魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか? 作:てつろう
約4000字あります。
私はドアの前で大きく深呼吸した。これから一世一代の晴れ舞台が始まる。この国に新たな女王が誕生する事をみんなに知ってもらうのだ。私はサイモンから貰った封筒を片手に入場の合図を待つ。
そう、今から始まるのは私の演説。
大勢の国民の前でスピーチをしなくてはならない。サイモンが渡してくれた原稿があるが、それでも私の不安は消えない。私は強ばる顔を手で押さえながら入場の時を待っていた。
「───それでは、我が国の王女、フロランス様の演説です。ステージの中央にご注目ください」
司会の人の合図で私の視界が大きく開かれる。私の目に入ってきたのは大勢の国民達。半円形の巨大な会場の全ての席が人で埋まっていて、その中心に私がいる。
彼らは盛大な拍手と共に、私に目線を向けた。先程の記者達とは、桁違いの人数だ。私の呼吸と鼓動が早まる。私は緊張で手が震えるのを感じながら、足早にステージの中央へと行き、マイクの前へと立った。
私がサイモンから貰った原稿を封筒から取り出すと共に、民衆の拍手が止む。静寂が空気を支配した。早く喋らなくてはと、私は急いで原稿に目を通す。
「ええ……親愛なる国民の皆さん、親愛なる友人の皆さん。私はフロラン……」『キーーーーン!!!』
私が名前を述べようとすると、マイクから不快な高音が鳴り響く。マイクがハウリングしたようだ。
たったそれだけの事だが、緊張している私の心をかき乱すには充分だった。大勢の視線が私に刺さって、おどおどしながら私はマイクから顔を離す。きっと私の挙動不審な様子は国民達にも伝わっている事だろう。
「ご、ごめんなさい……わた、私はフロランス、この国の王女として今日は演説をします。人前にこうして顔をみす……、見せるのは初めてで至らぬ点もあるかと思いまふが……」
上手く呂律が回らないし、何度も噛んでいる。正直言って私がここまで演説が下手だとは思わなかった。原稿を声に出すことすらまともに出来ていないし、国民達の方へ一切顔を向けられてない。
国民の私に対する印象は酷いものになっていないだろうか。こんな私がこの国のリーダーで大丈夫だろうか。
一刻も早くここから逃げ出したい。私の想いはそれだけだった。
「今日っ、私は王女として、またこっ……ここ国家の象徴として、大切なメッセージを……はぁ……メッセージを……あぁ……ひぃ……」
口から出るのは断続的で浅い吐息ばかり。次の言葉を続けようとするが、緊張で口が震えて、続けられない。
私はもう喋れなくなった。
「フロランス様」
声が聞こえた。原稿を読む為に下を向いていた顔をバッと上げると、彼が立っていた。サイモンだ。
「後は私が話します。フロランス様は隣で立っていてください。ちゃんと国民達の方を見て、笑顔を忘れないように」
彼は、台の上に置いてあったマイクを手に取り、私と代わる。私は呼吸を整えながら、そっと横にずれた。
「王女様は今日、初めて国民の前に立ち、大切なメッセージをお伝えしようとしました。しかし、時には緊張や不安が私達の心に影を落とすことがあります。私が、彼女の家臣の一人として、その代わりに皆様に王女様の想いを伝えさせていただきます」
私とは全く違って、スラスラと今の状況に適した言葉を述べていく。モンスターに襲われた事もある彼は、大勢の前での演説など怖くもないのだろうか。少なくとも今の私には、彼のような立派な演説はできない。
「まず、皆様には悲しい事実を伝えなければなりません。昨日、国を守り、数多のモンスターを討伐してきた勇者様が亡くなりました。その功績は計り知れず、私たち全員にとって大きな損失です」
彼のスピーチを聞いた聴衆がざわめき立つ。その声を聞いて、私はようやく視線を聴衆の方へ向けた。
視界に入るのは大勢の国民達。彼ら全員が私の演説を聞きに来たのだ。私はこの国の王女として、まだ何も果たせていないのが、ただただ申し訳なかった。
「しかしながら、私達は現実と向き合わなければなりません。国民の皆様、今ここでご報告があります。勇者様の死と共に、我が国の王女は女王に即位することになりました。(フロランス様、ご挨拶を)」
サイモンがマイクに音が入らないように、私に耳打ちしてくる。私はその場でドレスの裾を掴み、膝を軽く曲げてお辞儀する。王族に代々伝わるきちんとした挨拶だ。緊張している私でも、それだけは出来た。
「これは大きな変化であり、新しい時代の幕開けです。王女様はこの国を指導し、繁栄させていく覚悟を持っております。彼女は国民全員の幸福を最優先に考え、国を守り、発展させる決意を固めております」
彼の演説はとても力強く、国民を勇気づけるものだった。私とはまるで違う。彼の方が私なんかより、ずっと英雄になる素質があるのではと思えた。
