ジオラマの締切まで残り一週間と少しの頃。部の中にも余裕がある人とない人で分かれていたと思う。僕は前者だ。部長だし当然だよね。
「ヤバいのです、ヤバいのです……!」
「塗料買い足すの、すっかり忘れてたわ……」
「あとはスミ入れ、ちょっと怖いなぁ……」
ビリーヴさんは身体がガンプラだ。スミ入れでよく使われるエナメル塗料はプラを侵食するらしいから、彼女にとっては完全に塩酸とかと同じ類なのだろう。そりゃあ怖い。
「ビリーヴ先輩、それならリアルタッチマーカーがオススメです。あれなら安全にスミ入れできると思います」
「りあるたっち? 何それすっごく知りたい!」
「あー、知りたい症候群が!」
「知識欲全力で振り回すねぇ〜」
ヒカリ、思ったより元気そうでよかった。この前の一件から気にしてはいないかとちょっと心配していたけど、ここまで特に何もなかったから杞憂だったらしくて安心した。もしかしたら空元気の可能性もある、けど。
「君ら青春送るのはいいけど、そろそろテストだってこと忘れないでね?」
「「「あ」」」
余裕組三人の声が揃った。僕もその中の一人である。
……やっばい、今の今まで全く勉強してこなかった! どどど、どうすれば……!
「っ、スゥー…………まぁ卒業できればいいってことで!」
「紅月ちゃん、君には最低でもひとつは上げて欲しいんだわ、成績」
「コネコ助けて!」
「先輩この前のミッションでモビルドールの大群にいた私を見捨てて単身エピオンに突っ込んでたのですよね?」
「うっ」
「そんな人に渡すノートは一ページもないのです」
「そんな、ご無体なっ……!」
「当然なのです。自分が敬われる立場だと思ったら大間違いなのです」
相変わらずあの二人は仲が良い。去年からクラスメイトだったらしいし、付き合いが長いのだろう。じゃなくて。
「ど、どうしようヒカリ……! 僕全然勉強してない……!」
「わ、私もあんまりです……」
ヒカリと見合って、もはや自分たちだけでは打つ手がないことを確認する。ヒカリは明らかに余裕がないというような焦りの表情を見せていて、恐らく僕もそういう顔をしている。バッ、と二人揃ってハトバの方を見ると、ハトバは一瞥してからニヤリと不敵に笑った。こいつ、進行遅いと思ったらしっかり勉強してやがった……!
「……こうなったら、やるしかないね」
「な、なにをですか?」
「そんなの決まってるでしょ。僕の家で、勉強会だよ!」
「………………えっ!?」
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「というわけで、こちらが件の僕の友達、飯綱ヒカリちゃんです!」
「あど、どうも…………」
どうしてこうなった。
問いかけた時点で予感はあった。何となく。でもそんなことになったら私は耐え切れないから必死に選択肢から削除した。勉強はするべきだと思ったけど、この人となんて勉強になるわけない。しかもこの人の家でだぞ。無理に決まってる。上がるのは勉強への意欲じゃなくて別の何かだよ。
「いらっしゃい!」
「さぁ、上がって上がって!」
一番厄介なのがこの空気。三月さんのご両親は共に歓迎ムードだ。こんな時に「すみませんやっぱ帰ります」なんて言えるわけがない。というわけで私は強制的にここにいるしかないのだ。拷問か?
「いやぁ感動だなぁ……! まさかトウカがお友達を連れてくるなんてなぁ……!」
「今日はご馳走にしないとね……!」
「ごめんねヒカリ、いい歳した大人がなんかはしゃいでて」
「い、いえ…………」
三月さんは今の今まで友達がいなかったらしい。人気はあるのに珍しいものだと思ったけど、小中は絵のことばかりでそんなこと気にしてもいなかったそうで、実際絵を描く仲間のようなものはいたらしいが長続きはしなかったんだそうな。つまり、実質的に私が三月さんにとっての初めての友達になるということだ。
初めて、初めてか…………そうか……。
「お、お邪魔します」
「広いばっかりな家だけどゆっくりしてってよ」
「は、はい」
本当に緊張してしまう。だって、私も私で友達の家に来るなんてことは初めてだからだ。だからこの前三月さんを家に上げたのも初めてのケース。それは、つまり、初めてを交換しているわけで、なんというか、その…………。
って、私は童貞か!!
