ガンダムビルドダイバーツバキ   作:レイメイミナ

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定義①:僕とガンプラ

 人は、生まれながらに平等では無い。

 

 綺麗な顔と、醜悪な顔。

 

 優れた才能を持つ者と、持たない者。

 

 望んだ道に進めるか、否か。それを決めるのは自分自身でありながら、最終決定権は神に委ねられる。

 

 らしくもないことだ、こんなことを考えているなんて。

 

 僕はスマホに表示された『不合格』の通知を見ながら、そんなことを考えていた。

 

「…………受からなかったの」

「うん……」

「ごめんね、私がもっとしっかり教えてれば……」

「ママのせいじゃない。僕の実力不足が原因だから……」

 

 受験したのは、かなり大手の芸術高校。僕としては最高傑作の作品を描き上げたつもりだった。けれど、結果は……。

 

「それで、これからどうするの?」

「志願はまだだから、一般の公立高校に行く」

「美術科のある高校?」

「いや、えっと……」

 

 正直、この心持ちで美術科に行けるとは思えない。きっと心の強い人は頑張れるんだろうけど、これは僕にとって”初めて”の挫折だった。

 

 ママはそれなりに優秀で、有名な画家だ。収入も安定していて、ママの描く絵画は僕やパパでも見惚れるくらいには美しい。

 

 次いでパパも有名な企業に務めるゲームクリエイターだ。出社するときもあるし家にいるときもある、そんな飄々とした仕事をしているが、パパの作るゲームはネットでも評価が高い。

 

 つまるところ、僕は俗に言う”サラブレッド”という星の生まれだ。ママに習い、同じく絵描きとしてその実力を磨いてきた。幼稚園でこそ好き勝手描いてきたが、小学生になってからは時々息抜きも挟みつつ、自分から頼み込んでママに指導してもらっていた。時に優しく、時に厳しく、そうして僕の絵は洗練されていった、そのはずだった。

 

 でも、僕の努力は実らなかった。

 

 僕の描く絵は、誰からも褒められた。クラスのみんなにも、学校の先生にも、ママからも中学に上がってからは指摘よりも賞賛してくれることの方が多くなっていった。それなのに、今日初めて、僕の絵に「不合格」の烙印を押されたのだ。

 

 たった一度の失敗、そう思う人もいるかもしれない。けれど、一度も失敗をした事の無い人間には、その一度目が強く響く。

 

 一般の高校に行くのだから、それなりに勉強しなければいけない。平均点を取れるくらいには勉強できるが、なんだかやる気が起きず、そのままベッドに寝転がっている。

 

「…………悔しすぎて、涙も出ないや」

 

 花が枯れていくように、その瑞々しさを失われる。

 

 それに対し、僕の感情は揺れ動かない。本当に枯れているようで、僕はこのまま朽ちていくのかもしれない。

 

 あてもなく、ただスマホを見る。何もしないよりはいい。

 

 僕が絵を勉強していくにつれて、参考にした人は多い。有名な画家やイラストレーター、僕のSNSには彼らの名前が幾つも連なっている。内容は彼ら自身の呟きや、落書き、作品などだ。同人即売会に出した際どいイラスト画集をお店に委託したとか、くだらない世間話、賞を獲得したとか、イラストコンテストの案内とか、昔の僕だったら飛びつくような情報が山のように来ている。

 

 それでも僕は揺れ動かない。ただ指を動かして画面をスクロールするロボットになっている。

 

「ん……?」

 

 ひとつ、気になった投稿があった。僕が今までに見たことのないイラストレーターで、ペンネームはカスミ。AIがオススメの投稿を表示してくれる機能の中に、イラストではない普通の呟きがあったので目についた。

 

『第4次有志連合戦とかいうリアルア・バオア・クー攻略作戦の後にコミケ2日間ぶっ続けとかよくよく考えたらスケジュール終わってる』

 

「第四次、有志連合戦…………?」

 

 日常生活では聞き馴染みのない言葉だ。何やら教科書にでも乗っていそうな仰々しい響きだが、歴史の授業でこんなものを聞いた覚えもない。

 

 調べてみると、比較的新しい記事が幾つも出てきた。どうやら、とあるVRMMO方式のオンラインゲーム『ガンプラバトルネクサスオンライン』……通称『GBN』内での抗争らしい。

 

 当時流行っていた違法改造ツール『フェイクデカール』をめぐる戦いの中で、システムエラーにより中止となった第三次から続く全面衝突だそうだ。結果は純正プレイヤー側の大勝利で、多くの記事には白と緑を基調としたロボットが黒いロボの頭を天に掲げている画像が付け加えられている。

 

「……絵になるなぁ」

 

