「……三月さん」
「なに?」
「学級委員として言っておきますけど、部活って最低五人いないと認めてもらえないんですよ」
「うん、そうだね」
「…………あと三人どうするんですか」
埃まみれの空き部屋、旧生徒会室。古ぼけたテーブルとホワイトボードだけがあるその部屋を掃除し終えた私は、三月さんに対して問いかけた。
「一応顧問は決まってるけど」
「顧問じゃなくて部員の話なんですけど……」
三月さんはタブレットにペンを走らせながら片手間に答える。
……こっち見てほしい。
昨日、私が彼女に負けた日。私は彼女に恋をした。外見も、内面も、完全に好きになってしまったのだ。
「まぁ、大丈夫だよ。今日ダメでも、まだ三日はあるんだし」
「もう三日しかないんですよ……。それに、どうやって集めるんですか? このままでは我々は放課後に旧生徒会室を占領してるただの不良です」
「僕はそれでもいいよ? ヒカリがいてくれるし」
「ッ、もう…………」
この人は思わせぶりなことばかり……! こんなの好きにならないわけがない。
「……よし、できた」
「何がですか?」
「ガンプラ部の宣伝ポスター。流石にこういうのないと厳しいだろうから」
そう言って見せてきたのは、可愛いフォントの文字にガンプラの写真やガンダムの絵が描かれたシンプルなイラストだった。
「う、うまいですね……」
「まぁね。これでも画家の娘兼弟子だから、デザイン系には自信あるんだ」
シンプルだけど、本当にクオリティが高い。絵心のない私には到底作れないようなデザインだ。
「あ、これって……」
まじまじと見ていると、あることに気付く。添付されているガンプラの写真……正確にはジオラマの機体が、先日再起不能になったゼフィランサス・ロゼアだったのだ。
「え? ああ、せっかくだし壊れてからでも作品として成り立つようにならないかなって」
「き、昨日の今日で完成させたんですか……?」
「うん。全然クオリティ低いけどね」
いや高いよ……。
スマホで撮ったのか画質は若干荒いけど、半壊したロゼアが月光蝶を広げているシーンでとても綺麗な作りだ。これを見て低クオリティとか手抜きとか言う人は少ないと思う。
「じゃあ、僕はこれから印刷して貼ってくるから。ヒカリはガンプラの修理して待っててよ」
「わ、わかりました」
行ってしまった。
仕方がないのでクロスレイと持ってきたアストレイのジャンクパーツを取り出して修理作業を始める。腕は全部流用として、肩は完全フルスクラッチだからパテとピンバイス、プラ板が必須だ。あと、壊れた玄武と白虎も修理しなければならない。う、やることが多い……。
作業というのは時間を忘れさせるもので、一瞬と感じる合間に何分何時間と経っていく。しばらく作業をしていると、三月さんがピンク髪の女性を連れて戻ってきた。
「ただいま。貼ってくるついでに顧問拾ってきた」
「拾われちゃいました天才美少女ティーチャー水無月カグラちゃんでーす!」
「あ、どうも……」
…………顧問!?
すっごいファンキーな顧問だけど!?
「作業ついでに、今後の方針とか決めようかって」
「それ、ポスター作る前にやるべきなんじゃ……」
「だいじょぶだいじょぶ。ガンプラなんてやること一緒なんだしさー」
「先生は無責任なこと言わないでください」
本当に大丈夫なのかこの人……。
そんなことを思うのも束の間、三月さんは席に着いて鞄からガンプラを取り出した。
「……え、三月さんそれって……」
「ん? ロゼアだけど?」
「いや、ジオラマにしたんじゃないんですか?」
「うん。だからこれは二機目」
「二機目…………?」
なんで壊れてすぐもう一個用意できるの……?
