緊張の汗が落ちる。
私の脳が、目の前にいる存在が脅威であると全力で訴えかけてくる。それに応えるよう、私はコントローラーを握る手に力を入れた。
もう一度撃ってくる。回るように避けて、そのままジグザグに後退。これなら撃ちづらいはず。少なからずとも、近付いてくれば私が圧倒的に有利だ。
それを悟った三月さんは、ロゼアを操作して上空から落下。スラスターの光が地上に落ちていくのを確認してから、私は右手にガーベラストレート、左手にショットガンを携える。だが、すぐ横からの警告を貰ってハッとする。
「なっ、超低空飛行!?」
「重ね着のしすぎで、上下運動は苦手でしょ!」
真横から撃てばこの軌道も意味がない、それを理解しての超低空飛行! 少しでも地面に擦れればアウトのリスキーな戦法。それを迷いなく使ってくる……!
ビームライフルによる攻撃を、ドゥルガーのヤタノカガミで反射。それをものともせず避けたロゼアは、私の視界からロストした。
「…………そこ!」
回り込んでいることを見切り、ロゼアの移動方向の先にショットガンの射線を合わせる。だがその直後、ロゼアのライフルの銃身が、ショットガンに突き刺さる。
「ッ……!!?」
お互いの武器が爆発、左腕のドゥルガーが落下。その衝撃を活用して、ロゼアが頭突きでクロスレイを後退させ、さらにビームバルカンによる攻撃で牽制してくる。
幸い火力はないけどジリジリと耐久が削られていくのが地味に厄介……。
「…………強い」
「強くなってきたから、当然だよ」
「いえ……本当に、驚いてます」
胸の高鳴りが、興奮が止まらない。
手が震えて、もっとバトルがしたいと叫んでいるかのような…………そんな感覚。
忘れたかったはずなのに。こんな感情、無い方がいいと思っていたはずなのに。
戦いとは、ガンプラバトルとは無情の世界。そんなわけがないと今は言える。砕き、砕かれるお互いのガンプラが、その情熱によって突き動かされている。
……楽しい。
「……負けません」
「絶対勝つ」
ロゼアがビームサーベルを引き抜く。ビーム刃は展開しない。エネルギーの節約のためか、それとも間合いを誤魔化すためか。
ガーベラストレートを構えて突撃。戦神はノーマルの状態よりも動きは鈍いが、その分刀に重量が乗る。並大抵の機体で受けられるものじゃない!
「だったら……」
ロゼアが吹っ飛ばされたドゥルガーに近付き、その脚部で蹴り上げる。
「ッ!?」
咄嗟に反応した私は思わずガーベラストレートを振って弾き返す。
しまった、初撃をここで使ってしまった以上どうしても隙が生まれる……!
予想通りに、すぐに接近してきたロゼアがガラ空きの左側に向かってビームサーベルを振り上げる。一度踏ん張って、素早くもう一本のガーベラストレートも抜いてビームサーベルを受け止める。
「ッ、流石ヒカリ!」
「ギリッ、ギリ……!」
ビームサーベルのビーム刃を解き、ロゼアは上へと上昇して離脱。それを追いかけるためにこちらもスラスターの出力を上げる。
上空のロゼアは、突然バインダーを複雑に動かして下降。そして、後ろ向きのままこちらに近付いてくる。
「なっ……!」
訳のわからない行動に困惑しながらも、チャンスと捉えて私はガーベラストレートを構える。が、その直後ロゼアは急に旋回してそのシールドをぶつけてきた。
姿勢を崩したクロスレイをなんとか操作して、ロゼアから距離を取る。すると、ロゼアはそのシールドを伸縮させて防御面積を増やした。何をする気かと思えば、そのシールドの一部分が赤熱化して、内側からビームが飛んでくる。
「ッ、裏からっ!?」
横に逃れようとするも、左肩に直撃。左肩の玄武が剥がれ、素の装甲が顕になる。これでは頼みのミラージュコロイドも使えない。
なるほど、マントで剣を隠して、相手に剣先を見えないようにするのと同じ要領だ。さっきから思っていたが、流石にこんな使い所を選ぶ曲芸のような技ばかり練習していたわけがない。彼女が鍛えてきたのは、勝負強さ……?
