魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか?   作:てつろう

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彼は勇者になれない

 

 

 

私とサイモンは馬車に揺られながら大通りを進んでいく。ここはお城から離れたこの街の中心地。これから私は、女王としての最初の仕事をこなさなければならない。

 

 

「フロランス様が女王になって最初にする仕事は国民への演説です。今、最も大事なのは民の不安を取り除くこと。民衆を勇気づける力強い演説をお願いします」

 

 

サイモンの要求は十二歳の私にとって、とても無理なものだった。私は産まれた時から、極わずかな使用人とお父様としか接していない。箱入り娘として育てられた私が、国民の前に姿を現すのも今回が初めてだ。見知らぬ人と話す事がほとんどない私が、大勢の人の前で演説などできない。

 

だが、私はお父様との約束がある。これくらいの困難から逃げていたら、これから先やっていけないだろう。どうにかして演説を成功させる。これが私の最初の目標だった。

 

 

「……分かりました。いつまでもクヨクヨしている訳にはいきませんからね。女王として民衆に明るい未来を見せてあげます。私に任せてください」

 

 

演説をする事はとても不安だけれど、私はそれ以上に嬉しかった。だって、こんなにも早くお父様との約束を果たせる機会が出来たのだから。ここで立派な姿を見せれば、もう英雄と名乗っても良いのではないだろうか。

 

 

「意気揚々な所に水を差して申し訳ないのですが、フロランス様は私が作った原稿を読み上げるだけですよ。まだ幼い貴女に人前での演説など出来るわけがないでしょうから」

 

「ええっ……!? 私が自分の本心を伝える訳じゃないのですか?」

 

「はい。今回のフロランス様は、民の前で落ち込む様子を見せなければ充分です。出来るだけ笑顔を振りまいて愛想よくしていてください。演説も一種のパフォーマンスに過ぎませんから」

 

 

私が想像していた演説とは、何か強い想いを持った人が、自分の考えを人々に訴えかけるものだと思っていた。だが、彼によれば、私はただ明るく演じるだけらしい。

 

私達が今日の演説について話していると、馬車の揺れが収まる。馬車が停車したようだ。

 

 

「フロランス様、ここから先は人が大勢いるでしょうから、終始笑顔でお願いします。何があっても泣く事はあってはなりません」

 

「笑顔……、こ、こうですか?」

 

 

私は両手で自分の頬をクイッとあげる。上手く笑えているか分からない。サイモンは私の顔を黙ってじっと見ていた。

 

 

「…………」

 

「な、何か言ってくださいよ!」

 

「ええ、とても素敵な笑顔です。それでは参りましょう」

 

 

サイモンが馬車のドアを開ける。私も彼の後から外に出た。そして私の視界に入る多くの人、人、人。私の着ているドレスとは違って、庶民的な服装をしている。その中の一人の男が、馬車から降りてきた私を見て声を上げた。

 

 

「王女様が来たぞー!!」

 

 

男の声を皮切りに一斉に私に視線が集まる。その声と視線に驚いてしまって、私は小さな悲鳴を漏らした。そしてカメラをこちらに向けた人達が私を取り囲む。

 

 

「王女様、今回、初めて国民の前に姿を現したとの事ですが、今のお気持ちをお聞かせください!」

「一部の国民の間では、勇者様が亡くなったと噂されていますが、本当ですか?」

「王女様、新たな女王として、国民達にお言葉をお願いします!」

 

「ひっ……!」

 

 

カシャカシャと鳴るシャッター音と光が眩しい。そして私に浴びせられる質問の嵐。見ず知らずの記者達が私の傍に無断で近づいてくる。私は、前にいるサイモンの服の裾を手でしっかり握り、恐怖で引きつりそうになる顔をどうにか抑えていた。

 

 

「フロランス様、記者の質問に答えてはなりません。堂々と笑顔で歩いてください」

 

 

箱入り娘として育てられた私は、これ程多くの人に囲まれた事はなかった。だから、あまりにも私には刺激が強くて、いつの間にか私の顔からは笑みが消えていた。

 

 

「王女様!」

「王女様! 一言、国民達にメッセージを!」

「王女様! 我々の質問に答えてください!」

 

 

お父様が居なくなった今、私がこの国のリーダーとしてしっかりしなくてはならない。でも、私はもう泣きそうになっている。英雄になるとお父様と約束した事を既に後悔している。もうここから逃げ出したいと心が訴えかけていた。

 

気づけば、私はその場に俯いて立ち止まっていた。

 

 

「フロランス様……?」

 

 

サイモンが振り返って私の方を見る。私は口元をしっかりと結び、せめて泣かないように気をつけていた。

 

 

