魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか?   作:てつろう

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約3000字あります。


娘は勇者でない

 

 

 

冒険者という職業がある。それは、スライムやゴブリンなど、人類を脅かすモンスターと戦う人達の事だ。彼らは少人数のパーティを組み、モンスターの棲息する場所へと行く。人類を守る為に、モンスターを討伐するのが彼らの役目なのだ。

 

 

「私もかつては冒険者で、貴女のお父様と同じパーティメンバーでした。私達の目的は魔王を討伐する事。私達ならいずれ魔王を討伐できると思っていました。そう、あの時までは」

 

 

記者達から逃げてきた私は、演説会場の控え室で、サイモンの話を聞く。私の初めての家臣となる彼の過去の話を聞くのは、私にとって重要な事だった。

 

 

「あの日、私達はいつもの様にモンスターを討伐しに行きました。その時のモンスターはかなりの強敵で、充分に気をつけないといけない相手でした。ですが、毎日のように冒険者として活動する内に、私は慢心していたのでしょう。油断していた私はそのモンスターに致命傷を与えられ、もう冒険者として活動出来なくなったのです」

 

 

私は王女として育てられたから、国の外へは殆ど出た事がない。当然、モンスターを実際に見た事は一度もなかった。彼程の実力を持つ人が致命傷を負うとは、どれ程強いモンスターなのか。

 

 

「結局、私はその日を境に冒険者を引退しました。今にして思えば、私が人の心の機微に疎くなったのはあの日からだと思います。そして、私が引退してから数年後に貴女のお父様が魔王を倒しました。後はフロランス様がご存知の通りです」

 

 

彼が人の心を失ったのは、それが原因なのだろう。つまり、彼はモンスターに襲われた事がトラウマとなり、他の人の心情を考える事が出来なくなったという事だ。

 

 

「気を悪くしたら申し訳ないのだけれど、貴方がそこまで心の傷を負ったのは本当なの? 私のお父様と一緒に戦っていたそうだけど、お父様は、モンスターと戦った事が怖かったなんて言った事、一度もないはずよ」

 

 

私のお父様は手強いモンスターに勝利した事を自慢気に話すことは多々あったが、モンスター達を恐ろしく思う素振りは見せなかった。なぜ彼だけが心に傷を負ったのか、私には分からない。

 

 

「……それは貴女のお父様が勇者だからですよ。私のような凡人とは違います。元から生まれ持った才能が違うのです」

 

 

彼は自分を卑下するように言う。まるでお父様の事を羨ましく、あるいは妬ましく思っているかのようだ。

 

 

「私は何も功績を残せずに冒険者生活を終えました。それからは仕事もせずに堕落していた所を、勇者様に拾って貰ったのです。そして勇者様の使用人として働く事になりました」

 

 

トラウマのせいで、魔王討伐の夢を達成出来なかったこと。その夢を仲間だったお父様が達成してしまった事。彼自身、複雑な想いを抱えているのだろう。

 

王女として育てられた私には、冒険者がどれ程過酷な仕事なのか分からない。だから、彼にかける言葉が分からなかった。

 

 

「…………、人は功績が全てじゃありませんよ。貴方は人類を守る為に立派に戦ったでしょう。その行いだけで充分、賞賛に値します」

 

「そんなもの、自己満足でしかありません。私は強くなりたかった。貴女のお父様のように勇者になりたかった。……まあ今となっては叶わない夢ですが」

 

 

彼は人の心を取り戻したいと言っていた。だが、それは彼の本当の目標ではないのだろうか。昔の彼が叶えたかった夢は強くなる事らしい。

 

それは今の私と同じ夢だった。本質の部分では、彼も私も同じなのだ。私達は強くなりたい。

 

 

「貴方はもう、勇者になりたいという夢は諦めたの?」

 

「……ええ、私はもう戦えませんから。戦えない人に強くなる資格はありません。弱者を救う資格もありません。私は人の心を取り戻す事も出来ないでしょう」

 

 

