギルドの登録と宿屋をお決めになられるとの事ですが本当によろしいのですか? バンタ様ならいつまでも我が家にいて頂いても構わないのですよ」
「ハハハ、昨日も言いましたが流石にいつまでもご厄介になるわけにはいきませんよ、それに私のスキルが冒険者としてどこまで通じるのか試してみたいですしね」
向かいの席のブライアンが名残惜しそうに俺をやんわりと引き止める、彼と物価と貨幣の価値の話を夕食時にしていたら俺が簡単な計算と読み書きなら出来ると解ってからは自分の商会の従業員にならないかとも言
ってくれた。ただ、俺のスキルを見た上で言うと大金を稼ぐなら冒険者だろうし、町中で安全に暮らすなら従業員をやらないかという話だったので無理にとは勧めては来なかった。俺のスキルの可能性を測りかねてい
るのだろう。
「出来れば商会長である義父に会って頂きたかったのですが当分戻りそうにないのが残念です」
ブライアンが心底残念そうな顔をしていると食事が運ばれてきた、丸くてフランスパンぐらいの硬さの白いパン、焦げ目がついてるほど黄身にしっかり火が通った目玉焼きとソーセージ、井戸で冷やしたというトマ
トのサラダと地球と変わらない旨さだった。目玉焼きは塩だけで胡椒がないので一般的に出回ってる調味料を聞いてみたら基本は塩とお酢にレモン等の柑橘類に野生のハーブ、胡椒や唐辛子などの香辛料は遠方から輸
入していて似たような近縁種は野生にあっても風味も収穫量も輸入品に比べて劣るらしい。砂糖も作ってはいるが貴族向けで裕福な平民なら蜂蜜を使うぐらいで普通の平民の甘味は果物になるとの事。
アイテムボックスには瓶に入れた使いかけと予備の袋の砂糖が2キロ近く、胡椒は粉の卓上瓶と予備の袋で数百グラム、ホールがペッパーミルの瓶の中で半分刻まれた分と袋の中でホールのままのが十数グラムはあ
るがソコソコの金にはなっても自分で使う方がいいか……増やせればいいがホールままの胡椒って乾燥して死んでるよな?流石に修理コマンドで直せないだろうし、この世界に蘇生魔法ってあるのだろうか?いやまて
俺には精神コマンド"復活"がある、復活の能力は撃破された味方ユニットをその名の通り復活させる事だ。しかも復活したユニットはHP、EN、弾数、SPが全て満タンになって蘇るので復活持ちが二人いればいくらやら
れても無限に味方を蘇生できる強力な精神コマンドだ。強力すぎて登場する作品は限られてしまうけどな。
そんな風に後でホールの胡椒を復活させてみようと思いながら俺は食事を食べ進めた、そうだ応援を使えばよく育つかもしれないなあ。
「遅くなりましたがコチラがお礼の金貨200枚分の謝礼金となります。使いやすいようにして欲しいとの事で一部崩しておきました」
ブライアンがバトラスさんがワゴンで運んできた金貨を枚数が間違いないように見せてくれる。迷宮金貨で9枚、普通の金貨で9枚と以下同じように迷宮銀貨、銀貨、迷宮銅貨が9枚、最後に硬貨として最も価値が低
い普通の銅貨が10枚と金貨200枚分が崩されていた。迷宮硬貨は価値が変動する場合があるが、迷宮銅貨なら普通の銅貨の10倍、同じように銀同士、金同士が普通の硬貨の10倍の価値が最低でもあるらしい。
「改めて私と娘の命を救ってくださり本当にありがとうございました、どうぞ遠慮なく受け取り下さい」
バトラスが中に仕切り布がある巾着袋に硬貨を入れてブライアンが受け取って俺の前に差し出してくる。
「コチラこそとても丁寧なもてなしを受けてお世話になりました」
巾着袋を受け取ると上着の内ポケットにしまい込んでスリに盗られないようにうにチャックをキッチリ締めた。
「宿と冒険者ギルドはバトラスが案内します、それと是非オブライアン商会にもお立ち寄りください。冒険者生活の役に立つアイテムを取り揃えていますので」
巾着袋を渡し終えたブライアンが話すとバトラスが恭しくお辞儀をする。こういうイケオジに成りたいと思わせる品の良い動きだ。
「案内なら私もご一緒したいですわお父様、行商が終わったから今日はお休みで良いでしょう?」
バトラスのお辞儀が終わると紅茶を飲んでいたリーザがブライアンのそばに駆け寄って腕をつかみ、上目遣いに父親にお願いをしている。
ブライアンも可愛い可愛い娘のお願いに思わず顔がほころんでいた。
「コ、コラコラ。確かに行商が終わった翌日は休みだがバンタ様に迷惑がかかるだろう」
セリフこそ否定はしても、緩んだ顔は断り切れないのが見て取れた。ここは助け船を出しておこう。
「ははは、僕のほうは構いませんよ、何かおすすめの場所があったら教えてください」
父親におねだりした後はコッチにも縋るような表情でリーザが訴えてきたので思わず了承する。小柄で少女だと思っていたがリーザーはもう18歳で花嫁修業をしながらブライアン商会の手伝いをしているとの事だっ
た。了承の返事を聞いて笑顔で喜ぶリーザは間違いなく美少女だが35過ぎのおじさんと一緒に街中を行くのが何が楽しいのだろうか?