 頭だけの方がボロボロなのは言うまでもないが、天に掲げている方も片腕を失い、頭の角の六本のうち三本が折れていて、全身傷だらけ。戦いを終わらせたという疲労感と、その余韻を感じる。切り抜かれた画像だからこそなのか、お互いに悲しみを帯びたようなくたびれた雰囲気が戦いの無情さを引き立てている。白い装甲の汚れや傷も実に趣深い。

 

「GBN、ガンプラ…………か」

 

 たかがデータ、されどデータ。

 

 電子世界での、現実では一切見れないような世界。最初からこういう構図にするために描いた訳ではなく、大規模な戦争の果ての、意図などないただの結果。

 

 こんなもの、今の僕ではとても作れない。

 

 いや、作ろうとしなかっただけなのかもしれない。

 

 僕の絵は、よく考えてみればその全てがママの価値観によって構成されているものだった。それが絵自体に偏りを生み出し、所詮は井の中の蛙だということを知らしめるだけとなってしまったのかもしれない。

 

 僕が見たことのない世界、GBN。

 

 僕が今見ようとしている世界、GBN。

 

 GBNを形作るもの、ガンプラ。

 

「ガンプラ……」

 

 気付けば僕は立ち上がっていた。ベッドに根を張っているように動かなかった脚は今、外に向かって歩き出している。

 

「トウカ? どこか行くの?」

 

 ママが話しかけてきている。さっきのことがあるから、ちょっと気まずい。

 

 僕は、ママのほうに振り返る。

 

「うん。ちょっとリフレッシュ」

 

 嘘は、言っていない。かもしれない。

 

────────────────────

 

 と、家を飛び出してきたはいいが、どうすればいいのか。

 

 ガンプラを買うのか、それともGBNとやらを見に行くのか。調べたところ、GBNはダイバーギアという端末を購入すればショップに用意されたステーションからアクセス出来るらしい。従来のオンラインゲームのようにパソコンからアクセスしない辺り、他のゲームとの格の違いを感じる。

 

 一応、ショップに行かなくても自宅からアクセスできる自宅用筐体もあるが、流石に考え無しに買えるような値段ではなかった。

 

「そもそも、ひとつのゲームに専用の筐体があること自体がおかしいよね」

 

 GBN、僕が想定していたよりもずっと規模の広いゲームなのかもしれない。

 

 電車に揺られ、しばらく歩き、来たのは横浜の赤レンガ倉庫。昔、1度だけ来たことがある場所…………そのはずだ。

 

「………………何、あれ」

 

 なんか、とんでもなく大きい立像が堂々と立っている。あれも、ガンダムなのだろうか。白と青を基調とした本体に黒ベースに赤をアクセントとした背負いものは色の対比が上手く出ていてカッコいいが、それが見上げるほどのビッグサイズともなれば話は別だ。さすがに怖い。

 

 なんというか、遠巻きに「帰れ」と言われている気さえする。

 

「……いやいや、ここで逃げちゃダメだ」

 

 なんのためにここに来たんだ。ガンダムベースには、ガンプラもGBNもある。僕が見れなかったものに出会えるかもしれない。

 

 恐る恐る一歩踏み出す。道行く人達はみんなガンダムファンなんだろうか。日本人から外国人まで幅広く来ていて、ガンダム立像を前に写真を撮っている人達もいる。

 

 なんだかみんな堂々としている。ひとりだけ縮こまっている僕が馬鹿みたいだ。

 

「……、…………」

 

 何を、何を恐れているんだ僕は。たかがプラモデル専用店だ。そんな、入っていきなり「よそ者は帰れ!」とか言われるわけがないだろう。そうだ、そうに違いない。

 

「こ、こんにちは……」

「あ、いらっしゃいませ〜」

 

 店内に入ると、少し肌寒い外からは隔絶された暖気が流れ込んでくる。迎え入れてくれた店員さんは、僕より少し年上のお姉さんだ。

 

 こ、こういうとき、どう言えばいいんだろう。ガンプラの知識なんてろくにつけずにここまで来てしまったし、初心者向けのガンプラとか、あるのだろうか。

 

 いや、ここは冒険するべき……? というかそもそも、僕にガンプラを作れるかどうかもわからない。ちゃんと出来るだろうか……。

 

「えっと、どうかされましたか?」

「あっ! あの…………」

 

 ど、どうすれば……!

 

 あ、サボテンの花が咲いてる……。いやいやいや!? 何それ今関係ない!

 

「え、えっと…………。は、花のガンプラはありますか……?」

 

 何言ってるんだ僕ー!!?