彼が人の心を取り戻したいと感じているのは、彼自身が自分の強さに劣等感を感じているからではないだろうか。彼は弱者を救う事が出来るのは、強者だけだと思っている。彼はお父様と違って、勇者になれなかった。だから、他の人を(いたわ)れない自分に負い目を感じているのだろう。

 

私が彼に出来ることは何だろうか。ただ夢を諦めた彼を慰めることが私のすべき事なのだろうか。私は暫く考えた後、一つの結論を出した。

 

 

「……サイモンが強くなれなかった分は、私が強くなります」

 

「?」

 

 

私の発言の真意が分からないという様子で、彼は私を見つめる。

 

 

「勇者になれなかった貴方の代わりに、私が英雄になります。だから、そんなに自分を追い詰めないでください」

 

 

サイモンは、もうこれ以上強くなれないかもしれない。でも、彼の人生がそれで終わって良い訳がない。私が彼と同じ夢を叶える所を傍で見てもらう。それが、私に出来ることだと思った。

 

 

「貴方のその夢、私に託してくれませんか?」

 

 

もし、私が夢を達成出来たら、彼は私が英雄になる事をどう思うだろうか。お父様に対するものと同じように負の感情を抱くだろうか。私には彼の考えが分からない。サイモンはゆっくりと口を開いた。

 

 

「それは……別に、私に何の得もありませんよ。フロランス様が強くなる事と、私が強くなれなかった事は別問題です」

 

「そう……ですよね……」

 

 

彼にとって、私は特別な人間ではない。まだ出会ってから一日も経ってない。彼の返答が普通なのかもしれない。

 

 

「でも、……フロランス様には英雄になれる素質があるかもしれません。貴女には人を労る心がある。それが私と貴女の大きな違いです。今の言葉も少しだけですが、良いものに思えましたよ」

 

 

彼なりの気遣いなのか本心なのか。彼は多くを語らなかった。顔にもその感情は表れていない。私は彼の表情をじっと見て、様子を伺う。

 

私がそんな事をしていると、控え室のドアがコンコン、とノックされた。

 

 

「王女様。演説の準備が整いました。既に多くの国民が会場で演説を待っております」

 

 

ドアは開けられることはなく、部屋の外から声だけが聞こえた。もう私は行かなくてはならない。

 

 

「フロランス様、演説の原稿は私が作っておきましたので、これを使ってください」

 

 

そう言いながら、サイモンは原稿の入った封筒を渡してくる。

 

 

「ありがとうサイモン、私が立派に演説する所を見ていてください。お父様の遺言通りに私は英雄になってみせますから」

 

 

私は彼に背を向けて部屋から出て行こうとする。

 

 

 

「遺言と言えば」

 

 

 

背中から彼の声が聞こえて、私は足を止めた。

 

 

「遺言と言えば、貴女のお父様の遺言には不自然な点があります」

 

 

意味深長な言い方に、私は振り返って彼の話を聞く。お父様の遺言は、私に英雄になってくれという内容だったはずだ。

 

 

「……どこが不自然だと言うの?」

 

「フロランス様に、英雄になるように頼んだことですよ。おかしいと思いませんか? 貴女のお父様は"勇者"だったのに、なぜ娘である貴女には勇者じゃなくて、"英雄"になるように言ったのか」

 

 

私にとっては、勇者も英雄も大して意味は変わらないと思っていた。だが、お父様が最後に残した言葉には何かがある気がする。私は演説会場に行くことを忘れ、サイモンの方へと歩み寄っていた。

 

 

「貴方は……何故お父様があの遺言を残したのか知っているの?」

 

「さあ、私には分かりません。それよりも今は国民に演説をする事が優先ですよ。私は直接手助けできません。ここからはフロランス様お一人の力で乗り切るしかないので、どうかご武運を」

 

 

既に国民達は私の演説を待っている。これ以上遅れる訳にはいかない。私は彼との話を切り上げて、演説会場へと向かった。父の『英雄になってくれ』という遺言を頭に反芻しながら。

 

 

 

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