「勇者様を失った今こそ、彼の精神を受け継ぎ、共に未来に向けて歩んでいくのです。王女様の指導の下、私達は再び困難を克服し、輝かしい未来を築いていくでしょう」
彼の立派な演説を聞いている内に、今の私と彼の明確な違いに、私は気づき始めた。彼と違って、私はまだ誰も救う事が出来ていない。お父様の言っていた英雄とは程遠い存在だ。
「国民の皆様、私達は王女様と共に、新たな時代の挑戦に立ち向かい、勇者様のもたらした、平和な世界を守る覚悟です。どうか彼女を支え、共に歩んでいきましょう」
私の中にフツフツと英雄になりたいという想いが沸き起こる。別に人を助けたいとか、王女や女王として、こうあるべきだとかそんな理由ではない。
私はただお父様との約束を果たしたいだけなのだ。
「演説は以上です。どうもありがとうございました」
演説を終えるサイモン。聴衆は拍手を返して、彼の演説を賞賛した。
「(フロランス様、行きましょう)」
彼は私の手を引いて、ステージから退場しようとする。だが、私は彼の手を振りほどき、マイクの前に立った。
「(フロランス様……?)」
私は深呼吸をして、聴衆の方へ目を向ける。不安と恐怖が心を覆い尽くすが、私の口は震えることなく、国民へ私の気持ちを伝えた。
「親愛なる国民の皆さん、最後に私から少しだけ話させてください」
私の大きな声がマイクで反響する。演説が終わったものだと思っていた聴衆は、急な私の声に拍手を止めた。
「昨晩、お父様は私に遺言を残しました。その内容は私に英雄になってもらう事。私はその約束を果たす覚悟があります」
「(何をしているのですか、フロランス様。予定外の行動は国民の不安を招きます。すぐに発言の撤回を……)」
「黙っていなさい、サイモン。ここからは私一人の力で演説してみせます」
マイクに音が入らないように耳打ちしてきたサイモンに、私はマイク越しに答える。彼は私の返答を聞いて、無表情のまま押し黙った。私を無理に止めたら、更なる国民の不安を招くと悟ったのだろう。
「先程の私の演説を聞いていた国民の皆さんには、私がこの国のリーダーとなる事に不安があるかもしれません。私だって、不安でいっぱいです」
私にはサイモンのような、立派な演説は出来ないだろう。国民達も私に演説が出来るとは思っていない。
「でも、私は国民達に与える事が出来るものが一つだけあります」
今にして思えば、彼らは私の立派な演説を聞く事を望んでいる訳ではないのだろう。私は大きな勘違いをしていた。彼らが、私に求めている事は至って単純だ。
「私は強いです、この国の誰よりも」
私はチラリとサイモンの方に目を向ける。彼が先程、記者達の腰を抜かした光景を思い出す。私はそれを頭の中に思い浮かべながら、体に力を込めた。
私の体から黒いモヤが出る。それはまるで、サイモンが先程使った《
「このモヤに触れたらどうなるか。それは私にも分かりません。もし、好奇心の強い方がいれば、壇上に登って触れてみてください」
私が放った黒いモヤが足元のステージに降りていく。その瞬間、バキッと鈍い音を立てて床にヒビが入った。黒いモヤの影響で地面が割れたのだ。
「触れた瞬間に恐怖で腰を抜かしてしまうのか、それとも失神するのか、あるいは命を奪ってしまうのか……」
「おやめ下さい! フロランス様!」
私が国民に語りかけていると、サイモンが怒気を孕んだ声で叫ぶ。私は彼の声を聞いてから体の力を抜いた。すると、さっきまでの黒いモヤは色が薄くなって、すぐに消えていく。
「そんなに怒らないでくださいサイモン。私はただ国民に私の実力を分かって貰いたかっただけですよ」
国民達の顔を見ると、皆蛇に睨まれたカエルのような顔をしている。少し脅しすぎたかもしれない。私はマイクを手に取り、怯えた様子の彼らに出来るだけ優しい声で演説を続ける。
「勇者がいなくなったこの世界は、新たな勇者を必要としています。私は、この国の新たな勇者に……、
いえ、新たな英雄になるつもりです」
彼らが私に求めている事は至って単純。彼らは死んでしまった勇者の代わりとなる人物を欲しているのだ。ならば、私が英雄になればいい。お父様の約束を果たす為、国民達の為。その為なら多少、人を脅すくらいの事はやってのける。
「国民の皆さんを脅してしまった事は謝罪します。ですが、私は英雄になる決意と覚悟があります。私はこの国の民を、命に代えてでも守ります」
サイモンのような立派な演説はできないし、国民もそれを求めていない。彼らが求めているのは英雄だ。勇者のいない世界に彼らは英雄を必要としている。
「私の演説は以上です。ご清聴ありがとうございました」
私は国民に背を向けて、会場を後にする。サイモンの時とは違って、私に賞賛の拍手を送る者は誰一人いなかった。私の初めての演説は、失敗に終わったのだった。
そろそろ説明しないといけないことが増えてきたので、次回は色々明らかにしたいですね。