「ここが冒険者ギルドです。コチラの入り口は依頼をする場合や素材などの商談向けですので冒険者として登録された後はアチラの大きな入り口を使うのがいいでしょう」
石材で出来た冒険者ギルドの前に来るとバトラスが早速説明をしてくれるが建物の中心に大きな入り口があり、左側に小さなが入り口がついていた、早速入ってみると逆L字型のカウンターの短いほうが目の前にあ
って受付嬢が一人いた。逆L字の長いほうが奥へ続いてソチラには受付嬢が何人も居て冒険者の相手をしている。
「おお、バトラス!バトラスじゃないか。久しぶりだがどうしたんだ?」
受付嬢に近づこうとしたらカウンターの角に立っていた右目にアイパッチをした剣士風の男性が大きな声をかけてきた。バトラスと同じぐらいの年に見えるが冒険者なのか剣を腰に掲げていて、
バトラスとは別方向のワイルドなイケオジがコチラに近づいて来る。
「グルスか?お前こそ右目のケガが原因で冒険者は引退したと聞いたが、どうやら警備の仕事をやっているようだな?……おっと失礼しましたバンタ様、コイツはグルスと言いまして私が冒険者だった時の仲間です」
どうやらグルスは引退した冒険者だが冒険者ギルドの警備という仕事をしているようだ。というかバトラスが冒険者だったのが驚きだ。
「すまないがグルス、今日はコチラのバンタ様の冒険者登録の案内で来たんだ、お前とはまた今度じっくり話そう」
バトラスが少し名残惜しそうな顔をしながら話を終わらすとグルスもカウンターの角に戻っていった。一瞬グルスに頭のてっぺんからつま先まで観察されたみたいだが、グルスはカウンター角に戻るとコチラに視線
を向けて何やらヒソヒソ話をする他の冒険者の方に睨みを利かせていた。
「おやリーザさんバトラスさん、お二人がここにいらっしゃるとか大事な御用ですか?」
近づくと座って書類仕事をしていた受付嬢が立ち上がってコチラに語りかけてくる。嬢といってもリーザよりもっと大人で20代半ばぐらいに見える。
髪を編み込んでまとめ上げ眼鏡をかけていて仕事が出来る感じだ。背丈も体つきもリーザより大きく、包容力のある笑顔が素敵な女性だった。
「ミレイア様今日はこのバンタ=コマガタ様の冒険者登録の付き添いできました。バンタ様は強力なスキルでゴブリンの群れに襲われていた旦那様とお嬢様を助けた将来有望な方です。詳しくはコチラに」
バルトスが手紙を取り出して渡すとミレイアは早速読み始めていた。それにしてもミレイア「様」かあ、タダの受付嬢じゃないのかな?そう考えているとバトラスがミレイアがこの冒険者ギルドのサブマスターだと
教えてくれた。サブマスターは家督を継いでいない領主の子供が受け持つと聞いていたのでミレイアは貴族って事なんだろう。そりゃグルスが傍で護衛してるわけだ。
「お話はわかりました、ブライアン商会がコマガタさんの実力を保証するからそれに見合った冒険者ランクで登録して欲しいとの事ですね。この手紙の通りなら複数のゴブリンを一瞬で倒す魔法にアイテムボックス、
馬と馬車を同時に直して速度を上げる風の魔法と、本当なら我々冒険者ギルドも高待遇で迎えたい所ですが俄には信じられません」
ミレイアは手紙が読めるようにコチラに向けながら指先で俺のスキルについての部分を指差したり信じられないと言いながら首を横に振ったりと否定するようなオーバーアクションだが、表情や目つきはご馳走が目
の前に出された猫のような笑顔が隠せていない。
「バンタ様のスキルは本物です、助けられたこの私も保証します」
ミレイアの大げさな否定にリーザが少しムキになって抗議をするがミレイアは至って冷静に返答する。
「リーザさん私も信じていないわけではありませんが、初めて扱う商品なら試してみるのが商人では?私はそう思います、そこでコマガタさん良ければ今日はこのギルドの訓練場でテストできるスキルを見せていただ
き、後日にスキルに見合った討伐系の依頼に挑戦していただきたいと思います。討伐にはギルドの者が同行しますので」完全に討伐できなくとも活躍次第でそれに見合ったランクで登録させて頂きます。それでどうで
しょう」
「わかりました、早速お願いします」
有無を言わさないような話の持って行き方だがこれが仕事のできる女というものだろうか?しかし断る理由もないので俺もお願いすることにした。
「では訓練場の方に行きましょう。あ、グルスさんも着いてきてください」
ミレイアがカウンターから出てギルドの真ん中の通路から訓練場のドアに向かい俺達もそれに続く、この通路は通らなかった建物中心の大きな入口の直線上にあり、反対側が訓練場の入口だった。ついでに言えば入
って左手側が受付嬢がいるカウンター、右手側が酒場と小さな道具と武器防具の売り場になっている。