「どうされたのですか? もう演説の会場に行かないと他の皆に迷惑がかかります。早く行きましょう」

 

 

サイモンは下を向いて動かなくなった私を見ても、何も気づかない。彼は心の機微に疎いからだ。私が見知らぬ人達に怯えてる事も、英雄になれずにここで立ち止まってしまった憤りも、何も分からないのだ。

 

 

「……私には無理です。私はお父様とは違います」

 

 

私の目からは涙が今にも(こぼ)れそうだった。サイモンに決して泣かないようにと釘を刺されたにも関わらず、私は顔を上げることも出来なくなった。

 

周囲を記者が取り囲み、泣きそうな私をカメラに収めようとしている。大勢の人の前で、泣く姿を見られるのは屈辱だった。

 

 

「フロランス様、何か私に出来る事はありますか?」

 

 

サイモンは私に尋ねてくる。彼は私が弱音を吐いた理由に気づいてないのだろう。そして私もその理由を言うつもりは無い。お父様は、私に彼を救って欲しかったからだ。逆に私が助けられたら、それはお父様との約束を果たせない事になる。

 

 

「……何でもありません」

 

 

俯いている私の顔を、容赦なく撮ってくる記者達。彼らにとって、王女が悲しみに打ちひしがれて泣いている様子は、是非ともカメラに収めたい物だったのだろう。

 

 

「フロランス様、以前、私は『配慮が足りないのであれば、教えてください』と申したはずです。今の私には、貴女がなぜ立ち止まってしまったのか分からない。だから、教えてください。貴女の気持ちが知りたいのです」

 

 

周りを記者達に囲まれているのに、彼の声はよく聞こえた。私は少しだけ顔を上げ、彼の足元を見る。

 

彼は決して善人ではない。お父様も彼は冷酷過ぎると言っている。だから、普通なら彼を頼るのを躊躇(ためら)うだろう。

 

でも、泣きそうになっている私には、彼は英雄のように見えた。もしかしたらこの男は、私を助けてくれるのではと期待してしまったのだ。

 

 

「……サイモン」

 

「はい」

 

 

私ならすぐに英雄になれると思っていた。だが、今の私には人を救える程の力がないらしい。だから、私が立派な大人になるまでは、少しくらい家臣の事を頼ってもいいと思うのだ。例えそれが冷酷な人であったとしても。

 

 

「この記者達をどうにかして……!」

 

「かしこまりました」

 

 

サイモンが返事をすると同時に、彼の体から薄暗いモヤのようなものが出てくる。そのモヤは次第に周りへと広がっていき、記者の体へとまとわりつく。

 

ドサッと、一人の記者が腰を抜かして尻もちを着いた。その人は何かに怯えた様子で身体を震わせる。

 

サイモンが何かしたのだ、と私はすぐに理解した。

 

 

「これ以上、フロランス様に近づく方は危害を加える者と見なします。国が貴方達、報道陣を規制しないのは、ただの温情に過ぎません。あまりに無礼な事をすると……、後は分かっていますね?」

 

 

腰を抜かした記者の周りの人も、黒いモヤに触れた者は、次々と力が抜けたように倒れていく。あっという間に私を取り囲んでいた記者は離れて行き、私とサイモンだけがポツンと立っていた。

 

 

「さあフロランス様、演説の会場へ行きましょう」

 

 

涙を(こら)えていた私も、彼の得体の知れない実力に呆気に取られて、泣く気が失せていた。ただサイモンが私を助けてくれた、という事が私の心に強く残る。やはりお父様が、彼に私の世話をするように頼んだのは、正しい判断だったようだ。

 

 

「サイモン……貴方は一体、何者なの?」

 

 

私の言葉を聞いて、サイモンの表情が一瞬強ばる。無表情な彼の表情が変わるのは、彼に出会ってからまだ二回目だ。何故それ程の実力を持っている人が使用人をやっているのか分からなかった。

 

 

「何者と言われましても、私は私ですが……」

 

「そうじゃなくて! さっきの黒いモヤは何ですか? 何故貴方はそんなに強いのです?」

 

「あれは私が冒険者だった頃に身につけた《殺気(さっき)》という"スキル"の一つですよ。ただ人を畏怖させる程度のものです。そうですね……、私が自分自身を表現するならば───。」

 

 

彼の表情に陰りが見える。その目にはもう私は映っていなかった。彼は遠い過去を思い出すように首を上に掲げ、

 

 

「───私は"勇者になり損ねた者"です。

貴女のお父様とは違って、私は勇者になれなかった、その程度の人間です」

 

 

悲しそうにその言葉を綴った。

 

 

 





色々説明しないといけない事が増えてきて、中々大変です。物語を展開させながら説明出来るようにしたいですね。
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