しょうきんかせぎの ボンズマンが しょうぶを しかけてきた! 作:モンスターポケット
腰から下げたモンスターボールが突然揺れ動き、中に収まっていたアブソルが勝手に地面に降り立つ。そのアブソルは彼の『親友』のことを不安そうに見上げ、道の向こうにいる「何か」から引き止めるように服の裾を口で咥え鳴き声を一つあげた。
それを受けて男、テンガロンハットを被った男が安心させるような口調で言う。
「(不安)」
「おぉ、おぉ、どうしたアブソル。ここら辺は砂嵐が吹いてるぞ。今ゴーグルを出してやろう、おー、ちょっと待ってろ」
おっとっとボールが落ちちゃう、などと棒読みで言いながら男は自身のポーチを弄り、ゴーグルを非効率に探して回る。その様子を見たアブソルは心配そうな顔をやめて鼻を鳴らした後、地面に転がり、体を砂まみれにした。そして立ち上がり、その人に近い顔を振って砂を落とし、鼻が痒そうな顔をしながら視線を前へ向けた。男は手でポーチをかき回し中身を地面に溢れさせながら目線だけを同じ方に向けると、荒野の真ん中に小さな車を背に項垂れた老人が車を背に立っているのが微かに見えた。
腰を深く曲げ、砂よけなのかこの暑い日差しの中大きなマントで体を隠し、道の横で所在なさげにしていた老人は、この砂嵐のなかで地面タイプ以外のポケモンを連れ歩く、頼りなさげで注意散漫そうな、長々とポーチを覗く男を認めると人の良さそうな表情を作ろうとして、その表情を真顔に戻した。
「何だいアンタ」
「『何だ』て、な、何がですか」
「何がじゃねぇよ」
老人は、慌てた様子の男に荒い口調で返答を返し、後ろ手に車をコツコツと叩く。すると中からクロバットが『のそっ』と現れ、彼の主人の近くに侍り警戒体制をとった。その様子にあちゃあ、という顔をアブソルが大袈裟な身振りと共に親友に見せつける。男は帽子のつばに手を当ててバツの悪そうな顔で老人に問いかけた。
「あー、後学のために聞いておきたいんだが、俺ってそんなに『分かりやすい』か?」
「お前、ジュンサーの一族か? いやそれにしては顔が随分……」
「いいや全然、俺は『ボンズマン』って名乗ってるそこらの石だと思ってくれていい。……それで、ご老人。申し訳ないんだが本当に聞きたいんだ、俺の演技ってそんなに下手だったか?」
「演技? どれのこと言ってる? 砂漠の真ん中でその、明らかに地面ポケモンじゃないポケモンが全然消耗した様子じゃないことか? それともこんな逃げ場のない荒野のど真ん中でトボトボ歩いてるくせに
間抜けの演技ってことなら、まあお上手だがと馬鹿にするようなジェスチャーをした老人がゴルバットに何かボソボソと命じると、ゴルバットは酒が入っているだろうスキットルを車の中からとって来た。それを奪い取るようにした老人が中身をぐびぐびと飲みほす。
ボンズマンは、老人の言うことを聞いた後、ボケた顔でアブソルに『だからお前スナまみれになったのかよ』などとのたまったためアブソルに呆れられていた。スキットルの最後の数滴を喉に収めた老人が男に質問をする。
「で? 何のようだ? ジュンサーでもなきゃあ俺に用事なんかねえだろう」
「アンタは? 俺にあるんじゃないか?」
「ねえよ、同業者にはな」
さっさと通れ、と顎をしゃくる老人に対してボンズマンは、
(案外慎重な奴だ)
と相手の危険度を一段階高く見積り直した。こちらの素人丸出しの演技を見た上でこちらをカモネギと決めつけない。あくまで直感を信じて悪党であると見做す嗅覚ははさすが長年ここら辺を根城にしているだけはあると言ったところだろう。人にもポケモンにも言えることだが、悪タイプはどんなザコでも大概は何か他人を出し抜ける一芸を持っているものだ。が、こっちの目的までは見抜けないらしい。ボンズマンは話を返した。
「アンタ、ここら辺を根城にして長期間帰らないタイプの強盗だろ?」
「それがどうした」