「一体どんな特訓すればこんなこと……」
「ヒカリを倒す特訓だよ。ヒカリを倒す、それだけずっと考えて」
「すごい執念ですね……」
「うん。僕はヒカリが欲しいから」
よく恥ずかしげもなくそんなこと……。
彼女の言葉は何処か
一体、どうして。
どうしてこんなに惹かれるのか。
「……絶対に、勝ちます!」
上半身のウィザードクロスを全てパージ。さっき彼女がやったように、落ちる白虎のドゥルガーを蹴り飛ばす。
ガンダリウムβはザクマシンガン程度では傷一つつかない特注の装甲。だが、あれだけの質量兵器となればダメージは避けられない。ロゼアはシールドで受け流すが、その衝撃を吸収しきれず、シールドと共に吹っ飛ばされる。
「っ!」
確実に想定外だという動き、相手に接近して、左手のガーベラストレートを振るう。相手はその左手でビームサーベルを抜いて対抗。火花が散る鍔迫り合いになる。
それを中断して、私は回り込んでロゼアの肩を掴み、スラスターでそのまま上に飛び上がる。
「え!?」
三月さんが驚いている間に、クロスレイの右足のドゥルガーを展開してロゼアの左肩ごと腕を破断。すぐに相手が構えたビームライフルを、右手のショットガンで破壊。マニピュレーターも巻き込まれ、右手も完全に使えない状態に。
「これで、終わりですッ!」
「まだッ!!」
体全体を回転させて斬り払う直前にロゼアは旋回し、バインダーを動かして離脱。追撃のためショットガンを構えると、その右腕に砲弾が直撃する。
「なっ、マウント状態で!?」
ロゼアが体を横に捻り、マウントしていたバズーカの射線を合わせてスイッチで発砲……そんなアムロ・レイのような芸当ができるなんて想像できるわけない。
右腕は完全に破壊され、使える腕は左だけ。その左腕でガーベラストレートを握り締め、ロゼアに向かって駆け抜ける。一閃は避けられるが、相手は両手が使えないから反撃は──
「ッ!!」
「まだ、使える!!」
ほとんど残骸と化した腕で顔面を殴ってきた。だが下半身に重量が集中していることによって距離が生まれることはなく、すぐに飛んできた脚を斬り落とす。
「今度こそッ!」
「ッッ……!!」
切り返しの直前、ロゼアが残る右肩のスラスターを使って回避。さらにはバインダーによってさらに距離を取られる。
それでも、今のロゼアは両腕が使いものにならないし、右脚を斬り落としている。勝ちの目はもう、無いはずだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……それだけのダメージ、もう続行は不可なはずです!」
とはいえ、クロスレイ自体も相当やられている。ジリジリと削られた分と、何度かあった大きい分が合わさって、もう動けているだけでも奇跡のレベル。正直ここまでやられるなんて思ってもいなかったし、何度も何度も敗北を想定した。特にさっきのバズーカは数センチでもズレていたら……と思うとぞっとする。
でも、相手はもうコアファイターでの突撃くらいしか攻撃手段が残されていないはず。私の方が微有利だ。
「嫌だ。絶対に諦めない」
「……どうして、そこまで」
何度考えても、私にここまで執着されるだけの魅力なんかないはずだ。三月さんみたいな人に気に入られるなんて、考えにも及ばない。
「僕が、ヒカリのこともっと知りたいから」
「え……?」
「失礼なこと言っちゃうけど、ヒカリって学校だと結構地味だよね。淡々と学級委員の仕事だけして、不思議だった。そんな人がこんなにすごいガンプラを作って、僕のロゼアをこんなにできるくらいガンプラバトルが強い。だから、知りたい」
「知りたいって、私のことなんか知っても後悔するだけですよ!」
薄汚れたマスダイバーの日々。こんなこと知られたら、絶対に嫌われてしまう。
この人には、嫌われたくない。
「後悔なんてしたことないから知らない。どんなことでも、どんなものでも、僕は受け入れて自分の糧にするだけ。誰もが認めるような、ママよりもすごい、自分だけの『美しさ』を生み出すために、僕はヒカリを知りたい!」
ロゼアのバインダーを構成する、四枚の羽根。それが展開され、十字を描く。
「…………月光蝶」