「元々失敗したやつとかあったから、そういうのを修正したり新規で作ったりして今大体こんな感じ」
「はあ……」
というように見せられたのは、ほぼ完成しているバインダーと肩、改造跡が残る脚部、細かに彫られたディテールはパテで消されていて、新たにシンプルなラインが引かれているゼフィランサスだった。頭部の特徴的な突き出たバルカンはカットされていて跡がそのままだから、これからパテで埋めるのだろう。
「随分早いですね、ちゃんと寝てるんですか?」
「寝てるよちゃんと。ゼロからってわけじゃなかったし」
「だとしても早いですよ……」
この人を見ているとセンスや才能というのは実在しているのだと思う。私には彼女のように素早く改修するなんて不可能だ。だから、彼女の技術には感服している。
しばらく無言の時間が続くけど、気まずさはあんまり感じない。この人の隣にいるだけで胸がほっとするからだ。
けど、作業している私たちを無言で見ているこの顧問の視線は邪魔だ。
「あ、お気になさらず」
じゃあ気にならないようにしてくださいよ…………。
スクラッチしたパーツを肩に合わせると、元からそういう組み合わせだったようにカチリとはまる。試しに何回か動かしたり、ジョイントに適当なオプションを当てたりして、強度が申し分無いことを確認。
「よし……」
軸を直したクロスレイにつけると、想像した通りの姿になって満足する。ただ、所々の傷跡が残ったままな分未塗装で綺麗なままの右腕は少し浮いて見えるから、次は本体を綺麗にする作業だ。
「ヒカリ、順調そうだね」
「はい。三月さんも、かなりロゼアのシルエットに近づいてきたと思います。脚とか特に」
三月さんが持っているゼフィランサスは、脚部がもうほとんど完成手前にまで変化していた。青のリングパーツと丸型のスラスターがゼフィランサスの元のシルエットと上手く調和している。肩にも同様の意匠があしらわれていて、記憶に残るロゼアの姿そのままだ。
「かっこいいです。すごく」
「そうかな。ヒカリのクロスレイも、すごくカッコいいよ」
「ふえっ……、あ、ありがとうございます」
顔が熱い……。その凛々しさから繰り出される柔らかい笑顔なんて破壊力の権化が過ぎる。誰だって惚れるでしょ、今までどれだけのクラスメイトを落としてきたんだこの人は。確実にギルティだ。
「ほーん?」
そしてニヤニヤしながら見てくる顧問! ちょっとうざい!
ギロリと睨み返すと、先生は慌てて「お気になさらず〜」と手を振った。
「さて、僕ちょっとお手洗い行ってくるね」
「は、はい。わかりました」
静かな所作で立ち上がった三月さんは、少し早歩きで部屋を出ていった。
あんな美人でもお手洗いとか行くんだな…………って、それは流石に失礼すぎるな。よし、作業続けよう。
そう思って振り返った瞬間……。
バンッ!
「あの! ガンプラ部募集の貼り紙見たんですけ、ど…………」
「あ、なたは……」
赤みが強い茶髪を、一本でまとめたポニーテール。
忘れるはずがない、この人は、あの時の…………!
「やっぱり来たね、紅月ちゃん」
────────────────────
トイレから戻ってくると、何やら二年の先輩が三人? ほどガンプラ部に入りたいとのことで。
そんな美味しい話あるのかと疑問に思いつつ、対面に座っている二人を見て問いかける。
「あの、もうひとりは?」
「ここ。わたしだよ」
「フィギュアが喋った!?」
茶髪の先輩のすぐそばにあったフィギュアが突然喋りだしたので、びっくりして声が大きくなってしまった。
「私は二年の
「ビリーヴです」
「ELダイバー……」
なんか、聞いたことあるようなないような……。ニュースとかでやってた気がする。
「はい、そんでもって私が小南ネコなのです!」
「なのです……?」
「ああ、学級委員の集まりじゃ使ってなかったのです。もはや潜在意識に溶け込んでるみたいで意識しないと出ちゃうのです……」
「えっと、わけがわかりません」
ロングの先輩はどうやらヒカリと同じ学級委員らしい。僕の知らないヒカリを知ってるということで少しもやっとする。ヒカリは初めての友達だから、もっと知っておきたいのだ。
「あーっと、僕は一年の三月トウカです。一応聞くんだけど、入部希望ってことでいいの?」
「もちろん!」
「なのです!」
「おぉう……」
活気があるのは嬉しいんだけど、なんかヒカリとは別系統だからあんまり慣れない。とりあえず入部届を貰って、プリントに三人の名前を書き込んでいく。
「ビリーヴ……と、名字がないのってなんか新鮮だ」
「やっぱり、あった方がいい?」
「さぁ、色々の署名とか身分証明とかに必要だったりするけど」
「ふーん。じゃあ、『紅月』って書いといて」
「えっビリーヴ!?」
何気なく言ったビリーヴさんに対し紅月さんがすごい勢いで驚いた。え、この二人もそういう関係……? なんか僕の周りそういう人多くない?