「たまには人間の街へ帰れ。実はな、お前みたいな悪党をポリ公に突き出すとな、驚いたことにお駄賃がもらえるようになった!」
「はあ?」
その反応に嘘がないと判断したボンズマンは内心ほくそ笑む。
「アンタの見立ては正しいよ、俺は小悪党だし、ジュンサーでもない。でも、アンタに用があるのは俺で、俺はアンタをジュンサーみたいに捕まえにきたのさ」
「チッ……、いくらだ?」
「100万、俺たち7『匹』が一ヶ月食っていける大悪党がアンタって訳でね」
「100万!?」
老人がそれを聞いてびっくりした後、ぐっと黙り込んでしまった。ボンズマンは顎に手を当てたままその場から動かず、もう片方の手でアブソルの毛に入り込んだ砂を払ってやる。ボンズマンの顔は済ましていたが、手のひらに砂つぶが張り付く様子を見たアブソルは、口に砂が入るのも厭わず自身の牙を舐めた。顔に浮かびかけた驚きを隠すためだ。親友が汗をかいている。焦っているのだ。どうもあのヨボついた老人と、周りのポケモンたちはいよいよそこらのザコじゃないらしい。
「……同額出そう」
「ほ〜ん? そりゃ良い、もらった後お前をふん縛ればその倍貰える」
「そういう訳じゃないだろうに。多分だが、アンタはそういうダーティなことが許可されてないんじゃないか?」
「どうかな」
「じゃなきゃ態々悪党が前から罠もなしに出てくるかよ、視界の外から直接攻撃してやっちまえばいい」
「本物は言うことが違うね」
老人はボンズマンの負け惜しみに掠れるように笑い、空のスキットルを爪で弾いて
「わかったよ、お手上げ。そうだ。俺たち賞金稼ぎは合法的にアンタを捕まえなきゃ賞金は出ない」
「合法的に? ポリみたいにか?」
「そうだよ、人間ってのは同族殺しが御法度だろう? だから方法は一つだけしかない」
『犯罪者を捕まえるのに、犯罪を犯してはいけない』。人間同士、互いに走る緊張感を機敏に捉えアブソルが一歩前に出て、親友を守るように立ちはだかる。ポケモンによる無力化。賞金稼ぎは、その手加減にこそ価値を認められ、報酬が支払われる!
「ポケモンバトルか!?」
「そういう条件なんだよ!」
「子供の遊びじゃねえんだぞ!」
そう言いつつも老人が彼の横で恭しく滞空するクロバットの背中を叩き、前へ送り出す。
「クロバット! 『アクロバット』!」
「アブソル! 『サイコカッター』でアクロバットを妨害しろ!」
ボンズマンの指示を聞くや否や、アブソルがその特徴的な角に心の力を溜めつつ相手のゴルバット合わせて前に出た瞬間、老人の老獪さの滲み出た笑いが弾けた!
「バカが! 誰がシングルバトルだっつったよ! オオタチ!
「何っ!」
老人の腰が急にのび、マントの中でしがみついていたオオタチが顔を外に出す。そのオオタチは暑さにヘトヘトになりながらもその眼前にエネルギーの塊をみるみる集めていき、ボンズマンの方にその長い体を折り曲げた。彼女の眼前に可視できるほどの重厚なエネルギーの収束が生まれ、周りの空気が巻き込まれていく。それに耐える老人の髭が千切れ、虚空の彼方にねじ込まれ消し飛んだ。
「顔まで偽装かよっ」
「俺様のオオタチの『はかいこうせん』はバトル中のトレーナーに限り命中100%だあ!」
その言葉を聞いて、オオタチ『も』あくどく笑ったのがアブソルの目端に捉えられた。
『ルールを守って楽しくバトル』、というお題目のは別に人間の娯楽的な都合に限った話ではない。本来、生態系の一部である野生のポケモンは、本来相手を『ひんし』の一歩先に追いやるために戦闘を行うのだから当然だが、ポケモン同士が出会った時、原則としてそこには殺し殺されの関係のみが結ばれる、それが自然の
しかしその上で、ポケモンはその利益をしばしば逆のものとして受け取る。種の単位で生きてきたポケモンに、個としての栄達を捧げる全く未知の生き物、人間。
人間に従えば強くなる。人間に従えば天敵から身を守れる。いや。それ以上が望める!