「あの訓練用の人形で雷のスキルを見せてくれませんか?」
ミレイアが指さした訓練場の端には木材で出来たカカシのようなものが横一列に並んでいた。奥の方にカカシは皮や金属の鎧や兜がくくりつけられている。
「一体だけでいいですか?それとも全部まとめてで?」
俺がカカシを攻撃するつもりで意識すると"敵部隊一覧表"のウインドウが浮かび上がって10体のカカシが表示される。チェックボックスがそれぞれに表示されていて、チェックを外すと"激怒"の対象外になり、さら
に消費SPが下がるのが本能で理解できる。
「そうですね、それなら人形のお腹に番号が書いてあるのが見えますか?私が指定した番号を言ったらすぐにその番号の人形を攻撃してください、そして可能ならすぐに全ての人形を攻撃して下さい。どれだけ早く連
続で攻撃ができるか見たいので」
"激怒"の消費SPは70だが1体だけ指定した時は消費は7だった。今のMSPは110なので個別攻撃と全体攻撃の一回づつなら問題ない。俺はミレイアに大丈夫ですよと言いながら頷いて見せる。
「では早速、3番をお願いします」
3番は金属鎧と皮鎧カカシの隣にある、何の装備もない裸のカカシだ。3番のカカシに意識を集中させると指や視線を使わずともチェックボックスにチェックが入って攻撃目標が決定したことが感じる。
「激怒!激怒!!」
攻撃の意志を乗せて激怒と叫ぶとまずは3番目のカカシに雷が命中し、間髪いれずに全てのカカシに雷が落ちる。3番は完全に破壊出来たが何体かは完全には破壊できずに表面が焼け焦げただけなど威力に差が出てい
た。もう少し"激怒"の回数を増やせるようにMSPを上げたほうがいいのかもしれない。
「少し威力にバラつきがあるようですが、これなら複数のゴブリンを一瞬で倒せるという話も納得です。では次に回復スキルで今壊れた人形を直してもらえますか?」
激怒の威力を見たミレイアは笑顔になって瞳が輝いていた。バトラスはポーカーフェイスで表情が変わらないがリーザは胸を張って誇らしげな様子だ。グルスに至っては信じられないようなモノを見たような表情の
あとで左目と同時にアイパッチの上から見えない右目を手で擦っている。
「人形もいいですが、もし良ければグルスさんの右目は治すというのはどうでしょう?」
「お、俺の右目だって?治せるものなら治してもいいが、コイツの中身は大昔にモンスターにくり抜かれちまって部位欠損を直せる高レベルポーションやAランク聖職者じゃないと難しいぜ」
自分のアイパッチを指さして喋るグルスの姿は自分が指名されてビックリしてるようだ。
「治していいなら試しましょう"修理"」
グルスの左手を握ってスキル発動させるとアイパッチの下が蠢いて何かが盛り上がるような動きを見せる。
「お?おおおおお!俺の右目が治った!イヤ右目だけじゃねえ体中の古傷も消えてやがる!!」
グルスがアイパッチを取るとぽっかり空いた眼窩ではなく右目の眼球が普通に存在していた。そのまま自分の首元や袖口を手で広げながら体中の古傷を探すが見つからないみたいだ。
「うわっはっはっは!!バンタっていったか?とんでもないスキルで俺の古傷を治してくれてありがとうな!高すぎて治療費は払えねえが俺にできることは何でもするぜ。」
グルスは肩を回したりヒザを大きく上げたりしながらそう言ってきた、どうやら関節の痛みまで治してしまったようだ。確かに古傷だけでなく全身の不調まで治してたら高額の治療費になるだろう。
「あ、カカシの方も直しておきますね」
上機嫌すぎるグルスから逃げるように壊れたカカシに近づいて修理スキルを発動させるとカカシが淡い光りに包まれながら完全に修理される、心なしか俺が壊す前より綺麗に見える。修理スキルの効果はこれでわか
っただろうとミレイアを見るとまるで睨みつけるような真剣な表情で俺を見ていてちょっと怖い。
「バンタさん、貴方のスキルを見込んで治してほしい人がいます。もし治していただけるなら私の権限で本来はFランクスタートの所Cランクを約束しまし、十分な謝礼もします」
ミレイアの表情は真剣そのもので怒っているようにも泣いているようにも見えて、その目は俺を見つめていた。一体誰を治すというのだろう?
「ミレイアさん、一体どなたを治すのですか?」
「ここにいる人達はご存知だとは思いますが、今現在病に伏せているこの旧王都の領主、私の父であるスタートス公爵です」
公爵、国によって職位というものの詳細は変わっていくがそれでも翻訳スキルが伝えてくる言葉のイメージでは公爵は王族の一員なのだろう。という事はミレイアはお姫様?冒険者になる前からとんでもない大仕事
が舞い込んできてしまった。