三月さんがそう呟いた瞬間、展開された羽根から虹色の光が飛び出す。あっという間にフィールドを覆う魅惑的な光は、フィールド内の人工物を次々に砂へと変えていく。それは、私のクロスレイも例外じゃない。
「月光蝶……!?」
わかるわけがなかった。あのバインダーには何か隠されたギミックがあるかもしれないとは思っていたが、まさかゼフィランサスとは完全にルーツが絶たれた月光蝶が搭載されているなんて。
それにあれは、制御できていない。自爆前提の一撃必殺技。そんなものを使ってくるなんて想像できるわけがないのだ。
ナノマシンが引き起こす不可思議な現象が、ロゼアの満身創痍の体を起こし、浮き上がらせる。無限にどこまでも続く光。それがフィールドのエリア限界まで広がっていき、次第にクロスレイもそれに巻き込まれる。完全なる敗北。それなのに、私は未練や悔しさよりも先に、この感情が来ていた。
「……きれい」
『Battle ended』
『Winner:Guest Player 1』
────────────────────
「…………私の負けですね」
クロスレイのパーツを拾い集める。肩の関節が折れていたり、装甲が所々潰れたり溶けてたりしているだけだから、修理自体はできる。対して、ロゼアはもうボロボロで再び立たせることは不可能そうだ。
「……やっぱりヒカリって強いね。僕のロゼアボロボロだ」
「いえ、勝ったのは三月さんですから」
でも、三月さんは落ち込んではいなさそうだった。あそこまでの激戦、やり切った感が出ているのだろう。
「ヒカリのガンプラ、原型は残ってるけど……って感じだね」
「肩の軸が折れてるぐらいです。すぐ直せますよ。でもロゼアはもう……」
「僕のことは大丈夫。GPDの時点で覚悟はしてたから」
「…………すみません」
RGの機体はアドバンスドMSジョイントが採用されている都合上、元々修復が困難だ。それにこれだけの損傷と可動限界からして、ロゼアの修復は不可能だということがわかる。
「なんでヒカリが謝るの? 僕もロゼアも、全力は尽くしたよ」
「でも、三月さんのガンプラをそんな状態にしてしまったのは私ですから…………」
「……はぁ、ヒカリって卑屈だね」
「うっ……」
気にしていることを言われてしまった。
「全くもう、目を逸らさない! 僕を見て!」
「え、わっ」
突然顔をぎゅむっと掴まれ、斜め下を向いていた頭が無理やり三月さんの方へと向く。
うわ、すっごい美人…………じゃなくて!
「取引だからね。ヒカリはもう僕のものだから! 卑屈になられたら困るの!」
「も、もの……!?」
「そう! ……ガンプラ部としてこれからずっと一緒だからね」
あ、そういう……。
「だからひとまずは明日、クロスレイ持ってきてね。一緒に直そう」
「わ、わかりました」
「あと、最後に一つだけ」
「え?」
そう言うと三月さんは、いきなり歩を進めて私を壁まで追いやる。
「うわっ、えっ!?」
そして、顔を近づけてきて鼻がくっつきそうなくらいの距離になる。
や、やばいやばいやばい! 近い!
バクバクの心臓の中、三月さんは冷静に私の前髪に触れる。え?
「…………うん、やっぱり。ヒカリって綺麗な目してるね」
「…………ふぇ?」
「じゃあねヒカリ、また明日」
「ま、また明日…………?」
雨が突然止むように、彼女はガンプラを仕舞って帰っていった。
「………………」
そして私は、壁に追い込まれたままその場に数分しゃがみこんでいた。
鼓動が止まない。まだドキドキとしている。顔が熱くて、脳が溶けてしまいそう。
彼女の凛とした顔が脳裏に焼き付いている。綺麗な顔立ちだった。
────ヒカリはもう僕のものだから!
「私は、三月さんの……もの」
これは、あれだ。
俗に言う、『恋』ってやつだ。
ロゼアのライフル、二丁出てますが継戦能力考慮して二丁持ってきてます
特訓後の大人組
カグラ「アノマロお前、GBN初めて三日の子に負けたんだって?」
アノマロ「負けてない」
カグラ「えー? でもログじゃ盾で体当たりされて裏からのビームライフルで一撃だったような?」
アノマロ「負けてねぇ! あんなクソコンボノーカンだノーカン!!」
サモネ「お兄ちゃん、いい加減認めようよ……」