『狩られる側だった自分が狩る側になれる』。オオタチの口角が釣り上がり、歪んだ目元に太陽の光が差し込みキラキラと輝く。これから人間を殺そうというのに、オオタチの目いっそ無邪気だ。それを見たアブソルは一種の同情、憐憫を感じ、彼女から目を逸らした。気持ちはわかる、と彼は思うからだ。オタチは特に群れにいなければ眠れなくなるほど繊細な生き物だったはず。
アブソルは自身の角に溜まったサイコエネルギーに複雑な気持ちを上乗せ、はかいこうせんの軌道を逸らそうと試みる。だが、クロバットの奇抜な動きに邪魔をされ打ち出すことができない。
「(焦燥)」
オオタチの口から臨界点に達したエネルギーが放射状に放たれ──
ボンズマンのはるか後方から飛んできた全く同じ白色光とぶつかり合って消えた。
「は……」
オオタチと老人、そしてアブソルに集中していたはずのクロバットまでもが完全に硬直した。彼らは思考を再開させると、すぐに新手を探し回ったが、巻き上がったすなあらしのベールの向こうにポケモンを確認することはできない。その様子を見てボンズマンが溌剌と笑う。
「さっきアウトレンジから攻撃すれば良いってアンタ言ってたよな? お前がそう思うってことは、俺もそう思うって訳だよ」
おんなじ小悪党なんだから、とイタズラっぽくウインクをして見せるボンズマンのことを一同愕然としながら見ている。もちろん、老人の脳裏にはポーチの中身をぐちゃぐちゃに落としながら歩いていたボンズマンの様子が演技であることはとっくに看破していたし、落とした道具についても何かの罠であるとは思っていた。が、『この方法』だけはありえない!老人がおもわずと言った様子で呟く。
「あ、アンタ……バカなのか……?」
「賢い選択だろ? アンタだってさっき自分で言ってたじゃんかよ、こうすりゃ良いって」
「状況が全然違えだろうが! この砂嵐で見えにくい視界の中、トレーナーの指示なしで『はかいこうせん』!? 頭イカれてるぜアンタ!」
それを聞き、アブソルは目を瞑り、首を縦に振った。味方は味方だと思っていたボンズマンが「ええ……?」ショックを受けた。すぐさま首をブンブンと振って彼は気を取り直し、キメ台詞を言った。
「俺は仲間を信じてるのさ」
言った瞬間、ボンズマンの側頭部に光線が当たり、彼の髪の毛とテンガロンハットを半ばから消し飛ばす。クロバットが恐怖のあまり『こんらん』し、迂闊にも飛び上がった瞬間に良い的にされ戦闘不能になる。
「ヒぃ〜!」
真に迫った死の気配に老人は慄いた。遠くから荒野に似つかわしくないラッキーの雄叫びが聞こえ、アブソルはため息をついた。ボンズマンも泣いた。
アブソルは賞金稼ぎになる前の経験から、目の前の老人と会った瞬間に彼とポケモン同士の関係を掴んでいた。
『一歩先の利益』を齎すトレーナーに、ポケモンは一種の敬意を表す。自然界で生きていたポケモンにおける善悪の区別は弱肉強食のそれだ。目の前の老人なんぞ、人間的には褒められた人物ではないだろうが、忠実に従うクロバットとオオタチにとっては自身を強者の側に立たせてくれる素晴らしい主人だろうし、ほとんどのうまく行ってるトレーナーは本人の資質に関わらずそういう関係性をポケモンと結んでいるのが実情だ。ポケモンだってそれを望んでいる。
でもボンズマンは違う。本人は無意識かもしれないが、『一歩手前に踏みとどまる利益のようなもの』をボンズマンは自身の仲間と共有しようともがいている、そこが好ましいとアブソルは考えている。
「くそっ考えなしが!」
「あはは〜後は野となれ山となれって訳で〜」
自分以外に伝わっているかは、まあ、疑問だが。さっきから散発的に飛んでくる太い光線に老人は恐慌状態だ。今のところは自分たちに一発も当たっていないが、あらぬ方向に飛んでいるところが全く制御されていないことをアピールしているようで逆に、凄く、怖い。ボンズマンは半分消し飛んだテンガロンハットを指先で掴もうとするが上手く遂行できず、半開きのポーチから色々などうぐがこぼれ落ちる。恐怖に震えているからだ。それでも彼は言う。
「俺は仲間たちを信じている」
「今!? いま言っている場合じゃなくないか!?」
「俺は、アイツらに『ひんしの一歩手前』で留まることが自分たちに何を齎すのかを教えてやりたい」
「その話今要る!?お前も逃げろ!」
もはや敵味方の区別すら老人はついていないようだ。今にもゲロを吐きそうな顔でボンズマンに忠告をする。だがボンズマンは動かず、彼に言い放つ。
「だから、降参してくれないか?……俺のポケモンが俺の信頼を裏切る前に」
ボンズマンの背に後光がさすのを老人は目撃し、腰を抜かしへたり込んだ。咄嗟にオオタチたちがフォローに入るが、老人はそれに気づく余裕がない。強い光にボンズマンの影が伸び、周囲の砂嵐に大きな化け物のように映る。
その様子を見た老人が地面の砂を水で固くした。
「も、モンスターポケットの怪物!」
「そりゃ迷信でしょ」
老人の世迷言に笑ったボンズマンはアブソルを見る。その顔に陰のない信頼をたたえて。
『一歩先の利益』をもたらす人間にポケモンは忠実に従う。ではその逆は?