 

「花のガンプラ……?」

 

 ほらお姉さん困ってるよ! 本当に意味がわからない、サボテンの花に引っ張られて変なことを言ってしまった……!

 

「えーっと、花のガンプラ、花のガンプラ…………」

 

 とうとうお姉さんがメモ用紙で探し始めてしまった。やっぱりないよね……。

 

 少しがっかりしていると、店の奥からもう1人店員がやって来る。メモを見てるお姉さんと同じくらいの男性だ。

 

「花のガンプラと言ったら、0083の機体とかじゃないか?」

「あ、ヒロト」

「だぶる、おー……?」

 

 まさかの数字。それだけ聞いてもさっぱりわからないので、ガンダムの歴史は深い。

 

「そんなのあったっけ?」

「あの作品のガンダムタイプは花の名前がついてる。それだと思うけど……」

「へぇー…………」

 

 花の名前のガンダムなんていたんだ。まぁ生まれた頃から名前を聞くぐらいだし、それくらいいるか。

 

「そうなんだ。じゃあヒロトが案内してよ」

「え?」

「え? じゃないよ。ヒロトも店員さんなんだから、ちゃんとお客さんの対応しないと」

「ま、まぁ、そうだけど……」

「それじゃ、あとはこの人に聞いててください」

「あっ、はい」

 

 そのままお姉さんは奥の方に行ってしまった。もうひとりの店員さんと二人きりになって、なんだか気まずい。

 

「…………」

「…………じ、じゃあ、見ます?」

「……はい」

 

 気まずい空気の中、二人でガンプラが並んでいるコーナーを歩く。どこかで見たことあるものと見たことのないものがそこらに置かれていて、ガンダムの多様性が伺える。

 

 店員さんが立ち止まったので、僕も立ち止まって棚の方に顔を向ける。

 

「えっと、花の名前のガンプラは色々あるんですけど、どれにします?」

「えっと、僕初めてで……」

「そうなんですか。それなら、まずはこの……『ゼフィランサス』から、とか」

「ゼフィランサス…………」

 

 ゼフィランサス、タマスダレとも言う白い花だ。確か花言葉は、『期待』や『汚れなき愛』。花の中では僕が好きな種類のひとつだ。

 

「ゼフィランサスはハイグレード、マスターグレード、リアルグレードがあるんですけど、初心者なら組み立てが簡単なハイグレードの方がオススメです」

「なるほど……。でもせっかくだし、他の種類のも見せてください」

「わ、わかりました」

 

 店員さんがシンプルな白背景の箱と、大きい箱の二つを持ってくる。『RG』と書かれたロゴと、『MG』と書かれたロゴ、前者がリアルグレードで後者がマスターグレードと判断できる。

 

 初心者には、簡単に組み立てられるハイグレードの方が良いらしい。でも僕としては、このリアルグレードの方が綺麗で組み立てがいがありそうな気がする。

 

「……こっち、リアルグレードがいいです」

「え? でもこっちはパーツが小さいし、パーツが比較的外れやすくて……」

「大丈夫です。これ、ください」

 

 店員さんから渡された箱と、ニッパー、ヤスリ、デザインナイフを持ってレジに運び、お金を払って買い物を終わらせた。せっかくだから化粧品も買おうと思ったが、中学生としてはそこそこ重い出費だったのでさすがにやめた。

 

 ガンダムベースにはその場で作れるスペースもあったが、どうせだから家で作りたい。

 

「ただいまー……」

 

 もう夕方だからそろそろ夕飯の時間だろう。今日の当番はパパだから、味付けの濃さが心配だ。パパはいつも計らず目分量でやるので作るごとに味が変わって飽きないが、濃すぎたり薄すぎたりするのは困る。

 

「おかえりトウカ。なんだそれ?」

「プラモデル。新しいことに挑戦したくて」

「あぁー……」

 

 噂をすれば、とやって来たパパが察するようにバツの悪い顔をする。

 

「……心配しなくても大丈夫だよ。絵描くのはやめないから」

「そうかそうか、辛くなったらちゃんと言えよ」

「うん」

 

 パパがリビングに入っていくのを確認してから、自室に戻る。荷物を置いて、手洗いうがいして、袋からガンプラの箱を取り出して机に置く。

 

「結構、存在感ある…………」

 

 夕飯ができるまでに出来上がるだろうか。それとも日を跨いでしまうだろうか。まぁ、いいか。

 

 今日、僕は初めてガンプラを作る。

 




三月トウカ
画家とゲームクリエイターの方が間に生まれた少女。
若干クセのついた髪にサイドの三つ編み、ウルフカットで顔は美形。誕生日は三月十日ではなく、十月三日。
ガンプラと向き合い、己の美学を見直していく。
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