というかそもそも、ELダイバーってなんだ。
「ねぇヒカリ、ELダイバーってなに?」
「私に振るんですか……? まぁ、いいですけど」
ヒカリってやっぱり優しいな。
「ELダイバーというのは、GBNから生まれた電子生め──」
「その説明! わたしにやらせて!」
ヒカリが話し始めてすぐにビリーヴさんが割り込んできた。
「え? い、いいですけど」
「やった。えーっとね、ELダイバーっていうのはGBNにダイバーがログインするときに発生するミクロレベルの蓄積データが溜まりに溜まったものにビルダー皆の想いが宿って生まれた人類史上初の電子生命体なんだ。今GBNにいるELダイバーは150人近くいてその中にはわたしみたいにリアルに来てる子もいてその子達はわたしと同じでガンプラの中に意識を宿して来てるの。感覚としては阿頼耶識システムとかGUNDフォーマットとか、フェネクスみたいな感じであー阿頼耶識っていうのは──」
…………だめだ、最初の二行ぐらいしか頭に入ってこない。
「……え、えっと、プリント届けに行っていいかな……?」
「まだ! まだここからだから……!」
「はいはいビリーヴ、後輩ちゃん困ってるから」
「うぅ〜……」
「アッ……! かわっ……!!」
「はぁ、この二人は無視してさっさと行くのです」
頬を膨らますビリーヴさんとそれに悶える紅月さんを見て、まぁなんとなく理解した。
天然と親バカだ、これ。
────────────────────
閑話休題。
一歩引いたところでニヤニヤしていた水無月先生を引っ張って職員室に向かい、生徒指導の先生にプリントを渡した、のはいいのだが……。
「ごめんなさい、今年から部活動って六人じゃないと認められなくなっちゃったの」
「かっ…………」
緊急事態が発生した。
「な、なんで、水無月先生は五人からって言ってたんですけど……」
「近年、五人以下の部活動が多くなりすぎちゃってね。予算が足りないから、今年から部活動は六人からにしようって会議で決めちゃったのよ」
「そうだったんですか……」
「ええ。で、水無月先生はちゃんと出席なされてましたよね?」
「うっ…………忘れてました、すみません」
「全くしっかりしてくださいよ。いつまでも研修生気分でいられると困ります」
「おっしゃる通りです……」
この部の顧問、中々のポンコツだった。
とはいえ、本当に困った。一気に三人参加しただけでも奇跡のレベルなのに、あと一人……。あと三日で来るかどうか不安だ。
「ううん、落ち込んでちゃダメだ。ちゃんと人集めないと!」
「うんうん、その意気だよ三月ちゃん!」
応援してくれるのは嬉しいが、この先生はちょっと頼りにならない。
はぁ、本当にひとりでも来てくれれば嬉しいんだけどなぁ……。
「ちょっと、そこの貴女」
「え、なに?」
声をかけられた方に向くと、掲示板の前に小柄な少女がこちらを見ていた。
「話は聞かせてもらったわ。……良かったわね」
「いや、何も良くないんだけど……」
「違うわ、ちょうど一人足りないんですって?」
「あ、うん」
「そういうことなら貴女は本当に運がいい。この私がいるのだから」
「…………」
どうしよう、話が全然見えてこない。流石にここまで伸ばされると嫌なので早く要点を言って欲しいんだけど。
「なんか回りくどくない?」
「レディは一枚噛むものよ。でもまぁ、貴女には直接言った方が良さそうね」
「うん、早く言って」
「わかったわ」
目の前の少女は穏やかに息を整えてから、口角を上げて口を開いた。
「……ここに入部希望者の、『白宮ハトバ』がいるのだけど?」
そう高らかに宣言する彼女は、やけに誇らしげだった。
ビリーヴ
GBNで発生した、知識欲のELダイバー。
ELダイバーとしては初めて学校に通っていることもあり、若干の注目株。
学校では休み時間中にミナと図書館に行ったり、クラスメイトの話を聞いたりすることが日課で、授業態度は最高レベルらしい。
レイメイ/紅月ミナ
ビリーヴの後見人で高校二年生。
基本的にビリーヴ関連の話は彼女を通して行われるので、引っ張りだこになりつつも当人は陽キャの仲間入りができたと浮かれている。
ガンダムとビリーヴのことになるとたまによくバカになる。