魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか?   作:てつろう

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第1章 女王の誕生
娘は英雄


 

 

 

お父様はもう時期死ぬ。今夜が峠だろう。それが医者の見解だった。お父様はベッドに横たわり弱々しく息をしている。私は彼の手を握り、涙が溢れないように堪えていた。

 

 

「お父様、死なないでください! まだ……まだこの国にはお父様が必要です!」

 

 

彼が死んでしまったら、私はもう子供のままではいられない。私はまだ子供でいたい。親の手で温かく私を世話して欲しい。だが、お父様の顔は、病で衰弱しきっていた。私が握っている彼の手もシワシワになっている。

 

 

「娘よ……、耳を貸してくれ」

 

 

もうお父様は死んでしまう。そう悟ってしまった。私はお父様の口元に顔を近づけて彼の声を聴く。

 

 

「英雄になってくれ、フロランス」

 

 

それがお父様の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

『セイクリッド・エクスプロード!!』

 

街から離れたのどかな草原。穏やかな空気が私の剣によって破壊される。近くで寝ていた羊達は慌てて逃げ出し、鳥は騒々しく飛び立つ。私が放った斬撃で地面には小さなヒビが出来ていた。

 

 

「お父様! 私の剣の腕前はどうですか?」

 

 

まだ十歳にも満たない私は、遠くから私の様子を見ていたお父様の元へと駆ける。ひょっとしたら私の事を褒めて貰えるのではと期待しながら、彼が私の頭を撫でやすい位置までさり気なく移動した。

 

 

「我が娘ながら、恐ろしい力を身につけてしまったな……。父さんの《剣術(けんじゅつ)》を真似したのか」

 

 

お父様は感慨深い表情を見せて、私の頭を撫でる。私はにへらと顔を綻ばせて、彼の手から温もりを感じていた。

 

 

「ふふふ……、凄いでしょう。今日の私の斬撃は100点満点ですよね!」

 

「いいや、0点だ」

 

「ええっ!?」

 

 

お父様は優しい笑顔のまま私に言った。彼の表情が変わらないので、私はお父様の言った事が聞き間違いなのではと疑う程だった。

 

 

「いいかいフロランス、"強さ"とはどれだけ強力な技を使えるかじゃないのだよ」

 

 

私をフロランス、と名前で呼ぶお父様。お父様が私を名指しで呼ぶ時は大事な話をしようとしている時だ。

 

 

「"強さ"とはどれだけ人に優しくできるかという事だ。どんなに素晴らしい剣の腕前でも人の為に使えなければ意味はない。フロランスの攻撃で羊や小鳥達が逃げてしまっただろう。彼らの平穏を脅かした事をちゃんと謝りなさい」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 

お父様に褒めて貰えると思っていた私は、怒られた事に面食らってしまって涙目で答える。お父様に言われた通り、ペコペコと動物達に謝った。

 

 

「人に謝れるのは強い者だけだ。今のフロランスの行動は立派だぞ。さすが俺の娘なだけはある。勇者である父さんを見習って頑張るんだぞ」

 

 

お父様が言ってる事は自慢でも何でもない。お父様が勇者である事は、この世界の誰もが知っている事実だから。

 

私が生まれる少し前、お父様はこの世で最も邪悪と言われる魔王を倒してしまった。彼のおかげでこの世界に一時の平穏が訪れたのだ。彼を勇者と言わずに何と言おうか。

 

 

「魔王を倒したおかげで父さんは、母さんと出会えたんだ。当時の母さんは箱入り娘で、中々父さんに心を開かなかったがな。まあ今となってはそれも笑い話だよ」

 

 

私にはお母様がいたらしい。でも、私はお母様の顔を見た事もない。母は私を出産する時に死んでしまったと、お父様から一度だけ聞いた事がある。私には死んだ母の分まで生きて欲しいと、切にお願いされた。

 

お父様が結婚する相手に選んだのだから、お母様はいい人だったのだと思う。まだ子供の私にはそれくらいの事しか分からなかった。それに私にはお父様がいるから、母がどんな人だろうと関係ない。今の生活がずっと続けばいいと思っていた。

 

 