そもそも! そもそも今はただの友達なんだからそんなこと気にする必要ないだろ! よし、このまま進もう。今日は真面目に勉強だけして帰るんだ!
「ヒカリ?」
「ひゃうっ!?」
気付いたら三月さんの顔が眼前に迫っていた。あまりにも顔が良すぎるので変な声が出てしまう。
「あんまり緊張しないでいいからね?」
「ひゃ、ひゃい……」
ちょっともう、勉強は無理かもしれない。
三月さんの家に来て通されたのは二階にある三月さんの部屋。私の部屋より二、三畳ほど広く、ログハウス風味の木造が趣を感じさせる。部屋の奥にはキャンパスと台があり、勉強机と思しき机にはカッターマットとゼフィランサス・ロゼアが置かれていた。
「ひ、広いですね」
「そう? ずっとこの部屋だったから、実感ないかも」
「こういうタイプの家、ちょっと憧れます」
「ふーん、じゃあ一緒に住んじゃう?」
「へっ!?」
「ふふ、冗談」
びっくりしたぁ……! この人不意打ちでこういうこと言ってくるから心臓に悪い……!
「ママたちご飯作ってるだろうから、勉強はそれ食べてから。その間に雑談でもしよ?」
「は、はい」
雑談と言っても、何から話せばいいのだろう。まぁ三月さんから話題が来るだろうからそれに返答していけばいいか……。
「………………」
「………………」
あれ。おかしいな、一向に話題が来ないぞ。
「…………あの、三月さん?」
「こういうとき、どうやって話を切り出せばいいのかわかんないや……」
「えぇ…………」
そうだった、三月さんはぼっち寄りの人間だった…………。
「そ、そうですね……何か、好きなものの話とか」
「好きなもの? うーん、やっぱり絵を描くことかな。ガンプラ作るのも好きだし。ヒカリは?」
「私ですか? えっと、私もガンプラを作るのは好きですけど、それ以外はそんなに……」
「あれ? ヒカリの家、時代劇のDVDとか置いてなかったっけ?」
「あぁ、あれは子どもの頃の名残です。侍に憧れてたので」
「なるほどね、クロスレイの日本刀はそういうことだったんだ」
「そんなところですかね……」
なんとか会話を交わせるようになって、つらつらと自然に言葉が出てくる。今の話とか、子どもの頃の話とか、知らない三月さんを今日は沢山知ることができた。今日はすごくいい日だ。
両親に夕食を三月さんの家で食べることを伝えてから、かなり広いリビングでご飯を食べた。どうやらこの家は中華料理がよく出るらしく、今日は天津飯と参鶏湯が出てきた。家庭料理なのに本格的で、そのままお店に出してもいいくらいには美味しい。
「美味しい……」
「そう言ってくれると私も嬉しいわぁ。トウカはあんまりそういうの言ってくれないから」
「流石に毎日食べるとね。それに、これぐらいなら僕でも作れるし」
「え、これをですか?」
「うん。なんなら今度作ったげよっか?」
「い、いいですそんな。悪いですよ」
「遠慮しないでいいよ。ヒカリには日頃からお世話になってるんだし」
「……じゃあ、お願いします」
何故かわからないが今度三月さんの手料理を食べることになってしまった。本当になんで? この人は相変わらず、私を困らせることをする。
夕食を食べ終えた後、私たちは再び三月さんの部屋に戻り、当初の予定であった勉強のための準備をした。私は現国、三月さんは数Ⅰの教科書を取り出して、それぞれノートに書き込んでいく。
「ヒカリごめん、ここ、わかる?」
「どこですか?」
「ここの、問五の二番」
「ここは……えっと、まずはここをくくってから──」
教えながら、横で何度か頷く三月さんを見る。かわいい。かっこいい顔立ちなのにこういうところで女の子っぽい仕草をするのがギャップを感じて胸にきゅんと来てしまう。
「なるほどなるほど、ありがと。ヒカリの解説ってわかりやすいね」
「そんなこと、持論を語っているだけですよ」
「それをわかりやすく話せるのがすごいよ。僕なんか全然語彙力とかないし」
「私はそうは思いませんけどね……」
三月さんの言葉はまっすぐで、時に私を惑わせる。それが意識的なのか、それとも無意識なのか、それはわからない。けれど恥ずかしくなるくらいに芯の通った言葉こそが、彼女の言葉なのだと思う。だから、私はこんなに感化されているわけで。