『一歩手前の利益』をポケモンに考えさせる人間は何をもたらすことができる?
その答えの一つがこれだ。
「(呆れ)」
アブソルがずっと自己判断で、過剰なまでに溜めていたサイコカッターをボンズマンに向かって打ち出す。そのわざはボンズマンの周りをアラウンドに回り込み、彼の真後ろではかいこうせんに接触。サイコカッターに粉々に破壊したはかいこうせんはしかし、サイコカッターを通り抜け、まるでプリズムに通った光のように軌道がさまざまに歪み、そのうちの一本が老人の目元を掠めた。
「うわあああああああ!」
「愛してるぜアブソル、俺の幸運の女神!」
「(鼻を鳴らす音)」
ボンズマンは余裕の表情でアブソルに顔を向け、ニヤリと笑ったが、その手からは滝のような汗が滴り落ちていた。
ともあれ、目の前の老人は泡を吹いて気絶し目の前が真っ暗になっていて、その周りでオオタチが慌てふためいている。それをアブソルが宥めている様子を横目に見ながら、ボンズマンは消えた髪の毛を悲しみ、ジュンサーさんに笑われない髪型にできないかと必死に頭を巡らせていた。ついでに人間に向けた
「おいおい電波が入るじゃねえか。じゃあ賞金稼ぎを知らねえのはこいつのリサーチ不足だな」
ラジオから流れるざらざらとした笑い声を聞きながら、ボンズは勝ち誇った。ラジオからは最近始まったばかりのポケドラマが流れてきていた。
──今世紀に入り、『ポケモンVS人間』という図式は過去のものとなり、ポケモンと人間が『タッグを組む』という考え方は一般的な概念として浸透しつつある。その理由は二つ。人間の領域が増え、その中で食料を回し始めることが可能になったこと。もう一つは、ポケモンを、人間同士が戦わせ闘争本能を解消する手法が一般に浸透し始めたこと。これにより、ポケモンと人間の争いをコントロールした人々は平和な時代を手に入れたが、新たな時代には新たなトラブルが発生するものだ。
今回のお話はそんな、人間とポケモンの関係性が変化する過渡期にあって、新たなポケモンとの関わり方を模索した一『匹』の人間のお話──。
ボンズマンのラッキーがはかいこうせんを撃ちながらこちらに寄ってくるのを認めたアブソルは車の影に隠れてその場に寝転び、親友の慌てる声をBGMに目を瞑った。
「ラッキー? はかいこうせんはもう良いんだ! ラッキー? ラッキーくん!? おい! コラ!あ、いやラッキーさんこっち向かないで!」
「(欠伸)」
法外トレーナーのポケモン列伝
名前:ボンズマンのアブソル
ニックネーム:なし
どうぐ:きのみ類、もしくはなし
とくせい:せいぎのこころ
せいかく:ずぶとい
説明:ボンズマンが若い頃から一緒にいる馴染みのポケモン。ボンズマンは危機をよく救われることから彼女を『強運』の女神だと思いこんでいるが、そもそも危機に巻き込まれるよう彼女に誘導されていることに気づいていない、とアブソルは思っている。