「さあ、娘の剣のお披露目はこれくらいにしてそろそろお城に戻ろう。勝手にお城から抜け出してきたから家臣達も心配しているだろうからな」

 

 

お父様は私の手を取り、街へと歩む。私とお父様が居なくなったお城は今頃、混乱に陥っているだろうか。

 

私の名前はフロランス。

勇者であるお父様と女王だったお母様の一人娘で、

この国の王女だ。

 

 

 

 

私は昔のお父様との出来事を無意識に思い出しながら、城の一室で横になっていた。今にして思えば、お父様とまともに遊んだのはあの時が最後だったかもしれない。

 

昨晩、お父様は死んでしまった。魔王を倒した勇者なのに、病には勝てなかった。勇者として沢山の人を救ったお父様は、私を一人残してあの世へと旅立った。

 

 

「失礼しますお嬢様」

 

 

ノックと共に部屋に入ってくる声。私はドアが開けられてもそちらを見向きもしない。ベッドから窓の外の風景をぼんやりと眺めていた。

 

 

「昨晩の勇者様の件、お悔やみ申し上げます。まだお辛いでしょうが、民の為にもどうか気を確かに持ちますようお願いします。私共も誠心誠意お嬢様を支えて行きますので」

 

 

声が私を慰める。でも、今の私にはどれも効果がなかった。お父様がいなくなってしまったという事実を受け止めきれなくて、返事をする気力も湧かなかった。

 

 

「勇者様がご逝去された事はすぐに民衆に知れ渡ると思います。民の不安を取り除く為にも、勇者様のご息女として声明を出して頂きたいのですが」

 

 

私はそこまで言われてようやく声の方に目を向ける。立っていたのは、黒のタキシードに身を包む背の高い男。十二年この城に住んでいるが、何度か見た事がある。確かお父様の世話をしていた家臣の一人だったはずだ。

 

 

「……人に頼み事をするなら、まず名前を名乗って下さる? 返事もしてないのに、人の部屋に入ってくるのも失礼よ。今は人と話したい気分じゃないの……。少し一人にさせて」

 

「……大変失礼しました。私はサイモンという者です。生前、お父様の身の回りのお世話をしておりました。お父様からは死後、娘さんの面倒を見てもらうように仰せつかっております」

 

 

お父様が私の為に……? 私は体を起こしてサイモンとかいう家臣の姿を見る。彼の身につけているタキシードには汚れ一つなく、茶色の髪も綺麗に整えられていた。鼻にはメガネがかけられており、知的な雰囲気を感じる。

 

 

「フロランス様、悲しみに暮れている所申し訳ないのですが、あまり時間がありません。すぐにこの国の民の為に動いて貰わないと非常に困ります」

 

 

私のいるベッドまで近づいてきて、冷淡な口調で言う男。この人が今日から私の面倒を見るの……? 正直言って少し苦手なタイプだ。

 

 

「……さっきも言ったでしょう。今は人と話す気分じゃないのです。少しお父様の事を考える時間をください……」

 

「亡くなられた方の事を考えてもしょうがないですよ。フロランス様には今日からこの国の女王となって頂きます。新たな女王の誕生を民に示す戴冠式(たいかんしき)も今日の午後に行う予定です。それから夕方には隣国の首脳に挨拶を…………」

 

 

彼は私の都合など露知らず、今後の予定をつらつらと述べていく。人の心を考えないその態度に私は、気持ちがズンと重くなるのを感じる。もし彼がお父様なら、もっと優しく私を慰めてくれただろうに。

 

 

「……さあ、式の準備がありますので一緒に行きましょう。貴女は女王としてこの国のリーダーとなるのですから、お父様の死に落ち込む様子も極力見せないようにお願いします」

 

「……本当に今は心に余裕がないのです。私には無理よ」

 

「フロランス様、女王がそのような様子ではいけません。民衆の上に立つ者として、人を勇気づけなくてはならないのです。勇者様からもよく言われたでしょう」

 

「……はい」

 

 

私は女王になる。民の為に生きなくてはならない。だから、私自身の感情はこの男にとってはどうでもいいのだろう。お父様だって死ぬ間際に言っていた。『英雄になってくれ』と。あの発言はそういう意味だったのだろうか。