「……ねぇヒカリ、思ったんだけどさ」
「はい、なんでしょうか」
「ヒカリのクロスレイって三ミリのジョイントが沢山あるよね。あれって、拡張性を高めるためなんだよね?」
「え、あぁ、はい。元々ベースのアストレイから拡張性は高い機体なんですが、もっと多機能にするために増やしたって感じですけど」
「ヒカリのウィザードクロス……玄武と白虎だっけ? どちらにしても腰と背中のジョイントはガラ空きだよね。あれって何かつけないの?」
突然、クロスレイの話が始まった。話しても構わないけど、あまりにも唐突だったので少し反応が遅れてしまった。
背部とリアアーマー用のウィザードクロス…………考えてはいたけど、どの案もボツになったままだ。安易にヴォワチュール・リュミエールをつけても、デスティニーインパルスのようにエネルギー切れがすぐに起きるからとても使えたものじゃない。
「……まだアイディアが行き詰まってて、設計の段階から止まってるんですよね」
「そうなんだ。でも確かに今のままでも充分強いもんね」
「そういうことでは……。はぁ、まぁいいですけど」
三月さんはノートにひたすら書き込んで端まで数字を埋めると、数秒間を置いてから再び口を開く。
「……射撃武器」
「え?」
「クロスレイのショットガンって、散弾特化で素の威力はそこまででしょ? だから、アデラバルデのやつみたいな単体で火力を出せる武装をつけるとか」
「なるほど……近距離だけでなく中距離戦にも対応できるウィザードを、ということですか」
「四聖獣モチーフなら、ドラゴンの頭みたいにして青龍……みたいな」
「確かにいいアイディアですね…………。で、さっきから気になってたんですが、どうして突然クロスレイの話を?」
「これ」
三月さんが指さしたのは、私のノート。目線を下に下ろすと、指が置かれていたのは何個か書かれていた『紅』の字だった。
「”紅”って書いて”レッド”って読むの、かっこいいなって思って」
「ぅえ、あ、ど、どうも……」
なんか褒められた……。あれ自分では相当痛いネーミングだと思ったんだけど……。
にしても、龍の頭を模した射撃武装か……。想像できるのは、タイガーウルフのジーエンアルトロンや偵察用バクゥの頭部を流用したビームサーベル、そして連想できる形状であるミカエリスのビームブレイサー。ベースにできそうなものはビームブレイサーか。ライフルモードとキャノンモードを兼用したいから、形は…………。
ノートの丸々空いているスペースに、簡単な設計を描き込んでいく。デザインは結構適当だけど、機能性はこの段階でしっかり描き込む。
「…………、こんな感じでしょうか」
「うんうん、いい感じじゃん」
試しにできたものを三月さんに見せる。三月さんには中々の高評価みたいだ。でも、気になることがひとつある。
「でもこの設計だと白虎と干渉します。一体どうすれば……」
「リアアーマーのジョイントにつけられるようにしたら? こんな感じで……リード線で繋げば紛失もしないし」
「なるほど……」
私のノートに三月さんが新たに描き足していく。描かれたラフはその段階でもう形がかなり整っていて、画家の娘という説得力が出ている。
「っ…………」
この形、何か既視感が…………。
………………バル。
デモニックバルバトスのリアアーマーは、テイルブレード三基を接続するためにバルバトスルプスからはかけ離れた形状になっている。そして、三月さんが描いたラフはバルのものと設計が酷似していて、いや、ほとんどそのままと言ってもいい。それくらいには、私の胸をざわつかせた。
「三月さん、これ……」
「あ、もう八時だ」
「え?」
部屋に備え付けられていた時計を見ると、その針が確かに八時過ぎを指していた。私の家は大丈夫だけど、もうすっかり夜の時間だ。
「長居し過ぎちゃいましたね……」
「それは大丈夫だよ。……えっと、じゃあどうしようか、帰るにももう遅いしな……でもヒカリの家族が……」
「あ、今日両親は帰ってこないそうです。仕事の方が忙しいらしくて」
「そうなんだ。うーん…………」
三月さんは下を見ながら思考する。あ、なんか嫌な予感が。
「…………ヒカリ」
「は、はい」
「明日って土日だよね」
「そう、ですね」
「………………うち、泊まってく?」