 

 

「……」

 

 

私はベッドから降りて、ネグリジェを着たまま家臣の後をついて行く。自分の感情は押し殺さなくてはならない。だって、私は勇者の娘なのだから。お父様のように立派な人間にならなくては。"英雄"にならないといけない。お父様もそれを望んでいるはず……。

 

お父様の顔を思い出す。私に"強さ"とは何かを教えてくれた時の、あの時の笑顔を。

 

 

「……貴方、"強さ"って何の事か知っているかしら?」

 

「? 質問の意味がよく分かりませんが、強さとは貴女のお父様のように魔王を倒せる実力を持つ事だと認識しております」

 

「いいえ、違うわ。"強さ"とはどれだけ人に優しくできるかの事よ。どれだけ人の事を思いやれるかを表すの。私がお父様から教えて貰った大切な教え。だから私は……」

 

 

お父様が『英雄になってくれ』と言ったのは、自分を犠牲にしてまで民の為に生きろという事ではない。だって、あんなに優しいお父様が娘である私を見捨てるはずがないのだから。

 

 

「だから私は、女王になる事はできないわ。貴方、少し人を思いやる気持ちが足りないんじゃないかしら? 残念だけど、そんな人の言う事には従えないわ」

 

 

私は冷淡な男にきっぱりと伝える。彼は私の言葉を聞いても無表情なままだ。彼の感情が読み取れなかった。そして、静かに言葉を綴る。

 

 

「……かつて、貴女のお父様にも同じ事を言われました。私は冷酷すぎると。私は過去に感情を忘れ、冷酷である必要がありました。それ以来、人の心を読み取る機能が私には欠如したのだと思います。もし、私の配慮が足りないのであれば、教えてください」

 

 

男の表情に陰りが見えた。何の感情も示さなかった彼から初めて本心が見える。今まで見えていたのは、彼の気持ちの上辺だけだったようだ。

 

 

「私がフロランス様に仕えるのは決して勇者様の遺言だけが理由ではありません。天真爛漫(てんしんらんまん)な貴女に仕えることで、私も人の心を取り戻せると思ったからです。ただ……貴女を傷つけてしまったことは謝ります。申し訳ありませんでした」

 

 

男は深く頭を下げて私に謝罪する。彼の事を私はよく知らないが、ただの冷たい人という訳ではないようだ。彼は人の心を取り戻す為に、私と話している。

 

彼はお父様に私の面倒を見るように頼まれたと言っていた。だが、本当は逆なのではないだろうか。つまり、お父様は"彼に"私の面倒を見て欲しいのではなくて、"私に"彼の面倒を見て欲しかった。

 

人の心を忘れた彼を私に救って欲しい。お父様が私に英雄になるように言った真の意味は、私に人に優しくあって欲しいからなのかもしれない。

 

 

「本当にお父様はどこまでもお人好しなのですから……」

 

 

私はお父様が死んでしまってから、生きる希望がなかった。だが、両親のいないこの世界に、お父様が残してくれた遺言が一つだけある。私が生きる理由は、お父様との約束を果たすことだ。

 

 

「……勇者様は貴女に遺言を残していたでしょう。その約束を果たす時が来たのです。フロランス様……、いえ、女王様」

 

 

サイモンは片膝をついて私に忠誠を示す体勢をとる。今まで子供扱いされてきた私にとって、彼の態度は新鮮なものだった。

 

 

「勇者亡き今こそ民は英雄を必要としています。この国の民と勇者様の為に、私と共に付いてきて貰えませんか?」

 

 

彼は人の心を取り戻す為。私は英雄になる為。私達の目的は違うけど、やるべき事は同じだ。

 

 

「……分かりました。別にこれは貴方の為ではありませんが。私はただお父様との約束を果たすだけです」

 

「ええ、それで結構です。では、参りましょう」

 

 

私は新たな家臣の男と城の廊下を歩いていく。

彼の名はサイモン。

人の心を失った人間で、英雄となる私にとって、最初の家臣だった。

 

 

 

 




書きたいことが沢山あるけど、文脈的に入れられない内容があり過ぎて悶々としました。これが一次創作の難しさかな
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